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1章3話:きみの名は



▌// [LOG] 2018-12-25 14:15:30 JST


 混乱は続いていた。

 終業式が終わると僕は、担任の川上から「少しいいか?」と呼び止められた。

 クラスの違う聡司と真凜には、「一時間ほど残る」と伝えた。

 職員室の隣に、狭い来客室があった。

 照のいたGSグローバル・サイエンス科の担任吾妻栄子(あずまえいこ)と寮監の浅尾伸二がいた。

 さらに知らない顔が一つあり、紺色のスーツを着た中年だった。

 緊張感漂う教師に対し、中年は柔和な顔つきで、僕に警察手帳を見せて名乗った。が、僕の頭は今他人事のようで、頭に入らない。


真井(まない)くんと親しかったと聞いた。最後に連絡を取ったのはいつか、教えてもらえるか」

 僕は答えた。

「昨日の夜です」

「どんな内容だったか、覚えているか」

「正月は東京だと言っていました。スマホが()くて探してるって」

 男がメモを取った。吾妻が一気に老けたような顔で僕を見ていた。

「他には」

「冬休みが明けたら会う約束をしました」

 それだけです、と言うと、男は「わかった、ありがとう」と言って手帳を閉じた。

 川上が僕のそばに来て、圧をかけた。

「気をつけて帰りなさい。寮生たちも動揺している。集まって話とかしないように」

 解釈すると、てめえは余計なことをしゃべるんじゃねえぞ。


 僕は何も言わなかった。

 廊下に出ると、真凜が壁に背をつけて待っていた。

「聡司は?」

久泉(ひさいずみ)くんが寮から出てくるかもって……」

 そうか、と僕は言って歩き出した。



▌// [LOG] 2018-04-06 08:15 JST

 春


 僕は白耶麻高校の入学式で(てる)と出会った。


 早めに到着した後、僕はうっかりキッチンに魔法瓶を忘れてきて、自販機のある一階売店コーナーへ向かった。

 売店はコンビニのようにしっかりしているが、その日は入学式とあって閉まっていた。

 それなのに、ぽつんと立っている男子生徒がいたのだった。

 胸に新入生リボンをつけていて、彼はスマホを片手に、カーテンの閉まった扉を見て狼狽えていた。


「開いてねえのに、どうかしたんか?」

 駆け寄って、彼に声をかけた。

 彼はビクッとして僕を振り返ると、なぜか大きな目を見開いた。

 話しかけられて驚いたんかな?

「あ……」

 と言って、僕を二度見する。

 僕もまた少し面食らっていた。照がびっくりするほどきれいな顔だったんだ。雪女がいたらこんな顔かな、と思わずくだらないことを考えたほど純白だ。同年代の、しかも男を見て、そんなことを思ったのは後にも先にも初めてだった。雪女ってなんだよ、雪女って。

 自分の思考回路に軽く引きながら、彼にもう一度訊ねた。


「入学式だろ? 点呼始まるぞ。何してんだ?」

「……うん」

 華奢な体つきは僕と大差なかった。濡れたように黒光りする眼が二つ、僕を食い入るように見てくる。

「おーい? 大丈夫なんか? 薬がほしいんなら、保健室やぞ?」

「あ、きみも、にゅ、入学生」

 寝起きのような声で、やっと僕の胸のリボンに気づいた顔で言った。

 彼のシャツには、あるべきネクタイが締まっていなかった。


「ネクタイ、買いに来た」

「え? 教室にあるんじゃなくて?」

「……うん。()くした」

「忘れたんじゃなくて?」


 忘れたにせよ失くしたにせよ、入学式にネクタイを締めていないのはアウトだ。

 白耶麻高校は私服通学も認めているが、行事は制服着用になっていた。

 すんげえうっかりさんかよ。でも慌てて買いに来たってことは……。

 僕はふとひらめいた。


「ひょっとして、真井照(まないてる)?」

 彼は面食らった顔になる。眼が一瞬大きくなって、かわいい生き物みたいだ。

「う、うん、な、なんで。わかった?」

「簡単な推理っつうか。新入生やからネクタイねえのまずいけど、慌てて買うほどでもねえ気もするし。んでも、ぜってい必要な人間がひとりいんだ。それが、新入生代表で前に出るやつ」

 配布された入学式表には、新入生代表として『GSグローバル・サイエンス科・真井照(東京都A学院中出身)』の名が記されていた。


 白耶麻高校の特徴であるGSは入試が異なる高偏差値クラス。

 たとえば数学オリンピックを目指すような頭脳派や、頭が良すぎて中学校で浮いていたような生徒の受け皿として、白耶麻高校が満を持して開設したところで、地味に人気がある。

 だから目の前にいるのは真井照なのだ、と僕は知らずドヤ顔になりながら、シュルシュルと自分のネクタイを外した。


「ほら、使えよ」

 と、照に差した。

「えっ!?」

 照が飛び上がるような反応だった。いやいや、そんな意外な展開でもねえだろ。

 遠慮してる場合でもないし、押し問答する時間もなかった。

「いいから、借りとけよ」

 僕はネクタイを押しつけて笑った。

 すると照もつられたのか、はにかむような笑みを見せた。


「なんで、し、親切なの?」

「こんなん親切でもねえよ。僕はネクタイがなくても困んねえけど、そっちはまずいって話だ。それも超まずいだろ」


 わかってねえのかな? 真井照は誰よりも注目を浴びる。

 東京名門校の内部進学をやめて地方に来たなんて、向こうで問題起こしましたって言うようなものだ。詮索するやつは出てくる。だから初っぱなから悪目立ちするのはよくない。

 意外なことに照はネクタイを締め慣れていた。鏡も見ないのにドンピシャ、真ん中。

 中学もネクタイだったんだろう。そう思ったら、今度は違和感があった。ずっとネクタイを締めてたやつが、入学式の朝に限ってネクタイを失くすだろうかと。


「行くぞ」

「うん」

 二人で走り出す。GSと進学科の教室は並びにある。先に照が端の教室に入っていく。

 その寸前に聞かれた。

「きみの名は!」

 今かよ、と僕は笑いながら、「伊織拓人、進学科2組」と答えた。


 そしてセーフ。担任より一歩先に席に着いた。

 ブレザー脱ぎ、鞄に入れてきたベストをだして頭から被った。

 素知らぬふりで点呼を受けたが、あっさり担任に指摘された。

「伊織拓人ぉ、入学早々ネクタイを忘れたのか」

 クラスに笑いが起きたが、悪い気分ではなかった。


 式では、真井照が呼ばれたとたん、超緊張した。なんか危なっかしい感じだし、祈る思いで代表宣誓を聞いた。気分はもう親鳥だ。

 照はつっかかりながら挨拶文を読み上げた。


 やべえ、緊張しすぎだろ。ガンバレよ。


 とはいえ詰まり以外は、堂々とした態度だった。

 つか、イントネーションがこの辺のやつとは全然ちげぇ! 

 姿勢がよくて、歩く姿に品が漂う。

 彼が自分の位置に戻るのを見たときは、僕はやっと息がつけた思いだった。





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