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2章3話:笑えてきた



▌// [LOG] 2019-02-14 16:30 JST


 寮で何があったか突き止めてやる。

 そんな思いが僕の気持ちを奮い立たせて、バレンタインデーの朝も、真凜からチョコをもらって、昼休みにはバリバリ食った。

 むしり取られたリボンを見た聡司が、「もっと大事に扱ってやれよ」と呆れた。

 桐村は僕の姿を見ると回れ右で逃げていく。

 まあいいさ。時間はたっぷりある。僕たちはまだ1年生だからな。

 僕は長期戦を覚悟した。僕が焦っては負けだからだ。

 そう思って部室に行き、鞄を置いてスマホを確認する。


 〈ことつて〉にタップすると、ログアウトされている。

 血の気が引いた。

「嘘だろ!」

 照が作ったWebアプリだ。いつかは誰かがこれを停止する。でもまだ早い。僕はまだ、まだ照と話していないことがいっぱいある。


 ログインボタンは押せるようになっていた。息荒くログインする。

 ──つながった。

 やべえ……、マジ怖え。


 ところが僕が見たのは、テルからのありえないメッセージだった。


テル『URLをクリックして』


 その吹き出しを、穴が空くほど見た。

 ボットは僕が話しかけて会話を始める。そういう仕様だと思っていた。通知機能なんてない、シンプルさが照の求めたものだ。

 なのに、テルからメッセージが入っている。

 混乱しながらクリックした。ウイルスに侵されていないよな。頼むよ。

 そうして現れた画像に、僕は凍りついた。

 

 夜間撮影の画像で、中庭に誰かが倒れていた。

 思わずスマホを放した。

 床にゴトンと落ちて、湯島が「どうしたん?」と背後から近づいてきて、僕は肩で振り払った。


「おい、伊織」

 そこにいた先輩らに見咎められたが、僕は崩れるように床に手を伸ばしてスマホを拾った。

 心臓の鼓動が凄まじい音を鳴らし、頭の中ではシナプスが狂った動きを始める。

 鎮まれ。

 鎮まれ、怯むな。

 顔を上げると、湯島が「ひっ」と仰け反った。

「な、なによ伊織くん、どうしたの?」

「伊織、真っ青だぞ」

「ゾンビ」

 

 ――誰だ?

 

「あ、ちょっと空気吸ってきます」

「うん。気をつけて」


 パソコン室を出て、図書館裏まで走った。


 頭の中はひどく冷静だった。

 このURLと写真は、僕に二つのことを伝えてきた。

 一つは、このURLの送り主はテルではない。〈ことつて〉に侵入できる誰かだということだ。

 

 照の死後も〈ことつて〉を管理してきたやつ。それは遺族ではない。テルに聞いたとき、両親はプログラミングはしないと言った。祖父さんは作家だ。得意な人かもしれないが、ネットで見たんだ。びっしり一万冊の本が埋め尽くす仕事部屋。電子書籍派ではなさそうで、時代考察も本と紙とペンを使う超アナログ派。

 つまり、〈ことつて〉の管理者は照の類友だ。照にはプログラミングする友だちがいっぱいいたから。


 もう一つは、写真の出所だ。

 これが合成なのかどうか。〈ことつて〉を管理してたやつが作ったのなら、照の敵だ。照の友人ならこんなものは作らない。でも合成じゃなかったら?

 サイアクな話だ。

 誰かが、雪の夜、照が倒れていたのを知りながら写真を撮ったやつがいる。

 その写真を、〈ことつて〉を管理してたやつが入手できる理由は一つしかねえ。ネットに転がってるんじゃないのか。


拓『おまえ誰だ! テルじゃねえのはわかってる』

テル『コタエナイ』

拓『ふざけんな。こんな画像見せておいて。どこのサイトにあったか言えよ。もし言わないなら、このURLのこと、警察に言う。幼なじみの姉ちゃんがアナウンサーなんだよ。顔が広い。警察も新聞記者も知り合い多いぞ』

 僕はぶつぶつ言いながらフリック入力した。音声入力もできるが、変換ミス多いし、方言は拾わんし、早口で滑舌が悪いのもダメっていう代物。標準語でアナウンサー並に話すやつしか勝たんシステム。


「はは、今すげえどうでもいいこと考えてる」


 僕は笑った。

 何だか笑えてきたんだ。

 相手からの返答を少し待った。

 もう一つURLが届いた。

 アクセスすると、ログインのいらないチャットフォームが開いた。

 そうか……

 テルは照のボットだもんな。こいつは荒らしたくないんだな、照を。

 チャット番号1が待機していて、僕は2になった。


1『ネットに上がってない。照のPCを引き継いだ。残ってた認証情報で学校のネットワークに入った』

2『照のパソコンで、えと、僕はネットワークまではわからん。結論くれ』

1『浅尾のPC版LINEに残ってた。寮生が誤送信したやつを、あいつが消さずにいた。こっちができるのはここまでだ』


 LINEで誤爆からの……浅尾? わざわざ保存しやがったのか。

 で、こんなことを突き止めることができる人間といえば――


2『一馬くんですか?』

 

 訊ねたら、1が退出した。

 名乗れやおい、照みたく「きみの名は」って聞けばよかったんかよ。

 ふん、と壁を蹴り、ふぅ、と息を吐いた。

 落ち着け。今はそっちよりこっちだ。


 内部サーバーか……浅尾あたりは見てるんじゃないか。寮監なんだから。

 そこでたぶん浅尾は隠蔽した。照が倒れている写真を撮った生徒がいたことを知りながら、いや、知ったからこその沈黙だ。


 少し前の僕なら頭に血が上って、浅尾のいる職員室へ乗り込んだかもしれない。

 だが浅尾相手にそれは得策ではない。

 頭が冴えている。真凜のチョコレートポリフェノール効果か。


 次いで僕の脳裏に浮かんだのは新聞記者だった。事故直後に現場に来た記者がいた。警察担当ってやつだ。僕も相棒見てんだぞ。そういや照が推理チャート作ってくれたことがあった。フローチャートが苦手な人向けに、思考の使い方をゲーム感覚で、と照が考えた。そのアイデア、湯島に取られたんだけどな。


 それに従うと、相手の思考を辿るのがいいんだ。照が発見された状況を、寮生や教師が僕に話すか?

 ──わけない。

 だとしたら、警察が捜査したことを聞いたであろう記者に聞くのがいい。照が言ってた。一次情報で考えないとね、って。



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