鼻が効く
「すんすん」
グウェイの鼻を頼ることにしたのでとりあえず町をくまなく歩くことにしたわけなのだが、ルームとグウェイの間は随分と離れてしまっている。これでは襲われた時に咄嗟にかばうことは難しくなってしまうほどに距離がある。
「もうちょっと近づいちゃだめなのー?」
「駄目だ!! 俺の鼻が使い物にならなくなる!!」
「えー」
「えーじゃねえ!! お前の身体はべらぼうに良い匂いがするんだよ!!」
グウェイの言うとおり、ルームの近くでは鼻がまともに機能しなくなってしまっているのだった。理由は1つ、グウェイの鼻が優先的に捕まえる匂いとしてルームの匂いを覚えてしまっているのである。何を差し置いても探し出すべき匂いとして脳が登録されたのだった。最高級の餌として、何があっても失うべきではないものとして。
「そんなに臭うかなあ?」
「ルーは良い匂いだよ」
「そうだと良いんだけど」
スィンの鼻はフェロモンを捉える力が強い、それと同時にフェロモンに引きずられないように耐性も持っている。苗床亭に来たばかりのころはそんなものは持っていなかったがルームと生活する上で獲得したのだった。そうでなくてはとてもとてもルームと1つ屋根の下にいて我慢などできるはずがないのだから、それは絶対に嫌だと思ったスィンが意識的に獲得した能力である。その耐性をもってしても良い匂いだと思わせるのは【寄生】の恐ろしさである。
「ん? こっちから変な匂いがするぜ。人とも獣とも違う匂いだ」
「血の匂いは」
「しない、だが酷く生臭え」
「内臓の匂いだとしたらそれでビンゴだね。相手は人食い鬼って言われてるけどどんなのか分からないから気をつけて」
「言われなくても」
先導を初めたグウェイが足を止めたのは先日しこたまご馳走になったオクタスの店の前であった。時期のせいか客が入っているようには見えない。
「ここかぁ、何か知ってる風だったもんなあ。やっぱりここに来ちゃうのか」
「おじさんが人食い鬼なのかな」
「どうだろうね。悪い人じゃないと思うんだけど」
とりあえず歩みを止め話を始めた2人を気にもせずグウェイは扉を蹴破った。まさに猪突猛進、猪の血を感じさせる突進っぷりであった。
「おらあああ!!!」
「あーあ、行っちゃった」
「あの人、人捜しに向いてないよ?」
「僕もそう思う」
それでも行ってしまったことに代わりはなく、時間もそう簡単には巻き戻せないのでルーム達もそれに続くことにした。
「なんだこりゃあ!?」
ルーム達が食事をした食卓は粉々に砕かれ、そして辺り一帯には青い液体がまき散らされていた。少なくとも血ではない。その場に漂う匂いも鉄の香りではなくどことなく銅を思わせる特異な匂いである。そして奥にはぐったりとしたオクタスが壁にもたれかかっていた。胸の部分に大きな穴が開いておりどう見ても致命傷であった。
「おく、たすさん」
「ルー、よく見て」
「え?」
オクタスの身体には異変がもう一つ、ほとんどがちぎれかかっていたがその足はどう見ても人間のものではない。軟体動物染みた、骨の無い筋肉の塊の足が合計6本投げ出されていた。腕と合わせて8本になることからオクタスの真の姿はタコに類する何かであることが分かる。
「もしかして、まだ生きてるの」
「まだ間に合うかもしれない、治す人がいれば」
「医者か……!?」
ルームはこの町の医者の居場所を知らない、そして今から探していたのでは間に合わないだろうことも同時に分かっていた。つまり、ルームの力ではオクタスを救うことはできないのだ。
「スィン、どうにかできない!?」
「無理、癒やすことができるのは自分だけ」
自己進化の限界がここにあった、どんなに進化してもできるのは自分のことだけ。誰かを治すことなどできる筈もない。技術としての医術を修めることはできるだろうが、お手本もない状態でコピーなど無理なのである。
「くそぉ、僕の身体を使えばなんとか」
ルームの【寄生】は世にも珍しい受け身型の【寄生】である。しかし、相手の動きなしで寄生させることなどできない。超々々高品質の餌としての力で栄養補給はできるだろうが、傷を塞ぐことや命をつなぐことはできない。やはり無理だった。
「このオッサンを救いたいのか? もしかしたらこいつがその人食い鬼って奴かもしれないのに」
「そんなわけない!! オクタスさんはそんな人じゃない!! でも、僕たちじゃ救えない。今から医者を探せたとしてもオクタスさんを診られる医者かも分からない」
人以外の種族を見る医者を存在する、但しその存在は知られていても誰がそうなのかということは会ってみるまで分からないのである。
「仕方ねえな、恩人のために使うなら許してくれるだろ」
グウェイが何かをしようとした瞬間、その手に触手が絡みついた。
「ひゃんっ!?」
「なんかしてくれようとしてるみたいだが、大丈夫だ。俺は擬態蛸だからよ、大穴が空いててもこれは致命傷じゃねえ。すぐに塞がる」
オクタスの身体がずるりと崩れる、蛸としての姿を現した時に傷の場所も移動した。確かに大ケガではあるが胴体に穴が空いているよりはマシであった。
「すまねえな、騙してたみたいでよ」
「いえ、そんな。それよりも誰にやられたんですか!? 蛸種は非常に強い種のはずです!!」
全身筋肉の塊のうえ異常に高い再生能力、加えて高い知性と擬態能力、墨に吸盤と蛸の能力は非常に高い。それをここまでボロボロにできる相手というのは限られる。相当の戦闘能力がなければこんなことができるはずもない。
「油断、とは言えねえ。俺はあいつが強いことは知ってたからな、まさかここまでになってたとは思わなかったが。俺は、止められなかった。少しずつ崩れていくあいつを見ることしか、自我を保ってるのかも分からねえあいつをこれが最後と止めようとしたのがこの様だ。あいつは武界を追い出されてからおかしくなっちまったんだ」
「武界を、追い出された」
「ああ、たぶんお前が探してる人食い鬼はあいつなんだろう。だけど信じてくれあいつが食ってるのは他人じゃねえ、自分自身だ」
「自分自身を食べる……?」
「そうだ、あいつは、自分を食って作り直してるんだ」
「【自傷改造】ですか」
【自傷改造】とは自らを傷つけることでその場所を自分の好きなように作り替えることができるスキルである。これは世界に大きな影響を及ぼすスキルではない、だが、自分を傷つけるという行為の結果として発狂する者が多数居たために禁忌となったスキルである。【寄生】や【悪食】ほどには目の敵にはされないものだが、持っていていい顔はされない能力である。
「っ!? 知ってるのか」
「ええ、僕も禁忌スキルの関係者です」
「そう、か、あいつを助けてやってくれ。あいつの名はクーパー、俺の、妹だ」




