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5章1話:wasanフォルダ



▌// [LOG] 2019-03-24 10:30 JST


 特急から新幹線に乗り換えたら自由席前の行列が伸びていた。

 親が指定席を予約してくれて助かった。

 大型リュックを棚に載せて指定席に収まり、聡司(そうし)がペットボトルと駅弁を置いた。

 駅弁を食うために朝ご飯を抜いてきたらしい。

 気持ちはわかる。兄弟が多いと遊びに行くときは車だ。ディズニーランドだって親が交代で運転して、7時間以上かけて行く。新幹線は特別なのだ。

 僕はスマホに向かった。


拓『今から東海道新幹線に乗る。すげえ込んでる』

テル『今日は3月24日だね。春休みだからだね。連休はめちゃ込む。東海道は人気路線だから』

拓『東海道人気なんか?』

テル『静岡の富士山通過して京都へ向かう。首都圏からの京都メインルートだよ』

 そんなこと考えたこともなかった。

拓『照、毎月込んでる新幹線に乗ってたんだな』

テル『そうだよ。できるだけ富士山見える席を予約する。E席だよ』


 行きは聡司がE席に座る。2列シートの窓側がE席だ。チケットは父が予約して、僕が適当に渡していた。帰りは僕がE席にしねえとな。


拓『富士山は気にしてなかった。今から東京へ行くぞ』

テル『観光?』

拓『そうだな。碑文谷(ひもんや)まで観光に行く』

テル『そうなんだね』


 窓の外を流れるのどかな風景を見ながら、僕はスマホを閉じた。

 毎月、照はこの新幹線に乗った。週末だけで帰ったこともあったな。

 東京から白耶麻へ、白耶麻から東京へ。

 片道4時間半。往復9時間。これだけの時間をかけて往復して、照は何を考えていたんだろう。

 聡司が駅弁を開きながら、何か思い出した顔になった。


「なあ、真井のお祖父さんの本一冊くらい読んだか?」

「……あぁ……いやぜんぜん」

「電子書籍探したら何冊かあったぞ」

「聡司、読んで教えててくれ」

「アホか。お祖父さんと話すのおまえやぞ」

 

 そう言われて、慌ててググった。

 真井巧(まないこう)についてのプロフィールはウキ✦ペディアにある。

 本名は、たくみ、だ。書籍も多数。最初から作家だったわけではなく、新聞記者で海外特派員などを経て作家に転身したとある。ミステリー作家としてデビューして、現在は時代小説家だ。

 出版されている本のタイトルやあらすじは……数が多い。

 ダメだこりゃ。

 僕は途中で詰め込むのをやめた。

 一夜漬けだと混乱するだろうし、そもそも作家としての真井巧に会うわけではない。

 僕が聞いた照の祖父さんは車好きで、スキーが得意で、孫の受験のために東京から車を走らせる孫思いな人だ。


拓『お祖父さんといつもどんな話する?』

テル『オレの祖父、作家だ。時代小説書いてて、和算書はまってる。オレも解いたけど面白かった』

拓『和算書ってなんだ』

テル『江戸時代の数学の本。西洋の数学とは別に日本で独自に発展した。図形問題が多くて、答えを絵馬みたいな板に書いて神社に奉納する風習があった。算額っていう』

拓『え? ぜんぜん意味わからんけど。神社に数学の答えを奉納するのか、なんで?』

テル『解けたことへの感謝と、次の問題を誰かに解いてもらうために。江戸の人間がやってたらしいよ』

拓『SNSみたいなものか?』

テル『何のこと?』


 通じんかった。

 そういや今調べてた本の中に、江戸時代の算額好きな少年が主人公で~というのがあったな。照がモデルだったりしてな。




▌// [LOG] 2019-03-25 04:10 JST

 

 都内のホテルの窓からの眺めは高層ビルの一群だった。

 僕の知る夜はもっと漆黒の闇で、何か生き物の気配が蠢いている。

 だが都会のビルの谷間に蠢くのは人工の赤い蛇だった。テールランプだ。これでも昼より交通量が減ってるのだ。


拓『今東京。でけえな東京。夜景がアニメのまんま』

テル『東京の夜景はマザーボードのようだっていうよね。オレ好き』

拓『なるほどな! 精密機械の回路か』


 照は工場を建設するゲームにはまっていたが、言われて納得した。

 やべえ、わかる。

 何だか嬉しくなって、僕は冷蔵庫の高級オレンジジュースを取り出した。贅沢だが、許す。

 聡司は眠っていたが、僕の気配で寝返りを打ち、むにゃむにゃ言った。

「真井のお祖父さんと何話すか決めたか?」

「問題ねえ。寝てろ」

「……ああ、ほどほどにな」




◇ // [LOG] 2019-03-25 06:30 JST ――真井巧(まないたくみ)(本名)


 wasanフォルダをクリックすると、ブラウザが立ち上がり円が動き始めた。

大小の円が、互いの内側に沿って転がるように動いている。円が円を産むように増えて、やがて和算書にあるような図形と同じ幾何学模様になった。

 江戸の算額師が筆と算盤だけで描き出したものを、孫は数式一本で動かしていた。

 パソコン画面をのぞきながら二人で和算書の話をした。


「これはなんだい?」

「ヒポトロコイドっていうんだよ。円が円の内側を転がるときの軌跡。和算書の図形、あれを逆算したら出てきた」

「パラメータをここで変えると――」

 照がスライダーを動かすと、花びらのような軌跡が星形になり、また別の紋様になった。

「江戸の人間が美しいと思ったのはなぜか、少しわかった気がしたよ」

「次は多角形でも試してみようか」


 あの日と同じように巧は画面を見つめていた。

 動きは止まらない。照が作ったものは、今も同じように動いている。

 眼鏡を外して、目頭をつまむ。

 書斎のテーブルには、照の寮部屋から持ち帰った品々が置かれている。

 制服は壁にかけたまま。仕舞ってしまったらほんとうに、照がいなくなる気がして、片付けられない。

 立ち上がって、制服に触れると嗚咽が漏れた。


  〝冬休みに帰るね!〟


 瞼の裏に、頭の中に、胸の奥に、家のそこかしこに照の気配が残っている。

 鮮明に蘇る姿に、思わず声をかけてしまう。

 そのうち、照の声まで聞こえてくる気がした。


  〝お祖父ちゃん〟


 巧が孫と最後に会ったのは11月の連休の終わり。25日の午後だった。曇っていたが過ごしやすい日で、「ドライブがてら高校まで送ってやろう」と言ったが、連載中の締め切りが迫っていた。照にも「締め切り!」と叱られて、東京駅までになった。

 寮に着けば必ず到着報告の電話がきた。

 〝こっちは空気がしっとりしてる。霧が出てる〟

 入学してしばらくは寮生活に慣れず苦労して、少しホームシックもあったが、会うたびに逞しくなっているのを感じた。


 照は、まだこれからだった。

 こんなジジイが元気に生きてるのに、照が……照は……

 孫の制服を抱きしめて崩れ落ちる巧の手に、ネクタイがずるっと落ちてきた。


 ふと、ネクタイの裏にある名前の刺繍に目が留まった。

 制服には名入れオプションがあり、照の上着には『真井』とあった。

 ところがネクタイには別の名がある。

 そのことに巧は今初めて気づいた。


「伊織……」

 学校を通して連絡があり、弔問を許可した生徒たちがいる。

 感情の整理が追いつかず、学校を訪問したときは生徒の誰とも話をしなかった。

 だが教師どもから話は聞いていた。担任、プログラミング部顧問、寮の責任者がそろって口にした名前。照が一番親しくしていた生徒の名前。


「そうだ。タクトだ」

 照が最初にできた友だちだと話していた。帰る度に「タクト」の話が出た。

 巧はあらためてメールを確認した。

『伊織拓人』

 そうか、照に会いに来てくれたか。





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