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餌付け成功、でも可愛い子は旅に出れない

「はっ!? 今私は何を!?」

「ご飯が終わったところかな」


 蜂蜜ぺろぺろタイムが終了して少し経つとスィンはようやく意識を浮上させた。覚えているのは甘みと多幸感のみである。そしてルームは既にヨツヤの食事も終えており少しカタカタと震えているところだった。


「震えてる、怖いの?」

「寒いんだ、ヨツヤのご飯は体温だから」

「ふーん、じゃあ温めてあげる」

「温め?」


 スィンがルームの胸に飛び込む、そしてキャッチされたのを確認してからにへらと笑う。


「えへへ」

「ご機嫌だね?」

「うん、とっても気分が良いの」


 ルームの腕の中でスィンがもぞもぞと動き始めた、するともともと高かった子供体温がさらに上昇してもはや湯たんぽのごとき熱を持つ。


「あったかい、じゃなくて!? こんなことして大丈夫なの、高熱には弱いんじゃ」

「なあに?」

「平気、なの?」

「早く動くとこれくらい熱くなるから別に平気」

「そうなんだ、ありがとう」

「んーん、良いの」


 思いがけずスィンで暖を取ったルームは次は自分の食事の用意を始めた。目の前で用意される大量の料理は食欲を誘うはずなのだがスィンは全く食べたいと思わなかった。


「ちょっと待っててね、すぐに食べるから」


 細身のどこにこの量の食事が入っているのか全く分からないがするすると口に入っていく、食ったそばから消化しているというのがうなずけるスピードであった。


「食べたぁ、これで明日も大丈夫だね。それじゃあスィン、これからの話をしよう」

「これから?」

「そう、また光が昇ってきたらどうするかっていうお話をしよう」

「そんなの決まってるわ、私の番を探しに行くのよ」


 番、という言葉を発するたびにスィンの胸は高鳴っていた。まだ見ぬ運命の相手に出会えたらそれはどんなに幸運なことだろうと。しかし、その運命の相手の顔がなんとなくスィンの想像上でルームに寄っているような気がしてならない。


「最初に言うと僕はそれを手伝うことはできるけど、付きっきりになることはできない」

「え?」


 スィンの胸に怒りが湧き上がる、当然一緒に行くものと思っていた家臣のまさかの裏切りである。だが、怒りと一緒にそれ以上の悲しみがスィンを襲っていた。


「ど、どうして?」


 震える声を必死に押さえてスィンは問う、まだ大丈夫まだ耐えられる。そう自分に言い聞かせながら答えを待った。


「僕はこの苗床亭の主人なんだ。長くここを開けるわけにはいかない」

「でも、ここは十分強固だわ。ルーがいなくても大丈夫じゃない」

「そうなるとここの皆が飢えてしまう。そうなると僕は嘘つきだ。食事の提供は契約にあるのに」

「それなら作って置いておけば良いのよ、そうすれば」

「体温や夢を置いていくことはできないよ」

「そんな」


 スィンの目に涙が浮かぶ、元は虫であるスィンに涙を流す機能が生まれたのは数秒前のことだった。今泣きたいと思ったからスィンの身体は進化した。


「でも、一緒に探してくれるって」

「探すのを手伝うことはできる、でもずっと一緒には居られなくなるよ」

「そ、そんなの嫌よ!!」


 思わず声を荒げるスィン、感情の昂りに呼応して身体も少しずつ戦闘用へと移行していった。メキメキと音を立てながら攻撃的な形へと変わる。


「ルーがそんなことを言うなら、私は」


 スィンが最後の一線を越えようとしていた。苗床亭全体が緊張感に包まれる。ここでルームに傷の一つでもつけようものならスィンの運命は決定する。それは即ち茨、大太刀による肉体の完全破壊、夢ごと精神を喰われるという精神破壊を同時に受けるということに他ならない。それは地獄の苦しみと言って差し支えない。


「そして、スィンが自由に行動することを僕は制限しなきゃならない」

「な、んで?」

「スィンの存在がバレると国家単位で討伐隊が組まれる可能性が高いんだ」

「なぜ」

「スィンが危険だから」

「きけ、ん?」

「スィンはこれからどれくらい強くなるか分からない。それに人間の味方でもない。だから、脅威になる前に排除しようとするんだ」

「そんな、かってな」

「そう、人間は勝手だ。だけど、それを知って対処しないと生きられないんだ。スィンに死んでほしくない。僕はそう思っている」


 怪物と化しかけたスィンの目を真っ直ぐに見てルームは言い放った。一瞬の硬直の後にしゅるしゅるとスィンが縮んでいく。


「私のため、なの?」

「そうだよ、だからって不便を強制して良いわけじゃないけど。分かってくれると嬉しい」

「私はどれくらいなら番を探して良いの」

「1日1時間以内で僕が一緒に居ることが条件だ。それ以外の時間は苗床亭の近くに居て貰わないといけない」


 どこまでも飛んでいける蠱毒姫蜂にとってこれは檻の中に入っていろと言うに等しい。つまりは罰とも言えるような酷い仕打ちである。


「うん、それなら良い」

「え? 良いの?」


 流石にそのまま受け入れられるとは思っていなかったルームは思わず聞き返した。


「その時間ならルーと一緒に探せるのでしょう? なら良い。もともとこうなる前は巣に閉じこもる女王になるのが決まっていたのだもの。出られただけで十分」

「ごめん、僕にもっと力があればスィンに自由にさせてあげられたんだけど」


 実際今のスィンは人間に対してほぼ害はない。食糧ももはやあの蜂蜜以外を求めることはほとんどない。人に対する殺意もない。見た目だけは完全に人間であるというのも踏まえてバレることもほぼない。だが、これはほぼということだ、何かの拍子がないとも限らない。ルームはそれを許容することができなかった。


「本当にごめ」


 カクンとルームの首が折れる、あまりにも急な出来事にスィンは理解が追いつかない。


「お取り込み中ごめんねえ、もう寝る時間だからぁ」


 ヒュープにとってはルームの睡眠時間以上に大切なものをなど存在しない。故に長引きそうだと思った瞬間に眠りに引き込んだのであった。


「じゃあまた明日、おやすみぃ」


 精神的消耗があったスィンもまたヒュープの能力に抗えない。すぐに夢の中へと落ちていった。



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