第17話 :「揺れる王都」
王都北区。
巡回三日目。
石畳の上に、静かな列ができている。
奇跡を待つ列だ。
俺はその言葉が嫌いだ。
奇跡は責任をぼかす。
レオンの足取りは重い。
それでも止まらない。
「次」
短い。
光が走る。
汗が落ちる。
削れている。
それでも、誰も気づかない。
民衆は結果しか見ない。
⸻
悲鳴が上がった。
列の後方。
青年が倒れている。
刻印が黒く滲み始めていた。
黒変。
周囲がざわめく。
「副作用だ」
「いや、神罰だ」
言葉が揺れる。
レオンが膝をつく。
脈を取る。
「負荷が跳ねている……」
治癒を流す。
光が包む。
止まらない。
黒い脈動が刻印から溢れ、皮膚を走る。
青年の腕が膨れ上がる。
石畳が砕ける。
暴走前兆。
まだ完全ではない。
だが近い。
「離れろ!」
俺が叫ぶ。
群衆が下がる。
だが視線は離れない。
縋る目。
怯える目。
混ざる。
レオンが歯を食いしばる。
「止められない」
その一言で空気が変わる。
救いが消える音がした。
⸻
カイルが動く。
「待て」
俺の声は届かない。
青年の肩を掴む。
刻印に触れる。
レオンが怒鳴る。
「やめろ、干渉は――」
遅い。
その瞬間。
空気が沈んだ。
重さが変わる。
俺の盾が、微かに震える。
紋章が、うっすらと光る。
緑。
淡い。
温かい。
外からは見えない。
だが確かに光っている。
シオンが一瞬だけ視線を落とす。
気づいている。
無言で、状況を測る目。
カイルの瞳は揺れている。
怒りではない。
恐怖でもない。
ただ、必死だ。
「落ち着け」
小さな声。
命令ではない。
祈りでもない。
ただ、願い。
黒い脈動が揺らぐ。
刻印の黒が、滲むように引く。
青年の痙攣が止まる。
呼吸が整う。
暴走は、起きない。
静寂。
レオンの手が震える。
脈を測る。
長い一秒。
「……安定した」
吐息。
群衆がざわめく。
「止まった……」
「触れただけで……」
誰かが呟く。
「神様だ」
小さな声。
だが広がる。
一人が膝をつく。
二人目。
三人目。
縋る目が増える。
救われたのは青年一人だ。
だが救われた気になる者が百人いる。
それが一番危うい。
カイルは手を離す。
戸惑っている。
「俺は何も……」
違う。
何かが起きた。
だが理解していない。
俺は盾を握り直す。
光は、消えかけている。
静かに。
シオンが低く言う。
「……理外」
俺にだけ聞こえる声。
否定ではない。
確認だ。
⸻
広場はざわめいていた。
刻印施療の副作用。
削れの報告。
感情が先に立つ。
そこで一人の老人が立つ。
痩せた指が杖を軽く叩いた。
「静粛に」
声は大きくない。
だが通る。
「刻印統合理論顧問、ベルンハルトだ」
白髪。整えられた髭。
目は濁っていない。
「困惑は理解できる。しかし、議論は冷静に行うべきだ」
ざわめきが弱まる。
理知の圧。
「流動神性は未だ解析途上にある。副作用の因果も、十分に解明されていない」
冷静。
「だからこそ、制度的整理が必要だ」
ここで初めて言う。
「神性は制御可能であると、私は考えている」
ざわめき。
だが彼は微笑む。
「焦る必要はない。理論は準備されている」
断定ではない。
提示。
温厚な老人。
民を憂う学者。
この時点では、敵ではない。
カイルはただ、その目を見ていた。
――濁りはない。
それが、少しだけ怖かった。
⸻
ベルンハルトの発言の後、
広場に残ったのは、沈黙と視線。
勇者を見る目。
恐怖と希望が混ざった目。
俺は理解する。
今日、奇跡が生まれたのではない。
神が生まれかけた。
まだ、止められる。
だが芽は出た。
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