シーン26 とかく世間は『金』がかる
シーン26 とかく世間は『金』がかる
それから、しばらくの間は、文字通り大変な旅になった。
何せ、あのシェードが一緒なのだ。
こいつの性格は、正直読めない。真面目な顔で、それも普通にしていればハンサムなのに、低く静かなイケメンボイスで、どぎついセクハラ発言を繰り返しやがる。
かと思えば、ものすごく真剣な事を言ってみたり、時にはこっちがはっとするような事を見つけ出す。
例えば。
回収したボルドーウィングだ。
フォボス星で、アタシは両腕の破損したVトアールと、全身骨折したボルドーウィングを回収した。スクラップでも、ジャンク品としてはそれなりに売れるだろうし、Vトアールは修理すれば使えるだろう。もちろん、修理費が稼げれば、の話だが。
そのボルドーウィングの操縦席を見て。
「こいつの頭脳を黙らせておく必要があるな。エクリプスが使っていた機体だろ」
と、彼は言った。
アタシはプログラムを確認して、血の気が引いた。
生きている機能の中で、そいつは自分の居場所を発信していた。
信号の届く範囲は決して広くはないものの、相手の索敵範囲内に入れば、アタシ達の居場所は簡単に発見されていた事だろう。
きっと、エクリプスはアタシ達がこの機体を回収することまで、考えていたに違いない。
それを、あの一瞬で想定し、やってのける。
ムカつくぐらい爽やかな金髪の顔を思い浮かべて、アタシは思わずボルドーウィングのモニターを殴りつけた。
瞬間、ハッチが開いて、代わりに覗き込んできたバロンの顔面を殴った。
ごめん。悪気は無かったの。
まあ、軟体ボディだから痛くは無いでしょうけど。
彼には後で、飴玉を分けてあげた。
ちなみにシェードは、船の中では事件の事について口を開かなかった。
アタシ達がブリックに聞いた話についても、聞こうとはしなかった。
それらは、ドッグ星に着いてから、改めて話すと、彼は言った。
何をもったいぶっているんだか。
・・・・
遊星R-7のポートに宇宙船を固定させ、アタシ達は再びドッグ星の街に降りた。
前回と同じく、シャーリィは長官に挨拶をする為、別行動をとった。
ついでに、シェードを連れてきてしまった事を一応報告して、彼を同席させる許可を頂くつもりなのだ。
そんな彼女の気苦労は露ほどにも感じる気配もなく、シェードはアタシとバロンについてきた。
シェードはプレーンパーツや、ジャンク品のお宝にはあまり興味がない様子だった。
何度もあくびをしながらアタシ達の後ろをついてまわり、かわいい子を見つけると手当たり次第に声をかけては、ちゃっかりとアドレスを聞き出していた。
ったく、顔を悪用しやがって。
「ラライさんは、あのVトアールを直すつもりでやんすか?」
バロンが聞いてきた。
「そうしたいけどねー。元手もないしねー。直して売ったら儲かるんだろうけど、まず直せないんじゃあねー。今売ると、ジャンク扱いで買いたたかれそうだし」
どこに行っても、最後には「金」だ。なんてこの世は世知辛いんだ。
アタシは財布・・・スティック型のアクセスキーを見た。
50万あった筈の残高が、15万ニートになっている。
おーい。どこに消えたー。アタシのお金―。
そんなに買い物したっけかなー。
・・・したんだろーなー。
「あ、ディックブレードだ。Ⅱじゃないけど」
アタシは、プレーン用のジャンクパーツカタログを見つけた。
プレーン用のジャンクパーツは、巨大すぎて店頭に並べきれないので、写真データにして店先に掲げておくところが多い。
それを見て、気になったものがあると、指定された場所に見に行くような形になる。
「2500万ニートか。やっぱり高いね」
「正規品だと6000万でやんすからね。ミサイルと違って、使えば終わりじゃないのが、良い所でやんすけどね」
二人でため息をついた。
と、後ろから。
「なんだ、そういうのが欲しいのか」
急にシェードが割って入った。
「だったら、格安で扱ってるところを知ってるぜ。一緒に来るか」
「マジでやんすか?」
「ああ。だが、多分想像の通り、裏の店だ。いいか?」
裏の店。つまり、盗難品か、略奪品。それも、横流しするとすぐにばれる様なセキュリティ管理された商品をさばく店か。
こういった店を使うのはリスクがある。
まず、そこでの購入品は、下取りに出そうとしても、売れない。
使用がばれたら、逮捕される恐れもある。
もちろん、一般的な所での修理もできない。
しかも、まともに稼働する商品かもわからない。
だけど。
あ。
考えてみたらアタシのVトアールも、ボルドーウィングも、立派な盗難品、というか、アタシがどさくさ紛れに盗んできちゃったものでしたー。
当然正規品だし、当然セキュリティ管理されてるし、売ったら即行でばれるよね。
あっぶなー。
良かったー、売りに出さないで。
なら、盗難品でカスタムしても、状況は変わらない。
「バロンさん、行ってみよう」
アタシはシェードの申し出に乗った。
盗難品の流し屋、と聞いて、裏路地に店を出している小汚いイメージを想像したが、それはアタシの固定観念だったようだ。
シェードが案内したのは、オフィスめいたビルが建ち並ぶ、整然とした一角だった。
「カスタム&チューニング専門店 ゼロ・マジック」
自動ドアを開けると、受付の女性がシェードを見て、「げっ」という表情になった。うん、彼女も被害者か。
「ゼロは居るかい。ハニー」
あー、シェードの奴、また無駄にかっこつけてる。
彼女引いてるよ。ほら、かなり嫌そうな顔してる。
わからないのかなー。
「久しぶりだなシェード」
奥から声がして、ヒキガエルが現れた。
失礼。ちゃんとした人間です。
あれはどこの星系だっけ、結構見かけない人類だな。
カエルのような緑の肌と、飛び出した大きな目。そして、顔の半分以上もある大きい口。まあ、カエルに見えても仕方ない。
「ゼロ。客を連れてきたぜ」
「お前の紹介はあてにならん。この間の男も、カスタム代踏み倒したまま帰ってこんぞ」
「それはお前の商売の仕方が悪い。現金前払いでやるべきだ」
「それは、そうだな」
「だが、こいつらも貧乏でな。できれば後払いで頼む」
「・・・」
疑わしそうな目で、カエル・・・もといゼロはアタシ達を見た。
「そっちのは、宇宙海賊デュラハンの、バロンだ」
「ほう、ラガーの所のか」
ラガー?
誰?
知らない名前が出た。
「で、もう一人は俺もわからん。女だ」
「その位は俺が見ても分かる。って、お前が正体を知らんとは珍しいな」
「それだけに、恩を売っておいて損はないぞ」
「・・・相変わらずだな、お前は」
ゼロとシェードは、随分と気心が知れているようだ。
その証拠に、二人でアタシ達に背を向けて、何やら話し込む。時折アタシ達、というかアタシにいやらしい目を向けて、二人で笑いあった。
何だろう、背筋が寒い。
「話はついた」
突然、シェードはアタシ達に目をむけた。
「このゼロの旦那が、格安でプレーンのカスタムを見てくれる。相場の5分の1くらいにはしてくれるってよ。あと、後払いで良いそうだ」
「マジでやんすか」
「ああ、俺の手柄だ。ちゃんと褒めろ」
「ありがとうございます、ゼロさん」
アタシはシェードを無視して、カエルにしか見えない男に頭を下げた。
「あ・・・だが、一つだけ条件がある」
シェードが付け加えた。
嫌な予感がする。何、アタシに何かさせよーってんじゃないでしょーね。
「大したことじゃないんだが、試作段階の装備を、取り付けたいそうだ。その分は、ロハで良い。ただ、モニターデータが欲しいってよ」
「そんな事なら。・・・でも、それって、実用的な装備なんでしょうね」
「俺は知らねー。あとはゼロの旦那に聞いてくれ」
アタシはゼロの方を向いた。
「実用的、といえば実用的なもんだ。感応式の制御装置、とでも言おうかな」
「感応式制御? 昔流行った、脳波操縦って奴じゃないでしょうね」
「似ているが、ちょっと違う」
彼は真面目な顔になった。
「かつて、蒼翼のライって、宇宙海賊がいた。凄腕のパイロットでな。俺は当時、軍の無人機開発のチームに居て、戦闘用プログラムを開発していたんだが」
うわ。また「ライ」がらみの話なの。
・・・。
・・・ってーか、シェードの奴、わかってて、こいつに話を持ち込みやがったな。
「俺の自慢の無人機は、全てその『ライ』に破壊された。そいつの反応の速さは、人間や機械が可能とした計算処理の速さを、遥かに凌駕していた。俺は、その速度の原因を、人が持つ『野生の感』ではないかと、考えている」
ふむふむ。面白い考えだけど、アタシはそこまで野性的ではありません。
むしろ、理知的な方だと自覚しているのですが。
考えすぎなのではないでしょうか。
「そこで、人の肉体の全てから発信される信号を、微細な部分まで読み取って、操作をアシストする機能を持たせれば、普通の人間にも『ライ』のような反応ができるのでは、と、考えてね。その実験的な操縦アシスト機能だと、思ってくれればいい」
「まあ、そういう機能なら、つけても問題ないようですね」
アタシは納得して答えた。
ただ。
問題あるよねー。この実験。
アタシはもともと『ライ』なわけだし。
この機械を使わなくても、アタシは『ライ』としての反応が出来るわけで。
この機械を使ったから、『ライ』並みの操縦が出来た! とは。
ならないのではないでしょうか?
まあ、いいか。
とりあえず、安く、しかも後払いでカスタムが出来る。
アタシの心に羽が生えた。




