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4章3話:信じたい景色


▌// [LOG] 2019-03-16 11:15 JST


 1、2年にとっては終業式の日、講堂に浅尾が登壇し、転任の挨拶があった。

 人事移動がある公立と違って、私立は自分の都合だ。

 その後、僕は浅尾にいくつか頼みごとがあり、彼は「図々しいな」と言いながらもすべて承諾した。

 一つは照のいた部屋と中庭への立ち入りだった。

 もう一度、確認したいことができたのだ。


 週末は弓道部のブロック予大会で他県に行く聡司が、廊下を歩く僕の元へ走ってきた。

「拓人!」

「聡司! バスで移動だろう?」

「でるのは夕方だ。午後軽く練習ある」

 弓道部は11月の県予選の成績で本大会への出場切符を手にしていた。

 聡司は個人戦に出る。

 僕も行きたかったが、他県が会場のときは学校側が制限する。


「メシ食おうぜ」

 聡司が言う。

 僕がまだ帰らないことを見越して言っている。

「こっちは部活ねえけど?」

 僕はこっそり寮へ行くつもりだったが、聡司にはお見通しだった。

「この後寮に行くんだろ。真井のこと、おまえはまだすっきりしてないだろうしな」


 むしろ、僕の戦いはこれからだ。

 僕は聡司と食堂へ行って天ぷら蕎麦を食った。聡司がカツ丼定食を食べたかったが、今日は数が少なかった。

「何を気にしてるんだ?」

「なあ、僕は今ちゃんと頭が働いてると思うか?」

「テスト珍しく惨敗だっただろ」

「まあな」

「それは仕方ねえのはわかる。まあ、俺と話せるほどには冷静になったんじゃねえか」

「そうか」


 僕はスマホを取り出して、聡司に〈ことつて〉のことを話した。

 これまで〈ことつて〉については、誰にも話さなかった。

 照が開発したものだし、照の断りなく言いたくなかったからだ。

 ただ、遡って照とのやり取りを見て、僕は何か引っかかったのだ。

 いったい、何が?

 うまく、頭が働いていない気がした。

 

 昼メシを終えて、寮へ向かいながら話すことにした。

 男子寮へ向かう緩やかな坂は残雪が光っている。日中温度は10℃まで上がるようになったが、朝晩は相変わらず氷点下だ。

 コートもマフラーも欠かせない。

 聡司が訊ねた。

「何が引っかかってるんだ? 単語とか、何か言ってみいや」

「照が……24日の夜に、スマホ、今夜中に探すって言ったんだ」

「ああ」

「でも、探すってどこをだ?」

「部屋の中、トイレ、風呂場、脱衣所、食堂、洗濯室、中庭……」


 桐村証言では、照は談話室で寮生とわいわいしたことはなかった。

 行動範囲は狭く、日常的に必須の場所だけ。

 僕らはすでにスマホが浅尾の元にあったことを知っている。照は知らないから、自分の行動を何度も振り返ったはずだ。そして僕は、照が机の上にあっただろうラックに置いたと思った。だから窓の高さと同じになって……。

 それがやっぱり変だと思い始めたのだ。


 寮の門のインターフォン越しに管理人と話して中に入り、「浅尾先生から聞いてるよ」と管理人に言われ、僕らはペコッと会釈した。

 中庭へ入るための引き戸に手をかけると、苦い思いが込み上げた。

 聡司のほうは顔色を真っ青にした。

「聡司、平気か?」

「大丈夫だ」


 聡司は献花台が最後の日、僕が寮へ行ったとわかっても寮には入らなかった。

 足が竦んで入れなかった、と後で僕に謝った。

 軽くトラウマになったのだろう。

 その聡司が両手をもみ合わせるようにしながら、勇気を振り絞って中庭に入った。

 

 空はどんよりしていた。

 僕にはこれがデフォルトだが、照には重苦しい灰色の空に感じただろうか。

 聡司が中庭をじっと見つめた後、突然ハッと僕を見た。

 

「窓だ!」

「窓がなんだ?」

「窓が開いてたように感じたんだ。でもコンタクトしてなかったし」

「……ああそういや」


 野路たちと話したときは、まともに言葉を聞けていなかった気がする。

 あのとき久泉が言ったのだ。


『真井の部屋に電気がついてて、窓から身を乗り出してて危ねえなって思ったよ』

『真井が落ちたって聞いたときは、アレじゃ落ちるよなって思ったしな』


「聡司! 始発で帰るとき吹雪いてたか?」

 聡司は首を傾げたが、「いや」とつぶやく。

「風は強かったが、雪は止んでたんだ。ここは風が吹くと雪が降ってるように見えるだろ? だから吹雪いているようにも感じるが」

「どっちにしろ、吹雪いてるように見えたんだな?」

「雪が舞っている感じだな」

 久泉と聡司が見た状況は違うが、いずれにせよ、二人は雪が舞っているのを見た。

 僕はしつこく聞いた。

「なあ、雪がすごいってのに、スマホが窓のところにあると思って、窓開けるか?」

「開けねえよ。ふつうはな」


 僕は身を翻して中庭から通路へ戻った。

「拓人!」

「照の部屋へ行く」


 寮生たちとすれ違ったが、僕らは三階へ走った。

 ポケットからスマホを取り出して、304号室へ駆け込んだ。

 内装が変わって、ベッドが運び出されて、物置のラックが搬入されている。

 デスクと椅子は残っていた。

 僕はデスクと窓を見て、〈ことつて〉のログを遡った。

 テルとのやり取りの前。

 照が亡くなる前、12月の初雪のころのログを見た。

 何かつながった気がしたのだ。


「聡司! 見てくれ」

「いいのか?」

「おまえの意見を聞きたい」

 僕に急かされた聡司が、僕のスマホを取って〈ことつて〉のトークを目で追った。

「鳥か?」


 わけもなく涙が溢れた。

「なあ、僕が思いたいだけだと思うが」

 聡司が泣き笑うような顔で応じる。

「ああ。わかる。俺も、思いたいだけだが――」

「窓枠に、怪我した鳥とか、寒さで死んで挟まってる鳥とか見たらさ、照ならほっとけない。どうにかしようとするよな?」

「――弔うとかな」

「すげえ寒いから、鳥が来るの変かもしれんけど、窓にぶつかる鳥がいたって聞いたことのある照なら、何か気になって窓を開けたかもしれんよな。帰るのに準備してて、起きてた照なら」


 父が言っていた。窓枠のあり得ないところで照の指紋が採取されたと。

 照がスマホのために身を乗り出したとは思えない。

 見間違えかもしれない。

 でも照が「鳥さんかな?」と思って窓を開ける光景は、僕には想像できる。

 照が必死に身を乗り出して、手を伸ばして……

 

 聡司からスマホを受け取り、僕は目を拭うと、テルに話しかけた。


拓『照、小鳥はあれから見たか? 窓に来たのを見たか?』

テル『小鳥は初雪の日に見たよ』

拓『その後だ。ジョウビタキ、初雪の後も見たか?』

テル『うん。初雪の日だけだよ』


「そう、うまく記録あるわけねえか」

「なあ、拓人。俺にはその仕組みがわかんねえんだけど、なんでおまえ、今でも〈ことつて〉で話ができるんだ?」

「僕もよく仕組みがわからんけど、照が自分で自分のパーソナルボット、コピー? を作ったんだ」

「コピーを?」

 聡司は困惑して、首を傾げた。

「いや、俺がわからんのって、なんでコピーボットと話せるのかってことだ。真井が亡くなった後、だろ? 自動で切り替わるのか? 俺の言ってることわかるか?」


 くっくっく。

 僕は妙な声を出して笑った。

 照が仕掛けていたのかと最初は思った。

 だが実際は照の死後、誰かがログアウトされたサーバーを再起動したように感じる。


「照の、幼なじみがやったと思う」

「……へ? そんなことできんのか?」

「僕の基準は照だ。その照ならできると思うんだ。だったらそいつもできると思う」


 僕はスマホカメラを窓の外に向けた。照がいつも見ていた景色をパシャッ、記憶とともに記録に残した。




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