3章2話:JSON
▌// [LOG] 2018-08-25 14:45 JST
夏
9月半ばに文化祭がある。
全学年全クラス全部が一丸となって盛り上げる、白耶麻祭だ。
プログラミング部も参加必須。
汗だくになりながら学校に着いて、部室のクーラーに涼みながらリュックの中を取り出す僕に、照がびっくりして駆け寄った。
「お、大荷物」
まだ入ってるの? とおっかなそうにリュックの中を覗き込むほどの食いつきだった。
「ポーチは8個だけだぞ。筆記類、生徒ID、スマホの充電器とイヤホン、お菓子、日焼け止めと扇子、電子マネーが使えなくなったときのお金、救急防災セット、タオル1枚、ハンカチ2枚、ウエットティッシュ、最後に水筒と弁当だな」
先輩たちにも驚かれた。家が遠いと持ち物が増えるのだ。
プログラミング部は11人。3年は進学組だけ夏休み前に引退した。
学校側が力を入れているのに対し、プログラミング部はオタクだと思われている。スマホは使うのにパソコンはオタクなんか?
去年、一昨年とはRaspberry Piを使ったデモをやったという。サーバー構築したり、謎の自作ガジェットをする人たちがいて、立ち寄った生徒たちがよくわからないと去ったそうだ。
そこで今年は、他の生徒が遊べるゲームがテーマになった。
3年は推理ゲーム。照がやろうとしてたやつだ。湯島、自分で考えろや。
2年は百人一首ゲーム。
1年5人は崩壊した。個人主義だらけ。先輩たちによると「今年の1年は生意気」だ。
その中で僕は基礎がないから、先輩たちに構われる。構いたがりが多くてうぜえ。
かと思えば、「真井がついてるしな」と言って、教えないこともある。
いやいや、そこは引くなよ。照のゲージをくだらねえQ&Aで減らしたくねえ。
その日はまた先輩がひとり休みを伝えてきた。
引退しない前部長湯島が、
「えらいんだって」
湯島の言葉に、照が僕の腕を突いた。
「え、偉い?」
おぉぉ、照が戸惑っている。
僕は「ツラいって意味」と応えながら、そういや真凜が、『GSって他県組がいるから、みんな意識的に標準語使うんだって』とかいうのを思い出した。
それからも度々湯島の言葉に躓く照がおかしくて、僕は一つひらめいた。
「照が使える方言ボット、作ろっかな」
方言から標準語にするボットなんて、需要はあるんかな。照限定っぽい。
その案に、照が笑った。
「うん。楽しみ」
照向け方言ボットを、自分なりに設計した。
インターネットで転がっているが、残念ながら、どれが僕のやりたいことに適しているか、さっぱりわからんかった。
数時間費やして、やりたいことをまとめた。
学年ごとにまとまる上級生、散った1年は菓子食いながら、だべってる。
照は淡々とホワイトボードに設計図を書いた。ふだん部室にいない照も、文化祭の参加は必須。個人主義の1年は各自デモを行う。
照の設計図は英語と記号で、僕は読み解くのを諦めた。
「照、何作るんだ?」
「1日……」
「ん?」
「す、すぐ作る」
すぐ作れる? 1日で?
驚く僕に、照はニコッとした。
説明する気ゼロ。〈ことつて〉では饒舌な照は、人が多いところでは話さない。
いや、保健室の先生の話だと、話せないんだっけ。
代表宣誓をやり遂げて、自信? がついたのか、よくなったとは聞いたけど。
帰り際、湯島が僕に言った。
「照くん。大物は作ってくれんね」
「大物って……ああ、凝ったやつほしかったんか」
「そやぁ、だって、すごい逸材なのにぃ。一本道の単純なゲームやったわ」
「へえ、どんなゲーム?」
「あれれれ? あんなに美しいフローチャートを見てわからんとは、ハイ、頑張りましょう」
「すんません」
あの後、照がマンツーマンで整理してくれた。
文化祭までは3週間、僕にできることは何か。寝る間を惜しんでやるのはなし。開発時間を決めた上で、どの程度のデモを行うか、ゴールを決めてから設計することになった。
「そうかゴールだな」
照が先輩たちの推理ゲームのフローチャートをさらさらと書いた。
推理ゲームのゴールは犯人の特定で、各トピックに伏線をおき、全部集めたら犯人に辿り着く。犯人とアイテムが決まっているから作りやすい。
ところが僕の作りたいものはルールがわかりにくい。
照が困らないことが基準になっているからだ。デモに来た生徒は、「えらい」は標準語になるのに、「おおきに」は置き換わらないね、ということになる。
「なるほど」
「まず、決める」
「範囲だな」
方言の変換には段階がある。
一番簡単なものが、「〜やろ」→「〜だろ」のような語尾の置き換え
形が決まっているから機械的に置き換えられるし、雰囲気出る。標準語からの方言置き換えによく見られるそうだ。
でも語尾は別に変えなくても照はわかる。イントネーションに戸惑うだけで。
次の段階は「えらい」→「つらい」のような単語の置き換え。
「方言と標準語の対応だけなら、すぐできるな」
僕は思った。
「今日中に終わるんじゃねえ?」
だが「うん」と頷いた照の目は笑っていて、その後僕は沼に落ちていった。
方言を標準語に置き換える一覧を作って、JSON形式に変換するだけだった。
テスト用に、手元で動かす最小構成を作った。
shiroyama-botフォルダを用意。その中に、main.py(変換を実行するPython)とdict.json(方言対応表)を置く。
「えらい」の方言は「辛い」に変換する。
間違えながらもプログラムを書いて動作確認した。
僕がテストする後ろで、照が画面を覗き込む。
方言:えらい
標準語: 辛い
方言:風邪ひいてえらい
標準語: 風邪ひいて辛い
方言:風邪ひいてえらいんやけど
標準語: 風邪ひいて辛いんやけど
ふいに、照が言った。
「……たっ、拓人はえらいね」
ん?
その通りに打てという意味らしいので入力した。
拓人は辛いね、と返された。
「あ! そや。そやな」
「そや」
照が真似て笑った。
照にとって特に難しいのが、高難度方言と位置づける文脈においてだ。
『今えんかったよ』
『はよせな』
僕らは「えんかった」と言われたら「いなかった」とわかるが、照は一瞬「?」となる。
かといって、JSONで『えんかった』を『いなかった』にしてしまうと、『考えんかった』が『考いなかった』になる。
「はよせな」は「早くして」だ。
が、それも置き換えると、『はよせなあかん』のとき困る。「早くしてあかん」になるからだ。
早くしてと言いたいのに、「あかん」の否定がつく。
僕は立ち上がると、照に一礼した。
「すんませんでした。簡単ではありませんでした」
照がくすくす笑い、デモをどこまで作り込むかの話に戻った。
意味が一対一で対応するもので、かつ文脈で意味が変わるものは一旦省くのか。
それとも工夫するか。
僕は照に「自分で考える!」と言って、ヒントを受け取らなかった。




