眠り姫は知らないまま
「ありがとうヒュープ」
「別にぃ? 頼まれちゃったからにはお願いを聞いてあげるのも良いかなあって。毎日お腹いっぱいにしてくれるし、こっちの方もいつか満たしてくれると良いんだけどねぇ」
露骨に下腹部を擦りながら言うヒュープから目を背けつつルームは立ち上がる。スィンは明日まで目を覚さないように眠らせた。ルームも一瞬寝ていたがヒュープによって目覚めたのである。
「でも良いのぉ? 自分のせいで起こる戦いなら見せた方が良いんじゃなーい」
「良いんだ、これは僕の我がまま。蠱毒姫蜂からスィンになったこの子が無理に背負うものじゃないよ」
「あっまいなあ、お砂糖よりも甘くてピュアピュアだよねぇ」
口では詰りながら酷く嬉しそうにルームの頬を突っついている。ルームに頼られるのは滅多にない機会であるため良いところを見せたいと思う乙女心が全力でキュンキュンしているのであった。
「そんな蕩けた顔で言っても説得力ないわよ、それと私の宿主なのだからそこはわきまえてちょうだい」
「ヴァンちゃん、そんな事言わないでぇ。確かにヒューは一番新参だけど、負けないからねぇ」
ルームの身体から顔を覗かせたヴァンシィが釘を刺すと同時に天井からすぅっとヨツヤが顔を覗かせる。
「奴さんが来たでありんす、薔薇のお方も準備がよござんす」
「うん、それじゃあ。朝日が昇る前に片付けようね」
空が黒く染まっている、しかしこれは夜であるからという理由だけではない。物理的に空間が埋まっているために暗いのだ。蠱毒姫蜂は巣を一つ潰して誕生する化け物、しかしそれ故に同族からも忌み嫌われる存在である。多くの場合は返り討ちに遭うのだが、それでももはや憎しみと言って良いほどの執念でもって周囲の蜂族の魔物は蠱毒姫蜂を狩りに来るのだ。
「うわぁ、いっぱいいるなあ。今は夜だし見ている人もいないだろうから僕が先制で仕掛けるよ。それで討ち漏らした分の掃討をお願い」
無言の同意を確認するとルームは自らに宿る菌糸の制限を解除した。瞬く間に身体が菌糸に覆われそうになるが、ある一定のところでそれは止まった。
「うん、久しぶりだけど大丈夫そうだね。それじゃあ撃ち込もうか」
ルームが両手を前に突き出す、そこには砲塔のようなものが形作られやがて弾が装填された。編み込みのごとき砲身とそしてふわついている砲弾。あきらかに直接当てて攻撃するものではなかった。
「超拡散遠距離胞子、発射」
放物線を描きながら上空へと撃ち出された砲弾はちょうど蜂の軍勢の真上で破裂した。その際の音は爆発音とは全く違うボフンというような軽い音である。しかし、その効果は決して軽いものではなかった。
「うーん、これもう終わったんじゃないかな?」
一匹、また一匹と色とりどりのキノコが生えては吸い尽くされて死んでいく蜂達。しかもそのキノコがまたしても胞子を噴出する事で胞子の範囲を拡大、死ねば死ぬほど範囲が広がっていく地獄絵図と化していた。力を失い地面に落ちるころにはすっかりスカスカになっているため灰のように崩れて積もっていく。
「ごめん、僕だけで十分だったよ」
やがて空を埋め尽くしていた蜂は全て死に絶え、字面には蜂だったカスが山のようになっているという有様であった。
「拍子抜けでありんす、頼まれたからにはと張り切ってみたもののまさか鯉口を切る事もないとはいけずというもの」
「夜通しじゃなくて良かったねぇ、これなら今からでも寝れるもんねぇ」
あっさり過ぎてなんとも気の抜けた発言をする二人に同調するように茨も力なくウネウネとするだけであった。
「ロサ・ロサにはあの塊埋めてもらいたいんだけど良いかな?」
目の前に積もった蜂の残骸を指差す、放置したままではやがて面倒ごとになるだろうことは想像に難くない。ロサ・ロサは⚪︎を形作ると瞬く間に地面を掘り進め埋め立て作業を始めた。
「うん、それじゃあ解散。また明日」
「そうは問屋が下ろさないでありんす」
「ヨツヤ?」
妙に上気したヨツヤが半透明の身体をずずいと近づけて来ていた。
「何か、ご用命を、いくらなんでも今のままじゃあ蛇の生殺しでありんす。夜伽は流石に無理でありましょうが、何かあらんせんか」
「え、ええっと、特には、って訳にはいかないよね」
「残念ながら、一度点いた火はそう簡単には消えないのはご承知でしょう?」
ヨツヤの身体がちろちろと燃えているように見える、これは文字通り燃え上がっているのでありそのままにしておくと相当辛いことをルームは知っていた。
「じゃあ、寝るまで歌を聞かせてくれない? ヨツヤの歌が聞きたいな」
「仰せのままに」
すっと姿を消したヨツヤがまた姿を現した時にはその手には三味線が握られていた。何故か弦のところがやけにキラキラしていたり多分仕込みがありそうな本体が目立つ。恐らくヨツヤが持ってきたのは楽器としてよりも暗器としての性能が高いものである
「えー、ヒューの眠りじゃ不満なのぉ?」
「いや、そういうわけじゃ、ヒュープには感謝してるってば」
「むぅ、今日も8時間きっちり貰うからねぇ」
むくれながら言うがヨツヤを拒みはしない辺りはそれぞれの事情をなんとなく知っていることを窺い知ることができる。
こうして当事者であるスィンは全く知らないまま周囲の蜂魔物は根絶やしになったのだった。これによって苗床亭の周囲には普通の蜂が大量発生することになるがそれはまた別の話である。




