10話 観光
やっとこさウォータル到着だ。
まずは今日の宿のチェックインを済ませる。
値段は破格の平金貨2枚。
高級感ある内装、ふかふかのベッド。
大きな窓からは美しい町並みが一望できる。
従業員によると夜景が素晴らしく、観光雑誌によく紹介されている。
と誇らしげに語っていた。
夜景か。
景色をつまみに酒を飲む、最高じゃないか?
一難去っての休息ということもあり、我ながら胸が躍りっぱなしだ。
「リンゴ」
「はぁ~~い、なんでしょ~」
あからさまに上機嫌だな。
荷物を整理していたようで、そのままにしてこちらに駆け寄る。
「えー今日は1日休息日とする」
「はい!」
「また怪我の巧妙か、大量の金もある」
「はい!」
「よって、今より街へ出向き私腹を肥やす」
「はい!」
よしゃ。
スダチ・スペンズワード、年甲斐もなく出陣いたす。
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大通りを練り歩く。
街は騒がしい。
観光客の会話、出店の勧誘、鳴り響く陽気な音楽。
実に騒がしい。
ただ、その騒がしさが今まで人通りの少ない場所にいた俺たちにとって逆に心地よくもある。
しかしやはり、観光都市というだけあり人が多い。
針を縫うように人をよけながら歩く。
普段人混みは大の嫌いだが、今はすべてが心地いい。
心は聖職者か大司教か。
今ならば通りすがりに殴られても笑顔で許せる気さえする。
お金の力って凄いなって思いました。
などと5歳児のような低レベルな感想を心に綴っていると、
「ぐぬぅううう・・・」と呻き声がした。
魔物でもいるのか?
と声のする足下を見ると小さな魔物がいた。
大人の体に挟まれたようで、顔を真っ赤にしながら脱出を試みる。
それを幾度も繰り替えし俺の後をよちよちと追ってくる姿が見えた。
何あの可愛い生き物。
「リンゴ、大丈夫か?」
「ちょっとダメかもしれないです・・・」
もともと小柄の少女に人混みはさすがに厳しいか。
このまま迷子になられても困るしな。
「ちょっと両手挙げてみろ。ほれ、バンザーイ」
「えっ?バ、バンザー・・・きゃっ!」
「どうだ?」
「おぉ~!最高ですっ!」
「そりゃあ良かった。バンダナしっかり抑えとけよ~」
初めて肩に人を乗せた。
幼い頃、父親によくしてもらったけなぁ。
背の高い大人に憧れてよくせがんでたもんだ。
まさかそれを自分がする日が来ようとは。
これが彼女の重みか。
華奢で軽い、だが重い。
ははは、こんなこと考えるなんて自分らしくないな。
何故か親父になった気分だ。
彼女と旅をするとよく親父のことを思い出す。
スゥー・・・。
老けたなぁ、ホント・・・まだ25なのに。
おっかしいなぁ。
「痛ったァ!」
と物思いに耽っていると、足元に衝撃が走った。
反射的に「すいませんっ!」と謝罪し、
体がよろめき何とか体勢を立て直す。
そして慌てて足下に目線を落とした。
そこにはピンク色のウサギ着ぐるみパジャマを着た少女が額を抑えて悶えていた。
床にはピンクのウサギのぬいぐるみが落ちている。
歳は10歳くらいか?
リンゴよりも幼いな。
・・・とそんな場合じゃなかった。
大丈夫ですか。と安否を確認しようとしたその時だった。
「おいどこに目ぇ付けて歩いてんだお前ぇ!?」
「・・・へ?」
「へ?じゃねぇよ舐めてんのかアアン!?」
待って、ちょっと待って?
もしかして俺ヤバい人に捕まったのか。
なんだこの最高に口の荒い少女は。
ヤミ金の取り立ての霊が彼女に憑依しているんだろうか、
年端もいかない子とは思えない迫力がある。
彼女の怒号がなんか臓器に響くし。
と、とりあえず謝っとこう。
「す、すいません」
「おう。子供がぶつかったら危ねぇかんな。気ぃつけて歩きな」
そういうと、
釣り上がった碧眼の目を下に伏せ人混みの中へ消えていった。
心なしか彼女の背中が勇ましく見えた。
と思ったらまた近くで彼女の声が聞こえた。
きっとまた誰かにぶつかったのだろう。
「・・・やんちゃな子ですねぇ・・・」
「いや本当に。親がイカついお仕事なさってるのかもな」
親とか呼ばれなくて良かった。
肉弾戦とか敗北の2文字しかありえないんだが。
「そこのお父さん」
ん?
なんだ。
振り返るとそこには同じく金髪の男が立っていた。
あたりには何故か大量の風船が浮いている。
「災難でしたねぇ。これおひとつどうぞぉ~」
と赤い風船を貰った。
え、何怖いんだけどこの人。
顔に切り傷あるし、勇ましい体つきしてるし。
絶対こんなファンシーなキャラじゃないじゃん。
人相に反して風船渡してくるの似合わなすぎて輪をかけて怖いんだけど。
サイコパス的な怖さ感じるんだけど。
絶対なんか細工してあるだろ・・・。
爆発の術式とか組まれてないだろうな。
とにかく断ろう。
「ありがと~!」
え?
上を見ると嬉しそうに風船を持つ少女。
側で喜ぶ男。
おっとリンゴさん?
「あのぉ」
「どうされましたぁ?お父さん」
「これ・・・爆発とか、しませんよね?」
「あなたの。。。」
あなたの?
「あなたのお父さんって、想像豊かですね~」
あっこっちがヤバい奴認定されたわ。
汚名返上しなくては。
そう、金をちらつかせてなぁ!
こほん。
「ちょっとお尋ねしても?」
「ええ、どうぞ~」
「観光でこの街を訪れたのですが、良いディナーの店をご存じですか?」
「ん~予算は?」
「いとめは付けません」
決まった、キリ。
「そうねぇ。フロストンっていうレストランは絶品ですよ」
「聞いたことない店ですね。観光雑誌にも載ってないような」
「隠れた名店ってやつですよ。ほら地元の人ぞ知るってやつですよ~」
ああ、なるほど。
てかこの人優しいな、つい今会ったばかりなのに隠れた名店教えてくれるなんて。
実はいい人なのか?
「有名人とかもよく来る店なんでオススメです」
「じゃあそこに行ってみるよ。場所は?」
「では地図を書きますね~」
今分かりました。
この方はいい人です。
このあと店の地図を書いて貰い、お礼を言って分かれた。
その後は出店で軽くご飯を買ったり、大道芸を見たりと、
ウォータルの街を堪能した。
時刻は夕暮れ。
宿への帰り道、たまたま服屋の並ぶ通りを通っていた。
そういえばリンゴも年頃の女の子だしな。
やはり服とか興味あるのだろう。
ここは人肌脱ぐか。
「なあリンゴ」
「はい?」
「せっかくだし服でも見ていこうか」
とちらりとリンゴの方を見るとぽかんとしている。
あ、あれ?
「別に服は足りてるんで大丈夫ですよ?」
「いやそうじゃなくて、ほらお洒落とかさ?」
「え。たかだか布で着飾ったって仕方なくないですか?着られればなんでも」
リンゴは案外実用主義者だった。
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一旦宿に戻り風呂に入る。
汗臭いままでレストランへ行くわけには行かないしな。
「スダチさん!」
「ん、どした?」
「ここのシャンプー、すごいいい匂いします!」
と、興奮気味にこちらへ報告来たのでタオルを手に取る。
「はいはい、そういうのは拭いて服を着てからにしましょうね」
頭を荒っぽく拭き、更衣室に戻す。
しばらくするとちゃんと服を着たリンゴが満足そうに出てきた。
「さて、飯に行くか」
「行きましょー」
宿の外に出て地図を見る。
場所はここから10分ほど歩いた場所にあるようだ。
先ほどの大通りに出て、一本裏の通りに入る。
すると一気に人の数は減り、
地元の人間と思われる人だけがちらほらと見える。
地図と看板を交互に確認しながら歩いているとその店は見つかった。
フロストンの看板は酷くボロボロで手入れが全く行き届いていない。
店の外装も木製の扉もボロボロで痛んでいる。
窓は埃を被っており、壁も黒くくすんでおり全体的に小汚い外装だ。
これ、大丈夫か・・・?
もしかして騙された?
と入り口でしどろもどろしていると声がかかる。
「おや、見ない顔の方々だ」
「本当にねぇ。幸運な方達かしら?」
声の方を見ると高貴そうな老夫婦がいた。
夫の方はスーツにシルクハット、妻の方は赤のドレス。
どうみても店の外装と似つかない格好をしている。
「いや地元の方にここを紹介して貰ったのですが・・・」
「想定外に小汚くて戸惑っていた、といったところですかな?」
「え、ええ・・・まぁそんなところです」
そういうと老夫婦たちは互いに顔を見合わせ上品に笑う。
そして失礼と言って、小汚い扉をゆっくりと開けた。
するとどうだろうか。
内装は外装のそれとはまるで違っていた。
重厚感のある木製の壁、洒落たオレンジ色の照明。
奥には5名の楽団が落ち着いた音楽を生で演奏している。
「ここは隠れた名店なのですよ」
「さぁ中に入りましょうか」
老夫婦についていくとスーツを身につけたウェイターが席へと案内した。
案内されたのは二階の手前。
そこからは楽団の姿がよくみえる俗に言うアタリの席だった。
「では私達はこれで」
「ありがとうございます」
そう言うと老夫婦は別の席へと案内された。
「ご注文はどうされますか?」
「あー・・・」
分からん。
何も分からん。
元々田舎の小さな貴族だった俺にはこんな店縁のない場所だった。
「お、おまかせでお願いします」
「かしこまりました」
そういうとウェイターは軽くお辞儀をして離れていった。
やっぱ慣れないことはするもんじゃないな・・・。
人間身の丈に合った生活をするべきだと感じる。
俺だってたまには見栄を張ってみたくなったんだよ。
「スダチさん」
「ん?」
「私、マナーとか全っ然分かんないんですけど・・・」
「そうか。でも安心しろ」
そういうとリンゴは安堵したように「はい」と応えた。
「俺もさっぱり分からんのだ」
「おうふ・・・」
ごめんな、なんか期待を裏切ったようで。
と思いながら、運ばれてきたスープをスプーンで口へ運ぶ。
結果から言うとめちゃくちゃおいしかった。
俺は馬鹿舌なので何の材料が使われているのかなどは全く分からなかったが、
ただ体は旨いの信号を常に出し続けていた。
運ばれてくる料理すべてを2人は唸りながら黙々と食べ続けた。
真に旨い物に出会うと無言で食べ続けるものなんだなと初めて知った。
食事は終わりに差し掛かる。
今は最後のデザートを頼み、それを待っているところだ。
時刻は20時半。
ゴールデンタイムを過ぎても客は絶えることなく入り続ける。
それもみなスーツやドレス、きれいに身づくろいされている。
いくら金に余裕があるとはいえ伝票を見るのがこわいな。
…と、ウェイターが来た。
「こちらデザートのバニラアイスクリームになります」
「どうも」
贅沢なグラスに乗せられた2つのアイスクリームを上品にテーブルに置く。
しかしウェイターは下がることなく、リンゴの方を向いた。
「こちらはお客様のぬいぐるみでしょうか?」
「はえ?」
見てみると30センチほどの茶色い熊のぬいぐるみだ。
当然俺もリンゴも見覚えがない。
リンゴは違いますと答えるとウェイターは少しひきつった顔をした。
きっとリンゴの物と確信してどや顔で持ってきたばかりに当たりが外れたのだろう。
そもそもこの店にリンゴのような子供は見当たらない。
彼女に的を絞るのは至極当然のことだ。
「そ、そうですか。失礼いたしました」
「いえいえ」
リンゴ以外に子供がいたのか。
物珍しかったので館内をキョロキョロと見ていたが気づかなかったな。
ぬいぐるみ。
人形。
「そういや人形師がいるんだよなぁこの街には」
と独り言のようにつぶやいたその時だった。
「ほぉ。物騒なもん知ってるじゃねぇか」
振り返ると意外な人物が立っていた。
1人は昼間に出会った風船を配っていた金髪の男。
そうしてもう1人がなんとこれまた昼間に出会ったガラの悪い金髪の少女だった。
「よぉ、また会ったな」
相変わらず口悪いなこの子。
というか、この2人親子だったのか。
髪の色とか一緒だし。
「ああ、お嬢ちゃん久しぶり」
「…まぁいい」
「?」
いい?何が?
お嬢ちゃんの眉がなぜかピクリと動いたのが気になる。
「あんた、人形師のことをどこで知った?観光客にしては耳が早すぎる」
「若い門番が教えてくれたんだ。医師が少ないから手伝ってくれ、てな」
「てぇことは医者か?」
「いや、ちょっとばかし腕に自信のある回復魔法師さ」
そういうと少女はへっと笑って見せた。
「それで、どうなんだ?手伝うのか?」
「いや、別に用事があるから手伝いはしないな」
「はん。薄情な奴だな、今も苦しんでいる奴がいるというのに」
「回復魔法師も医者も正義のヒーローじゃない。期待する方が薄情というもんだ」
医者だから、回復魔法師だから苦しむものをすべて救わなくてはならない。
そんな暗黙の義務なんぞ知ったこっちゃない。
ギルドに入ってるならまだしも俺は個人で動いている。
勝手に期待し、期待に応えると当然と感じるようになる。
それこそ薄情と呼ぶものだと俺は思うけどな。
まぁ人から嫌われる考え方であるのは間違いないが。
「ハハハ!その考え方わたしは好きだぜ!」
あれ?
思ってた展開じゃないな。
もっと嫌味を言われると思ってたが。
「気に入った。何かあったらココに来な、できることなら格安で協力してやる」
そういって少女から手渡された名刺を見るとそこには『薪の館』と書かれてある。
下には小さく住所が書かれてある。
「薪の館、労働派遣ギルド!?」
「おう。私とこいつはそこで働いてんだ」
「よろしくです~」
お、おお…。
男の方はまだしも、お嬢ちゃんの方も入ってるのか…。
確かに労働派遣ギルドは能力さえあれば年齢関係なく加入できるが。
いや、確か年齢制限ないのは戦闘職だけのはず。
…てことは
「アリス・パトリオット。ギルド薪の館のマスターをしている」
「ぶへぇあ!」
マジかよ、この歳で労ギルのマスターって。
「アリスさんは銘なのですよ~」
銘。
国家から与えられる二つ名のこと。
銘を持つということは国家が認知するほど強力かつ有名人物ということになる。
「得意魔法は念動術。銘は人形術師だ。自慢みてぇであんま名乗りたくはねぇけどな」
そう言って少女はふわふわと人形を宙に浮かべて見せた。
昼間見たウサギのぬいぐるみと、そして
「あっ。さっきの熊だ」
リンゴがつぶやいた。
本当だ、さっきウェイターが持ってきたやつだ。
彼女の私物だったのか。
って人形術師…?
「そう、私と似た名前なんだよなぁ~…」
とバツが悪そうに頭をかく仕草をした。
そして「だからよぉ」と念を押すように名刺を指さした。
「私らは役所に頼まれてこの人形師を探してる。私たちだけじゃないこの街の労ギル全部がだ。だからもし何か情報がつかめたら教えてくれ」
「よろしくです~」
街の労働ギルドが血眼になって探してるわけか。
案外大事になってるらしい。
情報提供に関してこちらも断る理由がない。
なので「わかった」と了承すると「頼むな」と言ってレストランを去っていた。
そういえば、なぜ彼女らはこんな場所にいたのだろうか。
そう思いながら半分以上解け切ったアイスクリームを口に運んだ。




