シーン11 世の中そんなに甘くない
シーン11世の中そんなに甘くない
惑星デーンは、高密度核を持った大惑星だ。
あまりにも強い重力と、やむことの無い大気嵐のせいで、惑星そのものに居住することはできない。
ただ、この大気嵐が、非常に高純度のエネルギーを安定的に供給するというメリットがあって、惑星を取り巻くように何千もの人工の星が作られていた。
それぞれの人工衛星はシティとして独立しながら、連合して惑星デーンの共同政府を作り上げている。
その内の一つ。ナンバー385、衛星ロビンにアタシたちの船は着艦した。
航行目的は、旅行。
金持ちの道楽が、個人の宇宙船で入港したような扱いになっている。
でも、降りてきたのは、お金持ちとは全く無縁のアタシたちだった。
ロビンシティは「都会的」という言葉がしっくりくるような街並だ。
巨大企業のオフィスが乱立し、お洒落で、高級なカフェやショップが並ぶ。
制服姿が良く似合う若い女がキビキビした様子で街を歩き、渋滞とは無縁な管理されたメインストリートを、無人で運行するサービスカーが静かに走り抜けていく。
・・・いいなあ。あの制服。
アタシたちは、そんな無人運転の車に乗り込んで、街を歩く人の群れに視線を送っていた。
普通に就職して、ああやって街を颯爽と歩けたらな。
仕事帰りには、お洒落なバーに寄ったりして。たまに、ジムなんか通ったくらいにして。
家は、高層のマンションあたりを買ったりしてさ。
夢だけが、膨らむ。
「田舎のおのぼりさんみたいに、見ないでよ、こっちが恥ずかしいわ」
シャーリィに言われて、夢が砕け散った。
「これから、どこに行くんでしたっけ?」
微かな怒りを込めて、アタシは訊いた。
「中心部からは少し離れるけど、45ブロックに繁華街があるわ。その近くよ」
「流石に、この辺にはカース人はいないでやんすね~」
アタシたちの間に挟まって、バロンが呟いた。
彼は変装していた。
つば広の帽子を深く被って、目にはサングラスをかけている。
また、タコ星人のボディを隠すように、口元から下全身を、長いマント状の布で覆っていた。一応、実際に防弾マントではあるのだが。
・・・正直言って、不審者にしか見えない。
たぶん、一人で歩いていたら(一人じゃなくても)、職質されるレベルだ。
ただでさえ宇宙海賊なのに、見た目から怪しくしてどうするんだろう。
そんな思いをよそに、車は思った以上に早く、アタシたちを目的地に送り届けた。
さっきの市街地に比較すると、違う意味で随分と賑やかだ。
まだ昼、というか、日中として設定された時間なのにもかかわらず、立ち並ぶバーやクラブからは、人々の嬌声や音楽が溢れ出している。
道が一気に細くなって、一歩路地裏に入ったとたんに、いかがわしい店が立ち並ぶ一角に出た。
いつの世も、人の欲望は、それほど変わりはしない。
思わず顔を赤らめるようなポスターや看板が目に入る。
その横に、求人欄があった。
秘密厳守!
経歴不問!
楽しいお仕事!
いや。これだけはやっぱり駄目だ。こんな道に足を踏み入れるくらいなら、きちんと入所して強制労働の方が潔い。絶対、そんな事にはなりたくないけど。
「ここだね」
シャーリィが足を止めた。
見た目は、まさに怪しさ満点の店だ。
「激安」「1時間飲み放題」「指名無料」などの文字が光っている。
「うええ、ここに入るんですか」
「うえってなんだよ。大丈夫、アポはつけてあるよ」
シャーリィは躊躇いもせず、入り口をくぐった。
受付に居たガメル人の姿に度肝を抜かれた。
ガメル人は、虫のような鎧に覆われた外観をしていて、目も複眼だ。口元はセミのようにも見える。発音器官が異なっているので、喉元に発生装置をつけている。声は機械で設定しているから、見た目は虫なのに、声だけはイケメンボイスだった。
「予約していたナイトだ、エクリプスはいるかい」
ナイト・・・かあ。彼女の偽名か。
男は手際よくアタシたちを通した。
一番奥の個室に、エクリプスという男は待っていた。
室内は薄暗かった。赤と青の点滅と、どこかちぐはぐな軽い音楽。そして、何だこれは、薬の匂いか。
男の姿を見つけて、一目で嫌悪感がした。
左右に女を侍らせて、ソファに深々と腰を下ろしている。
テア人に見えるが、深めに帽子を被っていて、よく見えない。細身で、手足がやけに長く見えた。
「手筈通り持ってきたよ。そっちの準備は」
「出来ている」
無機質な声。声帯を変えている。
彼は小さなケースを取り出した。
「中身を見せな」
「そっちが先だ」
シャーリィがフン、と鼻を鳴らした。
「キューブを奪って、ハイさよならされたんじゃ、たまらないからね。ここはそっちの土俵なんだ、見せるのはそっちが先だ」
「・・・・」
エクリプス、という男は、微かに顔を上げた。
落ち窪んだ眼が見えた。随分と、鋭い眼光をしている。
こいつ、危ない奴だ。アタシの本能が警告を発した。
「いいだろう」
男はケースを開けた。
宇宙銀行のアクセスキーだ。シャーリィが覗き込んだ。
アタシも思わず横から覗き見た。
本物のようだ。軽く触れると、表面に数字が浮かぶ。支払金額が確認できる仕組みだ。
うーん、これで9000万ニート(約4000万円)か、内容と、実行の危険を加味すれば、多少安いか、それとも妥当な線か。
でも。
一割で良いから、アタシにも分け前くれないかなあ。
そしたら、すぐにおさらばするのに。
ちらりとシャーリィを見た。
駄目そうだ。こいつ、多分だけど、守銭奴っぽい。
ギリギリお願いしたって、お駄賃程度貰えればいいか。
あ、だったら、あとでバロンにおねだりしてみるかな―。
って。
ダメダメ、これじゃあ最低な女じゃない。もう少しプライド高く生きないと。
「では、今度はそっちの番だ」
アタシの妄想を無視して、エクリプスが手を出した。
シャーリィがメモリーキューブを出した。
エクリプスは、左手に何かしらの端末を手にすると、キューブに近づける。
小さな音がして、彼の唇が、微かに微笑むのが見えた。
「確かに。思ったよりも優秀だな。感心したぜ」
「思ったよりは、余計だ」
シャーリィが言って、アクセスキーをつかみ取る。
「危ない!」
アタシはシャーリーの手を叩いた。
アクセスキーが弾かれて飛んだ。
「え!?」
爆発が起きる。
アクセスキーはトラップになっていた、あのまま持ち上げていたら、シャーリィの腕は吹き飛ばされていた。
エクリプスの左右に居た女が、突然顔を上げた。銃を手にしていた。
やば、至近距離だ。躱せない。
銃声が響き渡った。
アタシは、思わず目を閉じた。
あれ、無事だ。痛くもかゆくもない。
おそるおそる目を開けたアタシが見たのは。
マントの下から、8丁拳銃を構えたバロンの雄姿だった。
一人で8丁もの銃を一度に撃てるなんて、さすがタコ! それも、速い!
素敵! 今だけ惚れるかも。
「こいつら!」
焦ったようなシャーリィの声が聞こえた。
アタシも見た。
エクリプスという男と、二人の女。
バロンによって撃たれた筈の三人の体から、火花が散っている。
「こいつら機械人形だ。やばい、自爆する」
アタシは瞬間的にメモリーキューブを奪い取って走った。
アタシの一歩前をシャーリィが、一歩遅れてバロンが走る。
部屋を飛び出すと、銃声に驚いたガメル人が目の前に立ちふさがる。
邪魔よ。死ぬよ。
シャーリィが突き飛ばし、アタシが乗り越えるように逃げる。
バロンったら、謝んなくていい。
背後で大爆発が起こった。
間一髪、アタシたちは路地に転がり出た。
「走れ!」
シャーリィの声に従った。けど、バロンが遅れてる。
アタシは踏みとどまって、バロンに手を貸した。彼の八本の触手は、速く走るには不向きだ。シャーリィを追いかけようとして、銃撃に足を止められた。
まだ、仲間が居たのか。
アタシはバロンの腕を引いて、シャーリィとは別方向の路地に走った。




