悪魔が来たのは理由がある
「で、なんで悪魔になったアンサが無理矢理召喚されてまであたしを呼び出したんだい?」
「あ、そうそう。んーとね、悪魔界隈でもちょっと有名な奴がこっちに来ようとしてて危ないっていう話をしようと思って」
「有名な奴? ベリアルかい、それともアスモデウスかアモンかそんな所だろう? 大昔じゃないんだから聖職者どもが勝手に討伐するだろうさ」
「それがねえ。今回来てるのはそういうのじゃ無くてもっと厄介なんだよ」
「厄介?」
「そう、強いわけじゃないんだけど。とにかく逃げ足も速ければ短時間の未来予知も可能な悪魔なんだよね」
「そんな奴は知らないねえ、名前は分かるのかい?」
「分かんない、でも長足って呼ばれてるよ」
「長足ねえ、そいつの目的は?」
「分かんない、でも伝えるべきことは伝えたから私は帰るね。それにしてもお姉ちゃんに良い人ができたみたいで良かったよ。魔女の癖に潔癖で男を作らないもんだから不可侵処女って呼ばれてたの知ってる?」
「初耳だよ、くそ、言ってた奴も死んじまってるだろうから復讐もできやしない。降霊術を学んでおくべきだったねえ」
「あはははは、やっぱりお姉ちゃんは面白いや。末裔の子には悪いことしたね、ちょっとした贈り物を置いておくから好きに使っていいよ。じゃあね」
アンサが煙のようになって姿を消す、永年の別れから再会を果たしたとは思えないほどにあっさりと悪魔の住む世界へと帰ってしまった。それを見たアンケは酷く優しく笑いながら少しだけ残った煙を撫でるように手を動かしている。
「アンサらしいったらありゃしないよまったく。あたしも死んだら悪魔にでもなろうかね、まあそれはともかくとしてだ。これでお願いは叶えたことになるかね」
「はっ!!? お母さん!!」
呆けていたウィズダムが家の方へと駆けていく、それを迎えるように女性が家から走ってきたのを見ると母親が解放されたのは間違いないようだ。もとよりアンケと話すための人質だったので特に危害も加えられていなかったのだろう。
「さて、どうしようかねえ。長足の悪魔なんて面倒なものを送り返す理由も特にないし、危険だって言うなら近づかなきゃ良いだけの話だしねえ。あんたはどうするんだい?」
「え? 放っておきますけど?」
「そうかい、それなら良いんだ。ここにはもう用はないね、帰ろうか」
「はい、早く終わって良かったです」
苗床亭へと帰るための準備をしているとウィズダムの母親がルーム達の元へと駆けてきた。その顔は蒼白であり何かがあったのだろうと想像できる。近寄ってくるなりジャンプしながら見事な土下座をかましたので2人があっけにとられる。
「申し訳ありませんでした!! 娘が多大なるご迷惑を!! この落とし前は私の命でさせていただきたく!!」
「いらないよそんなもの、折角来たのに死なれちゃ夢見が悪いだろう」
「なんと寛大な心!! 海より深く空より広い心をお持ちでございます!!」
「おべんちゃらを並べ立てるんじゃないよ、何か頼みがあるんだろう? 毒を食らわば皿までとは言いたくないが、今のあたしは気分が良い。言ってみな」
「ああっ、ありがとうございます。実は私の手に負えぬ問題がありまして」
「まったく、親子ともども問題を引き寄せる体質でもあるのかね。もしかして、長足の悪魔を捕まえてほしいとでも言うのかね」
「長足の悪魔? そのような悪魔はとんと知りませんで。お願いしたいことというのは最近出没している辻魔女でございます」
「辻魔女ってなんだい、そんなことしたらすぐに火あぶりじゃないかい」
「それが非常に頭の良い魔女らしく、のらりくらりと正体を掴ませないのです。しかし、それもいつまで保つか分かりません、魔女の現存が公になれば今度こそ魔女は絶滅してしまいます。偉大なる始まりの魔女のアンケ様に頼むのもおかしな話しでありますが、どうか辻魔女を止めさせて欲しいのです」
「そうは言っても何か特徴はないのかい? 当てずっぽうで探しても見つかるような奴じゃないんだろう」
「1つだけ分かっていることがあります、辻魔女の魔法は奇妙奇天烈であって全く見たことのないものなのです。例えば川の水を夜の間だけ酒に変えるなど、なんの意味があるのか分からないものばかりで」
「ふむ、なるほどね。奇妙な現象を追っていけば辻魔女にぶち当たるってわけかい」
「左様で」
アンケの視線がルームの方へと動く、視線はどこか懇願の気配があり何かをルームに求めているように思える。
「1人でやっても良いんだけどねえ」
「ん?」
アンケの長い腕がするりとルームに絡みつく、そして身体を密着させながら耳元で囁いた。背筋がゾクゾクと震えるような甘い声で言葉を紡ぐ。
「もうちょっとだけ、付き合ってくれるかい?」
「あんまり長くならないなら良いですけど」
魅了の効果を乗せたはずの言葉が通じないことに若干の不満を覚えつつ、承諾をもらえた嬉しさで頬を染める。先ほどの妖艶さとは裏腹の少女のような純粋さが現われていた。ちなみに、ルームに魅了の類が効かないのは苗床亭の面々が全力でプロテクトをかけているからである。肉体に作用する薬品に対するものはヴァンシイが、霊的な干渉にはヨツヤが、精神干渉にはヒュープが、フェロモンによる操作にはスィンが、脳に対する物理的干渉にはロサ・ロサが対応している。
「じゃあ行こうか、3日以内には終わるよきっと」
「だと良いですけど」




