3章5話:瓦解
▌// [LOG] 2019-02-28 12:40 JST
3年生の卒業が迫って、3年たちは久しぶりに登校した。リハのためだ。
男子寮のことを教えてくれたのは、意外にも湯島だった。
プログラミング部で、3年生に寄せ書きを渡すことになり、そのときに言ったのだった。
「今まで言わなくてごめん。私、一度見たんだ。うちのクラス……の、寮にいた男子が、真井くんからかってるところ」
「からかう?」
「……真井くんにしつこく絡んで、真井くん売店入れなくて」
湯島はハンカチで目を隠しながら、何度もごめんねと言った。
誰に謝ってんだよ。
「それ誰すか」
「教えない」
「は?」
「喧嘩させたいわけじゃないの。そいつ**大の推薦落ちて、頭のいい真井くんにイラッとしただけやって。落ちた後すぐ寮出てるし、センター近くて塾に通ってて」
ああ、落ちた後に賢い照見て腹立てたアホがいたって話か。
「センパイは何が言いたいんや? あの日は3年がいなかったんやから、関係ねえってか?」
「そやで! うちらの卒業式でなんかやらかす気や、うちもう、心配で、心配で」
「うわ、だせ」
「伊織くん!」
「ひでえよな。関係ねえやつ巻き込むわけねえって」
「そ、そう?」
「はい、卒業おめでとございやす」
僕はそう言って、湯島とはバイバイした。
1年の一部の寮生は僕を避けて、久泉は聡司とも口を利かなくなったが、僕にわざわざ寮の話をしにくる人間もいる。
継ぎ接ぎの情報から、あの夜3年はほぼいなかったことがわかった。
考えたらわかることだった。
年明けにセンターがある。神経張り詰めてる3年がいるのに、クリパで騒ぐ下級生がいたら怒鳴り込む。毎年恒例のクリパがあったから、3年はさっさと寮を出たのだ。大掃除は1、2年の行事だということもわかった。
だが、照を日常的にからかう3年がいたってことは覚えておく。
そいつは門を出たところで、ぶん殴ってやる。
▌// [LOG] 2019-02-28 17:10 JST
献花台を片付ける日だと聞いていたので、僕は寮へ行った。
以前は人目を忍んで来たが、急に、「もうええわ」と思ったのだ。
寮の管理人が、「また来たんか」と言ったが、「最後やし」と言ったら、「今掃除してるとこや」と言った。
その掃除をしているのは、管理人ではなく1年だった。
僕が庭に出るとき、引き戸に手を掛けて、動きを止めた。
戸は上半分がガラス張りで、庭にいる連中が見えた。
桐村、久泉、野路、中山だ。全員僕が知っている連中だ。
とっさにスマホを出すと機内モードにして、ボイスレコーダーアプリをタップした。そのうち寮のやつらと話す気で、何度もテストしていた。引き戸横の窓を開けて、枠にスマホを置いた。声が遠くて拾えないか?
「なんで僕だけが! こんな目に遭わなくちゃならないんだ!」
桐村の声が轟いた。
なんだ?
「全員が同罪なんだぞ!」
――同罪?
「落ち着けよ。なんで呼び出したんだ。伊織の差し金か」
その声は同じクラスの野路だった。
急に僕の名前が出されたが、僕は驚かなかった。
「何も言われてないよ。でもこっちから、ぶちまけてやる!」
桐村が興奮している。
――照の話だ!
「僕が本当の第一発見者じゃないことは、おまえらが知ってる」
「うぜえ。蒸し返すなや」
「あの日煩くて眠れなかった。何度も外を見たよ。寒かったし雪は降ってなかったけど風が強くて、それが不気味だった。4時半ごろ物音がした気がしたんだ。真井くんだったとしても気づけなかった。それからもう眠れなかった。だからだよ! 窓の外が光ったんだよ!」
――こいつらか。
写真を撮ったのはこいつらだ。
僕は引き戸をガラッと開いた。
すぐに顔を向けたのは久泉だったが、口を開いたのは野路だった。
「お、真打ち登場か」
「続き、聞かせろや」
「寮に来んなや」
人の好さそうな久泉の頬が紅潮していた。
「おまえらに聞きたいことがある」
野路は肩を竦め、久泉がチッと舌打ちをする。
「伊織てめえは寮にはいなかったやろうが、俺らに構うなよ!」
「まだ構ってねえだろ。これから構うんだよ」
僕は開いた引き戸を、わざと音を立てて、ピシャリと閉めた。
いろんなことにキレていた。
野路が息を呑んだ。
「すげえ苛立ってんな」
「これからやばい話をするからな。おめえらが」
全員ぎょっとした顔になり、久泉が半分口を開けた。
「てめえらは警察に突き出す。罪状は知らんが、証拠もある」
「っ、ざっけんな!」
「ぼこるぞおらぁッ」
「写真なんだろ!?」
桐村が悲鳴のような声を出した。
桐村以外の3人は「はっ」と笑った。LINEグループで写真を回したことを思い出した顔だった。
そこにはこれっぽっちも罪の意識がない。
「照が落ちたことに気づいた上で、近くまで行かないと撮ることができない写真だった。フラッシュを焚いて撮る余裕もあった。それなのに照は放置されて死んだ。照の救護義務を怠ったやつは、殺人犯だ」
「あったまおかしいのか」
中山が少し狼狽え気味に言った。
「人殺し、逃げられると思うなよ」
「ひっ」
最初に崩れたのは中山だった。
こいつらとは連んだことはないが、傍目で見ててわかる。
中山は寮生でなければ久泉とは合わない。小利口だ。
久泉はアホだ。
性質が悪いのは野路だ。
同じクラスだが、こいつは一歩引いたところでアホを操る。僕や聡司に照の好きな物を聞きに行かせたのは野路だ。久泉を使って、僕の様子を探らせたんだ。
「いいぜ教えてやる。死体を見に行ったついでに、警察のために撮影してやったんだよ、俺らが」
「遺体だ! 名前がわかってるのに死体って言うな」
野路は鼻先で笑った。
「死体でも遺体でも同じだろ。あいつ自分でしゃべれもしねえじゃねえか」
一瞬、照のはにかんだ笑みが浮かんだ。
「おい、野路君」
野路以外の顔から血の気が引いた。
「なんだよ」
と、野路が眉根をよせる。
「おまえ今、死体を見に行ったって言っただろ」
中山が指摘した。
野路は自分が何を言ったかようやく理解した顔だった。
「ああ、倒れてたって言い直せって言うのか。どっちでも一緒だろ。死んでんだし」
「野路おまえ、照が中庭に転落したこと、知ってたんじゃないのか?」
僕はぐっと拳を作りながら訊ねた。
「何言ってんだ」
くだらねえと立ち去ろうとした野路の近くで、桐村が身体を折り曲げるなり嘔吐した。引きつけを起こしたように膝を折っていく。
「おいっ!」
とっさに久泉がかけよったが、桐村はそれを激しく振り払った。
「おまえの部屋だって、灯りが漏れてたこと見て知ってるんだぞ!」
久泉はビクッとした。
桐村はジャージの袖で口を拭った。そのまま床に座り込むと、近づいた僕を振り仰ぐ。興奮と動揺が半々の貧乏揺すりをしながらだった。
「真井くんを、この目で見てるんだ! 地面に横たわっていた彼の姿を、僕は見たんだよっ。毎晩のように彼の顔が……! ヒッ、伊織くんの顔を見るのも、イヤでイヤで」
桐村が泣き出した。
ひどく胸くそ悪い話し合いだった。
「照は、転落した後も生きていた。それを知っていて、おまえらは何もしなかった」
「おい、どういうことだよ」
中山が狼狽えた。
「い、生きてるなんて思わねえよ!」
――何言ってんだ?
その言葉はまさにその場にいた生徒にしか出てこないものだった。
ここにいるやつらは、照が落ちたことを知ってたんだな。
こいつら、人間じゃねえ。




