第19話:「刃に映る」
夜は静かだ。
王都も、ようやく疲れたらしい。
昼の広場の血は洗われた。
だが匂いは残る。
鍛錬場に灯りがある。
この時間に使うのは一人しかいない。
シオンだ。
鎧は外している。
白い稽古着。
だが動きは戦場のままだ。
踏み込みが深い。
振り抜きが速い。
音が重い。
必要以上だ。
誰もいないのに、
相手を斬る軌道。
俺は柱にもたれて見ている。
声はかけない。
十合。
二十合。
呼吸が乱れない。
だが、速くなる。
荒れている。
一振り。
止まる。
刃先がわずかに下がる。
そのまま、剣を見つめる。
月が刃に映る。
その奥に、自分の顔がある。
無表情。
――本当にそうか?
一瞬。
ほんの一瞬だけ、
瞼が揺れた。
すぐに戻る。
剣を鞘に収める。
「見ていたか」
気づいていたらしい。
「まあな」
「未熟だ」
誰が、とは言わない。
「止まった」
それだけ言う。
俺は答えない。
「某は、斬るべきだった」
断定。
だが声が硬い。
「勇者は望まなかった」
俺は言う。
沈黙。
「勇者は甘い」
昨日と同じ言葉。
だが今日は続かない。
カイルが現れる。
眠れなかった顔だ。
「先生」
短い呼びかけ。
「怪我は?」
「問題ない」
即答。
距離がある。
「昨日は……ありがとう」
カイルは言う。
「でも、怖かった」
正直だ。
シオンの指が、わずかに止まる。
「某は怪物だ」
「知ってる」
間。
「それでも、先生だ」
静かな言葉。
カイルはそれ以上言わない。
去っていく。
⸻
廊下に足音がある。
規則正しい。
夜の宿に似合わない、落ち着いた歩み。
レオンが顔を上げる。
「……珍しいな」
白い外套の老人が立っている。
灯りを背に、影は細い。
「夜分失礼する」
穏やかな声。
「刻印統合理論顧問、ベルンハルトだ」
名は既に王都で知られている。
温厚な学者。
国を憂う理論家。
「今日の広場、拝見した」
責める調子はない。
「神性は、感情に引きずられやすい」
視線が鍛錬場の方へ向く。
中では、銀が閃いている。
「流動は危うい。制御が必要だ」
レオンは腕を組む。
「理論で止まるなら苦労はない」
「止まる」
即答ではない。
断言でもない。
「止める方法は、ある」
言い切らない。
提示だけ。
「今はまだ、時期ではないが」
穏やかな笑み。
目は濁っていない。
「恐怖が増せば、理性は選択を求める」
そのまま踵を返す。
足音が遠ざかる。
レオンは小さく息を吐く。
「……嫌な学者だ」
鍛錬場の中で、銀が重く鳴った。
⸻
足音が消える。
夜が戻る。
シオンは剣を抜く。
刃に月が映る。
低く、独り言のように。
「守るとは、斬らぬことか」
誰も答えない。
風が鳴る。
「某は――」
言葉が切れる。
飲み込んだ。
剣を収める。
背筋は伸びている。
だが、
ほんのわずかに、
重くなった気がした。
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります! よろしくお願いいたします




