4章2話:覚悟と無力
▌// [LOG] 2019-03-02 08:15 JST
正門を通り過ぎる生徒たちが笑っていた。
彼らの視線の先にいるのは僕だ。
僕は恥ずかしがる聡司と二人で、模造紙に書いた名前を広げていた。
『3年生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。
斉藤たかし先輩、おめでとうございます』
湯島に頼んで、照をからかった3年の名を聞き出していた。
だいぶ渋っていたが、最後は教えてくれたのだ。
アホなことに、名前の漢字を聞き忘れて中途半端になった。
最初は3年の教室前で立っているつもりだったが、聡司から必死に止められた。
「頼む。騒ぎになったら他の3年が可哀想だ。外でやろ。俺も付き合うから!」
その結果の模造紙で、聡司は羞恥心と戦って俯いていた。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、というだろ」
僕が言うと、聡司は溜息を吐いた。
「おまえ、ほんと、そういうのだけはよく知ってるよ。使いどころあってるか知らねえけど」
僕は虫けら以下のやつらと話したせいで、この数日いきり立っていた。
聡司はそっと僕に寄り添ったが、半分は罪悪感だろう。
気を静めるために、バスの中で照に薦められた本を開いた。
小難しくて発狂しそうになった。腫れている額が疼くほどだったが、とどのつまり、人間の定義は人によって異なる。僕の場合、自分が相手を人間として扱うかどうかだけが基準だった。
だから僕は照をからかった3年を人間とは扱わない。
模造紙に字を書いたのは聡司だ。僕が書いたら『非道の3年生斉藤たかしに告ぐ』云々になっていて、「あかん! 煽るな」とイヤがったのだ。
「おめでとうございます、でいいんだよ。本人からすれば不穏な言葉に聞こえるはずだ。おまえの顔とセットだしな」
聡司が渋い顔でそう言った。
その通りだった。
当の斉藤本人が、模造紙を見て半ば怒りながら駆け寄ってきた。
茶髪に染めた痛々しいヘアスタイルにピアス男子で、気分はすっかり大学生だ。
「何やってんだよ!」
と僕の胸を押しやったが、ハレの日に揉め事を避けたいのは斉藤だ。
「照のスマホを返せ!」
僕がわざと大声で叫ぶと、「やべえ」「あいつやべえやつだ」と注目が集まった。
「拓人」と聡司が小声で僕を突くが、斉藤はあっさりげろった。
「スマホを取ったのは俺じゃねえよ。他にもからかうやつはいたんだ。それを知った浅尾が持って行ったよ。もういいだろ!」
まさか、からかっていた下級生が亡くなるとは思わなかったのだろう。図太い野路たちと違って、斉藤は逃げるように去って行った。
僕がぐちゃぐちゃっとした模造紙を、聡司が取り上げて畳み直した。
「どうすんだ?」
「ボコる」
「やめてくれ」
「裏でやるって」
「拓人!」
「そいつはな、照の倒れている写真を見ても知らん顔したんだぞ! 見つけたときに動くべきことだろうが!」
ギラッと聡司を睨みつけた。
聡司が僕の肩を片手で掴んだ。
「……ついていくよ。でもな、殴るのはダメだ。絶対にダメだ。退学になったら」
「ネットスクールで大学目指す。だからおまえは来るな。弓道はネットスクールじゃできねえ」
「……俺をこれ以上、情けない幼なじみにすんな」
僕はハッとした。
聡司は人差し指と親指で目頭をつまむと、顔を上げた。
「一蓮托生だろ」
▌// [LOG] 2019-03-02 12:40 JST
「すごいもんだな。男子高校生」
僕の顔を見るなり、浅尾が唖然とした。
喧嘩のとき、地面にガツンと顔を押さえつけられたせいで腫れた額が、今一番腫れているのだ。昨日看護の仕事を終えて戻った母が仰天して、無理やり僕を車に押し込んだ。そのまま職場病院に連れて行かれたが、脳に異常はなかった。頑丈だねと医師が笑った。
卒業式の後、僕は聡司と二人で国語分室を訪れた。
浅尾伸二は国語教師で、図書室に併設されていた。
寮で喧嘩したあの日、桐村が捲し立ててくれたおかげで、寮生たちはことの次第を知ることになった。寮内とあって、駆けつけた寮監浅尾が寮生たちにきつく口止めした。
そして照の遺族に話が伝わるのを恐れた校長は、照の写真さえ見つからなければ問題ないと高を括ることにした。
その結果「同級生の伊織くんをボコった」として、野路、久泉、中山を3日間の停学処分にした。
2年後の大学受験では、推薦やAOを狙っていた中山が壁にケリを入れていた。
僕が停学を食らわなかったのは、学校側が僕を警戒してのことだ。停学させたら何かやらかすのではないか、と。
「そんなに僕って、何かやりそうに見えるんですかね」
「鏡見てないのかな? 人相変わってるよ」
「そうですか……」
自覚はあった。奏はともかく、空詩が近づかなくなったのだ。僕がピリピリしているのがわかっている。
浅尾は僕が思ったより若くて、まだ三十路前だった。
目が細くていつも笑っているように見える雰囲気で、大人しい教師に見えた。
浅尾に促されて、僕らは図書室のテーブルに座った。
彼はタンブラーでコーヒーを飲みだして、僕らを呆れさせた。
余裕だな、おい。
「私を呼び出した理由は何だ? 寮のことなら生徒だからって話せないぞ」
「真井照くんのスマホを返してください」
浅尾は僕を見た。表情が動かなかった。
「どういう意味だ」
「照のスマホが行方不明のままなんです」
「なんで私が持っているの?」
僕がむかっとしたとたん、聡司が僕を押さえて代わりに言った。
「先生が持っていることは間違いありません。3年の寮生に確認しています。俺らもう限界を超えてます。寮の問題を公にする覚悟もあります。俺の姉、アナウンサーです。喜んで手を貸してくれます」
浅尾は目を瞠った。僕は聡司を見た。
やべえ。
自分がキレる分にはかまわないが、聡司がキレるとハラハラする。
浅尾はタンブラーを置くと、溜息混じりに立ち上がった。
少し席を外して戻って来た。封筒を手にしている。
僕が受け取り、中を開いて確認した。
歯車のシール。間違いなく照のスマホだった。
僕がしっかり両手で握る横で、聡司が眉をひそめながら訊ねた。
「どうしてご遺族がいらしたときに、返さなかったんですか」
「……もう用はすんだろ。帰りなさい」
今度は僕が言った。
「先生がさっさと照にスマホを返してさえいれば、照は死ななかった!」
「なんだって?」
浅尾はむっとした。
「照はな! 帰るの1日ずらしたんだよ! このスマホを探すために帰れなかったんだ! ちゃんと帰れていれば照は死ななかった!」
「黙りなさい!」
ダンッ!
浅尾がテーブルを叩き、僕もテーブルを叩いて立ち上がった。
「教師のクセに、寮を監督しなかったことが発端だろうが! 寮でからかわれていたこと知ってたから、3年がとった照のスマホを回収したんだろうが!」
浅尾が苛立たしげに言った。
「からかわれていたことは知っていたよ。だけど注意したって、私の目の届かないところでは続くわけだ。どこまでいっても私の責任問題にされる」
浅尾も最初は渡しそびれただけだった。小さなミスが、照が死んだことで自分が持っていると言い出せなくなったのだ。寮の空気が外部に知られることを恐れて。
保身だ。
「先生、僕が知らないと思ってますよね?」
「何をだ」
「照が倒れている写真、見たよな?」
浅尾の顔色が変わった。
「やつら、写真を撮る暇はあっても、照を助けるためには何一つ動かなかった。先生も共犯ですか?」
「そんなわけないだろ」
「だったらなんで、生徒が誤爆した写真、学校のパソコンに入れてんだよ!」
僕は追及の手を緩めなかった。
浅尾は椅子に身を沈めた。
「……私にも、わからない。あんな写真、全員に削除させてなかったことにすべきだった」
は?
そんな話ですませるつもりかよ?
口の中で言葉が渋滞する僕の腕を叩いて、聡司が言った。
「寮内でイジメがあったのですか」
「ない!」
「どうだか!」
「からかうのは3年に多かったんだ。真井くんは頭がよくて、3年のひとりが食堂で、彼に数学の問題の解き方を教わっていた。でも真井くんはうまく話せなくて、それでからかわれるようになった。その辺は私も生徒たちに聴取した。いいかい、伊織くん!」
浅尾は懇願するような顔で僕を見た。
「私は無視するしかなかった。あの子らのためじゃない。ご遺族のためにだ。私は私のできる最善策をとった。きみが騒いでも誰も得しない。あんな写真を見たら、ご遺族がどう思うか考えなさい」
はっ、イヤなことを言いやがる。
わかっている。表には出せないことだって、僕もすぐに思ったのだ。
僕は、無力だ。
歪んだ性格の生徒がいて、保身のために隠蔽する教師がいる。
遺族のためと言えば内情を暴露できない。
僕は、照の両親やお祖父さんをこれ以上悲しませたくない。
だから寮で何が起きたか言えなくなる。
僕が立ち上がると、浅尾は隠蔽になれた大人の顔で嗤った。
「きみもそのうち元どおりの生活だ」
なんだそれ。
元どおりって、どんな生活だ。
「先生、4月には別の学校に行くそうですね」
「もっと都市部がいいと思ってな、騒ぐなら4月以降で頼むわ」
聡司が小さく息を吐いた。それから二人で無言のまま図書室を後にした。




