第21話: 揺れる祈り
王都の広場は、怒っていなかった。
膝をついている。
それが、いちばん危うい。
石畳を埋める人影は、声を荒げない。
ただ、祈る。
削れの噂は広がっている。
光を見たという証言も。
勇者は選ばれた器だと。
恐怖が形を持つと、祈りになる。
⸻
カイルは中央に立っている。
何もしていない。
だが、視線が集まる。
「どうか……息子を」
母親が差し出すのは、焦点の合わぬ少年。
削れ。
レオンが静かに前へ出る。
「急性の進行はない。時間をかければ戻る可能性はある」
可能性。
奇跡ではない。
母親の目が揺れる。
「今すぐは……?」
「無理だ」
はっきりと言う。
光は起きない。
だが、カイルの胸の奥で何かが軋む。
救えるなら。
今すぐ。
その願いが、光を微かに揺らす。
ざわめき。
誰かが囁く。
「今……光った」
⸻
盾が鳴る。
ダグラスが一歩前に出る。
群衆の圧を受け止める。
押し返さない。
ただ、止める。
「下がれ」
低い声。
「こいつは祈る対象じゃねえ」
祈りが一瞬だけ揺らぐ。
だが消えない。
⸻
その外縁に、灰燼の腕章が見える。
ロアンだ。
声を荒げない。
「神にするな」
低い。
「神を作れば、また削れる」
視線が割れる。
祈る者。
睨む者。
怒りはない。
分断だけが広がる。
⸻
高所から見下ろす影がある。
白い外套。
静かな目。
ヴァルツが振り向く。
「顧問の見解は」
老人が前に出る。
杖が石を軽く打つ。
「刻印統合理論顧問、ベルンハルトだ」
穏やかな声。
怒号は自然と弱まる。
「流動神性は不安定です」
感情をなぞらない。
事実を置く。
「削れの因果は未解明。しかし、分散した神性は侵食を招きやすい」
民衆が息を呑む。
「一点集約すれば、制御は可能です」
ざわめき。
誰かが言う。
「勇者様に……?」
ベルンハルトは首を振らない。
肯定もしない。
「器は既に存在している」
静かに、視線がカイルへ向く。
責めない。
押さない。
ただ、示す。
「拒めば、犠牲は増える」
断罪ではない。
論理だ。
⸻
空気が変わる。
祈りが濃くなる。
膝をつく者が増える。
「救ってください」
「どうか」
「あなたなら」
光が強まる。
カイルの呼吸が乱れる。
俺は、人だ。
だが。
もし。
ここで受け入れれば。
終わるのか。
削れも、恐怖も。
⸻
半歩後ろで、シオンは動かない。
刃は抜かない。
ただ、立つ。
守る。
それだけは揺れない。
ダグラスの盾が軋む。
圧が増す。
ロアンは視線を外さない。
祈らない。
睨まない。
ただ、見ている。
⸻
ベルンハルトの声が、もう一度落ちる。
「神は責任を持てません。だが、制度は持てる」
それは救いの形ではない。
秩序の形だ。
「流動は恐怖を生む。固定は安定を生む」
理知的な微笑。
悪意はない。
本当に。
⸻
カイルが一歩、前に出る。
ざわめきが止む。
光が揺らぐ。
強く。
暴れかける。
眩暈。
膝が軋む。
「落ち着け」
ダグラスの声。
短い。
現実。
レオンが言う。
「実証されていない」
冷静。
錨。
ロアンが低く言う。
「神になるな」
真っ直ぐ。
「神は責任を取らない」
⸻
カイルの拳が震える。
俺は――
何だ。
救う者か。
選ぶ者か。
祈られる者か。
光が爆ぜかける。
広場の影が揺れる。
全員が見ている。
ベルンハルトも。
ヴァルツも。
シオンも。
ロアンも。
ダグラスも。
レオンも。
「俺は――」
風が吹く。
光が、不安定に揺らめく。
言葉は、まだ落ちない。
そこで、夜が落ちた。
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