第279話 剣術部
修練場にて『剣術部』部長のサイネリアと対峙し、真剣勝負をすることになったダチュラに、僕たち一行は驚きを隠せなかった。
「あら……?何やら勝負を始めてしまわれましたが……」
「ダチュラさんってば、本番前なのに気が早いわねぇーー」
「あいつは求婚者のライバルを闇討ちするようなヤツなんだぞ。何かあったら、どうするつもりなんだ……」
「私がいるから大丈夫だよ。危なくなったら止めるね」
シャクヤとラクティフローラは不思議そうに見つめ、僕は心配し、それを嫁さんが余裕の表情で安堵させた。
それにしても、まさか『剣術大会』の前にダチュラまでもがサイネリアと戦うことになるとは。ただの視察のつもりが大変なことになってしまった。
彼女と彼のレベルは、39と42。単純な力量ではサイネリアに分がある。ダチュラには、魔族との戦闘を現実に体験しているという強みがあるが、それがどれほど力の差を埋めることに繋がるだろうか。
静かに身構えたサイネリアは、見下すような目でダチュラに最後の確認を取った。
「勝負アリと判断すれば、寸止めはしよう。だが、真剣を握った以上、どうなるかは、お互いに覚悟の上だ。異存はないな?」
「聞くまでもない」
ダチュラもまた、好戦的な顔つきでニヤリと笑った。
「行くぞ!」
サイネリアの掛け声で真剣勝負が開始された。
いつの間にか、剣術部の部員たちも稽古をやめ、部長と新参者の戦いを見物しはじめている。
初手はサイネリアである。
彼の放つ鋭い突きは、正確にダチュラの眉間を狙っていた。
いきなり顔面を狙うとは、なかなかにえげつない。
しかし、その動きを見越していたダチュラは、しっかりと見切って後ろに下がった。そこから先は、左右に後方に、軽やかなステップでリズム良く動き、サイネリアの鮮やかな突きを次々と躱していく。
「あの人の剣はフェンシングに近いね」
あらゆる武技を初見で洞察し、その本質までも先読みすることができる嫁さんが、冷静に分析し、解説してくれる。この世界最強の勇者に、僕は素朴な疑問をぶつけた。
「ダチュラは、なんで避けるばっかりなんだ?」
「剣で防御するとパワーで押し負けるんだよ。ダチュラの持ち味は、ローズさん仕込みのスピード剣技だから、隙を狙ってるんだと思う」
「へぇーー」
「それに、マンガやアニメみたいに剣をぶつけ合わないのには、ハンターのリアルを感じるかな。刃がこぼれちゃうし、剣の耐久性を過信しないところが、実戦向きの戦い方だよね」
「戦闘に関しては、僕は完全に生徒だね……」
「えへへ。私が先生か。いいね」
僕が、ため息交じりに感嘆すると、嫁さんは満足そうに笑った。ちょうどこの時、戦いに変化が起きた。
キンッ!!
サイネリアの隙を見出したダチュラが、彼の突きを避けると同時に剣で弾いたのだ。勢いよく腕が広がったサイネリアの懐に、ダチュラが間髪入れず踏み込む。
だが、サイネリアも負けてはいない。すぐさま後方に下がりつつ、弾かれた剣を元の構えに戻そうとする。
ガッギンッ!!!
ダチュラの払った剣をサイネリアの剣が受け止めた。彼女の力では彼を押し切ることができず、二人は鍔迫り合いで膠着状態になった。
「想像以上だな!!!確かにこの腕前なら、基礎しか教えていない我が部員では、誰一人、太刀打ちできまい!」
驚嘆しつつもサイネリアの顔には焦りの色が無い。
力で勝る彼は、右脚を上げてダチュラの腹部を蹴り飛ばした。
ドガッ!!
「あっ!!っぐぅっ!」
吹っ飛ばされた彼女だが、なんとかバランスを保ち、構えを崩さなかった。
そこにサイネリアは、渾身の剣技を身構えた。
幼い頃より鍛錬し続けてきた、先祖伝来の必殺技を放つのだ。
サイネリアの戦闘スタイルは、パワータイプとスピードタイプの中間に位置するものだが、そのパワーとスピードを共に瞬間的に爆発させるような剣技を彼は持っている。
(ヤバいのが来る!!!)
ダチュラもその気配を察知し、全神経を集中させた。
嫁さんもここに来て真顔になった。ダチュラに危機が迫ろうとしている。次の一手で、この果し合いに介入するつもりのようだ。
そして、サイネリアが動いた――
「そこまで!!!」
――と、思われたところで、なんと別の女性の声が響き渡った。
二人の決闘に水を差し、堂々とした足取りで近づいてきたのは、アカデミー理事長の息女であった。
(えっ!ローズさん!?)
ダチュラは驚いて剣を下ろした。
「なんと!ローズマリー嬢!」
サイネリアも仰天しながら、求婚者としてローズの言葉を素直に受け入れ、剣を鞘に納めた。二人の前にやって来たローズは、少し厳しめの表情で、両者を睨みつける。
「アカデミー内での刃傷沙汰は、ご法度ですわよ」
指摘を受けたサイネリアは、言い訳しながら微笑した。
「いえ、めっそうもない。彼が稽古をつけてほしいと言うので、とても腕が立つことですし、特別に真剣での訓練を行っていたのです」
「ええ……そのとおりです」
ダチュラも適当に話を合わせる。
そんな彼女にローズは若干、呆れた顔を向けつつ、サイネリアに微笑んだ。
「そうでしたか。目にも止まらぬ動きでしたので、驚いて口を挟んでしまいましたわ。無粋なあたくしをお許しくださいませ」
慎ましく謝罪するローズを見て、すっかり魅了されているサイネリアは頬を赤くし、嬉しそうに目を細めた。
「とんでもない。公爵令嬢の優しきお振る舞いに、自分は再び心を奪われました」
「剣術大会、楽しみにしておりますわね。それまで大事なお体、怪我などされませんよう」
「ありがとうございます。感激の至りです。ところで、こちらには、如何なるご用件で?」
「本日は、剣術部の訓練を見学したいと思い、参上致しました。近くにいては、お邪魔でしょうから、あたくしは、ここから拝見させていただきますわ」
「それは嬉しい限りです。部員たちも励みになりましょう。ごゆるりとご覧になっていってください」
「ええ。そうさせていただきますわ」
そうして、ローズがわざわざ剣術部を見学に来たのだと知ると、サイネリアはご機嫌な様子で修練場に戻って行った。
ただし、ふと彼は、あることが気になり、途中で振り返った。
「あの……ところで、ローズマリー嬢、”ご法度”などと、まるでハンターのような言葉を使われるのですね。少し意外です」
「あら、いやですわ。最近、お話ししたハンターの言葉が移ってしまったのかもしれませんわね。失礼致しました」
ほんのり焦りつつも、ローズは照れ笑いでごまかした。
また、ダチュラの顔を再び見たサイネリアは、ついでに尋ねる。
「そうだ。君の名を聞いていなかったな。何という?」
「シルバープレートハンターになったばかりのダチュラだ。二つ名はまだ無い」
「なるほど。どうりで強いわけだ。君も剣術大会に出ろ。面白いことになるだろう」
「ああ。そのつもりだ」
ダチュラが堂々と受け答えると、サイネリアは満足そうに戻って行った。彼はダチュラの実力を認めた上で、なお負けるはずがないと考えているのだ。むしろ、この場では彼女を好敵手のように扱うことが、剣士としての株を上げ、ローズへのアピールになると睨んでいるのだろう。
彼が修練場に戻り、理事長の娘が見学している旨を部員たちに告げると、皆、歓喜して稽古を再開した。
その様子を見ながら、ローズはダチュラに顔を向けずに呆れた声を出す。
「まったく……一瞬、誰かと思ったぞ。なんて格好してるんだ」
「ローズさんに言われたくないんですけど!」
普段着とは全く異なる師匠と男装している弟子。並び立っている二人は、親しい間柄を剣術部に見抜かれないよう、視線を合わせないまま語り合った。
「ダチュラ、あたしが君を弟子にすると決めた時、一番最初に教えた鉄則があったな。覚えてるか?」
「もちろんですよ。”ヤバいと思ったら、まず逃げろ”」
「そうだ。ハンターにとって、最も重要なのは生き延びることだ。今のは、その約束を破る行為だぞ。あたしが止めなかったら危なかった」
「う…………すみません」
「あのサイネリアって男……気に食わんな。執拗にダチュラの顔を狙いやがって。女だとは知らないんだろうが、ダチュラの顔が綺麗なもんだから、ライバルを減らすつもりで傷つけようとしたんだろう。男の風上にも置けん野郎だ」
「すごい……衣装と言葉遣いのギャップが……」
先程まで上品な振る舞いをサイネリアに見せつけていたローズが、着飾った姿のまま悪態をつく様子は、ダチュラから見てもおかしなものに感じられる。思わずダチュラが笑っていると、そのうちにローズは我慢しきれずに男っぽく腕を組んだ。
「ああ、くそっ!なんかイライラしてきた!自由が許されるなら、あたしが直接ぶん殴ってやるんだがな!」
「ダメですよ!そんなことしたら、ご実家にまで迷惑かかっちゃいますって!」
「わかってるよ!ホントに面倒臭い家に生まれたもんだ!」
弟子のことを心配して苛立つローズとそれをなだめるダチュラ。そんな彼女たちに僕たち一行も近づいていき、まず最初に嫁さんが声を掛けた。
「ローズさん、安心して。私が見ている限り、ダチュラに怪我はさせないから」
「ユリカ……それにみんな……」
嫁さんをはじめとして、牡丹、ラクティフローラ、シャクヤ、そしてカエノフィディアという女性陣の顔を見ると、ローズは不思議と安堵した表情を見せた。会うのは1ヶ月ぶりくらいのはずだが、お互いの立ち位置がずいぶんと変わってしまい、何やら異様に懐かしさを感じるものがある。
「ローズ!」
そして、久しぶりに会えた彼女に真っ先に飛びついたのは牡丹であった。
「ああ、ボタン、元気にしてたか?相変わらず、かわいいなぁ」
父親としてはドレスを着た女性に靴を履いた娘が抱っこされるのは申し訳ないのだが、ローズは何も気にせず、牡丹を受け入れてくれ、嬉しそうに抱きしめている。
また、美しく着飾った彼女を間近に見て、ため息をついているのはラクティフローラだ。
「ローズさんってば、本当に綺麗ね……。出会った頃から、ただの剣士じゃないとは思ってたけど、こうしてドレス姿になられると、私でも勝てない気がしてくるわ……」
「王女殿下……あの、恥ずかしいので、あまり見ないでいただけますか」
4年前からの知り合いでもある王女にガン見され、ローズは顔を赤くして困惑している。さらに、彼女のことを完全にライバルだと認定した美少女が、鼻息を荒くして前に進み出た。
「ローズ様には絶対に負けたくありません!!!」
「シャクヤ嬢……なんか気配がますます強くなったな……驚きだ」
帝国での激闘を経験してレベルアップしたシャクヤの気配に、ローズは目を見張っている。僕は一言にまとめて説明した。
「えっと……今のシャクヤを怒らせると、勇者ですら殺されそうになるんだ」
「どんだけだよ!!!」
驚愕したローズは素直に大声でツッコんだ。その反応を見て、シャクヤ以外の面々が全員、爆笑した。
ローズを囲んで、王女一行と共に僕が談笑している光景を、サイネリアは部員に稽古をつけながら、横目で訝しげに見ている。彼は僕に敗北したことを心底、根に持っているのだ。その視線を僕は感じ取ることができないのだが、嫁さんは敏感に捉えた。
「蓮くん蓮くん、めっちゃ見られてるよ。大丈夫?」
懸念を示した嫁さんに僕が反応するよりも早く、久しぶりに皆に会えて上機嫌なローズが僕の胸に肩を当ててきた。
「あたしとしては、レンと仲いいのをアピールした方が好都合なんだが」
「ローズさん、それ以上くっついたら、私がローズさんを殺す」
「待て待て!ウソだウソ!冗談だ!ユリカに怒られたら命がいくつあっても足りない」
嫁さんが目くじらを立てると、ローズは慌てて僕から離れた。その動揺を見て、また僕たちは爆笑した。
和気あいあいとした声が賑やかに響いてくるのをサイネリアはイライラしながら聞いていた。そして、手に持っていた木剣をいきなり地面に叩きつけた。
バキッ!!!
「えっ!どうしたんですか!部長!」
「うるさい!!!なんでもないわ!!!」
驚いた指導係の一人が尋ねたが、サイネリアは、ただ逆ギレするのみである。部員たちは意味不明であった。
剣術部の方が険悪な空気になったが、僕は特に気にも留めずに、ローズの行動にツッコミを入れていた。
「それにしてもローズ……この前から、あちこち顔を出してるみたいだが、君は暇なのか?」
「あ、バカにしてるな?あたしだって、好きでやってるわけじゃない。学内の見学だとでも言わない限り、外出許可が下りないんだ。窮屈にも程があるよ」
彼女はウンザリした顔で答えた。じっとしているのが性に合わない彼女が、一日中、屋敷に留め置かれるのは、さぞかし不満であろう。
そう思っていると、何やら考え込みながら剣術部の方面を見つめていたローズが、神妙な声で僕たち夫婦に問いかけた。
「なぁ……レンとユリカはどう思う?この学園を?」
「……え?私は久しぶりの学生生活ができて、今、すっごくワクワクしてるよ」
それを不思議に思いつつ、嫁さんは現在の素直な気持ちを返した。しかし、ローズの表情は真顔だった。
「あたしは、ここが嫌いだ」
「「え……」」
僕と嫁さんは、彼女の重い口調に固まった。
ローズの見つめる先、剣術部の稽古風景は、癇癪を起こしたサイネリアが、構えの甘い部員を盛んにひっぱたく悲惨なものに変わっている。まるでブラック部活。というより根性論と暴力が支配していた昭和の部活のような凄惨たる光景だ。
「平等を掲げながら、誰もが上下関係に苦しみ、自由を謳いながら、みんなが何かに束縛されている。本当にここは、自由と平等のアカデミーなのか?」
「「………………」」
遠い目で嫌悪感を露わにするローズを見て、僕たち夫婦は言葉を失った。ここは異世界であるにも関わらず、何か、自分たちにも当てはまる気がしたのだ。
やがて嫁さんと僕は順番に口を開いた。
「……なんか、それって私たちの世界と同じかも」
「文明は進んでいても、そういうところは全く進歩していないってことか……」
いつの時代でも、どんな世界でも、人の本質は変わらないのかもしれない。そんなことを僕たちは思い浮かべ、感慨深く噛みしめた。
そして、この時の僕たちはまだ知らないが、これから、アカデミーにおいて、この問題と真正面から向き合うことにもなるのである。
「……すまない。君たちには関係のないことだったな。あたしは、もう戻るよ。あんなスパルタな光景は、見ていて反吐が出る」
しんみりした空気になったが、ローズはさっさと気持ちを切り換え、僕たちに微笑して、待機している馬車に向かって行った。
その後ろ姿に向かって、ダチュラが意気軒高に叫んだ。
「ローズさん!見ていてください!もう私は、守られるだけの弟子じゃないんです!必ず、あの人に勝ってみせます!」
心配そうに振り返ったローズは、彼女に返答せず、静かに僕たち夫婦に告げた。
「……レン、ユリカ、ダチュラのこと、よろしく頼む」
僕と嫁さんは、それに頷いた。遠方で待っていた馬車にローズが乗ると、嫁さんがホッとした様子で呟いた。
「なんか安心した。ローズさんは、どこに行ってもローズさんなんだね」
さて、気がつけば日は傾いており、嫁さんたち女性陣の登校初日は、やるべきことをやり終えた。そろそろ帰宅する頃合いである。特に倒すべき相手と師匠に会えたダチュラは、やる気全開で腕を回していた。
「じゃあ私、すぐに帰って、鍛錬するね。さっきので自分の課題も見えたから」
「まぁまぁ、ダチュラ、その前に一息つかない?私、放課後にみんなとお茶したかったんだ」
「……え?」
ここで嫁さんは、まさに女子学生のノリで寄り道する案を出し、ダチュラを引き留めた。ただ、これにはラクティフローラもキョトンとしている。
「お姉様?お茶をする、のであれば、屋敷に戻るべきではありませんか?」
王侯貴族の当然の習慣として、お茶を飲むのであれば屋敷内で、という常識の下、問い返したのだ。自分の屋敷にサロンを設け、使用人に命じてお茶を淹れさせるのが貴族の令嬢の過ごし方なのである。
「ううん。家に帰ったら普通のお茶でしょ。そうじゃなくて、お店でワイワイやりたいの」
嫁さんは、そんな貴族の考え方など知る由もなく、平然と現代の女子高生の感覚で答える。これを聞いて僕は、そもそもの疑問を呟いた。
「この世界に喫茶店みたいな場所ってあるのかな?」
現代社会とは違い、庶民が外でお茶をするというのは、とてつもなく贅沢なことであり、ほとんどありえないため、食堂なら存在するものの、ゆっくりお茶を飲むような店を想像できなかったのだ。
「無いならファミレスでもいいよ?」
「もっとあるわけないでしょ」
完全に無い物ねだりの嫁さんに僕は苦笑せざるを得ない。
そこにフクロウ姿のストリクスが舞い降り、カエノフィディアの肩に乗った。
「ご母堂、あちらに学生たちが集まっている食堂がありました。そこは、いかがでしょうか」
「やるわね、ストリクス!じゃ、みんなでそこに行こ!」
嫁さんの号令の下、僕たち一行はフクロウに案内され、街の中心部から少し外れた位置にある店に行った。
そこには、大勢の学生たちが談笑しながらお茶を飲んでいる広い食堂があった。テラス席も多く設置されており、現代の都心にある品の良い喫茶店を彷彿とさせる店構えである。
貴族家の学生たちが貴族らしくお茶を飲める憩いの空間。まさに喫茶店だ。
「さすが学生の街だね。中世の世界で喫茶店が存在するとは……」
「お金を払ってサロン代わりにするのですね。アカデミーらしい考え方ですわ」
感嘆する僕の横で、王女ラクティフローラが上流階級らしい感想を述べた。
早速、店内に入り、テラス席のテーブルに案内してもらった。貴族の子弟を相手にする商売なので、カウンターで注文するタイプではない。こういう点は、現代の喫茶店よりもファミレスに近いかもしれない。
「じゃあ、とりあえず紅茶を全員分、おねがい」
「かしこまりました」
ウキウキの嫁さんが給仕人に注文した。
妻子連れとはいえ、こうして放課後に美少女たちを伴ってファミレスのような場所でお茶を飲む。僕の実際の高校時代では考えられなかった光景だ。
正直言うと、ちょっと仕事終わりのような心地になった僕としては、酒を飲みたい気分なのだが、ここは学生らしくお茶で我慢することにした。
ちなみに僕や王女の存在は学内中の噂になっているので、僕たち一団が入店した時点から、妙に店内がソワソワしていた。
「あれが噂の”聖王女”?」
「お綺麗ねぇーー」
「プラチナ商会の代表もいるみたいだ」
「妻子連れってのは本当なんだな」
「どうする?声掛けてみるか?」
「いやいや。いきなり行ったら失礼じゃないか?」
皆、こちらの様子をチラチラ窺いながら、コソコソと噂話に夢中だ。だが、僕たちに直接、話し掛けるような勇気の持ち主はいないようである。
「うーーん……これだけ注目されると落ち着かないもんだな……」
あまりにも集中する視線に僕は辟易してきたのだが、ラクティフローラは涼しい顔をしている。
「あら、そうですか?むしろお兄様とわたくしが一緒なのですから、当然のことだと思いますが」
「こういう時のラクティは堂々としてるね……さすが王女様」
彼女の悠然とした態度に僕が感服していると、一方でカエノフィディアが、それとは異なる理由でオドオドしていた。
「あの、アタクシは侍女ですのに、ご一緒してよろしいのでしょうか?」
「カエノちゃんは仲間なんだから、本当はこれが普通なの。いつもありがとね」
「い、いえ……」
嫁さんがねぎらうようにフォローすると彼女は恐縮していた。そもそもカエノフィディアは、僕たち一家に仕えてくれる『八部衆』の一人であり、ある意味、幹部のような立ち位置なのだが、自ら侍女として働きたいと申し出たのだ。実に控えめな女性である。
「あ、蓮くん!あの子たち、今朝の!」
「ん?」
ここで、急に嫁さんが声を上げた。
彼女が指差す方角には、今朝、ダチュラにぶつかったばかりの庶民の女子学生と、いつも一緒にいる男子学生が歩いていた。
「ちょっと声掛けてくるね!」
「えっ」
僕の意見など聞く暇も無く、彼女は店の外に超高速で走って行った。数百メートル離れている目的地には、例の男女の学生がこちらを見ながら呟き合っているところであった。
「ね、シスル……あたいも、あんなところでゆっくりしてみたいなぁ……」
「なに夢みたいなこと言ってんだ、プリムラ。アカデミーに来させてもらえただけでも贅沢すぎるんだ。これ以上を望むのは罰当たりってもんだよ」
「そんなの、わかってるわよぉーー。でも、夢くらい見たっていいじゃない」
「見ろ。ああいうのは貴族のお坊ちゃんやお嬢様が行く所なんだ。おれたちみたいのが入ったって、笑いものにされて、弾き出されるのがオチさ」
そこに嫁さんが風のように現れた。
「ね。二人とも何してるの?」
「「えっ!!!」」
目にも止まらぬ早業で接近された彼らは、ニコニコしている嫁さんの顔を恐怖の表情で見つめた。
「よかったら、私たちとお茶しない?」
「「………………」」
もはや何をどう答えてよいのか見当もつかず、二人の男女は石のように固まってしまった。コミュ力の化け物みたいに元気いっぱいの嫁さんは、茫然としている彼らの手を取り、問答無用で連れて来た。
「蓮くん!この子たちも一緒に」
上流階級ばかりが集まる街中の喫茶店に、粗末な衣服の彼らを堂々と連行し、嫁さんは僕たちと同じテーブルに座らせようとする。
可哀想に、二人ともガチガチに緊張していた。




