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1章2話:メンテナンスが終わったら



真井(まない)が、死んだ

>その(てる)が、死んだんだよ


 耳の奧で、いつになく耳障りに優しい聡司(そうし)の声が自動再生される。

 勝手に再生し続ける。

 うるせえな。

 家の横道を走り抜けたらしいバイクの音が聞こえて、神経に障る。

 ベッドに座って、〈ことつて〉をタップする。

 すると予想外のことが起きて、ログアウト画面がでた。

「なんでログアウト?」

 たまに入り直すが、予告なしは初めてだ。『メンテナンス中』という表示が流れている。

「メンテナンス……」

 と、呟いたとたん、僕はハッと顔を起こした。

 メンテナンスをしているということは、照が今まさにパソコンで〈ことつて〉のプログラムを更新しているってことだよな?

〈ことつて〉は照が作ったアプリだ。このところ拡張してて忙しいと言っていた。


 それだ。

 みんなが騒いでいようと、一度エディタを開くと夢中になるのが照だ。

 コートを羽織りながら階段を下りると、聡司が僕を見上げて待っていた。


「拓人、大丈夫か」

「おまえら、人間違いしてんだ」

「は?」

「落ちた生徒には悪いけど……照じゃねえんだ」

「拓人?」


 リビングから真凜の声がした。

 真凜が空詩(うた)に、スキーウエアのような上着を着せていた。

 (かなた)がリュックを持って、僕を必死に見つめてくる。強ばった僕の表情に戸惑っているのが分かったが、僕は一言も返す気分ではなかった。余裕のねえお兄ちゃんだ。


 真凜が小声で僕に言った。

「江藤さんのところに二人を預けてくる」

 江藤さんは地区センターの子ども会長だ。小学校は金曜に終業式を終えていて、今日は地区のクリスマス会だ。集会より早いが、父が葬儀に行く前二人を預かってもらうよう頼んでいた。


「いってきます!」

 空詩が玄関を出て行く。奏もうつむいて上がり框に長靴を置いて履き始めて、聡司が「クリスマス集会、楽しんでこいよ」と奏の頭にポンと手を置く。

 僕も何か言わなくてはと思い、「雪合戦するなら手袋を忘れるな」と言った。

「今日はせんもん(しないもん)」

 と、奏が応えた。

 真凜が二人を連れて行くと、僕は空詩の髪留めのことを思い出した。クリスマス集会で、かわいいリボンの髪留めをつけたいのって言っていた。朝つけてやる約束だったが、空詩は飾らずに出かけていった。小学生の弟妹に気を遣わせてしまった。これもそれも、おかしな誤情報が出回ったせいだ。


 メンテナンスが終われば……。

 玄関に腰を下ろすと、僕は合わせた両手で口元を押さえた。



▌// [LOG] 2018-12-25 10:30:43 JST


 午前10時30分、白耶麻の天候は吹雪だった。

 ガラス張りの駅のホームからは白耶麻の雪景色が望めた。どこにでもある山だが、それでも冬の白耶麻は美しく、凍った空気が霧のように立ち込めるのとを見ると神々しさを感じた。

 送ってくれた真凜の母親の車でもそうだったように、電車に乗り込んだ後も、僕らは何も話さなかった。

 真凜はイヤフォンで音楽を聴いていたが、手は固く握られている。

 聡司は窓の外を見ていた。彼もまた何事かを考えている顔だったが、僕もまた同じで会話は生まれない。コートやダウンジャケットで着膨れた生徒たちが押し合う車輌は、ガタゴト重そうに進んだ。車内の空気が薄く感じた。


 僕は待っていた。

 照からのメッセージを。

 待っていた。

 メンテナンス表示が消えるのを。

 待っていた。

 何も、何も考えないようにした。少しでも頭を働かせると、くだらない想像をするに決まっていた。



「……拓人あのさ」

 ふいに、聡司が躊躇いがちに何か言いかけた。

「なん?」

「あ、や。ええわ」

「そうけ」

 聡司が暗く沈んだ様子だったが、僕は何も聞かなかった。

 白耶麻高校前駅に到着するアナウンスが流れた。

 そのときだった。

〈ことつて〉にログインボタンが出現して、目が滑るように激しく瞬いた。

 それは照が更新作業を終えたということだった。

 なんだ、なんだ、なーんだ。

「ははは」思わず笑い声が漏れた。

「拓人? どうかしたのか」

「ちょっと待って。ちゃんと確認するさけ」


 逸る気持ちでログインをタップした。

 ふと見たらアイコンが〈照〉から〈テル〉に変わった。

 リニューアルしたのだろうと思い、僕はフリック入力を始めた。

 が、今度は聡司に邪魔をされた。駅に着いて、車輌を埋め尽くしていた生徒たちが一斉にホームへ吐き出されたのだった。

 僕は聡司のデカイ背中にくっついて降りると、ホームにある寂びた椅子へ身を避けた。改札口が渋滞しているから。照と話をするのが先だ。


拓『おは。今どこ? 部屋?』


 間があった。


テル『おはよ、きみ、オレは部屋にいるよ』


「キタアアアア!」

 思わず声が出て、飛び上がって聡司の背を叩いた。

「び、びっくった」

「ちょい待てって」

 笑いが込み上げるなかで、僕は〈ことつて〉を続けた。


拓『男子寮、どうなってる?』

テル『男子寮どうなってるって?』

拓『窓から落ちた生徒のこと。おまえだと勘違いしてるやつばかりだ』

テル『何のこと?』


 心臓が、ドキンと跳ねた。

 窓から生徒が落ちたという騒ぎは相当なものだろう。

 桐村も久泉も、窓から落ちたのは照だと思っている。本人が部屋にいるんなら、どうしてそんな騒ぎになってるんやろう。部屋番号が間違って伝わってるんか?


 ドクン。ドクン。


 肋骨の奧で跳ねた心臓が胸を突き破りそうな勢いだった。今ほんのちょっとでも動いたら心臓が破裂する。

 なんだ、この感じ。

 僕は言葉にならない違和感の中で、〈ことつて〉を見た。

 そして、いつもと違うことに気づいた。


 ――おはよ、きみ、オレは部屋にいるよ


 いつもは拓人と名前で呼ぶのに、今朝は「きみ」だ。変換予測で拓人の名前はすぐでるはずなのに。


拓『窓の外を見ろよ。パトカー来てるだろ?』

テル『何のこと?』


 アプリの不具合だ。きっとそうだ。メンテナンスのせいだ。


 男子寮の事故はほんとうだった。

 男子寮は正門脇の長く緩やかな坂道を上ったところにあって、パトカーが見えた。坂途中に教員たちが立っている。合羽を着ている。


 男子寮と女子寮を隔てる細い路地の入口にも規制線が張られていた。記者らしき人の姿があり、ロングダウンを着た教師だか警備員が対応していた。

 僕らは傘を差していたが、目の前は白耶麻の容赦ない吹雪だ。

 こんな日に傘は無意味や。

 手にのしかかる雪の重みを感じて、傘に積もった雪をバサバサ落とした。中棒の動きが硬い。寂びてきたんか。亡くなった祖父さんの傘だ。自分の傘は台風のときに折ってしまった。


「拓人、寮には入れない。教室に行こう。つかもうすぐ終業式だ」

「寮の様子、野球部の久泉(ひさいずみ)に聞けよ」

 僕は自分で桐村とLINEする気はなかった。聡司のクラスメイトには寮生がいて、その名前を一つ思い出したのだ。

「拓人がちゃんと、聞く気があるなら」

「は? 聞けって言ってんだよ!」

 僕の怒鳴り声に、真凜がびくっとした。

「真凜は行けよ。式に遅れる」

 真凜は首を振って、傘の中棒をギュッと掴んだ。

「……たっちゃん」

「はやく行けって!」

 真凜は泣きそうな顔で頷くと、正門へ走って行った。


 僕は――

 何も分かりたくない。

 知りたくない。

 正解を拒む思い全部で思考凍結から抜け出せなかった。

 寒さでかじかんだ指でスマホの濡れた画面を拭う。どうしても諦めきれない思い一つで指を動かす。


拓『照、今どこ?』

テル『寮にいるよ』

拓『寮の304号室だよな?』

テル『ごめん。位置情報はとれないんだ』


 僕はスマホを見ながらうろうろした。

 位置情報ってなんだよ?

 宿題を忘れて学校に行きたくない子どものように腹が痛い。それでも指先は、持ち主の意志を超先読みでテキストを打つ。


拓『おまえ、だれ?』

テル『オレはテル。照が作ったパーソナルボットだよ』





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