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4章1話:初雪と小鳥


▌// [LOG] 2019-03-02 07:50 JST


 私立白耶麻高校の卒業式は県内で一番早い。

 白耶麻地区の夜明けは氷点下。朝7時半現在は4℃。 

 白耶麻を囲む山はまだ白いが、学校付近の家並みの屋根は雪が溶けて、軒先から雪解け水が聞こえてくる。その水は地面を濡らし、川へ流れていく。路面が凍らないよう温水が噴き出ているせいで、地面がびちゃびちゃ。

 逆に坂道はガチガチ。というのも通常ルートは手すりつき階段で、坂道は奨励されない。

 ところが階段は遠回りになるので、勇者は坂道を行く。

 僕も坂を登る派だ。最強スパイク付きスノーブーツだから滑ったこともない。ザックザック。先人の道を辿れば氷も砕けている。

 そのブーツの底が少し染みてきた。

「げ、何か穴開いてる気ぃする」

 と、足の裏を見る。

 聡司が笑う。

「買ったばっかじゃねえか?」

「ああ……12月にな」


 僕がブーツを買ったのは、照と出かけた初雪の日のことだった。



▌// [LOG] 2018-12-07 07:10 JST


 12月7日、例年より遅れて白耶麻地区に初雪が降った。

 一夜にして真っ白になった。


照『深夜だったかな。すっごい雷落ちた! 飛び起きた』

拓『雪起こしな。一発雷とか。雷怖えぞ。マジびびる』

照『雷、夏のイメージ』

拓『そうなんか? 僕は冬だな。すげえ多い。うちの死んだ祖父ちゃんが、昔よりだいぶ減った気がするって言ってたけどな』

照『今日行ける? 平気?』


 期末考査前の土曜日だったが、僕らは町に出る約束をしていた。

 照が大きな書店に行きたいと言ったことと、僕も案内してやりたいところがいくつもあった。

 と言っても車社会。子どもが行けるところは限られる。照はガキのころから電車で遊びに行ける都会にいたから、移動手段の乏しさに驚いたり困ったりしていた。

 それに、外に出ると何かしら言葉を発さないわけにはいかない。週末寮生は外に遊びに出るが、照は話すのがストレスで、部屋にこもってパソコンに向かっていた。


 なんだ、僕を誘えばいいよ。

 僕はそう言って嬉しくなったし、もっと早く気づけばよかったと反省した。

「テスト前に遊ばなくてもいいのに」と真凜に言われたが、僕は余裕だった。高校に入ってめちゃくちゃ勉強するようになった。照の影響だ。照は首席入学でGSでも首位独走。これで僕がアホだと、照に申し訳なくなったのだ。


 どういうわけか照は僕とは話す。

 やっぱアレだろうな。ネクタイを貸したから。地方の高校で初めてまともに絡んだやつだから、刷り込み(インプリンティング)みたいな。


拓『初雪程度でバスは止まらんから。予定どおり待ち合わせな! スマホ忘れんな』

照『外に出るから忘れない!!』


 照はMacは大事そうに抱えても、スマホはひょいっと置く。

 部室のPC前に置いて帰ろうとして、他の部員が慌てて「忘れてるよ」と渡したこともあった。ケースに歯車の自作シールが貼ってある。

「真井くんもシール作るんだ」と部員たちが自分たちと同じだと謎の共感を得ていたが、僕も含めて同じゲームにチャレンジしたら、「やっぱ違げえ」となった。

 そのゲームは工場を建設するもので、ゲーム好きが集まるプログラミング部員たちにして、誰も知らない海外のゲームだった。

 僕もそれをやったが、地味に苦痛を強いてくる。それなのにやめられず、気づいたら朝になっていたという恐ろしいゲームだった。



 僕が高校に行くときは白耶麻中央駅を使うが、繁華街に出るなら中央駅だった。

 電車は途中で路面を走り、中央駅も路面で降りる。

 照が慣れないだろうと思って、降り口で待っていた。

 電車の窓越しに私服の照が見えて、「ちゃんと来れたな」と笑って迎えたら、柵に囲まれたスロープのところで、いきなりステンと転びかけた。

 僕はとっさにぶつかるようにして転ぶのを止めた。


「び、び、っくっ」

 照の声が翻り、僕も心臓をバクバクさせた。

「あっぶねぇっ」

「す、滑る」

「市街地も降ったせいだな」

 積もったのは1センチ程度だが、照はドキドキしたような顔で、へっぴり腰になった。

「受験のときだって雪すげかっただろ?」

「……車でっ、お、お祖父ちゃんが」

「慣れてねえと、雪道走るのやべえぞ」


 すると祖父ちゃんは車好きで、スキーも達者。長野や群馬へ一緒に出かけていたという。

 やるな、都会の祖父ちゃん。

 書店の入っているデパートへ向かったが、どうも照がおどおどしている。

 白くなった地面を見ながら、慎重すぎる。

 スキーが得意だって話をした直後で、その動きはねえ。


 僕はハッとして、照を道端に寄せた。

「靴裏見せて」

「な、なに?」

 照のブーツは雨の日に履くおしゃれブーツ程度のスペックで、僕から言わせれば底がツルツルだった。

「あ、思い出した」

「え?」

「親戚が昔さ、東京で買ったブーツを履いてすっころんだことがあった。ふだん転ばねえからおかしいなってみんなで笑ったら、底がこんな感じ。溝が浅え。こっちじゃ、別に気にせんでも雪対策されてるブーツがデフォルト。一応マークは確認はするけどな。都会はそもそも雪靴って、専門店で買うんやろ?」

「ん……」

 照が難しい顔になった。

「こ……これから、ゆ、雪、降る」

「降るぞ。初雪は遅かったけど、今年は大雪になるらしいって言ってる」

「か、買う!」

「僕はいいけど、書店は?」

「……あとっ!」

 

 照はセレブだった。ネットで調べて、僕なら絶対入らないようなブランド店を梯子して選んだ。そしたらセール品があって、僕も冬休みには買い直そうと思っていたブーツを買うことにした。

 少々値が張ったので、後でクリスマスプレゼントを自分で買ったと言って、正月のお年玉上乗せで手を打った。



 買ったブーツがよほど気に入ったのか、翌日曜の午後の昼間に〈ことつて〉があった。


照『学校の周辺歩き回った。快適!』

拓『今日もちらついたな。そっちは?』

照『朝から降ってる。すごい、真っ白』

拓『気をつけろよ。テスト前に風邪ひくぞ』

照『うん。今部屋にいる。さっき窓に小鳥来てて、写真撮ったから明日見せる』

拓『小鳥? 窓に?』

照『寒さを凌ぎに来るのかな? 窓にぶつかった子いたって、管理人さんが言ってた』


 へえ。


拓『渡り鳥か? 鳥が来るの知らんかった』

照『画像検索した。ジョウビタキだって』

拓『僕も検索する』

照『ことつてで、写真送れるようにしたい?』

拓『別に。照はシンプルなのが気に入ってんだろ?』

照『うん、これはトークするためのものだから』

拓『ことつてって、言伝ってことだよな?』

照『そうだよ。今さら~。聞かないからわかってると思ってた(笑)』

拓『知ってたって!』


 言伝。古くは濁点なしのことつて。伝えたい言葉を他の人に取り次いでもらうこと。

 

 テストが終わって部室で落ち合ったときに、照から画像を見せてもらった。

「カラフルな雀みたいな」

「う、うん。かわ、い」

 照が見たのは折りたたみ定規の長さくらいで、約15cmだったらしい。腹が灰色味のある茶色で翼に白斑があった。たぶん、オスだな。

 名前のジョウは「尉」で銀髪のことで、ヒタキは「火焚」。火打石をたたく音に似た音を出すことから、ジョウビタキだそうだ。


 照は楽しそうだった。僕なら、窓に来た小鳥に気づいても写真は撮らなかった。

 だが照はそうしたことも必ず調べるやつで、こういうところが僕との違いで、賢く育つんだなと感心した。






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