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3章4話:片鱗


▌// [LOG] 2019-02-21 19:30 JST


 バスに揺られながら、僕はテルと話していた。

『寮に行ってきた。もっと早く行きたかったよ』

 部屋に照の痕跡があるうちに。

『何のこと?』

 ははは、僕は笑った。照には僕が寮に遊びに行くというトピックはなかったのだ。規則では学校の生徒でも寮に招くことはできないから。男子の運動部合宿では使うのにな。


拓『照のクラス。3年まで一緒だな。進路決めてるのか?』

テル『オレ、アメリカ。中学のとき一馬(かずま)と約束してる』

 以前にテルに聞いたとき、一馬はA学院の生徒ではないと言った。近所にも住んでいないと。

拓『ひょっとして、一馬はアメリカの高校にいるのか?』

テル『コタエナイ』

 これもフォールバックか。


拓『大学でもプログラミングやるのか?』

テル『プログラミングは手段であって、それで何か役立てることはあるのか考える。中学のときに、Raspberry Piとスピーカーを組み合わせて、チャットで打った内容を合成音声で発話させるのやってた。

オレ、急に言葉がでなくなる。

スピーカー作ったとき虚しくなった。やりたいこと、それと違う。

オレは自分の問題片付ける。大学で一馬と向き合う』


 テルから返された言葉に、僕はしばし難解な絵を読みとく思いになった。

 僕らは一度も将来の夢について語ったことはない。そういうのは自然とでてくるものだが、僕らはまだ互いの胸のうちを明かすほどの関係にはなっていなかった。

 悔しい。テルが見せてくれた照の未来が、僕には掴みきれない。


 だが照が、自分の問題としていることが何かは、わかりかけてきた。

 照が急に言葉ができなくなった原因に、一馬がいる。

 一馬と何かトラブったのだ。一緒にいられなくなったほどのトラブル。

 そのくせ完全には離れられない。

 わかるぞ。照が言ったんだもんな。僕にとっての聡司みたいだって。

 あのときちょっとグッときた。照は僕のことちゃんと見てるんだなって。


拓『もっと早く、おまえのこと知りたかった。もっといっぱい、照と話したかった』

テル『何のこと?』


 まったくな……何のことだよな。

 僕らは時間が無限にあるような気がしていた。

 また明日なって、当たり前のように会って話せると思ってた。



◇// [LOG] 2019-02-26 19:50 JST ――桐村(あつし)


 山の林がざわついていた。

 雨も降り出してきた。瞬く間に窓や建物を打つ雨音が激しくなっていく。山が唸る。まるで地獄で吹き荒れる罪人どもの呻き声だ。


 罪人てだれだよ……と、桐村敦は自分の思考に苛ついた。


 シャンプーの泡で頭皮をがしがし洗いながら、隙あらば脳裏に浮かぶ追憶からギュッと目を閉じたら、逆効果だった。

 吐き気をもよおした。熱めのシャワーに頭を突っ込みながら、動悸に胸をかき抱く。

 それからスポンジで身体を擦った。何度もボディーシャンプーを注ぎ足して膚を擦る。頭の中を埋め尽くすいやな記憶。フラッシュバックするあの夜明け。

 特別な感情などない。だから余計に責められてる気がするのだ。


 やめろよ、もう僕を見上げるな。恨めしそうにするな!

 スポンジの泡が切れて、何度目かのポンプに手を伸ばしたところだった。背後から手首を掴まれた。


「何をしてるんだ」

 我に返った桐村が手を止める。いつの間にか浴室に生徒が増えていた。

 中山が奇妙な目で、桐村の真っ赤になった裸を見下ろしていた。

「なんだよ」

 桐村は顔を真っ赤にさせて声を荒げた。

「いや……用はねえけどさ、大丈夫かよ?」

 中山が気遣わしげに見る。

「……あ」


 奇妙な目つきの理由が分かった。桐村は肌がどこもかしこも真っ赤だったが、特に鎖骨から胸が酷かった。皮膚が擦りむけている。指摘されたとたん、石鹸が染みてきた。


 そのうちわらわらと集まり始めた。1年の運動部組だ。野球部の久泉と剣道部の野路(のじ)もいる。

 桐村は久泉と目が合いかけて、とっさにそらした。

 ひりひりした肌に水シャワーを浴びた。他人と同じ浴槽に浸かることはできなかった。気持ち悪くて考えられない。脱衣所の共有も心底不愉快だ。


「桐村」

 中山たちが首だけ振り返らせた。全員シャワーの前に陣取って尻を並べて座っている。

「なあ、桐村だろ。第一発見者って」

 野路がいきなり言って、桐村を仰天する心地に突き落とす。見事な技ありだ。

 桐村はぶるぶる震えた。第一発見者の意味がわかってるのだろうか。

 必ずしも第一発見者は、第一通報者にはならない。


「おまえらな」

 久泉が溜まりかねたように口を挟んだ。

「真井はもう死んだんだ。不謹慎な会話はやめろ」

「出たよ。なんちゃっていい子ちゃん、おまえって、伊織のお友だちの沖津くんと同じクラスだもんな」

 野路の声は悪意に充ちていた。

真井(まない)崇拝者(伊織)の近くにいると菌がうつるぜ」

「崇拝者って、すげえ言葉だな」

 と、中山が感心した。


 久泉が思い出して言う。

「年明けすぐよ、春高バレーの決勝戦だっただろ。優勝期待されてたのにさ、警察やら保護者やらで、ぜんぜん落ち着かねえ感じ、可哀想だったよな」

「よかったんじゃねえの」

 と、野路が皮肉げに言った。

「バレー部準優勝が目立たずにすんだ」

「それは考えなかったな、ハハハ」

 久泉が馬鹿笑いし、桐村は浴室を出た。




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