第25話: 設計図
数字は嘘をつかないらしい。
だが、数字は泣かない。
机の上に報告書が積まれている。
刻印施療一時制限後の記録だ。
治癒成功率は安定。
神性流動値も正常範囲。
削れの発生件数、減少。
きれいなもんだ。
レオンが紙を指で叩く。
「統計上は成功だ」
声に熱はない。
「だが、軽症の長期化が増えている。優先順位の問題だ」
別の紙をめくる。
「規定外却下。三十二件」
規定外。
便利な言葉だ。
カイルは黙って聞いている。
椅子の背に肘を置いたまま、動かない。
だが、視線が落ちている。
⸻
昼、施療所を見た。
人は整列していた。
怒号はない。
混乱もない。
だが、子どもが咳をしていた。
軽い傷のはずの男が、三日通っている。
受付の声は丁寧だ。
「規定上、後日再診となります」
誰も怒らない。
怒れない。
制度は正しい顔をしている。
正しい顔は、反論しにくい。
⸻
「止めよう」
カイルが言った。
低い。
「この制限を止めればいい」
レオンは首を横に振らない。
肯定もしない。
「止めれば流動は戻る。削れも戻る。混乱も戻る」
事実だけ置く。
シオンは壁際に立っている。
微動だにしない。
守る対象が、広がりすぎている。
⸻
俺は椅子に座ったままだ。
「止めてどうする」
カイルが顔を上げる。
「壊して、はい終わりか」
部屋は静かだ。
怒っていない。
ただ、確認している。
「国は俺たちが去ったあとも続く」
盾が壁に立てかけてある。
使わなくても、そこにある。
「壊すなら」
ゆっくり言う。
「立て直す形まで作れ」
カイルは何も言わない。
視線が揺れる。
迷っている。
逃げてはいない。
「世直しってのは、そういうもんだろ」
それだけだ。
⸻
沈黙のあと、レオンが息を吐いた。
「なら、再設計だ」
紙を引き寄せる。
「三層化する」
指で図を描く。
「緊急層は即時。中央判断を外す。現場裁量を増やす」
「監査層を独立。教会の外に記録を置く」
「地域層を分散。刻印施療士を解放する」
理屈は分からん。
だが、動きは見える。
⸻
ロアンが来たのはその夜だ。
腕章をつけたまま。
怒りは顔にない。
「監査に入れ」
命令じゃない。
申し出だ。
「俺たちが見る。隠させねえ」
灰燼は燃やすだけじゃないらしい。
見張る火もある。
⸻
翌日、施療所の様子が変わった。
受付の横に、別の机がある。
記録係。
刻印施療の内容が書き留められる。
名前も、時間も、処置も。
灰燼の腕章がそこに座っている。
教会の印章は小さくなった。
消えてはいない。
小さくなっただけだ。
子どもが先に呼ばれる。
咳は止まらないが、後回しにはならない。
完璧じゃない。
だが、動いている。
⸻
夜。
カイルが外に立っていた。
空を見ている。
俺は隣に立つ。
何も言わない。
あいつは神にならなかった。
制度も壊しきらなかった。
代わりに、形を残した。
未完成の形だ。
揺れるだろう。
また問題も出る。
ベルンハルトの理論が正しく見える日も来るかもしれない。
それでも――
俺は盾を持つ。
あいつが揺れるなら、支える。
国が揺れるなら、立てる。
壊して終わりじゃねえ。
残る奴らが、動ける形を作る。
それが、世直しだ。
⸻
静かな夜だ。
まだ、終わっていない。
だが――
前には進んでいる。
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