シーン25 変態は湧いてくる
シーン25 変態は湧いてくる
色々な思い出を残して、アタシ達はフォボスを離れた。
「もう一度、シェードの所に行こう」
シャーリィはそう提案した。
キーワードは幾つか手にいれた。
彼が言っていた「推測」と組み合わせれば、事件の全貌が見えてくる。それに、彼のいるテラの月までは、すぐ近い。
アタシはというと、まあ、立ち直りは早い方ですよ。
普通の人よりはね。
でもね、それでもちょっと辛いんです。
なんだか頑張れない気分になる時もあるのです。
アタシがフルーツジュースのおかわりを断った事で、バロンは何かを察したようだった。
必要以上に詮索しないでくれたのは有難い。
アタシは自室のベッドに仰向けに寝転んで、天井の発光パネルをぼんやりと見上げていた。目がちかちかして、変な緑色の影が浮かんだ。
あー、色々とフラッシュバックする。
面白くない。
面白くないぞー。
バロンと遊んだ時は、あんなに楽しかったのに。
トントンと、ノックする音がした。
あら珍しい。いきなりドーンと開ける奴ばっかりだと思っていたけど。
バロンが、妙にもじもじとした様子で待っていた。
「見せたいものがあるでやんす」
彼は言った。
アタシは彼の部屋についていった。
いつものように落ち着く空間。固いベッドには、アタシのクッションがそのままだ。
あれ、そうすると、バロンはいつもどこで寝ているの?
デスクの上で、それはポーズをとっていた。
未塗装で、まだ作りかけのプレーンの模型。
ようやく仮組みをしたところのようだ。
「これって、リンキ―社のヤイバね。・・・あら、バロンさんは、リンキ―製品は認めなかったんじゃなかったっけ?」
ちょっと意地悪な言い方になってしまった。
照れ隠しのつもりだったが、アタシってば肝心な時に言葉が下手。
「でも、ラライさんは好きでやんしょ。あっしも、このヤイバの前衛的なデザインは好きでやんすよ」
彼は気恥ずかしそうに言った。
アタシはもう一度模型に視線を注いだ。
やっぱり、この「ヤイバ」のデザインは秀逸だ。こんなに小さくなっても、醸し出す雰囲気だけで、アタシの心はわくわくさせられる。
「ヤイバと言ったら」
アタシの言葉に、バロンの声が重なった。
全く同時に。
「やっぱりこの、888型の初期モデルよね」
「やっぱりこの、888型の初期モデルでやんすね」
アタシ達は顔を見合わせた。
思わず笑った。
あー、やっと笑えた。
程なくして、再び船はシェードのいる衛星に戻った。
そして、茫然とした。
看板はクローズドのまま。
そこに張り紙があって。
『ちょっとだけ、旅に出ます。探さないでねハニー。by店主』
小汚い字で書かれていた。
「くっそお、この肝心な時に姿くらましやがって」
シャーリイが、不機嫌な声で入り口のドアを蹴った。
ばきって、今嫌な音がしたよ、
多分ドアのどっか壊れたよ。良いの?
あ、良いか、別に。
アタシ達は船に戻る事にした。
少しして。
街の方で爆発音が聞こえた。
「え、今の何?」
アタシ達はShade&shadeの店に戻って、その建物が跡形もなく消え失せている光景を、再び茫然と見つめた。
・・・・。
エクリプスの仕業だ。
何の確証もないけど、アタシにはそれが直感で分かった。
エクリプスはアタシ達がシェードと接触したことに気付き、邪魔者のシェードを殺しに来た。だが、シェードは先にそれを察して逃げた。そういう事だろう。
だけど、これで難しい局面になった。
次に何をするべきかが、全く見当がつかなくなったのだ。
「仕方ない。ドッグ星に向かおう」
シャーリィの導いた結論はそれだった。
アタシにもバロンにも、別段異論を唱える理由は無かった。
以前発生していた時空嵐は、多少は治まってくれていた。
今回もシャーリィと操縦を交代しながらの船旅となったが、そのおかげで、前回よりも早く解放された。
また例の明るいアップテンポな音楽を、ガンガンに鳴らした。
新進気鋭のバンド「ジューシィカミカミ」か。チェックしておこう。
アタシは仮眠をとる前に、光シャワーを浴びる事にした。
困ったことに、アタシはフォボスで日焼けしてしまったようだった。
特に背中。
日焼け止めは塗ったつもりだったけど、背中は盲点だった。そりゃあ、焼けるよね。
痒いやら、痛いやら。
メディカルボックス使わせてーって言ったら、
「そいつは遊んだ勲章だから、そのままにしておけばー」なんて、シャーリィめ、どこまでケチなんだ。
メディカルボックスくらい、良いじゃないか、減るもんじゃ無し。
シャワーは頭も体もリフレッシュしてくれる。
うん。少しずつ元気が出てきたぞ。
アタシは下着だけを身につけて、鏡の前に立った。
少し日焼けた体は、いつも以上に健康的に見えた。
髪も良し。
顔は、もちろん良し。
胸だって、決して悪いわけじゃない。多少主張が控えめなだけだ。
普通に可愛いはずだ。
腹も。まあ良し。
「いい尻だな」
「そうね。お尻も良し!」
・・・・。
んが?。
今、誰か何か言いましたー?
アタシは、振り返った。
で、凍り付いた。
・・・居やがった。
無意味に涼やかな眼差しを、一見華奢にも見える端正な相貌に浮かべて。
黒髪の変態美形野郎はアタシを見つめていた。
・・・!
「ぎゃああああああああああ!!!!!!」
アタシは悲鳴を上げた。
この場合。悲鳴を上げない方がおかしい。
ってーか、こいつおかしい。
何でここに居るの、っていうより、どっから湧いてきやがったの。
もう、渾身のストレートをお見舞いしようと思いましたよ。
しかしこいつ、あっさりと避けやがった。
「ふ。俺に同じ攻撃は二度ときかん」
いや、そういう事じゃない。そういう態度はよろしくない。
彼は目を見開いた。
「今こそ、正しく判定しよう。86・5・・・」
「だから、どこから湧いてきた。てっめえは」
背後からシャーリイの踵落としを食らって。シェードはその場に昏倒した。
「じゃ―りぃざーん」
アタシは彼女の後ろに隠れた。
めっちゃ怖かった。
ほんとに怖かった。
シャーリィの言った通りだ、こいつ、変態だ。
それも筋金入りだ。
「どうしたでやんすか~」
バロンが飛び込んできた。
で、アタシを見た。
その顔が真っ赤になって、鼻?の下が伸びた。
あんたもかい!
アタシはバロンの軟体ボディを一本背負いで投げ飛ばしてから、走って自分の部屋に逃げ込んだ。
アタシが着替えを済ませて戻って来ると、シェードはぐるぐる巻きにされて、洗濯室の床に転がされていた。
「随分とひでー待遇だな、この船は」
「勝手に無断乗船しておいて、何言ってんだよ、このタコ助・・・って、あんたの事じゃないからねバロン」
「・・・わざわざ断らなくても、わかってるでやんすよ」
バロンもむすっとした顔で、シェードを見ていた。
「無断乗船とは、言葉が悪いな。俺はただ、挨拶するのが遅れただけだぜ」
「だから、普通はそれを先にするんでしょうが」
こういう時、シャーリィはまともに見える。
そして、頼りになる。やっぱり、「姐さん」と呼ばれるだけはある。
「脅かすつもりじゃなかったんだ。ただ、声をかけようとしたら、目の前に良い尻が見えたもんだから。・・・ほら、先に親交を深めておくのも良いだろ」
「着替えを覗くのが、あんたの親交かい」
「覗きは、情報屋として当然のスキルだ」
「・・・。」
開き直ってる。
というか、悪い事をしているという意識すらないのか。こいつは。
アタシ達は三人そろって、深くため息をついた。
なんで、こんなのが、宇宙一の情報屋なのだろう。
「でも、なんであたしらの船に潜りこんで来たのさ。あんただって、自分の宇宙船くらいもっているはずだろ」
「ああ。だが、あの船じゃドッグ星に行けないからな。俺はドッグ星に用があるんだ」
「あたしらがドッグ星に行くの、なんでわかって?」
「その位の予測ができなくて、宇宙一の情報屋が名乗れるか」
彼は不敵に笑った。
いや、宇宙一。を名乗るのは良いけどさ。
もう少し、素行を良くしようよ。
あんた、ただの宇宙一の変態。になっちゃうよ。
まったく、「黒の道化師」の名前が廃ってるじゃない。
ん。黒の・・・「道化師」。つまりピエロ。
もしかして、あれって悪意を込めて呼ばれてたのかな。
「まあ、あんたには恩もある事だし。丁度訊きたい事もあったから、船に乗せる分には構わないけどさ。・・・でもなんで、自分の船が使えないんだい」
シャーリィは聞いた。
聞いて、聞くんじゃなかったと思った。
アタシも思った。
「ちょっと前から、ミリア長官の機嫌が悪くてな。俺は何もした覚えは無いんだが。今度来たらぶっ殺す、だってさ」
困ったもんだよーあははははー、と、彼は笑った。
そうか。長官もこいつの被害者か。
って、あの大人しそうで、物静かなミリア長官にそこまで言わせるって・・・。
やっぱりこいつ、ただ者じゃない「変態」だ。
なんだか溜息をつく回数が増えそうだ。




