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ウチの嫁が最強すぎて魔王すらワンパンなんだが  作者: 東条賢悟
第八章 異世界学園と召喚の真実
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第299話 魔王教団の隠れ里

時は11月17日。


”大賢者”をベナレスの本宅に匿い、療養させることにした翌朝。


僕たち一家は、桜澤撫子が滞在している”大賢者”の研究室を訪問し、前夜に実施した精霊神殿への潜入調査のまとめを行った。


「神殿の大規模術式はどう?磁場の正体、わかった?」


桜澤撫子が僕に経過を尋ねた。僕が彼女たちを向かわせた当初の目的は、アカデミー内を覆っている特殊な磁場のようなモノを取り除くため、その原因となっていると思われる術式を調査し、解除することであった。


しかし、大地震に備えての大切な術式であると知ったため、僕は術式を解析して、磁場の部分だけを除去する方法を模索することにしたのである。


僕は全体像を把握した上で現在の見積もりを答えた。


「うん……規模が大きいだけで、そこまで複雑ではないね。解析するのに1週間もあれば十分かな」


「意外と掛かるのね」


「仕様のわからない術式を解明するんだから、これでも褒めてほしいくらいだよ。それに『勇者召喚の儀』と比べれば全然マシさ。あっちは、ありとあらゆる精霊魔法が複合されているから、ものすごく難解なパズルみたいになってるんだ」


語るうちに、僕が現在解析中の『勇者召喚の儀』にも話題が及んだ。すると桜澤撫子は、そちらに関心を移した。


「そういえば、白金くんは『勇者召喚の儀』の中身を全て解析するつもりだったわね。今、どれくらい進んでるの?」


「かなり進んだよ。もう50%以上、解析が完了している。お陰でだいぶ全体像は見えてきたかな」


「ふーーん……何かわかった?」


「その”自分は知ってる”みたいな聞き方がムカつくな」


「そうでもないわよ。肝心な真実は握ってるけど、術式の全てを把握したわけじゃないもの。白金くんの研究成果を、私すごく楽しみにしてるわ」


「…………」


僕は少々、いや、かなり不満な顔で彼女を見た。


桜澤撫子は『勇者召喚の儀』の秘密を知っている。”大賢者”がその術式を禁術にしようと国王に進言したほどの重大な何かを。


”大賢者”本人に会えれば、それを聞き出せるはずだったのだが、今は彼自身の命が危うい状況である。重篤な彼の心身を煩わせるわけにもいかない。


また、この問題について、今さら桜澤撫子から答えを聞き出すのは僕としても非常に悔しい。


ゆえに、こうなれば、何が何でも自分の力で真実に辿り着きたい。


そう決めていた。


「さて、じゃあ、私とツッキーは一度、村に戻って”抗生物質”を持ってくるわね。……白金くんも来る?」


桜澤撫子は立ち上がりながら次の行動に移ろうするのだが、なんと彼女は、彼女たちの秘密の隠れ里である『魔王教団』の村に誘ってくれた。


「え、いいの?」


「もし良かったら、牡丹ちゃんも来てくれると、みんなも喜ぶと思うんだけど……私、まだ嫌われてるかな?」


そう言って、桜澤撫子は気まずそうに我が愛娘を見た。


イマーラヤ帝国において、桜澤撫子は牡丹を殺害しようと首を絞めている。その時の恐怖と怒りをもちろん牡丹が忘れるはずもない。このアカデミーで再会してからも、ウチの娘は、桜澤撫子を常に警戒し、睨むように見つめながら、嫁さんにくっついているのだ。


僕は、桜澤撫子がどうしてそのような奇行に走ったのかを知っているし、その後、謝罪の言葉も聞いた。また、嫁さんは彼女に痛烈な一撃を与えて報復している。


だが、牡丹自身は、まだ彼女を許していないのだ。


娘の気持ちは痛い程よくわかるので、僕は牡丹を尊重しつつ、とりあえず尋ねてみた。


「牡丹、どうする?」


「…………」


しかし、牡丹はやはり無言で桜澤撫子を睨んだままだ。それを見た桜澤撫子は、神妙な面持ちで自ら彼女の前に立ち、恭しく床に正座して、同じ目線になって告げた。


「牡丹ちゃん、帝国では、本当にごめんなさい。謝って許されることじゃないのはわかってる。気が済むまで私のこと、殴ってくれてもいいわ」


「…………」


これにもまた、牡丹は不満そうに頬を膨らまし、桜澤撫子を見つめている。


そもそも我が愛娘は、人を殴って恨みを晴らすような子ではない。魔王軍にいた頃からそうであったが、心根はとても優しい子どもなのだ。


そう考えたところで、僕の中で別の考えが浮かんだ。牡丹には、謝罪よりも楽しいことの方がよいのではないかと。


「そうだ。桜澤さん、前にもらった米が無くなったんだ。またもらえないだろうか。それでカレーライスを作るってことなら……」


これに牡丹が食いついた。


「え!カレー?」


「ああ、ご飯をもらえたら、またカレーライスを食べられるぞ」


「ほんと?ナデシコ、ごはん、くれるの?」


急に目の色を変えた牡丹を見て、桜澤撫子も嬉しそうに答える。


「そ、そうよ!お米、今度は山ほどあげるわ!村に行けば、たくさんあるから!」


「おむすびもつくれる?オムライスもつくれる?」


「何だって作れちゃうわよ!」


「あのね、あのね、わたし、ちゃーはん、たべてみたい」


「任せなさい!」


「やったぁ!わたしもいく!ナデシコのこと、ゆるしてあげる!」


なんとも現金な子であると思うが、米を分けてもらうことで、牡丹と桜澤撫子は和解することになった。ウチの嫁さんも小声で僕に囁く。


「蓮くん、ありがと。私からお米ちょうだいなんて言えないから……」


「だよね。牡丹の機嫌も直って一石二鳥だった」


我ながら、娘のカタキから米をもらうことで過去の遺恨を忘れることにするとは。僕も妻子も、なんとも平和的な一家であると呆れてくる。


それだけ異世界で食べる米の味は、代えがたいものだとも言えるが。




「じゃあ、紹介するわ。入って来て!」


牡丹との和解が成立したことで表情を明るくした桜澤撫子は、妙に弾んだ声で誰かを呼んだ。


すると、それに呼応して、奥の扉が開いた。


入って来たのは、いつか吹雪の山小屋で見た、漆黒のローブを身に纏った初老の男性であった。


彼を見た途端、嫁さんがギョッとした。


「なに!?この人の気配!!!」


いくら奇妙な磁場があるとはいえ、隣室にいたことに嫁さんが気づかなかったのも驚きである。おそらく気配を隠すことができるのだろう。


桜澤撫子が彼のそばに立ち、紹介した。


「彼の名前は『クマーラジーヴァ』。白金くんは一度、会ってるわよね?」


「あの時のドラゴンか……」


そう。僕は彼が黒いドラゴンに変身した場面を目撃している。


あの時は宝珠システムが手元に無いために測定できなかったが、今、目の前にいる彼のレベルを僕は調べることができる。


黒いドラゴン、クマーラジーヴァの人間態。レベルは51である。


その表示を見ていると、桜澤撫子が説明を付け加えた。


「ヒトの姿の時はもちろんレベルが下がるわ。本当の彼は、金色のドラゴンと同等の実力を持ってるの」


「えっ!あのゴールドドラゴンと!?」


「帝国の時はごめんなさい。彼は聖峰グリドラクータに棲んでるドラゴンたちから命を狙われているの。私が勇者くんたちから仲間を助けるために全速力で飛んでもらったら、その気配に感づかれちゃったみたいで。それでドラゴンの群れが、あの村まで来ちゃったのよね。銀色のドラゴンを相手にする時も、彼の居場所がバレないようにしなくちゃいけなかったから、逃げることを優先したの」


「君たちは、いったいどういう関係なんだ?」


「まぁ、いろいろとね」


肝心なことは、いつもはぐらかす桜澤撫子である。


とりあえず過去の恨みは忘れることにしたが、やはり食えない女性だと思った。




こうして、桜澤撫子と山吹月見が高速移動手段として使っていたドラゴンに乗り、僕たち一家は『魔王教団』の村に向かうことになった。


ちなみにアカデミーから出発したのでは目立ってしまうため、郊外の林まで移動し、そこから飛び立った。


緑豊かなシュラーヴァスティーを上空から移動するのは、実に雄大である。


進路は南であり、次第に気温も高くなってきた。


「シュラーヴァスティーの南部は赤道に近くてね。南国の食材がたくさん採れるの。大陸中で使われてる砂糖も、ほとんどが、この地域のサトウキビで作られてるんだから」


「へぇーー」


桜澤撫子が地理案内をしてくれた。


この国の南部は山岳地帯も多く、半島の中央を南北に縦断する山脈もある。それらを超えると、山々に囲まれた広大な森林地帯があった。その中間に目的地がある。僕たちは1000キロ近い道のりをあっという間に飛行して、そこに到着した。


「じゃ、ここから飛び降りるから」


なんとここで予想外の言葉が飛び出した。


ドラゴンが村の付近に降りるのは、関係者以外の目に留まるリスクを伴うため、いつも彼女たちは飛び降りているらしい。言うや否や、桜澤撫子と山吹月見は、さっさと落下を始めた。


「わかった!牡丹、行くよ!」


「うん!」


何の迷いもなく平然と答えるウチの嫁さんと娘。そして、嫁さんは片手で僕を抱きかかえた。


「蓮くんも。ほら」


「えっ!ちょっ、ちょちょちょちょちょーーっ!!!」


ウッカリしていた。今、この場で普通の人間は僕だけだった。


制止の言葉を言う暇すら与えてもらえず、僕は嫁さんと娘に伴われて、上空500メートルから真っ逆さまに落下することになった。


この時の僕の断末魔のような悲鳴は、あまりにも情けなさすぎるので省略させていただきたい。


地獄のようなアトラクション体験を経て、嫁さんは僕を抱えて優しく地面に着地し、牡丹は重力操作を応用して静かに地上に降り立った。


僕だけが涙目であった。


しかしながら、次に僕の目に飛び込んできた風景は、その恐怖体験をいとも容易く忘れさせてくれた。


稲刈りが済んだ後の田んぼが、延々と続いていたのだ。


「すごい……麦とは違った懐かしい景色だな……」


「秋って感じがするねぇーー」


僕と嫁さんは思わず感傷に浸ってしまった。


「こっちよ。白金くん」


先に着地していた桜澤撫子と山吹月見に先導され、僕たち一家は村を歩いた。


この村は、もともとは比較的小さな集落だったところ、桜澤撫子が指導するようになってから周囲の土地を次々と開拓し、広大な田畑を持つ村に変わったのだという。ゆえに家々が集まる居住区まで歩くのだ。


「やぁ!桜澤!山吹!見ろよ!今年は豊作だぜ!」


その途上で、午前中の農作業後に一休憩していると思われる男性が大声で呼び掛けてきた。麦わら帽子を被った、気の良さそうな若者が、こちらに元気よく笑顔で手を振っているのだ。


その背後には、倉庫から溢れてしまう程の大量の”米俵”がある。

いわゆる藁を編んで作る日本古来よりの伝統ある米袋だ。


僕も嫁さんも、そして当然ながら牡丹も、生まれて初めて米俵というものをリアルで見たわけであり、なかなかに感動ものであった。


「ダイキーー!ただいまァ!」


と山吹月見が手を振り返す横で、桜澤撫子が僕たちに告げた。


「紹介するわね。彼が『暴風の魔王』グラジオラス。本名は緑野(みどりの)大樹(だいき)くんよ」


やはり雰囲気と状況からも察せられたとおり、彼は日本人であった。


緑野大樹は、少し日に焼けた肌に優しそうな笑顔を乗せた中肉中背の普通の青年だった。本人には悪いが、これまで出会ってきた異世界転移者の中で、最も特徴のない、ごくありふれた若者と言える。しかし、だからこそ安心できる空気が全身から溢れていた。


「だっ!誰!?」


近寄って来た彼は、僕たち一家の姿に気づくと急に驚いた。


そこで、道端にあった石に腰掛けながら、桜澤撫子と山吹月見が僕たちを紹介してくれた。こちらも自己紹介しつつ、今までのことをかいつまんで語った。


「へぇーー、そっかそっかぁ!大変だったなぁ!3人とも!ほら、おにぎり食うか?」


緑野大樹は気さくに大きな弁当箱からおにぎりを取り出し、渡してくれた。


「ありがとう!」


「おむすび!」


「「いただきます」」


嫁さんも牡丹も歓喜してそれをもらい、僕たち一同は揃っておにぎりを食べた。絶妙な塩加減が実にうまい。


「ところで、大樹一人しか見当たらないけど、他に働いている人はいないのか?」


「村のみんなは他の農地を使ってるんだ。ここら一帯はボクが開墾した田んぼだから、全部ボクのモノなんだ」


「え、開墾?この広さを君一人で?」


僕の疑問に緑野大樹はクスッと微笑んだ。そして、百聞は一見に如かず、と言わんばかりに右手をかざし、彼の能力を見せてくれた。


即席暴風インスタント・ストーム


彼の『暴風の魔王』としての固有魔法である。


小さな風の渦が村道にいくつも出来上がり、散らばっている落ち葉を見事に吸い上げながら一ヶ所に集まった。瞬く間に落ち葉の収集が完了してしまった。


さらに1つで5キログラムはあると思われる米俵も風に乗せて自由自在に動かし、整理整頓して積み上げてしまった。


「わっ!器用ねぇーー!」


「システムなしでここまで細かい作業ができるのか……」


嫁さんも僕も感嘆するばかりだ。実に羨ましい便利な能力である。僕がこれと同じことをしようとすれば、宝珠システムにいちいち命令を与えて実行させなければならない。それを自分の感性のみで実行可能なのだから、チート級の便利魔法ではないか。


「こうやって風を自在に操れるから、ボクは何でもできちゃえるんだ。農作業なんて、”おちゃのこさいさい”だよ」


前言撤回。彼にも特徴があった。微妙に言い回しが古い。

だが、そこには誰もツッコまず、桜澤撫子が彼の能力をさらに解説した。


「彼、繊細な風のコントロールができる上に、本気を出せば町一つ吹っ飛ばす程の竜巻を作れるの。アレをやられたら私でも敵わないわ」


なるほど。帝国にいた『砂塵の勇者』灰谷幹斗は砂を操り、その応用で小さな竜巻を発生させたが、『暴風の魔王』緑野大樹は風そのものを操るのが専売特許であり、規模も大きい。


前者は攻防一体の能力だったのに対し、後者は攻撃特化と言えるかもしれない。力を微調整することで便利能力になるのは、どちらも一緒だ。


「何言ってんだ。桜澤と戦うわけないだろ。それに不意打ちを食らったら負けるのはボクの方だろうし」


緑野大樹は謙遜して桜澤撫子の言葉を否定する。とはいえ、彼はパワーと精密動作性を兼ね備えた魔導師タイプの魔王だ。確かにこれは戦えば強敵である。


しかし、彼自身は別のことで誇らしげに胸を叩いた。


「てことで、このチート農業がある限り、ボクの周りに飢えは無いんだ!」


「こっちに『飢餓の魔王』がいるけどな……」


「絶対、言われると思ったァーー」


彼の発言に山吹月見を巻き込んでみると、彼女は笑いながらツッコみ返し、皆で笑った。ここまで平和的な魔王との邂逅は初めてであった。



この後、久しぶりの日本人の来客ということで、緑野大樹も喜んで村を案内してくれることになった。


あちらこちらに旬の野菜や果物が実っている。彼は様々なものを栽培しているのだ。


さらには、遠方に標高の高い青々とした山が見える。それを指差して桜澤撫子が教えてくれた。


「白金くん、昨日、飲ませたのは、あの辺にある木から採ったのよ」


「え!まさかアレ全部コーヒーの木!?」


その山には、独特の大きな葉をいくつも付けた細身の高い木がうっそうと生い茂っているのだが、それらが全てコーヒーの木であるらしい。まず日本では見られない光景である。


「そう。すごいよな。最初から自生してたんだ。コーヒーの木って昼夜の寒暖差が大きいところが生育に適してるから、あの山はちょうどいい産地なんだよ。ただまぁ……こっちではあまり需要が無いから、余っちゃってしょうがないんだけど」


と、緑野大樹が説明してくれると、桜澤撫子はまた別方向を示した。


「あとね、向こうの森にはゴムの木もあるわ」


「宝の山か!」


南国風の気候であるこの地域は、僕が今まで欲しくても手に入らなかった素材の宝庫であった。


やがて集落に着いた。


質素な木造の家が建ち並んでいるが、そこに住む人々は生き生きしている。


村人たちは全員が『魔王教団』であり、しかも、魔族と人間が共に暮らしていた。これは僕たちの仲間以外では初めて目にする場景だ。何やら非常に感慨深い。


そこで桜澤撫子は全員を呼び集め、まずはウチの娘、牡丹を魔王として告知した。そして、その両親として僕たち夫婦を紹介する。


人も魔族も含め、一同は牡丹に恭しく跪き、僕と嫁さんのことも敬ってくれた。


「なで子ォーー、ガネくんは『超魔王』って言った方が良かったんじゃない?」


などと山吹月見が笑いながら余計な横槍を入れるので、僕は必死に制止した。



僕たち一家を歓迎する村人たちは、次々と献上品として豊富な特産品をプレゼントしてくれた。


また、桜澤撫子と山吹月見は、自分たちの住居から”ペニシリン”をはじめ、医療に役立つ物を持ち出し、戻って来た。


その間に緑野大樹が新鮮な食材を用いてバーベキューの準備をしている。


村民たちの尊敬の眼差しが集まる中で、魔王同士の昼食会が開かれることになった。野営ではなく、楽しむための野外料理はこちらの世界に来てから初である。僕も嫁さんもウキウキした気分で舌鼓を打ったが、それ以上に牡丹が嬉しそうに、はしゃいでいた。


心から感謝しつつ、僕は緑野大樹が味方になってくれればありがたいと考え、思い切って現状を伝えてみた。


「『百獣の魔王』?……そうか。頑張って」


ところが、彼は冷たく即答した。

そして、淡々と持論を述べる。


「ぼくはね、ただ静かに暮らしたいんだ。魔族の嫁もいることだし、彼女といつまでも仲良く暮らせれば、それでいいんだよ」


なんと彼はこの村で魔族の女性と結婚していた。

その経緯を桜澤撫子が解説してくれる。


「彼……盗賊に襲われて死にかけていた女性を助けるために魔族にしたの。そしたら、その子が彼に心酔しちゃって、そのまま結婚したのよ」


「へぇーー」


なんとも平和な魔王である。


このシュラーヴァスティーという国家が、いつまでも平和ボケしている理由がわかった気がした。


それにしても緑野大樹。彼はとてもいいヤツだが、僕としては少々不満だ。


勇者と戦いさえしなければ、不老不死の肉体。チート農業に最愛の嫁までおり、まさに最高の異世界スローライフじゃないか。


しかし、『百獣の魔王』が人を殺そうとしていることに何も感じない彼自身はどこか冷たい。自分の身の周りには関心があるが、赤の他人の不幸には無関心。そういう点では、わずかに魔王の部分があると言えなくもない。


とはいえ、アカデミーの事件は、彼には何のメリットもない戦いだ。進んで協力してくれない相手を無理に引っ張り出すような僕でもない。


ここは、敵にならないだけでもありがたいと思うべきだろう。



そんなことを僕が考えていると、噂の彼の嫁の魔族が、新しい食材を運んできてくれた。パッと見、人とあまり変わらない容姿をした、かわいらしいタヌキの亜人魔族であった。彼女は、僕たち一家が魔王とその両親であることも心得ているので、礼儀正しく挨拶してくれた。


やがて、お腹も膨れ、僕たちはお暇することにした。


別れ際、夫婦で見送ってくれた緑野大樹は、思い出したように叫んだ。


「あ!でも今度、『500年祭』をやるだろ!アレは楽しみにしてるよ!嫁を連れて、遊びに行くから!」


それに桜澤撫子が笑顔で助言する。


「お嫁ちゃんが魔族だってバレないようにね」


「大丈夫!彼女、見た目は人間に近いから!この子に人間の街の盛大な祭りを見せてあげたいんだ!」


盛んに手を振る彼に、僕たちも手を振り返しながら、集落を後にした。


緑野大樹はいくつもの米俵を土産として持たせてくれた。それを嫁さんが軽々と持ち上げ、牡丹も宙に浮かせながら運んだ。


歩きながら、桜澤撫子が教えてくれた。


「魔族の気質って、魔族化させた魔王の精神が如実に反映されるのよね。平和を望む魔王なら優しい魔族が生まれるんだけど、そうじゃない魔王だといろんな魔族が誕生するわ」


「もしも人間を憎む魔王が魔族を誕生させたら?」


「人を殺すことが生きがいの魔族が生まれるでしょうね」


この後、近くの林に待機していたクマーラジーヴァと合流し、再び黒いドラゴンに乗って僕たちはアカデミーに帰還した。


道中、僕は嫁さんに今の胸中を語った。


「勇者は必ず魔王の天敵となる。対して、魔王は魔族を生み出すことができる。勇者は英雄として称えられる代わりに男女の交わりを禁じられる。対して、魔王は人々から敵視されながらも、平和を望めば結婚することも可能である……こう考えると、どっちもどっちだね」


「魔族の女の子と歳も取らずにずっと仲良く暮らせるなら、魔王の方がいいことずくめかもよ?」


「百合ちゃんは、そういう生活したいと思う?」


「蓮くんと牡丹と……家族3人で永遠の17歳スローライフかぁ……。楽しそうだけど、私はパスかな。他のみんなが歳取って死んじゃうなら、私たちも同じように生きたいもん。あと、ネットもゲームも無い世界でスローライフって、正直、私には無理だと思う」


「だよね……」


「それにね、地球で置き去りの家族。私は、自分を産んで育ててくれたお母さんに何も言わずにこっちに居続けるなんてできないよ。牡丹を娘にして、ますますその気持ちが強くなった」


「うん。僕もこのままでは、百合ちゃんのお母さんに申し訳が立たない。やっぱり僕たちの生きる世界は日本なんだよ」


「良かった。意見が一致したね」


「だね」


そうして僕たちはアカデミーに戻った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新300回目おめでとうございます。 ここ最近知りましたがめちゃくちゃ面白いです。 賢者も見つかって物語も佳境といった感じでこれからも楽しみです。 [気になる点] 暴風の魔王が怪しく見えて…
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