蟲毒の姫は何を召し上がる?
「うううううう……」
「あのう、離れてくれないと僕が動けないんだ」
「だってだってだって!! ここに居ると誰に何されるか分からないんだもん!!」
一通りボコボコのバキバキにされたスィンはルームの側から離れなくなってしまったのである。格の時点でロサ・ロサに負け、戦闘では相性でヨツヤに完敗、特殊能力ではヒュープに全力で脅された。完全に先輩に締められた後輩の状態である。
「今ね、僕は皆のご飯を用意しなきゃいけないの。だからね、放して」
「いーやー!!!」
井戸から水を汲む作業は流石に腕に張り付かれた状態では行うことはできない。そして、この行動がロサ・ロサの食事の邪魔になっていることにスィンは全くもって気づいていない。ゆえに、事態が悪化することになる。
「いや、本当にね。スィンのためにも言っているからねこれ、あ」
「え?」
ずるり、ずるり、そのような重い音をさせながら茨が地面を擦っていく。声は出さずとも、表情などなくとも、怒りという感情を伝えることはできるのだとロサ・ロサの茨は如実に表していた。まあ、茨の色も普段とは違ってどす黒いので見た目だけでも異様さは伝わるのだが。
「え、そんな色みたことない。ロサ・ロサが怒ってる!?」
「ひぃいいい!!?」
いつもよりも太くそして棘も長く巨悪になっている。これ以上なく攻撃的なフォルムへと変化している。殺意・敵意が形になったようなえげつない形が少しずつ近づいてくる恐怖をどのように表現するべきか、見えない脅威も恐ろしいがやはり見える脅威のほうがより怖い。
「い、いやああああああああああああああ!!!?」
「すぃいいいいいいいいいいいいん!!! 一回離れて!! たぶんそれで終わるから!!」
「それもいやああああああああああああああ!!」
「くっ、膂力の高さのせいで引きはがせない!?」
筋力のパラメーターの差によって引き起こされた危機状態に対応ができない。そしてついに2人のもとに茨が到達する。
「ロサ・ロサ、その、すぐに用意するから許してあげて!!」
「しにたくないいいいいい!!」
茨は目にも止まらぬ速さで動き容易くスィンを引きはがした。そして軽くスィンの頭を叩くと×印を形作った。そのマークの意味を理解できないスィンは頭の上に無数の?マークを散らしている。
「邪魔しちゃ駄目だってさ」
「でも、怖いんだもん」
「手をつなぐくらいで許して、ね?」
「うん……」
すっかり大人しくなったスィンを尻目に血を垂らすルーム、水を吸収するにつれて茨の色も元に戻っていった。そしてわずかとはいえ、初めて嗅ぐ血の匂いはスィンの嗅覚を強く揺さぶった。酷く甘く、そして複雑な芳しさに感じられた。
「良い匂い……」
スィンの口から涎が垂れる、無意識の身体の動きとはいえそれを自覚できないほどにスィンはルームの血の匂いに酔っていた。よろよろと近づいて、そして既に血が止まった指を掴む。
「スィン?」
「はむっ」
さっきの匂いの出所である指に吸い付いた、しかしもう出血は止まっているため血の味を知ることはなかった。それに満足しないスィンは捕食者としての本能に従って身体を捕食に適した形へと変形させることを選択した。
「キチキチキチ」
「え? なになに!?」
急に虫としての音を発しながら口を横に開いていくスィンの目には理性は存在しない。しかし、その反応はルームにとっては別段おかしいものではなかった。すぐにスィンの状態を察すると、スィンの目を空いている方の手で覆った。
「落ち着いて、お腹が減ったの? 何が食べたい? 今まで何を食べてきたの?」
「キチキチ、おなか? え?」
言葉に応えたことでスィンの意識が浮上する、その隙に指を口から引き抜く。そして自分の迂闊さに気づいたルームは天を仰いだ。
「あー、そっかあ。そうだよね、皆もう慣れちゃってたから忘れてた。そうだよね、美味しそうに見えちゃうもんね。いや、臭っちゃうかな」
「え? 今私、え?」
「大丈夫、何も不安にならなくて良いよ。これは僕が悪いんだ、スィンはちょっと悪いものにあてられただけ。良いね?」
「そう、なの? さっき何があったか、覚えて、いないんだけど」
「大丈夫、これから考えるからね」
混乱するスィンの頭を撫でて落ち着くのを待つ、少しずつ平静さを取り戻すスィンを見届けてからいつもの体操を始めた。
「よっ、ほっ」
「あ、良い匂い」
だが悲しいかな、ルームの迂闊さはとどまる事を知らない。血が惹きつけてしまうのならば汗もまた同じように芳しいということを忘れてしまっていた。ゆえに、さっきと同じような現象が再生産されることになった。
「ああっまたやっちゃった!! 落ち着いて!! 食べないで!!」
「キチキチキチ」
スィンがルームに慣れるために食べ物を用意するのが緊急の問題となった。
「ええっと、とりあえず蜂蜜!!」
苗床亭にあった蜂蜜に血を混ぜてスィンへと差し出す。
「あむっ、あま~い」
ルームの指についた蜂蜜をぺろぺろと舐めるスィン、絵面は果てしなく犯罪的だがとりあえずはこれがスィンの食事になった。




