第278話 羨望の的
「ね、ねぇ、何あれ。あそこだけオーラ違くない?」
「ラージャグリハ王国の”聖王女”が、従者と一緒に留学するって話だぜ」
「え、じゃあ、アレ、王女様?」
「そっくりなのは姉妹かな?」
「護衛っぽい人も、すっごいイケメン!」
「一緒に歩いてるのは『プラチナ商会』の代表さんよ」
「王女殿下とも親しいのかしら!」
「さすがは王室御用達だな!」
アカデミーの教室棟に向かう僕たち一行を、学生たちが興味津々の様子で見つめながら、盛んにヒソヒソと噂話を繰り広げている。
街の住人のほぼ全員が、学園施設と何らかの関わりを持っているので、噂の広がりも異常に早いようだ。
そうした中、妙に嫁さんが僕にくっついてくる。不思議に思って僕は尋ねた。
「どうした?百合ちゃん?」
「なんかいろんな噂が飛び交ってるみたいだから、蓮くんは私のモノなんだってこと、アピールしとこうと思って」
「別に誰も取らないよ。僕なんて」
「いいの!」
ということで、嫁さんと手を繋ぎながら教室棟に入ることになった。講義室の前では、僕に初日に声を掛けてきた貴族家の学生たちが待ち構えていた。
「やあ!シロガネくん!」
「ごきげんよう。シロガネさん」
5人の貴族学生が、ヘラヘラ笑いながら気兼ねなく僕に声を掛けてきた。どうも彼らは僕のことを友人だと思っているらしい。
「あ、ああ。おはよう」
僕は苦笑いしそうになるのを堪えながら、なるべく平然と返事をした。彼らの目的は、後ろにいるラクティフローラと挨拶することであった。
「で、そちらにいらっしゃるのは……」
視線を向けられた王女は、慎ましやかに名乗った。
「はじめまして。わたくし、ラージャグリハ王国から参りました。ラクティフローラです。後ろにいるのは、イトコのピアニーですわ。以後、お見知り置きを」
「クインスさんとヘンビットくんの妹君だね!」
「”聖王女”と挨拶できるなんて、なんて光栄なのかしら!」
「ピアニーさんもかわいいね!」
などと、彼らは王女に対しても気さくに話し掛けている。この学園では、身分の上下を問わず、学生同士は対等な友人として接することが、半ば義務付けられているのである。
貴族学生たちが、王女とシャクヤに挨拶するのを見た途端、周囲でタイミングを計っていた学生たちも、これをチャンスとばかりに一斉に押し寄せてきた。
ダチュラは護衛も兼ねているので王女たちを護るように立ち、僕は巻き込まれるように一緒に包囲されてしまった。
こうした立場に慣れていないシャクヤは若干オロオロしているが、王家に生まれて、常に人々からお世辞を言われ続けてきたラクティフローラは、次々と来る質問に堂々と答えている。
そのうち、僕との関係に言及された。
「シロガネ代表とは、どのようなご関係で?」
「うふふ。レンのお兄様は、わたくしがとても敬愛するお方ですの。実の兄以上に、兄だと思っておりますわ」
「やだ!それって、そういうこと!?」
「きっとそうよ!」
王女の回答を聞いた女子学生たちは、その言い回しから妄想を膨らませた。おそらく王女が僕の愛人だと考えているのだろう。
「あ、いや……ラクティ、待って。たぶん誤解されてる……」
たまらず僕は王女の言葉を撤回させようと声を掛けた。ところが、ここで憤慨し、対抗するように叫んだのはシャクヤであった。
「わたくしなんて!初めてお会いした時、暗闇の地下で、力いっぱい抱きしめていただきましたわ!そして、”愛している”とレン様はおっしゃってくださったのです!」
「待って待って!それも誤解!」
そちらも僕は必死に止めた。
シャクヤの言い分は、全てが事実であるからタチが悪い。彼女と僕が最初に出会ったのは、夫婦喧嘩した嫁さんを追いかけて地下遺跡を捜索していた時であり、僕は嫁さんだと勘違いして、シャクヤを全力で抱擁し、あまつさえ”愛している”と口走ってしまったのだ。
いわゆる”シャクヤ抱きしめちゃった事件”であり、今でも嫁さんの地雷になっている事案だ。思えば、僕がシャクヤのハートを射止めてしまったのは、アレがキッカケだったのかもしれない。
「もう……しょうがないなぁ……」
嫁さんは、僕たちの包囲網から逃れて、雑踏の外にいたのだが、シャクヤの暴走に苦笑しつつ、割って入ろうと考えた。
ところが、そんな彼女を呼び止める女子学生たちがいた。
「「ねぇ!あなた!」」
富裕層と見られる3人の女子が、彼女に厳しい視線を向けていた。これに嫁さんはキョトンとした。
「え……?私?」
「そう!あなたよ!ちょっと来てくれる?」
嫁さんは、僕たちを囲む群衆から離れ、教室棟の廊下の端に連れて行かれた。そこで、彼女は不良に絡まれるように詰問されるのだった。
「あなた、シロガネさんと、どういう関係なの?」
「あの『プラチナ商会』の代表と、誰もがお近づきになりたいと思ってるのに、なにを堂々とベタベタくっついてんのよ!」
「汚らわしいにも程があるわ!」
嫉妬に狂った女子が、数に物を言わせて、恋敵を威嚇しにきているのだ。
「あぁ…………」
呆気に取られながらも、嫁さんは心の中で僕にボヤいた。
(なによ、蓮くんってば、やっぱりモテモテじゃない!)
そう思いつつも、彼女は自身の内側から、これまで味わったことのない不思議な感情が湧き上がってくるのを自覚した。嫁さんは、人生でこの瞬間ほど、女性としての優越感に浸ったことはなかったと言ってよい。
彼女は、落ち着いた声で、ニッコリと余裕の笑みを浮かべた。
「えっと……ウチの主人のことで、何か?」
「「……………………え?」」
嫁さんの言葉に3人の女子学生が目を丸くし、硬直した。その反応を見た嫁さんは、嬉しさのあまり、笑いそうになるのを必死に抑えながら、彼女たちに真顔で近づいて行く。
「だ・か・ら、ウチの旦那の蓮くんのことで、何か文句があるのかな?」
「だ!旦那!?」
「あ、あなた、もしかして!」
「シロガネ代表の奥さんなの!?」
3人の女子が愕然としながら順番に真実に辿り着くのを見計らった上で、嫁さんは満面の笑みで名乗った。
「私、百合華・白金って言うの。よろしくね」
「「シロガネ!!!」」
自分たちの間違いに気づいて恥ずかしさが込み上げてきた女子学生たちは、慌てて謝罪しながら逃げるように走り去っていった。
「「……ご、ごごごご!ごめんなさい!!!失礼しました!!」」
その彼女たちと僕はすれ違った。講義が始まることを口実に、なんとか包囲網を解散させた僕は、嫁さんの姿が見えないのを心配して捜しに来たのだ。
「百合ちゃん、こんなとこで何してんの?授業始まるよ?」
「ううん。何でもない。ちょっと面白かった」
「……?」
「えへへ。この人は私の旦那なんですぅーー。旦那なんですぅぅぅーーーー♪」
「いや、だから、どうしたんだよ……」
今まで見たこともないほど超ご機嫌で腕組みしてきた嫁さんを、僕はただ不思議に思うだけであった。
さて、いよいよ講義の開始である。
講師である大神官エニシダが講義室正面の脇から入室し、壇上に登った。
ここで、この世界で初めて授業を受ける嫁さんが急に青ざめた。
「あっ!どうしよ!教科書、持ってない!」
今さらながらに彼女は気づき、単純に忘れ物をしたと焦ったのだ。だが、それに僕は平然と答える。
「何言ってんの。もともと無いよ」
「えっ!どうして?」
「だって本は高いでしょ」
「ふぁっ!?」
嫁さんは理解不能すぎて、変な声で目を丸くした。
そうなのだ。印刷技術の無い世界において、教科書は配布されない。欲しい場合は、大金を出して購入するか、自ら写本するのである。
例えば、大昔の日本では、知識人は”写経”をするのが当然であった。それは、そもそも自分の手で写し取らねば、お経を手に入れることができないからである。
ゆえに、このアカデミーで授業を受ける場合、講師が板書するのをノートに書き留める。それが、そのまま教科書となるのである。
「うわぁ!だとしたら授業を真面目に受けないと完全に置いてかれるじゃん!」
「真面目に受ける以外の選択肢があることに驚きだよ……」
嫁さんの授業態度にツッコみつつ、僕たちはこれから始まる講義に身構えた。
と思ったところで、予想外のかわいい声が聞こえた。
「パパ!ママ!」
「「えっ!牡丹!?」」
僕たち夫婦は跳び上がるように驚いた。最後列の席にいたから良かったものの、これが最前列の席であれば、大変な騒ぎになっていたことだろう。
講義室の後ろの扉から入って来た牡丹を追うように、カエノフィディアが慌てふためきながら顔を見せた。
「も、申し訳ありません!お止めしたのですが、どうしてもお二人を追いかけるのだとグズられてしまいまして!」
彼女にしては珍しく、髪も乱れて衣服がボロボロになっていた。どうやら、癇癪を起した魔王幼女に重力操作を使われ、さんざんな目にあわされたのだろう。不機嫌な娘の留守番は1時間と持たなかったのだ。
これには、僕も嫁さんも申し訳ない気持ちになった。
「いや……ごめん。カエノフィディアこそ、大変だったみたいだね」
「ごめんね。カエノちゃん。私たちが見てるから、外でのんびり待っててくれる?」
「かしこまりました」
カエノフィディアは不甲斐ないと言いたげな顔でションボリと戻って行った。仕方なく、僕は嫁さんとの間に牡丹を座らせ、小声で言い聞かせた。
「牡丹、いいか。声も音も絶対に出しちゃダメだぞ。パパとママとの約束だ。守れるか?」
「うん!だいじょうぶ!!!」
元気いっぱいに答えた我が子に、僕と嫁さんは必死に静かにするようジェスチャーを送る。
「「しーーっ!!」」
「しーーっ」
牡丹はニコニコしながら自分も同じ仕草をした。
そうこうしているうちに大神官の講義は始まっていた。こちらが少々騒いでいたのを訝しんだようだが、さほど気にも留めずに淡々と授業を進めている。
おとなしく座っている牡丹には、ノートとペンを渡し、適当に絵でも描かせておいた。周囲の学生たちが熱心に書き留めているのを見て、彼女もそれをマネて一心不乱に犬や猫の絵を描いている。時折、自慢げに僕たちに見せてくるので、無言で頭を撫でてあげた。
この世界には鉛筆が無いので、牡丹は手と顔をインクで黒く汚していた。
やがて彼女は、僕や嫁さんが書いているノートにも興味を示しはじめた。僕はここぞとばかりに、ひらがなの「あ」を書いてあげた。
それを見た牡丹は、熱心にマネをはじめた。自分のノートに大きな文字で書くのだが、なかなか「あ」が難しいようで、正確な形にならない。見かねた嫁さんが、娘の手を取り、一緒に書いてあげた。
生まれて初めて「あ」を書いた牡丹は、満足そうに僕に見せてきた。僕はめいっぱい頭を撫でてあげた。
味を占めた我が娘は、その後、調子に乗って、自分のノートに「あ」を書きまくった。あまり綺麗な形ではなかったが、たどたどしくも、一生懸命に文字を並べ立てた。
僕はそれが面白くなってしまい、さらに彼女に次の文字を教えた。最終的に、この講義の最中に、牡丹は「あいうえお」を書くことができた。
気がつくと90分の講義が終了していた。
僕の勉強は、我が愛娘への、ひらがな講座で終わってしまったが、これはこれで、実りのある時間となった。
「ママ!見て!あいうえお!」
「すごいすごーーい!!ウチの娘、天才!」
周囲が会話を始めたので、ようやく声を出せると思った牡丹が、誇らしそうに嫁さんに文字を見せている。それを嫁さんはバカみたいに喜んでいた。そして、ダチュラは呆れ返っていた。
「何しに来たの、この夫婦……」
ところで、子連れで授業を受けてしまった僕たち夫婦には、自然と注目が集まった。学生たちは面白がって僕たちを囲んだ。
「あら、かわいい」
「お二人のご息女で?」
「いい子で静かにしてたわねぇーー」
これには、僕も嫁さんも汗顔の至りであった。
「「いや、ほんと申し訳ない」」
いろいろな騒動で、講師である大神官に話し掛ける機会は逃してしまった。王女が歯がゆそうに言った。
「わたくしから声を掛ければ、きっと振り向いてもらえると思っておりましたのに、申し訳ありません」
「いや、今日はしょうがない。エニシダに接触するのは、また今度にしよう」
僕たちは、いったん昼食を取ることにした。
ノリノリだった嫁さんが全員分の弁当を作ってくれており、もともと合流するはずだったカエノフィディアが持って来てくれた。
アカデミーには、”あずまや”のように4本の柱で屋根を支えている休憩所がいくつもあり、木製のテーブルと腰掛けも設置されている。そこで、皆で弁当ランチとなった。こんな学生生活なら、いつまでも続けていたいと思うほど楽しかった。
昼食後は、午後に”勇者列伝”という歴史学の講義と、学者公子コンボルブルスの授業がある。
夫婦で相談した結果、牡丹がまた癇癪を起さないように普段から学内を連れ歩くことにし、授業中のみカエノフィディアに預けるという作戦を立てた。
”勇者列伝”は、過去に出現したとされる勇者たちの様々な伝承を学ぶ授業であり、魔王と勇者による宿命の対決を何組も聞かされた。ラクティフローラとシャクヤは当然として、嫁さんもダチュラも面白そうに真剣に聞き入っていた。
この講義中、牡丹はカエノフィディアと仲良く外で遊んでくれていた。どうやら僕たちの読みは正しかったようだ。
次にコンボルブルスの講義である。
こちらは、リベラル・アーツの流れから少し逸れた自然科学に近い学問で、モンスターに関する生物学的研究成果を学んだ。なかなか興味深い内容だった。
普通の自然科学であれば、僕の敵ではなかったが、この世界のモンスターに関する研究ならば、彼の方に一日の長がある。
彼が学園祭で発表する内容は不明だが、モンスターに関連する一大発見だった場合は、僕の得意分野とは異なる評価を得るかもしれない。
「コンボルブルスは思ったよりも強敵かもしれない。この世界に関する知識が違いすぎる」
講義終了後、彼の見識を危惧して僕は独り言を呟いたのだが、周囲の女性陣は、あっけらかんとしていた。
「まぁ、蓮くんなら何とかなるでしょ」
「正直、レンが頭の勝負で負ける未来を想像できないわ」
「そうですわ!お兄様が恐れる必要は全くありません!」
「もしもの時は、わたくしもお手伝い致しますので!」
4人の女性からここまで言われれば、心配性の僕であっても、さすがに自信がついた。
そうだ。僕たち現代人からすれば、中世世界の自然科学など、小学校レベルで全て覆すことができるほど幼稚なのだ。何も気に病む必要はない。
さて、初日の講義が全て終わり、帰宅する時間になったが、ここでダチュラが声を上げた。
「私、『剣術部』を見てみたいな」
「そうだな。そっちの敵情視察も悪くない」
僕たちは、放課後に『剣術部』が集まるという修練場に向かった。
現在、剣術公子サイネリアが部長として率いる剣術部は、総勢100名を超える部員数を誇り、部長の的確な指導によって、一人一人の実力も伸ばされ、名実ともにアカデミーの看板とも言われる一大部活動になっていた。
修練場は、グラウンドのような場所であり、屋外で鍛錬するという。
そこに到着すると、多数の学生たちが木剣を持って素振りをしていた。サイネリアが伝授する剣技の基礎の型を練習しているのだ。
「へぇーー、あれが『剣術部』なんだぁーー。大勢で一緒に稽古するって、どんな感じなんだろ」
これまでの授業態度とは打って変わり、ダチュラは目の色を変えて稽古風景を遠目に見物しはじめた。食い入るように見つめていた彼女は、次第に修練場の方に近づいて行った。
その姿を気に留めた指導係の部員の一人が、彼女に歩み寄った。
「なんだ?見慣れない顔だが、見学か?」
男装しているダチュラは、剣を携えた貴公子に見える。入部希望者だと思い、気さくに声を掛けてきたのだ。その問いにダチュラも堂々と答える。
「ああ。『剣術部』の実力を見せてもらいたいと思ってね」
「そんな細身の身体で本気か?ウチの稽古は厳しいぞ?」
指導係は、彼女の体格を見て、笑いながら軽口を叩いた。部員のうち、腕前が認められた者は、部長から指導係に任命される。つまり、彼は剣術部の中でも上位の実力があるということだ。
だが、指導係の冷笑を見たダチュラは、ニコッと微笑んだ後、すかさず彼の背後に回り込んだ。
「……なっ!」
気づけば指導係は木剣も奪われ、自分の首筋に当てられている。想像を絶する力の差に茫然自失だ。
「わた……ウ、ウン!俺の実力、わかってもらえたかな?」
ダチュラは男らしい言い方を心掛けて、余裕の笑みを浮かべる。木剣を返された指導係は、震える手でそれを受け取った。
「へぇーー、面白いのが、やって来たな」
興味深そうに、そこに近づいて来たのは、ちょうど今の場面を目撃した部長のサイネリアだった。
「あっ!すみません、サイネリアさん!」
指導係は部長の見ている前で失態を演じてしまったことを恥じ入り、慌てて直立した。
サイネリアは、先日、僕を襲撃して逆に電撃を食らった後、しばらく気絶していたのだが、数分後には目を覚まし、誰にも目撃されずに帰宅していた。ゆえに彼の敗北を知っている者はいない。
とはいえ、彼の心中は穏やかではなかった。戦いの素人に見える僕から、謎の力で惨敗を期したのだ。あれ以来、彼はずっとイライラが止まらないのであった。
(この人がサイネリアさんかぁ……結構、カッコいいじゃない……)
イケメン好きのダチュラは、本物の貴公子であるサイネリアを見て、内心では心弾む思いだ。しかし、そんな淡い乙女心は一瞬にして打ち砕かれることになる。
バキッ!!
「ぐはっ!」
なんとダチュラに敗北した指導係の学生が、サイネリアから横殴りにされたのだ。顔面を殴られて吹っ飛んだ彼は、鼻血を噴き出しながら震えている。サイネリアは彼に向かって激昂して叫んだ。
「部員でもない相手にあっさり敗れるとは何たることだ!!恥を知れ!!!」
面食いのダチュラは面食らった。
相手が横暴な人間であることを理解した彼女は、一歩前に進んで、サイネリアに挑戦的な言葉を投げかけた。
「あなたがご高名な『剣術部』部長、サイネリア公子か。噂に聞くほど高潔なお方というわけでもなさそうだな」
「……君は入部希望者ではないのか?」
「そのつもりはない」
キッパリと断ったダチュラは、殴られた指導係のことを心配し、視線を投げながら、侮蔑の表情をサイネリアに見せた。
「ここの部員たちは皆、あなたのお弟子さんみたいなものだと聞いていたのだが、ずいぶんな扱いを受けているようだな。弟子は師匠に逆らえないとでも思っているのか?」
「部外者が口を出すことじゃない。自分は次期公爵だ。そして、彼らに剣の基礎を教えた師でもある。彼らは自分の臣下も同然。それに何をしたところで、誰にも恥じ入ることはない」
「そうか……」
庶民出身のハンターであるダチュラは、こうした権威を振りかざす人間が大嫌いだった。激しく憤った彼女は、平然と部員を所有物扱いするサイネリアに厳しい目を向ける。
「ならば、サイネリア公子よ、俺にも是非、一手、手ほどきをいただけないか?」
表向きは”稽古をつけてくれ”という意味だが、これは明らかに勝負を挑むセリフだった。サイネリアとしても、男装しているダチュラの身のこなしに警戒するものを感じている。
(この男、立ち居振る舞いに隙が無い。相当な鍛錬を積んでいるな。しかも、あの容姿……放っておくのは危険かもしれん)
彼は不敵な笑みを浮かべた。
「いいだろう。『剣術部』の実力を見くびられたまま、帰らせるわけにはいかない。ただし、自分は手加減など一切しない。本気で手合わせするからには真剣勝負となるが、それでも異論はないか?」
「無論、そのつもりだ」
遠目に見ていた僕たちは仰天した。
なんと真剣による戦いが始まってしまったのだ。




