第5話:「召喚」
王都の朝は、鐘から始まる。
だがその日は違った。
低い。
重い。
間を置かず三度。
広場の空気が凍る。
人々の動きが止まる。
「……審問だ」
誰かが呟く。
その言葉は小さい。
だが波紋のように広がる。
審問。
この国でそれは、
“正しさの確認”を意味する。
そして確認された正しさは、
決して覆らない。
⸻
治癒院の前。
白衣の騎士団が整列している。
純白の外套。
胸元の聖印。
一糸乱れぬ無言。
中央の男が一歩進み出る。
「治癒士レオン」
姓は呼ばれない。
役職のみ。
それだけで十分だ。
周囲の視線が集まる。
患者の母親が息を呑む。
子供が袖を掴む。
「先生……?」
レオンはその手を静かに外す。
優しい動作だ。
だが迷いはない。
包帯の巻かれた脛から、
うっすら赤が滲んでいる。
「用件は」
平坦な声。
「教義解釈に関する逸脱の疑い」
ざわめき。
“異端”とは言わない。
だが意味は同じだ。
逸脱。
外れた者。
この国ではそれだけで十分。
⸻
カイルが前に出る。
「何を――」
俺は腕を掴む。
「今じゃない」
怒鳴れば、火はつく。
だが燃えるのは俺たちだ。
レオンがこちらを見る。
その目は、静かだ。
昨日よりも。
「想定内だ」
小さく言う。
「逃げねぇのか」
カイルの声が震える。
「逃げれば、“確認”になる」
否定も肯定も不要。
この国はそういう仕組みだ。
レオンは歩き出す。
騎士団に囲まれながら。
背筋は伸びている。
だが俺には分かる。
足取りが重いのは、
傷だけのせいじゃない。
覚悟の重さだ。
⸻
その瞬間。
遠くの壁に、一瞬だけ焦げ跡が見えた。
円。
炎の形。
次の瞬間には消える。
見間違いかもしれない。
だが俺は見た。
誰かが、見ている。
監視とは違う視線。
見届ける目だ。
⸻
「公開審問は三日後、中央大聖堂にて執行する」
隊長の声が響く。
中央大聖堂。
この国の正義が集約される場所。
判決は“導き”として下される。
覆ることはない。
人々が目を伏せる。
抗議はない。
怒号もない。
正しさが恐怖を伴うとき、
声は消える。
⸻
騎士団が去る。
沈黙。
カイルの拳が震えている。
「何でだよ……あの人、ずっと人を助けてたじゃないか」
「この国では」
シオンが静かに言う。
「善よりも、秩序が優先されることがある」
剣を握る手に力が入る。
「されど某は見極める。
本当に逸脱かどうかを」
カイルが顔を上げる。
「俺も行く」
迷いはない。
だがまだ荒い。
俺は思う。
これは剣の戦場じゃない。
理の戦場だ。
声を荒げた方が負ける。
怒った方が孤立する。
試されるのは、力じゃない。
立ち続ける胆力だ。
⸻
宿へ戻る道。
レオンのいない通りは妙に広い。
「ダグラスさん」
カイルが呼ぶ。
「俺、何もできないのかな」
初めての弱音。
俺は少し考える。
「できることはある」
「なんだ」
「見ることだ」
「……それだけかよ」
「ああ」
立ち止まる。
「力で解決できない場面を、
逃げずに見ろ。
正しさが人を傷つける瞬間を、
ちゃんと目に焼き付けろ」
カイルは黙る。
悔しさが滲む。
だが逸らさない目だ。
少しだけ、変わった。
⸻
その夜。
宿の扉の下に紙が滑り込む。
赤い蝋印。
聖教国の紋章。
カイルが開く。
短い。
「勇者カイル。
公開審問への出席を命ずる」
静寂。
俺は息を吐く。
巻き込まれた、じゃない。
最初から含まれていた。
レオンの審問ではない。
勇者の審問だ。
この国は試す。
力の象徴が、
秩序に従うかどうかを。
カイルの手が震える。
恐怖。
怒り。
そして決意。
「……行く」
小さい声。
だが逃げない。
俺は頷く。
ここからだ。
勇者が、
“力以外”の戦場に立つ。
⸻
三日後。
中央大聖堂。
鐘が鳴る。
王都が見守る。
正義の名の下に、
一人の治癒士が立つ。
踏み潰されるのは、
灯か。
それとも――
この国の、灰か。
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