羨む必要があるか?
イエル大陸、聖都セルーゴ。大陸のほぼ中央に位置し、ほとんどの聖族はここに居を構えている。
聖族は、人間や魔族に比べて長命な種族が多い。彼らは知識を蓄積、技術を発展させる能力に長けている。中央に位置する王宮こそ二千年の歴史ある建造物であるが、街並みは機械仕掛け。主には効率的な移動・運搬技術として、魔力をエネルギー源として稼働する魔導装置が普及している。今はこの動力源を魔力ではなく自然に存在する物質に置換することで魔力のない人間たちにも使えるようにする研究が行われていた。
そういった研究の中で特に盛んなのは医療技術である。聖族は己の魔力を凝縮して魔法障壁を生成する防御魔法、自己または他者の身体能力を高める強化魔法を得意とすることが多い。中でも強化魔法の一種である回復魔法――治癒魔法とも呼ぶ――は非常に強力で、聖族が人間から敬われる大きな要因であった。
しかしながらこの治癒魔法にはいくつか弱点があった。小さなかすり傷なら問題ないが、重篤な怪我や病気に対してあまり使用しすぎると、逆に患者の体力を奪ってしまうのである。当然、症状が重ければ重いほど術者側の魔力や精神力も要求されるため、いかに聖族といえども施術可能な者が限られてしまう。
医療を効率よくまた安全に行うため、こちらもまた魔力に頼らない方法の研究が国を挙げて行われているのだ。
さて、そんな研究熱心な聖族をまとめる王は、今日も王宮から国民たちの働く街を見下ろしている。しかしその表情は決して穏やかではなかった。
「――クソ爺どもめ」
彼は、今しがたの議会で、元老院の老獪たちとやりあってきたところである。巷で噂される魔王の狂乱。世界中にいる聖族の巡礼者たちに求めた報告では、この一年でタルス大陸での魔物被害が多発しているとのことだ。
十五年ほど前にリーコラン大陸で小さな町がひとつ消滅しているとの報告もあったが、以降リーコランでの被害はないことから、彼はその関係性を否定しておいた。無論、そんなことはないのだが、その証拠もないのだから渋い顔をする元老たちに自信満々の顔で言えば何とか黙ってくれた。
「おや、お疲れですねえ」
のんびりとした声は背後から。王は振り返ることもなく「レックスか」と言った。
「どうだった、勇者様は」
「いやあ、若いですね。ちょっと意地悪をしたら乗ってくれました」
軽い調子の言葉に、王はゆっくりと振り返った。顔をしかめた彼は言う「タヌキ爺」と。レックスは青みのある黒髪を揺らして笑った。
「まあ、私やあのお方の邪魔をしないのなら、いい」
頷いた聖王は再び街へと目を落とし、それから空を見上げた。青く澄み渡った空の向こうに恋い焦がれるように。
「今度は、私が――」
ひとり。発展した街、歴史ある荘厳な王宮でひとりきり。聖王の背中をじっと見つめたレックスはその瞼をゆっくりと下ろし、錫杖を握る力を僅かに強めたのだった。
第二章 血と命と心
晴天。太陽は一番高い位置から西に傾き始めた。タルス山脈の向こう側へ、自由な鳥たちが飛んで行き、アスカはぼうっとそれを眺めた――であろう。彼がひとりで、また魔物に囲まれていなければ。
実際には好天を喜ぶではなく鳥に憧れるのでもなく、両手に構えた短剣を振って狂暴化した昆虫型の魔物を真二つに裂いていた。
相手を倒すことには成功したものの、少しばかり掠めた敵の鎌状の手が腕に血を滲ませた。
「我は神の子、神の使徒、祈り願いて彼の者を癒すべし――ヒール」
ぽう、とかすかな光。僅かに熱を持ったアスカの腕の細胞はその再生能力を活性化させ、たちどころに傷を跡形もなく消してしまった。
「便利だな」
感心したように言ったアスカに、魔法を使ったミシェルは「お教えしましょうか?」などと言ったが、彼は答えずに肩をすくめた。
「リクウィド!」
彼らの反対では、クルセルドが精霊魔法を使う。相対するのは俊敏性の高い大型ネズミの魔物だ。しかしその足元は見る見るうちに泥沼と化しその足を止める。
狙いを定めたエレナの矢が眉間を貫き、ザッシュの剣が胴を割った。魔物たちが倒れ、それを沼が飲み込んだところでクルセルドが指を鳴らすと、地面は元通りの土の街道だ。
彼らの戦い、というよりはクルセルドを見たミシェルは口を半開きにさせて固まっていた。
「あのガキ、やっぱり凄いのか」
「凄い、なんてものではありません。複数属性の精霊魔法を操る時点ですでに大魔導士、加えて呪文詠唱の省略に、今のはおそらく土と水の融合魔法ですよ。私、精霊魔法は専門外ですが、彼がとんでもない魔力と才能を持っていることは分かります」
ミシェルにそう評された少年はというと、彼女を振り返ってこれでもかというほど得意げな顔をして見せた。
「あの程度の敵に、大盤振る舞いだったなあ」
「見せつけたいだけでしょう、もう……」
クルセルドは渋い顔をするエレナを無視して「どうだ」とミシェルにふんぞり返っていた。
「そこの盗賊はともかく、俺はお前なんて必要ない」
「そうですね、素晴らしいです」
ミシェルは素直にうなずいた。それどころか。
「精霊魔法は相性六割、才能三割知識が一割と言われていますが、先ほどの魔法は努力なしにできるものではありません。常に考え、何度も実践してきた結果でしょう。誰にでもできることではありませんわ」
彼女は彼にキラキラと尊敬の眼差しすら向けていた。拍子抜けしたのか、今度はクルセルドがあっけにとられる番だ。悪意に対して好意を返された彼は「あー」だの「う、」だの意味のない声しか洩らさなかった。
「ああやって手放しで称賛されることは……、まあ、クールにはほとんどないからな」
「照れてるわ」
「そこ二人、本当、ちょっと黙れ」
にやにやしているエレナとザッシュを睨みつつもその指摘通りクルセルドの頬は僅かながらに染まっている。彼は今一度ミシェルを振り返り、少し多めに息を吸った。
「ばぁーか!」
言うに事欠いて。アスカは驚き、エレナは呆れ、ザッシュは大声を上げて笑った。
物事の分別のつかない幼児のような言葉でののしられたミシェルはというと、怒るのではなくて、何故か少しばかり嬉しそうに笑っていた。
それに対してまたクルセルドが「何がおかしい」だの「脳内お花畑か」などと噛みつくので、それを見やるアスカは少し不思議だ。
「嫌いなら突っかからなければいいものを」
「クールはアスカ程面倒くさがりじゃないのよ」
エレナはアスカを見上げると、小さく笑う。アスカは逃げるように顔を逸らし、「ところで」と尋ねた。
「来た道戻っているのはいいが、これからどうするんだ」
「そうね、何とかしてカカ山登山道に入れないかと思ってるわ」
カカ山を超えれば、そこは魔王領。つまりは敵の本拠地である。しかしながらその入り口はテメ国によって封鎖されており、一般人の立ち入りは不可能だ。抜け道くらいはあるだろうが、生憎アスカはそれを知らない。するとエレナはにこりと笑って言い放った。
「あらアスカ、君、何のために盗賊やってるの?」
「は?」
ふふふ、と楽しげに笑うエレナに、アスカは思わず一歩足を引いたのだった。
※
なるほどこういうことか、と。アスカは狭い谷間に築かれた門の前で鍵穴に仕事道具を突っ込みながら思った。その後ろでは関所となる参道入り口の見張りであるテメの兵士たちが眠りこけている。
薬に精通したエレナが焚いた香はクルセルドが魔法で操作した風に乗って彼らに届いた途端、夢の世界へと誘導してしまったのである。
かしゃん、と閂を封じた錠前がはずれ、アスカは立ち上がった。鍵は外れたが、問題はこの閂であろう。普段閉じられることのない関の扉と閂は鉄である。開閉には大の男が十数人がかり、といったところか。
エレナも流石にこの先は未定だったらしい。「通れたら幸運」くらいの感覚だったようだ。
「計画性があるんだか、ないんだか……」
「エレナは割とノリと勢いで行動するからなあ」
それに最も付き合わされているのはザッシュであろうに、彼はからからと笑った。
「で、どうやって開けるんだ」
「皆さん、進まないのですか?」
うん?と、頭を突き合わせていたアスカたちは涼やかな声音に、否、その光景に驚いた。
長さは成人男性の身長で三人分、厚みはアスカの掌一つ分。そんな鉄の閂をミシェルがひとりで軽々と持ち上げて抜いていたのである。
「……ああ、強化魔法ね!きっとそうね!」
「いえ、魔法は使っていませんが……。あ、すみません驚かせましたか。私、巨人族と人間の間に生まれた半聖なんです」
巨人族は、聖族の中でも随一の怪力を誇る部族だ。二千年前にはその名の通り、人間の平均に比すればおよそ十倍の体格を誇り聖族の戦力の中心であったという。今ではその体格が逆に生活しづらくなったせいか随分と小ぶりになったものの、それでも長身であることが多く、その腕力は細身の女性でも大地を割ることができるとすら言われている。
しかし棒術に長けることは知っていても、耳の形が人間と違う以外見かけはただの女性であるミシェルが「よいしょ」などと鉄の塊を置く様には驚く。
「おいクルセルド。お前あんまりちょっかい出していると彼方まで投げ飛ばされるんじゃないのか」
アスカは珍しいことに冗談めいてクルセルドを小突いた。しかし、それに対して少年からの反応はない。
クルセルドは先ほどまでの「聖族だから」と毛嫌いしたり突っかかったりしていたのとは違う、本物の憎悪で満ちた目でミシェルを睨みつけていたのである。
「あんた、本当に脳内お花畑だな……!自分から混血だって明かして、どういう扱い受けるか知らないのか?」
アスカは唸るように吐き出された言葉に眉を寄せた。聖族においても魔族においても、また、人間においても。どこへ行っても忌み嫌われる存在、それが混血種だ。
これは女神ライトの教えが広まったものであるが、闇と光の均衡を破壊するとして異種族間で子をなすことは禁忌とされる。半聖・半魔はその禁を犯して生まれた忌むべき子なのである。
「確かに……、物事を円滑に進めるためには隠しておく方が無難でしょうね」
ミシェルは笑って言うと、やはり人間とは違う腕力で以て鉄の門扉を押し開けた。ずずず、と重たい音がして岩肌の山道が眼前に開ける。
「けれど、それで私があなたの信頼を得られるとは思いません」
凛とした声音。開き切った鉄の門。振り返ったミシェルは長い銀色の髪を揺らした。
「どうぞ」
四人のうち、最初に歩き出したのはアスカだった。続いてエレナが隣に並ぶ。ザッシュは、その大きな掌をクルセルドの肩に置いた。
「少なくとも、お前の嫌いな嘘つきではなさそうだけどな」
ぽつりと言って彼は歩き出す。うつむいたクルセルドは拳を震わせて、それから。
「……っそたれがー!」
硬い岩の道を走り出す。風が、まるで後から追うように駆け抜けた。抜き去られたアスカは、眉を下げたミシェルと沈痛な面持ちのエレナを見比べて肩を落とした。
「……ああ、もう面倒くさい」
ただの口癖でなく、心の底からの言葉である。
アスカは彼女らの出自などさして興味はない。自分が生き延びることができて、また彼女らに不都合が生じないのであれば人間だろうが魔族だろうが聖族だろうが些末なことだ。
とはいえ、全員が全員そういうわけでもないのだろう。少なくともクルセルドにとっては。
「ガキが」
「はは、同行する以上諦めてくれ、仲間だろう?というか俺にしたらアスカも大差ないぞ」
な、と目を細めるザッシュにアスカはひらりと手を振り、己の短剣以外の荷物を彼に押し付けた。
「エレナ」
呼べば彼女はアスカを見上げる。不思議そうに、碧眼を丸くした。
「クルセルドは連れ戻すから、そんな顔するな。あんたがしおらしくしていると気持ち悪い」
「なっ……、ひ、一言余計なのよ!さっさと行きなさいよ!」
「はいはい、それで結構だ」
頬を膨らませるエレナに背を向けたアスカは一瞬ザッシュと視線を交わす。女性二人の基本的なスキルは補佐的なものであるが、エレナの毒は中和の力を持つ魔物でなければ大抵の敵に効果があるし、ミシェルの棒術と怪力は今見たばかりだ。何より、ザッシュがいるなら何の問題もあるまい。何せ元々エレナと二人で旅をしていたのだから。
カカ山は険しい岩山である。魔石や魔鉱石が採取できる宝の山でもあるが、住居を構えて生活できるような場所ではない。山道も岩だらけで、植物も多くはなかった。
アスカはそんな淋しい山道で立ち上る火柱をぼうっと見つめて腕を組んだ。
さて困った。エレナに「連れ戻す」などと言ってしまったが、いかんせんアスカは他人と関わることが苦手だ。自分以外に興味を持つこと、他人から興味を持たれること、それらを一言で片づけて避けてきた結果である。
クルセルドが魔物相手にてこずるようなら絡みようもあっただろうが、何せ天才少年魔導士だ。彼に「手を貸せ」と言わせるならそれこそガルーダ級が襲ってきてくれなければならない。そんなものはアスカもごめんだ。
道をふさいだ魔物の群れを倒したクルセルドが再度歩き出し、アスカもその数歩後ろにつく。一歩、二歩、三歩。ぐりん、とクルセルドが振り返った。
「鬱陶しいんだよ、お前!聞きたいこととか言いたいこととか、あるなら言えよ!」
吠えたクルセルドを見て、アスカは数度瞬きをした。
「聞いてほしいのか?」
「そうじゃねえけど!ああ、もう、お前、本当面倒くさい奴だな!」
アスカにしてみればその言葉は心外である。好意にしろ悪意にしろ、相手と素直に正面からぶつかるクルセルドと、これをなるべく避けるアスカは一生相容れないかもしれない。
クルセルドは自身を落ち着かせるように息を吐くと、山脈の向こうに広がる魔王領を見やった。穏やかな風に橙に近い赤毛が揺れた。
「……お前、親は」
唐突な問いかけであった。そして、クルセルドにしては落ち着いた、だがとても硬い声であった。アスカは「いない」と簡潔に述べた。
「そっか。俺はさ、片親だったんだけど。今は、どうしているか分からない」
「……そうか」
どう返せばいいのか分からず、アスカは頷くことしかできない。クルセルドはそれを見ることもなくぽつりと言った。
「父親は、どこの誰とも全く分からない、クソみたいな人間で……、母と生まれたばかりの俺を捨てて姿を消したらしい」
「クルセルド……?」
「……俺もさ、半魔だ。あいつと同じ、混血なんだよ」
泣きそうな顔で、少年は言った。「だから自分は母親に憎まれたのだ」と。
「何ていうか……、今なら分かるんだけどな。仕方なかったんだって」
クルセルドは実の母親と暮らした集落で、忌み嫌われていた。同年代の子供からは石を投げられたこともあるし、大人からは汚い呪いのような視線と言葉を向けられた。そして同じ目にあわされる母親は「あんたのせいよ」と常々言っていた。
「確かに、人間の男に騙されて俺なんか産まなければ、あんなことにはならなかっただろうな」
それでも、クルセルドにとって彼女は母であった。代えることのできない存在であった。だから十歳に満たない少年は決意したのだ。せめて、母親だけは自分が守るのだと。
精霊に愛された少年が最初に覚えたのは、相手を驚かせることができて、当然退けることもできる炎の魔法。そして彼はそれを母親に披露して見せた。もしかしたら、少しは喜んでくれて、褒めてくれるのではないかと、淡い期待を抱いて。
――お母さん、凄いでしょ
――……あら、そうね、凄いわ
――うん、これでお母さんを守って
――十分私を殺せるわね!クルセルド!
降り注いだのは、笑顔でも愛情でもなく、殺意と氷の刃だった。
「俺、自分にはこの魔力以外殆ど魔族の特徴なかったから、エレナたちに拾われた後で知ったんだけど。母親は氷雪族で、火の精霊魔法に極端に弱いんだよ」
震える口角を持ち上げたクルセルドを、アスカはただ黙って見つめた。
「母親だけじゃない。魔族は実力主義の社会だからな。強けりゃ認められる。でも、俺を半魔だと知れば大抵の奴は突っかかってくるか、遠巻きに陰口叩くんだよ。まあ、返り討ちにするんだけどさ」
母親に憎まれ殺されかけて、他人から嫌悪されるクルセルドにとって、ミシェルの発言は素直に聞けるものではなかった。
敵意に満ちた言葉に「そうですね、事実です」と頷くこと。強大な力を恐れるでも嫌うでもなく「素晴らしい」と手放しで褒めること。そして何よりも、自ら「半聖です」と混血であることを明かすこと。
「どれだけ愛されて、幸せなところで育ったら、あんな風に言えるんだろうな……」
「知るか」
これまで口を閉ざしていたアスカはそこでやっとはっきりとした発言をした。その反応にクルセルドはじっとりと彼を睨みつける。
「彼女のことはよく知らない。でもお前には、少なくともエレナとザッシュがいるだろう」
テメでは魔族の血を引くクルセルドのことを気にかけていたし、先程もエレナは彼を思って悲しそうな表情を作っていた。
「お前、ミシェルを羨む必要があるか?」
淡々と述べたアスカを、クルセルドは驚いたように見上げた。そしてややあって眉と眉の間を狭めた。しかしそこに本物の怒りや嫌悪は感じられない。
「あまりエレナに心配をかけるな。面倒くさい」
ざり、と靴の裏が土を踏む。踵を返したアスカに、少々不満げなクルセルドが従った。
登ってきた道を下ると、ザッシュを先頭にしたエレナたちが反対側からやって来る。ほう、と息を吐いたエレナはクルセルドの頭を押さえるとミシェルに向かって下げさせた。
「本当に、ごめんなさい」
「い、いえいえ。先に気に障ることを言ったのは私ですので。あの、つい……、調子に乗ってしまって」
首と手を振ったミシェルの視線が下を向き、声はどんどん小さくなっていった。そうして完全に俯き銀髪が肩からぱさりと前に落ちた。まるでそれを合図にしたかのように、不自然な風が吹いた。
ぶわりと広がる白い衣とその下のスカート。晒されることのほとんどない女神官の真っ白な太腿が晒された。
「ひゃ……」
「おお」
声を上げたのはザッシュだが、アスカの目にもそれはしっかりと映る。衣の裾を押さえたミシェルは、風が止むと真っ赤になって棍を取り出した。
「な、何を、なさるのですか……!」
「は、平和主義の聖族がこの程度で怒るなよ」
「お、怒ります!」
にやりと笑ったクルセルドに向けて、一打がお見舞いされるが、クルセルドは紙一重でそれをかわした。
「クール!やめなさい!」
言葉でクルセルドを叱りつけながら、エレナは何故か弓に矢をつがえてアスカを狙っている。
「おい、待て。何で俺が」
「鼻の下……、伸ばしてるんじゃないわよ馬鹿!」
「アスカ、逃げるぞ!」
「は?」
放たれた矢が火の球に焼き落とされ、クルセルドがアスカの腕を取る。
「いや、何でだ。連れ戻してやったのに」
「いいんだよ」
ぽそり、言ったクルセルドは笑っていた。
「いいんだ」
走りながら、アスカは僅かに振り返る。顔を真っ赤にして棒を振り回すミシェルが追いかけてきているし、エレナも弓を引いている。ひとり遅れたザッシュは腹を抱えて笑い転げているようであった。
「……そうか」
見上げた空は高く夕焼けに染まっていた。ああ、クルセルドの髪はこの色に似ているのだなと、アスカは何となくそう思ったのだった。