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6章3話:Re-cord


 ──4月25日──


 一馬とは渋谷のオフィスで会うことになった。 

 ビルの中に庭のような共有エリアがあり、それを囲むように会社のオフィスが入っている。まるでドラマで見るようなオフィスだ。廊下はガラス張りで渋谷の街が見下ろせる。

「すげえ家賃高そう」

 エレベーター前の受付内線で呼び出すと、やがて通路の角を曲がって一馬が現れた。

 YouTubeで見たまんまの姿だった。歩く姿もスムーズだ。


「東谷一馬さん」

「伊織拓人くん」

 同じ年、メールをやり取りしている二人だが、彼が社長なので僕は「さん」と呼んだ。


「一馬でいい」

「拓人でいい」


 すぐにオフィスへ案内された。

 複数のモニターがセットされた大きなテーブルとミーティングテーブルが一台。従業員が二人仕事をしていた。

 ウォーターサーバーとコーヒーポット。冷蔵庫に電子レンジ。

 観葉植物とボードで仕切られたミーティングテーブルへ促された。

 一馬はコーヒーとミルクを二つ運んできた。


「もっと早くコンタクトくれると思ってた」

「YouTube見たの最近だった」

「そうか。出て正解だった」

「僕と話す気があったのか?」

「時間はかかったけど、会う気はあったよ」


 僕らは向き合い、何となく目を合わせた。再従兄弟だが、照と似ている雰囲気はまったくなかった。

 都会育ち特有の垢抜けた感じがある。なんだろう、田舎者の僻みでそう見えるのか。

 とにかく、華やかだ。

 目鼻立ちがはっきりして、顔が少し濃い。

 高1のクリスマスの朝、〈ことつて〉を再起動されたときから、〈テル〉が現れたときから、一馬の気配があった。

 衝撃的な写真をもたらしたのも、こいつだった。

 思えば、一馬がいたから、僕は寮での真相を突き止められたし、その後の苦しい思いも味わってきた。

 棚にクリスタルボードがあった。


『過去を記録(Record)し、未来を再定義(Re-code)するきみへ By Manai Kou』


 読んで、目が釘付けになった。

「照のお祖父さんの」

「うん。先にこの言葉をもらっていたらな。リコードって社名にしたんだが、ライフアーカイブ・ラボで設立した後だった」

「そうか。お祖父さんも、きみのコンセプトに賛同しているのか。死者の人格をAIで再現すること」


 いや、と一馬は苦笑う。


「反対されたよ。言っとくが、俺のコンセプトは死者ではなく、生者が対象だ。ただ問い合わせが多いこともあって、窓口は用意した。心理カウンセラーとも提携した」


 死者をAIで再現するときの論点は二つあった。

 一つは亡くなった人が、AIとして再現されたいと願っていたかどうか。倫理的な側面だ。

 もう一つは依存のリスク。AIに依存しすぎることで、かえって死別を受け入れるプロセスが妨げられるという心理学的な懸念だ。


「きみは依存したか? いや、今も依存しているか?」


 一馬は僕によく問いかける。

 そして僕はまだ、〈ことつて〉の解除ボタンについて、必要かどうか答えていない。


「そっちはどうなんだよ?」

 僕は一馬に訊ねた。

「俺? 俺は、照のボットとは話していない。あれは、きみくらいの距離感だから話せたものだ」

「僕くらいの距離……そうか、ログが高校に入ってから用意されたものか?」

「ああ、正確には中学時代だな。つまり俺のせいで言葉がでなくなった後から、照は自分がすることで他人を傷つけたらどうしようって、自分の言動を顧みるようになった」

「おまえのせいか」

「……ああ、俺のせいだ」

「や、ごめん。今さら」

「いや。嬉しいよ」

「は?」

「誰も、俺を責めないんだ。照を追いつめたの俺だ。だけど、見た目には俺のほうが絶望的じゃないか。誰も俺を責めない。おまえだけは俺を許すな」

「……」


 それ、僕がイヤなやつだってことじゃねえか。


「照の目標は、理想の自分としてパーソナルボットに振る舞わせることだった」

「理想の……」

 僕は愕然とした。

 一馬は続けた。

「照の設計では、ゆくゆくは自分の声から作った合成音声で、一度内部でその発言が正しいかどうかチェックさせた後で、音声出力する形だった」

「どういうことだ? 自分の情報を与えた上で、理想の自分を基準に発言を修正させてボットが言葉を出すってことか」

「ああ。ハイブリッドテルってことだな」

「……そんなの」


 僕は椅子のヘッドに頭をつけて、言葉にならない思いを噛みしめた。

 照がそれを、研究の一環として作るつもりだったのなら、僕も面白いと思っただろう。 が、一馬との経緯を知っているから、照の抱えていた闇の深さを感じないわけでもない。


 だが――


 僕は言った。

「照はそれ、やんなかったと思うぞ」

「そうか?」

「おまえはわからんだろうが、白耶麻から東京へ行くのはマジ大変だ。あれを毎月照が通ったんだ。せっかく会えた一馬に、ハイブリッドで話すわけねえだろ。それに大学だって、一馬と相談するって言ってたんだ。吃音治して、べらべらしゃべったはずだ。照って、実はおしゃべりだろ?」

 一馬は少し顔を上げて、小さく何度も頷いた。

「ずっとしゃべってるやつだった」


 僕は一馬の問いに答えることにした。


「さっき一馬は僕に、照のボットに依存したかって聞いたな。今も依存しているかって」

「ああ」

「僕にはテルが必要だった。僕はきみと違って照との思い出は9ヶ月に満たない。だから僕はときどき照本人と話している錯覚さえあったし、ボットのテルが成長したようにも感じた。でも生成AIは入っていないから、僕がテルを照本人のように賢いものだと思いたかった」

「きみがその思いに辿り着くまでに時間を要したことは、俺にも想像がつく」

「今は月命日だけ〈ことつて〉に入る。儀式みたいにな。でも、僕だけが成長していて、寂しくなるよ。それでも〈ことつて〉は僕と照の唯一のつながりになっていて。手放すきっかけもないし、手放す必要があるのかもわからなくなっている」


 一馬が僕を食い入るように見つめた後、首を振った。


「俺は又従兄弟だから墓参りだの法事だのあって、それって強いかもな。きみと違って、照が成仏したって意識がある」

「……そうなのか」


 それには軽いショックを受けた。

 一馬も自分と同じで、テルに執着していると思った。

 僕だって照の部屋でお骨に手を合わせたのに、成仏という言葉など浮かびもしなかった。

 一馬はテルと距離をおいていたからこそ、成長曲線云々なんて言えたのだ。


 僕の鼓動が乱れて高鳴った。

 僕はまさか、テルをお墓にしてしまったのか? 

 それも(いびつ)なお墓に。

 それはイヤだ。

 絶対イヤだ。


 ――〝拓人はえらいね〟


 ふいに、照の声が聞こえたような気がした。


 拓人はえらいね。

 僕が作った初めての方言標準語変換ボットに、照が話しかけた言葉だ。

 僕のボットは「拓人は辛いね」と返した。


 ――〝拓人はえらいね〟


「……はははッ」

 僕は瞼をつまんだ。

 照はずっと、えらいと思っていてくれてたんか?

 照の死からずっと、僕が抱えてきた7年を、照はえらいって……

 辛かったのも、本当だった。


 一馬が心配そうに僕を覗き込む。


「大丈夫か?」

「ああ……〈ことつて〉の登録解除ボタンは作ってほしい。僕は、テルが照ではないとわかっていても手放せなかった。でも、僕のタイミングで〈ことつて〉をどうするか決めたい」

 僕が大事なことを言っているのに、一馬が首を傾げた。


 僕が眉根をよせたとたん、

「おまえ、うちこないか?」

 と言って、一馬がニヤリとした。


 なぜか、その顔が照に一番似ていた。

 照はそんな下品な笑みは浮かべたことがないのに。


 照はいつも僕に与えてきた。

 くそ、一馬も同じか。

 僕と一馬が似ていたんじゃないのか?

 次は僕が一歩先に踏み出す。


「よろしく、一馬」





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