龍の劇作家の出演依頼
「ああ、かくも世界は劇的か!! この世界に光あれ!! 全ての創作に熱あれ!!」
苗床亭の外側で馬鹿でかい声がする。聞くだけで全身が震えるほどの声量、さらに込められた魔力の量によってこの声の主が誰かが確定する。
「龍種!?」
龍とは知恵ある蛇、翼持つ爬虫類の頂点。存在そのものが伝説となるようなとてつもない化物である。敵対すればまず命はない、それどころか通った道には何も残らないとさえ言われる名前付きの龍まで存在している。
「出てくるがいい、翼も鱗も持たぬ者よ。我は貴様に用がある」
「……僕に何があっても、手を出しちゃ駄目だよ」
龍と正面から相対するというのは自殺に等しい。伝承によっては1睨みされるだけで死ぬとさえ言われているのだ。万が一それが正しかったのならルームは苗床亭から出た瞬間に命が尽きるということになる。それで激昂して龍種に挑めば苗床亭が消える。とはいえ、ルームが死んだとすれば全てのリミッターを無視した怪物が複数体顕現するので割と良い勝負になるかもしれない。
「ふぅ……」
深呼吸をして扉を開ける、命を賭した龍との邂逅である。
「ふへへ……初めましてぇ」
「ん……?」
目の前に居るのは豊かな黒髪で顔を隠した女性である。なにか言いたいことがあるのかもじもじしている。だが、肝心の龍が見えない。
「あの……」
「は、はひぃ!? なんでしゅか!?」
「貴方が、ですか……?」
「あ、はい……すみませぇん。勇気がでなくて演技してました……驚かしてしまいましたね……」
「いえいえ、大丈夫です。あ、人間の形になれるんです、ね」
龍に会いに来たら根暗そうな女性が出てきたばかりか、特にメッセージを伝えることもないので距離を測りかねているのだ。万が一逆鱗触れるようなことがあってはならないのでここには今コミュ障しかないのである。
「えっと、その。要件を聞かせていただいても?」
「はぃ、わ、わたぁし、その劇作家をやっていまして、ご迷惑でなければ、なんですけど……出演、してもらいたいなぁ、なんて」
「え?」
「ああっ!? すみません!! ご迷惑ですよねそうですよね、いきなり出てきてこんなこと言って変ですよね帰ります!!」
「あ、ちょっ!?」
女性が名前も告げずに龍の姿に戻って飛んでいってしまった。
「本当に龍だったんだ」
その翌日のことである。
「ああ、かくも世界は劇的か!! この世界に光あれ!! 全ての創作に熱あれ!!」
「また来たんですか!?」
「ひゃあ!?」
龍形態の彼女は一言で言えばドラゴンゾンビであった。いや、ゾンビであるを通り越して骨である。骨の龍が彼女の正体だった。面識ができたので臆すること無く苗床亭から出てきたルームにばっちりと真の姿を見られてしまった。
「え、エッチ!!」
「ええ!?」
「うわぁああああん!!」
「あ、待ってください!!」
さらに翌日のことである。
「ああ、「3回目はもう良いですから」
叫ぶ前に待ち構えていたルームに止められた。迂闊に姿を見るとまた逃げられるかもしれないので今のルームは目隠しをしている。
「あの、なんて呼んだら良いか分からないのでお名前を教えていただいてもよろしいですか?」
「あ、はい……私はスカーナと申しますぅ。人間の方に通りの良い名前だと、その【骸龍】とか」
「がい、りゅうですか」
【骸龍】とは名前付きとして語られる龍のうちの1体である。曰く1晩で国を死体で埋め尽くした、曰くどんな攻撃も無効化される、曰くその血の一滴で海を汚染する。その他諸々の物騒な噂には事欠かない存在である。
「や、でも、その、そんなたいしたことできないっていうか、私、そんなに怖くないです、から、お話だけでも、聞いてもらえませんか」
「はい、聞きます。劇がなんとかおっしゃってましたよね」
「え。聞いてくれるんですか。自分で言うのもなんですけど私【骸龍】ですけど」
「はい、それは分かりました。それは別に話を聞かない理由にはなりません」
「っぐ……ぐすっ……うえええええええん」
「なんで泣くんですか!?」
「ずびばぜん……ひとに……やさしくされたの……ひざじぶりで……はなぜぞうにないので……いっだんがえりまず……」
「ええ……」
ぐずぐずに泣きながらスカーナはまたしても飛んでいってしまった。龍に戻ってから流した涙が表現しがたい色をした酸性の液体であったので恐らく【骸龍】というのは本当であろう。苗床亭総出で対処しなければ3日くらいで大地が腐りきるところであった。
「あのう……昨日はすみませんでした」
「はぁ……はぁ……いえいえ、泣くときは、気をつけて、くださいね」
ルームは疲労困憊である、寝ずに中和作業をしていたので仕方がない。
「あれ。お疲れですか」
「ちょっと、寝てなくて」
「それは大変ですね、これをどうぞ」
そう言ってスカーナは自らの腕を傷つけた、滴るはずの血はまるで流れず小指の先ほどの血の玉が出てくるのみである。
「龍血です。少しくらいの疲労ならこれですぐ治りますよ」
「すみません、いただきます」
一滴を口に含む、それだけで全ての疲労は吹き飛んだ。龍血とは一種の万能薬であり、こんな栄養ドリンク染みた使い方をするものではない。
「私も疲れた時は、仲間のを飲ませてもらったりします」
「……仲間。ですか」
「はい、劇団『古代語り』って言うんですけど。そこの皆は私の同期なので」
「同期? スカーナさんの……!?」
「ああっ……名前を呼ばれるのも久しぶりです……!! でも……なぎまぜん……今日は……!!」
「同期ってどういうことですか」
「そのままですよ? 同年代ってことです」
ちなみに【骸龍】が産まれたのは遙か太古のことであるとされる。それと同期、即ち同レベルの伝説級の存在である可能性が非常に高い。
「聞くのが怖くなってきました……」
「き、聞いてくれないんですか」
ずずず、何かが暗がりに引き込まれるような音がスカーナから発生する。暗く、重く、厄を固めた何かが表に出てこようとしている。
「いえ、覚悟ができました。お聞きします」
一転してスカーナの雰囲気が明るくなる、そこから語られることはいったい何か。とりあえず蛇も鬼も凌駕した何かが出てくるだろう。




