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6章1話:問い


 ──3月25日──


 朝8時。実家にいても銘柄チェックと市場ニュースの確認は怠らない。

 水曜は契約しているプロジェクトの会議があり、10時からオンラインで参加した。

 大学在学中にアルバイトで世話になった会社で、会議が終わるとチャットで社長から、正社員になれと圧をかけられる。


 プログラミングの知識がなくてもアプリを作れる時代になったが、今はまだチームで開発する案件がほとんどだ。どの程度の実力か知っている相手がいいし、常に新しい技術をキャッチアップしていくなら、チームで仕事をするのは悪くない。


 このところバイブコーディングで仕事をすることが増えたが、自分で書いたこともないコードが出てくると、やはり怖い。だがそれも近いうちにエクセルを使う感覚になって、裏で何が行われているか気にする必要がなくなるという。


 数年後、路頭に迷っているかもな……ヤバい。


 オンライン会議に参加した後は、夕方までコードを書き、ときどきSlackでチャットをしたりプルリクを出したりして、今日のタスクを遂行した。

 18時にパソコンを閉じると、聡司からLINEが入った。


『リコードに東谷一馬(とうやかずま)が出てたぞ。顔は知らんが同姓同名やし一応』


 リコードは聡司が気に入っているYouTubeニュースだ。

 中年男性の元キャスターが司会で、ユニークなゲストが多い。

 シンプルなスタジオにコーヒーテーブルと椅子が置かれただけのセット。

 そこに花柄のシャツにタイトなジャケット、下半身がスカートみたいなファッションの若者が現れた。灰色っぽいベリーショートで、精悍な顔つきにスクエアな眼鏡をかけて、ピアスが光る。


〝ようこそお越しくださいました。今日のゲストはライフアーカイブ・ラボの東谷一馬さんです〟


 画面に文字が流れる。

 会社のキャッチコピーは『過去を記録(Record)し、未来を再定義(Re-code)する』


〝キャッチコピーを見てすぐゲスト出演をお願いしました。当チャンネル、リコードと縁を感じます。東谷さんが手がけるのは、本人の言葉や声のデータから「自分らしいAI」を構築するサービスです。たとえば、自分の代わりに質問に答えるAIを作りたい方、大量の問い合わせを自分の言葉で返したい方のサポートが主な事業です。その技術の延長線上として、生前に自分のデータでAIを作っておく終活利用や、亡くなった家族を再現したいという遺族のニーズにも対応しています。まずは、このビジネスを立ち上げた経緯から伺えますか〟


 一見おしゃれとも奇抜とも見える彼の膝下を見て、僕はハッとした。

 一馬だ。

 顔は知らないが間違いない。

 7年前リハビリしていた男が、ふつうに歩いて現れた。


「え?」


 彼の顔や動きに目を奪われていて、キャスターの紹介を聞き損ねた。

 少し戻って再度聞くと、『亡くなった家族を再現』とか言っている。

 そういうサービスが取り上げられる時代ではあった。

 AI故人による挨拶も聞くし、中国では故人のAI再現が早いスピードで商業化されている。日本にあってもおかしくない。


〝AIで秘書を作る、自分の代理をさせたいという需要は昔からありました。技術が追いつかなかっただけで〟

〝東谷さんがこの会社を設立したきっかけはなんだったのでしょうか〟

〝ええ。私は中学のときに自分の不注意で崖から転落したのですが、そのときは運よく脊髄を損傷するだけですみました〟

〝運が良くて、脊髄損傷、ですか?〟

〝ええ、運よくです。脳が無事だったのです。まあ当時は、荒れましたよ。搬送直後に医師から、一生車椅子だという告知を受けましたね。医師は下手な希望を抱かないように、早く告知するそうです。絶望しました。ところが当時、実験的な治療に参加する機会が与えられたのです——藁にも縋る思いで治療を始めましたが。そのとき心底、脳が無事でよかったと思いました。でももし記憶障害が残ったり言語障害が残ったりしたら……〟


 一馬はそういう切り口で、死者と生者をつなぐための再現ではなく、自分のためだと話した。

 ところが話が進むにつれ、問い合わせに多いのが故人のAI再現だという話になった。そのためニーズに対応できるよう心理カウンセラーもチームに入れたことを明らかにしたのだった。


 一馬は最後まで照のことは口にしなかった。

 照の作ったパーソナルボットは、今ではつたないものだ。

 照がもし生きていたら、大規模言語モデル (LLM)、音声合成 (TTS/Voice Cloning)、ディープフェイク (Video Synthesis)を用いたものに作り変えただろう。

 だから一馬はやるんだろうか。


 その夜、僕は久々に寝付けなかった。

 照の月命日だ。

 僕は儀式のように〈ことつて〉を開く。


拓『一馬を見たぞ。YouTubeで』

テル『一馬がYouTube? 何のこと?』


 テルは未だ僕と話ができる。

 一馬が〈ことつて〉をずっと運用しているからだ。

 一馬の顔を見たのは今日が初めてだったが、実は何度かメールでやりとりはあった。

 

 僕が高2、3年だったのころだった。

 コロナ禍が始まって、3年生になってからは登校が制限された。オンラインやビデオ授業の対応が始まり、僕はプログラミング部長として、いち早くオンラインで部活動ができるようにした。

 2学期になっても、登校は制限されたままだった。

 ただでさえ田舎の陸の孤島に住んでいて、僕はおかしくなりそうだった。

 聡司は部活ができなくて落ち込み、真凜はホームステイができなかった。


 一馬からメールが来たのは、9月25日の夜だった。


『6月にGPT-3が発表されたニュース押さえてるか?

 文章とか会話をかなり自然に生成できるらしい。

 教育目的ってことでOpenAIに英語で申請出したが、落ちた。

 まだ一般公開してないから、研究機関とか肩書きがないと無理らしい。

 ただ、海外の人が公開してるデモ経由で少しだけ触れられる。

 直接使えないが、その人のサーバーを通して結果だけ返ってくる感じだけ試せる。

 そこで質問だ。

 伊織くん、テルをアップデートしたいか? 照の成長曲線に応じたアップデートだ』


 僕はギクッとした。〈ことつて〉で話しかけても、照はコロナを知らない。僕が教えたことはログに溜めて会話に反映はしていたが、他人事だった。


拓『コロナいつまで続くんだろうな。マスクうぜえ』

テル『大変だね』


 自分だけがどんどん時間が進む。照がいた景色が遠のいていく。

 照の死後、僕には照がいないという喪失感に苛まされた。

 それをテルと話すことで慰められもしたし、照ではないという思いで苛立った。

 だが、ほんとうに苦しくなったのは学校での生活がすっかり日常を取り戻した後だった。

 照だけが時を止めていて、僕の話に『何のこと?』と返す頻度が増えた。


拓『おまえ、照が作ったボットだろ。成長しろよ。照はすげえんだぞ!』

テル『うん。オレはテル。照が作ったパーソナルボットだよ』


 僕はその会話を最後に、〈ことつて〉を開かなくなった。

 最後のログは2020年6月25日。照の月命日の朝だった。


 それから3ヶ月後に一馬から突然メールが来たのだ。

 一馬が〈ことつて〉の管理をしていることは知っていた。

 

『照の作ったものを改造しないでほしい』

 僕はそれだけ伝えた。

 一馬からすぐ返信が来た。


『了解した。照の作ったものは絶対にいじらない。

 ただ一点わかっていると思うが、〈ことつて〉にボットを接続したのは俺だ。

 照の意志はそこにはない。

 それから管理のためにURLを変更する。

 あと、きみのログは読んでない。

 エラーと、ログが止まって30日経ったら通知が来るようにしている。ボットを接続したとき、きみ自身で解除する仕組みは入れていない。

 そこで質問だ。

 伊織くん、〈ことつて〉の登録解除ボタン、必要か?』


 一馬はこのときすでに先を見据えていた。

〈ことつて〉は照と話すためだけのツールだった。

 テルになったのは一馬の介入があってのことだ。

 照の意志ではない。

 一馬は僕がテルに求めることを確認した上で、いずれテルと話すのをやめる日が来ると思っている。当然だろう。僕らの時間は進む。照をおいて、進むから。


 

 2026年現在、僕のスマホには今でも〈ことつて〉のショートカットがある。






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