4章4話:帰省の違和感
▌// [LOG] 2019-03-21 08:09 JST
春休み
「東京に行くので、交通費を出してください」
祝日の朝。
僕はお椀に豆腐の味噌汁をよそった後、ティッシュ箱を抱える父に前置きなく言った。
「は、はっ、クッション」
父が豪快なくしゃみをして、双子から「きったない」「あっちいって」とブーイングを食らう。重度の花粉症だ。薬を飲み、食卓に着きながら僕に訊ねる。
「住所は?」
「知ってる」
父は少し何か言いたげだったが、東京というだけで意図は伝わった。
住所は浅尾に頼んで教えてもらったものだ。その上で照のお祖父さんに、僕が弔問する許可を取ってもらった。
浅尾は寮監なので、電話でやりとりをしていることは知っていた。
とはいえ、僕に素直に協力したことが気持ち悪くて訊ねたら、「どうせ私はいなくなるから」と嗤った。
翌日の夜、父から費用の入った封筒を受け取った。
母が鬼の形相で、「まったく、高校生のくせに」とぷりぷりしていた。
高校生が同級生の死を悼んで線香あげに行ったらダメなのかよ?
「旅費くれえで腹立てんな。クソババア! 社会人になったら返してやるよ」
怒鳴ったとたん、母から見事な足蹴りを尻に食らった。
▌// [LOG] 2019-03-21 13:15 JST
自転車で聡司の家へ行った。
弓道部のブロック大会は思うような結果が出なかったために、数日落ち込んでいた。
ショートケーキが食いてえというので、朝から作ってやった。スポンジの間にもイチゴをたっぷり挟んだスペシャル版だ。
聡司はこの辺りの地主の息子で、3軒分ありそうなデカイ屋敷に住んでいた。
門扉のカメラに手を挙げると、「あがれ」と声が返った。
贅沢な部屋だ。寝室と勉強部屋に仕切りがあり、ゲーム専用のモニターにゲーム機数台。 僕も世話になっているが、ここでゲームを始めると帰るの忘れる。
「今日はゲームしねえぞ」
僕は宣言した。言わないとゲーム機に手が伸びる。
聡司が運んできた炭酸をグラスに入れて、テーブルに皿を並べている間に、2時間かけて作ったケーキが1分で消えた。
聡司の頬が膨らんでいる。
「てめっ、もっと味わって食えよ」
「モグモグ……うめえ」
僕らは東京へ行くことで少し浮き足立ったが、照のお祖父さんにどんな顔で会えばいいのか話し出すと、無言になってしまった。
「制服やめるか?」
聡司がポツンと言った。
僕らの訪問は照を思い出させる。
白耶麻高校の生徒を、山の上の寮の寂しい景色を。
「でも一応、僕らの正装って制服だよな?」
「ああ」
そんな話で何時間も過ぎていった。
聡司の家で夕飯を食ってから帰ると、自転車の音を聞きつけたらしい真凜が、二宮家の窓から顔を出した。
「たっちゃん!」
真凜の顔が外灯の明かりの影になって、一瞬びくっとした。
「何だよ。急に話しかけんな」
「東京に行くんだって!」
「あ、アホ、大声で言うな!」
双子に聞こえたらどうするんだ。
春休みなのに遊びに連れて行ってもらえなくて、拗ねている。そこで僕だけ東京へ行くと言えば、ギャン泣きされる。
玄関から家に入ろうとしたら、LINE通話が着信した。
「なんだよ。面倒くせえな」
と言いつつ、無視するともっとうるせえ。
〝たっちゃん、大丈夫? 真井くんのお祖父さんに会うんでしょ?〟
「……照に会いに行くだけやし」
ぐすっと真凜が鼻をぐずらせた。
〝気をつけてね〟
「ああ、心配させて悪かったな」
〝うん〟
自室に戻って、ベッドにダイブした。
〈ことつて〉を開く。
拓『照の家ってさ、すげえ都心部だよな? 23区』
テル『コタエナイ』
そうだった。こいつ、個人情報は鉄壁の守りなんだった。
拓『スマホ見つけたぞ』
テル『スマホ見つけたんだね』
ふぅん……これ、応えるんだな。
照の作ったボットって、どこまで作り込んであるんだろうな。
拓『スマホな。おまえが落としたの浅尾が拾ってたんだ。それを照に渡しそびれてたんだって』
テル『スマホをオレ落とした。浅尾先生は寮監だよ』
拓『知ってる。僕のクラスは国語は別の先生だから、近くで話したの初めてやった。意外に若いんだぞ。3月末で白耶麻退職する』
テル『浅尾先生退職するんだね』
拓『毎月東京に帰ってたよな?』
テル『帰省は毎月。4月と5月は連休帰省。6月は22日(金)の放課後に出て、24日(日)門限ギリギリに戻った。7月は夏休み。21日に帰省。8月は部活で25日の午前に戻った。(土)なのに部活、少し不満。9月、10月、11月は三連休。いいよね。毎月三連休あればいいのに。12月は冬休み。24日に帰省。1月は未定。2月は未定。3月は未定』
「1月から……未定か」
照はこまめに情報を更新してたんかな……。
12月は『24日に帰省』のままだから、帰省が25日にズレたことは反映していないが、スマホ探してて焦ってたもんな。
僕はカレンダーを見て、照が帰省した日に赤丸をつけた。
そうしてみると、照はマジ頻繁に東京へ戻っている。
三連休が多かったが、6月は週末利用だから大変だな。
白耶麻地区から東京へ行くのは、都会人には相当負担だろう。田舎はこういものだと慣れていない分。
電車、特急、新幹線、東京駅から自宅最寄り駅まで、片道約4時間半。
これだけ毎月手間暇かけて帰るなら、どうして地方に来たのか。やっぱり不思議だよな。白耶麻のようなGSクラスは、首都圏にもあるはずだ。むしろ首都圏のほうがよりどりみどりじゃねえか。
拓『以前にも一度聞いたよな。なんで白耶麻に来たのかって?』
テル『コタエナイって変換ミスしたやつ。オレ、それ、拓人にちゃんと話してないね。GSのカリキュラムが気に入ったって話したけど、会って話すから待ってて』
え? 照?
照だ。
だって前はさ……
画面スクロールして、照と話した春ごろのログを探した。GW前だ。照と部室で会った後、〈ことつて〉を始めた。
始まりの日だった。
『登録したぞ~』と僕が声をかけたのだ。
その日のうちに僕は直球で白耶麻高校に入学した理由を聞いて、照もそれっぽいことを答えた。まだ照が本音を口にしていないことは明らかだった。
『白耶麻ね、GSには外部公開できるサービスを一本作るというような実践的カリキュラムがあって。それが面白いと思った。学校がVPS契約をしてくれて、生徒がSSHで実際のサーバーに入れるんだ。普通の学校だとまだローカルかなって。親にサーバー契約してもらってるけど、いろんな環境で試すのありと思う』
テルの言葉が離れない。
――拓人にちゃんと話してないね
――会って話すから待ってて
照が、テルに残していた。
冬休みが明けたら、僕たちは会うはずだったから。
もういないのに、テルは待っている。
――これ、キツいな
なあ、照が話したかったことと毎月東京へ帰り続けた理由って、同じなんじゃないのか?
東京へ行けば、それがわかるんじゃないか?




