表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
焼天-Burn the Heavens-  作者: 神箭花飛麟


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/5

四 野営

日が落ちるのは早かった。

赤い空が、暗い赤になり、暗い紫になり、やがて黒くなった。星は出ていた。でも月は薄い。

黎は街道を外れた。街道で野宿するな、と叔父貴が言っていた。盗賊が出る、黒甲軍の夜回りに見つかる、どちらも面倒だ。

林の中、岩を背にして腰を下ろした。焚き火は小さく。煙が出ない木を選んで。これも、叔父貴に教わった。

干し肉を噛む。硬い。塩辛い。でも腹に入れば同じだ。

応龍が傍にいた。姿は見えない。気配だけがある。白銀の鱗が、暗がりにわずかに光っている。

「眠れるか」

「眠れます」

「嘘だな」

黎は答えなかった。

今日の老人の顔が、消えない。折れた肋骨。黄ばんだ瞳。それでも笑っていた顔。

変えます。

言ってしまった。

根拠もなく、言ってしまった。

「後悔しているか」と応龍が聞いた。

「してません」

「そうか」

「でも……言葉だけじゃ意味がない」

「そうだな」

火が、小さく揺れた。

松の葉が燃える匂い。土の湿った匂い。遠くで、梟が鳴く。

「応龍」

「何だ」

「父上は、どんな人でしたか」

しばらく間があった。

「強い人だった」と応龍は言った。

「剣が強い?」

「それもある。だが、そういう意味じゃない」

応龍の声が、少し遠くなった気がした。

「皇望は、迷わなかった。何をすべきか、いつも分かっていた。分かった上で、動いた。正しいかどうかは、後から考えた」

「それは……無茶じゃないですか」

「無茶だな」

「でも、そのせいで死んだ」

「そうだ」

応龍は短く答えた。

黎は膝を抱えた。焚き火が、自分の足元を照らしている。

父の剣は、腰に下げたままだ。鞘の感触が、腰骨に当たる。

「俺は父上みたいには、なれないと思う」

「お前はお前だ」

「それだけですか」

「それだけだ」

応龍の声には、それ以上のものがあった気がした。でも黎は聞かなかった。



夜明け前に目が覚めた。

眠れたのか、眠れなかったのか、分からなかった。焚き火は消えていた。体が冷えている。

立ち上がる。手足を動かす。剣を五十回振る。体が温まってくる。

東の空がわずかに明るくなっていた。

赤い。夜明けも赤い。

蒼天嶺の上では、朝だけは少し青かった。でもここでは、朝から赤い。

黎は荷物をまとめた。街道に戻る。

歩き始めてすぐ、足音が聞こえた。

複数。早い。向こうから来る。

黎は立ち止まった。剣に手を添えた。抜かない。ただ、手を添える。

現れたのは、子供だった。

十歳くらいの男の子。半袖、裸足、息が上がっている。顔が真っ青だ。

子供は黎を見て、止まった。

二人は、しばらくお互いを見た。

「……逃げてるのか」と黎は聞いた。

子供が頷いた。

「何から」

子供は後ろを見た。

街道の向こう、土煙が上がっていた。馬の足音が聞こえる。

「黒甲軍?」

子供がまた頷いた。

「盗んだのか」

子供が首を横に振った。震えている。唇が紫色だ。昨夜から走っているのかもしれない。

黎は一瞬考えた。

余計なことをするな。

叔父貴の声が頭に浮かんだ。

余計なことをすれば、余計な面倒が来る。

「こっちへ来い」

黎は言っていた。

子供の腕を掴んで、街道の脇の林へ引っ張る。岩の影に押し込む。

「声を出すな。動くな」

子供が頷いた。

黎は岩の陰から街道を見た。

馬が三頭、走ってくる。黒甲軍の騎兵。槍を持っている。

三人は街道を走り抜けた。子供を探して、前を見ている。林には気づかなかった。

足音が、遠ざかる。

黎は息を吐いた。

子供が、黎の服の裾を掴んでいた。小さな手だ。冷たい。指が細い。

黎は子供を見た。

「大丈夫だ」

子供が、ようやく泣いた。声を殺して、肩を震わせて泣いた。

黎は何も言わなかった。

ただ、子供が泣き終わるのを待った。


子供の名は、小魚といった。

隣村から逃げてきた。昨日、黒甲軍が来て、父親を連れて行ったと言った。税の滞納だ。母親は五年前に死んでいる。兄がいるが、どこにいるか分からない。

「どこへ行くつもりだったんだ」

「東海城に兄がいる……かもしれない」

「かもしれない?」

「去年、東海城に出稼ぎに行くと言って出た。それっきりだ」

黎は黙った。

東海城まで、ここから五日はかかる。裸足で、食料も持たずに。

「一緒に来るか」

自分でも、なぜ言ったか分からなかった。

「俺も東へ行く。道案内はできないが、足手まといにならないなら」

小魚が黎を見た。

「……いいのか」

「俺が決める。お前が決めることじゃない」

小魚は少し間を置いて、頷いた。

「ありがとう」

「礼はいい」

黎は立ち上がった。荷物を持つ。

「あと、裸足で五日は歩けない。次の村で草鞋を手に入れるぞ」

「金がない」

「俺が出す」

「……なんで」

黎は答えなかった。

なぜかは、自分でも分からなかった。

ただ、裸足の子供を五日歩かせるのは、違う気がした。それだけだ。

二人は街道に出た。

東へ。赤い空の下を、並んで歩いた。

応龍は何も言わなかった。

でも黎には、応龍が笑っている気がした。

レビュー、評価、感想をしてくだされば嬉しいです!!!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ