表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/31

3章2話:JSON



▌// [LOG] 2018-08-25 14:45 JST

 夏


 9月半ばに文化祭がある。

 全学年全クラス全部が一丸となって盛り上げる、白耶麻祭だ。

 プログラミング部も参加必須。

 汗だくになりながら学校に着いて、部室のクーラーに涼みながらリュックの中を取り出す僕に、照がびっくりして駆け寄った。


「お、大荷物」

 まだ入ってるの? とおっかなそうにリュックの中を覗き込むほどの食いつきだった。

「ポーチは8個だけだぞ。筆記類、生徒ID、スマホの充電器とイヤホン、お菓子、日焼け止めと扇子、電子マネーが使えなくなったときのお金、救急防災セット、タオル1枚、ハンカチ2枚、ウエットティッシュ、最後に水筒と弁当だな」

 先輩たちにも驚かれた。家が遠いと持ち物が増えるのだ。


 プログラミング部は11人。3年は進学組だけ夏休み前に引退した。

 学校側が力を入れているのに対し、プログラミング部はオタクだと思われている。スマホは使うのにパソコンはオタクなんか? 

 去年、一昨年とはRaspberry Piを使ったデモをやったという。サーバー構築したり、謎の自作ガジェットをする人たちがいて、立ち寄った生徒たちがよくわからないと去ったそうだ。

 

 そこで今年は、他の生徒が遊べるゲームがテーマになった。

 3年は推理ゲーム。照がやろうとしてたやつだ。湯島、自分で考えろや。

 2年は百人一首ゲーム。

 1年5人は崩壊した。個人主義だらけ。先輩たちによると「今年の1年は生意気」だ。

 その中で僕は基礎がないから、先輩たちに構われる。構いたがりが多くてうぜえ。

 かと思えば、「真井がついてるしな」と言って、教えないこともある。

 いやいや、そこは引くなよ。照のゲージをくだらねえQ&Aで減らしたくねえ。


 その日はまた先輩がひとり休みを伝えてきた。

 引退しない前部長湯島が、

「えらいんだって」

 湯島の言葉に、照が僕の腕を突いた。

「え、偉い?」

 おぉぉ、照が戸惑っている。

 僕は「ツラいって意味」と応えながら、そういや真凜が、『GSって他県組がいるから、みんな意識的に標準語使うんだって』とかいうのを思い出した。


 それからも度々湯島の言葉に躓く照がおかしくて、僕は一つひらめいた。

「照が使える方言ボット、作ろっかな」

 方言から標準語にするボットなんて、需要はあるんかな。照限定っぽい。

 その案に、照が笑った。

「うん。楽しみ」

 

 照向け方言ボットを、自分なりに設計した。

 インターネットで転がっているが、残念ながら、どれが僕のやりたいことに適しているか、さっぱりわからんかった。

 数時間費やして、やりたいことをまとめた。

 学年ごとにまとまる上級生、散った1年は菓子食いながら、だべってる。

 照は淡々とホワイトボードに設計図を書いた。ふだん部室にいない照も、文化祭の参加は必須。個人主義の1年は各自デモを行う。

 照の設計図は英語と記号で、僕は読み解くのを諦めた。

「照、何作るんだ?」

「1日……」

「ん?」

「す、すぐ作る」

 すぐ作れる? 1日で?

 驚く僕に、照はニコッとした。

 説明する気ゼロ。〈ことつて〉では饒舌な照は、人が多いところでは話さない。

 いや、保健室の先生の話だと、話せないんだっけ。

 代表宣誓をやり遂げて、自信? がついたのか、よくなったとは聞いたけど。


 帰り際、湯島が僕に言った。

「照くん。大物は作ってくれんね」

「大物って……ああ、凝ったやつほしかったんか」

「そやぁ、だって、すごい逸材なのにぃ。一本道の単純なゲームやったわ」

「へえ、どんなゲーム?」

「あれれれ? あんなに美しいフローチャートを見てわからんとは、ハイ、頑張りましょう」

「すんません」

 


 あの後、照がマンツーマンで整理してくれた。

 文化祭までは3週間、僕にできることは何か。寝る間を惜しんでやるのはなし。開発時間を決めた上で、どの程度のデモを行うか、ゴールを決めてから設計することになった。

「そうかゴールだな」


 照が先輩たちの推理ゲームのフローチャートをさらさらと書いた。

 推理ゲームのゴールは犯人の特定で、各トピックに伏線をおき、全部集めたら犯人に辿り着く。犯人とアイテムが決まっているから作りやすい。

 ところが僕の作りたいものはルールがわかりにくい。

 照が困らないことが基準になっているからだ。デモに来た生徒は、「えらい」は標準語になるのに、「おおきに」は置き換わらないね、ということになる。

「なるほど」

「まず、決める」

「範囲だな」


 方言の変換には段階がある。

 一番簡単なものが、「〜やろ」→「〜だろ」のような語尾の置き換え

 形が決まっているから機械的に置き換えられるし、雰囲気出る。標準語からの方言置き換えによく見られるそうだ。

 でも語尾は別に変えなくても照はわかる。イントネーションに戸惑うだけで。

 次の段階は「えらい」→「つらい」のような単語の置き換え。


「方言と標準語の対応だけなら、すぐできるな」

 僕は思った。

「今日中に終わるんじゃねえ?」

 だが「うん」と頷いた照の目は笑っていて、その後僕は沼に落ちていった。

 方言を標準語に置き換える一覧を作って、JSON形式に変換するだけだった。

 テスト用に、手元で動かす最小構成プロトタイプを作った。

 shiroyama-botフォルダを用意。その中に、main.py(変換を実行するPython)とdict.json(方言対応表)を置く。

「えらい」の方言は「辛い」に変換する。

 間違えながらもプログラムを書いて動作確認した。

 僕がテストする後ろで、照が画面を覗き込む。


 方言:えらい

 標準語: 辛い


 方言:風邪ひいてえらい

 標準語: 風邪ひいて辛い


 方言:風邪ひいてえらいんやけど

 標準語: 風邪ひいて辛いんやけど


 ふいに、照が言った。


「……たっ、拓人はえらいね」


 ん? 

 その通りに打てという意味らしいので入力した。

 拓人は辛いね、と返された。


「あ! そや。そやな」

「そや」

 照が真似て笑った。


 照にとって特に難しいのが、高難度方言と位置づける文脈においてだ。

『今えんかったよ』

『はよせな』

 僕らは「えんかった」と言われたら「いなかった」とわかるが、照は一瞬「?」となる。

 かといって、JSONで『えんかった』を『いなかった』にしてしまうと、『考えんかった』が『考いなかった』になる。

「はよせな」は「早くして」だ。

 が、それも置き換えると、『はよせなあかん』のとき困る。「早くしてあかん」になるからだ。

 早くしてと言いたいのに、「あかん」の否定がつく。

 

 僕は立ち上がると、照に一礼した。

「すんませんでした。簡単ではありませんでした」


 照がくすくす笑い、デモをどこまで作り込むかの話に戻った。

 意味が一対一で対応するもので、かつ文脈で意味が変わるものは一旦省くのか。

 それとも工夫するか。


 僕は照に「自分で考える!」と言って、ヒントを受け取らなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ