一件落着かと思ったの? それは問屋がおろさないわよお
「オクタスさん、たぶんもう大丈夫ですよ」
「本当か!?」
身体にクーパーを巻き付けながら帰還したルームを見て一気にオクタスの顔が怪訝なものとなる。ちなみに他のメンバーは見てらんないということで苗床亭で待っている。
「あ? あん? え? え?」
「どうかしましたか?」
「ちょっと待て、今俺の頭の中が蛸にあるまじき柔軟性のなさを露呈しようとしてんだ。少しだけ冷静になる時間と確認の手順を踏ませてくれ」
「はい、待ちます」
オクタスの頭の中には自分を傷つけて去って行く際の狂ったような笑顔のクーパーが浮かんでいた、だが今のクーパーは心底幸せそうに目の前の少年に絡みついているではないか。ここでポイントとなるのはひっついていても重さを与えないようにひっそりと触手を2、3本地面に垂らして支えているということである。小屋一軒ほどの重さであるクーパーをルームが支えることなど無理である。一瞬であればなんとかなるかもしれないが、継続して運ぶというわけにはいかない。ひっつくためには絡みつきながら自らの体重を支えつつバランスをとらねばならない。そしてそんな面倒なことをわざわざしながら蕩けだしそうな顔でいるというのが意味することはなんなのか、オクタスの頭はある答えを導き出した。
「お前、クーパーを、抱いたのか」
「はぁ!? そんなことしませんよ!! そんなことができるような状態だったと思いますか!?」
「いやだっておまえ、そんな、おまえ、見たことねえぞ」
「これはちょっとした躾の結果です、もう自分も他人も無差別に傷つけないようにお願いしただけですから」
「いやいやいや、それだけでこんなことになるか馬鹿!!」
「兄貴。私が間違ってたよ、私はこんなことをするべきじゃなかった。【自傷改造】ももう使わないよ」
キリッとした顔でクーパーが告げるが体勢はそのままであるのでいまいち締まらない。せめて離れろよと言いたい気持ちと、最悪死体となった妹と再会する覚悟が杞憂に終わった嬉しさがこみ上げてきたのでよく分からない表情になるオクタス。
「そう、か。俺は嬉しい、ぞ?」
なんとか絞り出した言葉も歯切れが悪くなるのは仕方ないだろう。
「それでだ、クーパーはこれからどうするんだ。俺と一緒にいても良いけどその、そいつと一緒に居たければそれでも」
「ううん、私はここに居るよ」
「クーパー、お前」
「だって、ずっと一緒にいると歯止めが効かなくなりそうだから。偶に会うくらいがちょうど良いと思って。それに【自傷改造】に頼らない方法で力になれるようにしないといけないし」
「うん?」
「でもね、愛人くらいにはしてもらいたいかなあ」
幸せそうにくねるクーパー。そして凍り付くルーム、ビキビキと青筋を立てるオクタス。
「ふー、ちょっと男同士の話があるから離れてくれねえか」
「そう? 分かった」
ずるり、重い音をさせながらオクタスの触手がルームの周りを取り囲む、人型を保ちながらこれだけ大量の触手を操作できるのは恐るべき練度であると言える。
「少し真面目な話をするぞ」
「は、はい」
全身から闘気のような殺気のようなものを発しながら近づいてくるオクタス、ルームが下手すればクーパーよりもよっぽど強いんじゃないかと思うほどの覇気である。
「擬態蛸ってのは本来兄妹が存在しねえんだ、不吉っつうか、しきたりみたいなもんで兄妹のどっちかは捨てられるかどっかに預けられる。俺とクーパーは親が生まれてすぐに死んじまったから兄妹のままだったんだ。つまりは、この世にたった1人の、家族だ。クーパーとの関係をどうこう言うつもりはねえ、きっとあいつの暴走だろうからな。だけどよ、あいつにも真面目に向き合ってやってくれ。それだけがただ1人の兄からのお願いだよ。もし義弟になる気になったら、その時はもっと腹割って話そうや」
オクタスが手を差し出す。ルームがそれを握った瞬間に恐ろしいほどの力で握られる。手がミシミシと音を立てるほどである、もしヴァンシイの菌糸のよる強化がなかったとしたら文字通り手は握りつぶされていただろう。
「さっきのは建前だ、本音を今から一言だけ言うぞ。その前にクーパーを生かしてくれたことに礼を言っておく。それはそれとして、妹泣かしたらぶっ殺すからな」
瞳孔が横に裂けた顔は全くの遊びがなく、言ったことが真実であることを示している。
「分かってますよ、少なくともそれだけは」
「そうか、なら良い」
一転して破顔したオクタスからはもう先ほどまでの圧力は感じない。触手も引いていったことから男の話はここまでだということを暗に言っていた。
「それじゃあ、クーパーに擬態蛸の戦い方を教えてやんなきゃならねえな」
「うん、お願い兄貴」
「お前にまた兄貴と呼ばれる時が来るとは思わなかったぜ」
嬉しそうな照れくさそうな笑みを漏らすオクタスに、なんでそんなことを言うのか分からなそうなクーパー。2人の擬態蛸がわちゃわちゃしているうちにひっそりとルームは扉から出た。
「これで大丈夫かな」
「ブラボー、100点あげちゃうわ」
「げ」
そこには依頼主である武界3席のメイリーが立っていた。




