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イリウスの空  作者: RUKA
第三章 悲劇の連鎖
20/36

あり得ないだろ、作戦として

 亡都ゾアゴ。それは聖魔戦争の頃の魔族の都であり、また神であるダークが聖女アンジェリカによって封印された場所。戦争が終わり、平和が始まった場所。今は首都がボローディアへと移り、魔族たちは住んでいない。石と鉄でできた街は年月とともに風化し、遺跡となっていた。

 王宮はダークが封印されているため立ち入りを禁じられているが、城下町までは解放されている。とはいえ、魔物が多く生息し、イリウスのどこよりも闇の力が強い場所である。好んで立ち入るような者はいない。

 しかしどうやら変わり者たちがいるらしい。エレナは後ろ手に縛られたまま、周囲を見回した。魔族の若者たち、多くは悪魔族だが他の部族も混ざっていた。しかも、まだ魔王が狂った影響を受けていないはずの上級魔族である。ヴァイスのように自我を失っているだとか操られている様子もやはりない。

 エレナは己を縛る縄を一瞥する。どうやら黒魔法のかけられた拘束用の代物だ。ほとんどないに等しいエレナの魔力では敗れそうにない。そもそも、破ったところで彼女にはここから脱出するだけの力がない。

 勝機の薄い中で動くよりも、必ず来るだろう仲間たちを待つべきである。しかしそれだけでは芸がない。エレナは何でもない顔をして、周囲の言葉を拾い集めた。

 彼女には、少し引っかかることがあった。それは、彼ら悪魔族の目的である。確かに魔族の中で悪魔たちが鬱屈しているのも事実だし、聖族に敵対心を抱く魔族が少なからずいるのも事実。彼らにしてみれば勇者の存在は邪魔でしかたないだろう。しかし、こうして徒党を組んだ彼らなら、エレナを誘拐などせずともそのまま襲ってくればいいだけの話だ。わざわざアスカをゾアゴに呼び寄せる理由が分からない。


「おや、話に聞くよりも大人しくしていただいているのですね、姫」


 広い空間、しかし魔族たちがひしめく中に優雅さを帯びた声音がした。夜の遺跡、灯された松明の明かりはあれども薄暗い。エレナの背後にあった階段をゆったりと降りてきたのは、小綺麗な顔立ちの青年であった。


「手荒な真似をしてしまいました。ご容赦ください」


 甘く、くらりとするような声音であった。そういえば、城で最初に対面した時のウィリアムにも似た雰囲気があったと、ぼんやりと思った。


「ああ、申し訳ない。まだ、上手く使いこなせなくて。少し当てられましたか?」


 青年はエレナの前に膝をつくと、クスリと笑って縄の拘束を解いた。しかし、不思議なことにエレナの腕は動かず、お見舞いしてやろうとした平手打ちは失敗に終わった。


「私たち悪魔族や吸血族の力の強い者は、人を操る魔法を使います。普段は……、まったくもって使えないのですが。魔王様の闇の力が強まっているおかげです。それでも、慣れないものですから制御が難しいのです」

「あんたたちの目的は、何」


 どうやら唇と喉の自由はあるらしい。睨みつける翡翠を見つめた悪魔は美しく微笑んだ。


「私たちも魔族の端くれ。陛下を救いたいと思うのは当然では?」

「え……?」

「悪魔族はダークに最も近い存在。故に陛下の苦しみも手に取るように分かるのです。王が苦しまれているのは、闇の力が持つ負の感情や破壊衝動と戦っていらっしゃるからです。今頃はおそらく、我を失い誰かを傷つけ、理性を取り戻してはその惨状を目の当たりにする……、その繰り返しでしょう」

「!」


 エレナは瞳を大きく見開いた。彼女の知るゼルディスは、夫として妻を愛し、父として娘を愛し、そして王として国と民を愛していた。その彼が、自らの力で魔族を狂わせ傷つけて。誰よりも苦しいはずだ、悲しいはずだ。それはエレナにも想像に難くなく、だからこそアスカに縋ったのである。

 このままでは戦争だから、自分たちが自我を失うから、魔族はエレナたちに協力してくれるのだが、まさかこのように言ってくれる者がいるとは思わなかった。

 甘ったるい声音のせいで思考に靄がかかりそうになる中、しかし彼女は首を横に振ってそれを払った。違う。本当に王を思うのであれば、エレナをこのような目にあわせるはずがないのだ。


「そう、だから私たちボローディアに行くの。ゾアゴに用はないわ」

「いえいえ、王を救うため、ここに来ていただきます」

「何を言って――」

「理性があるから辛いのです」

「なっ……」


 それはそれは美しく、悪魔は笑みをたたえた。口にした言葉が違えば、年頃の娘などころりと篭絡されただろう。


「憎しみと悲しみに任せて力を振るえば、すべてを壊せば、目の前のものを認識できなければ。王がさらに苦しまれることはないでしょう」

「まさか、あんたたち……!」

「そう、ダークの封印を解くのですよ」


 悪魔は両手を広げ、高い天井を仰ぐ。


「王は神の器。大いなる闇は器を満たし、その苦しみを排除するのです」

「そ……、んなの!お父さんが望むわけない!」

「いえいえ、不老不死の王といえども元はただの人間。人間の弱さは悪魔族の知るところ。最愛の女性を失い、大切な娘を血で濡らしたその悲しみと自己嫌悪は忘れたいものですよ」


 エレナは悪魔の青年を見上げ、震えた。何ということを考えているのだ、彼は。いや、考えているだけではない。エレナは震える喉を叱咤して、尋ねた。


「なんで……、私がお父さんと戦ったことを知っているの」


 あれは、ザッシュの突発的行動で、誰に言ったわけでもないし、むしろエレナですらそういう展開になるとは予想していなかった。逃げ延びた彼女たちも吹聴など当然しなかったし、おそらくゼルディスも何も言うまい。「逃げろ」と言いに来たヴァイスの様子を見れば、魔王軍の上層部すら知らないようだ。それを何故、悪魔族が知っている。


「……私としたことが、うっかり口が滑りましたね。何分、想定外の出来事でしたので」

「は……」

「あなたは、王妃とともに死んでいるはずでしたから」


 ざわり。エレナの胸中にどす黒いものが流れて渦を巻いた。エレナの母は、人間の寿命にしても早くに亡くなった。原因は不明、エレナが診ても医者に診てもらっても、分からなかった。


「まだ、闇の力が弱かったようで。上級黒魔法はやはり魔王でなければ正確には扱えない」

「っ……!」


 ぼろぼろと、翡翠が揺れて涙が零れ落ちた。エレナに魔法の知識はないが、口ぶりからしてエリシアを殺したのはこの悪魔たちだ。そして、それはすべてのきっかけとなったのである。母を亡くし、父親も壊れてしまった少女は、美しい顔を憎しみで歪めた。


「許さない……、絶対許さない!」

「どうぞ、ご自由に。人間の憎しみや悲しみ、嫉妬、欲望に絶望。それらは我々魔族にとって極上のエネルギーです」


 エレナの首から下は動かないのに、涙腺も喉も自由だ。ただ涙を流し、叫んで。それしかできないのを、周囲にいる悪魔たちやその仲間はにたにたと下卑た笑みを浮かべて楽しんでいる。


「ご安心ください、姫。勇者が神の封印を破ってくれさえすれば、あなたにも救済が訪れましょう。死という、永遠の安らぎが」

「っ……、アスカ……!」


 来てはいけない、と。ほんの少し前まで来てほしいと思っていた顔を思い浮かべてエレナは周囲を見回した。大きなホール。ボローディアの王宮のダンスフロアに似ていた。その正面の扉は閉ざされている。


「来ますよ、彼は」


 にこり、悪魔は笑う。エレナは首を横に振った。彼は来ない。極度の面倒くさがりだし、何より先ほど彼女自身が口にしたように、ゾアゴに寄る理由はないのだ。エレナのことだって、邪魔だし、鬱陶しはずだし、必要でもない。そう言い聞かせようとするエレナの脳裏に、かつて聞いた言葉たちがよぎる。


――それにしてもお前、やっぱり変わらないな。お頭の言いつけ守って、仲間は見捨てない。お嬢さんたちに来てもらったら、絶対にお前は助けに来ると思ってたよ

――……今度は、間に合った


 ああ、彼は来る。来てしまう。何よりも、失うことを恐れる人だから。それが怖くて最初から他人と距離を置いてしまうような人だから。

 エレナの瞳からひときわ大きな涙の粒がこぼれた時、だ。ホールの扉が炎とともに破られた。巨大な火の球は近くにいた数人を焼き払い、煙を立てる。


「おいコラ、首謀者誰だ、出てこい。地獄の業火で焼き払ってやるよ」

「クルセルドさん、あまり建物に被害がないようにとお願いしたはずですよ。ここも貴重な遺跡に変わりはないのですから」

「お前さっき行き止まりで壁粉砕したよな!」

「はは、凄いな、二人とも。俺何もしなくていいか?」


 魔力の高まりで髪や衣服をなびかせるクルセルド、三節棍を構え、珍しく目を吊り上げたミシェル。その後ろでザッシュは剣を肩にケタケタと笑っていた。


「皆!」

「お、エレナやっぱり元気そうだな」


 よかったよかった、とザッシュが能天気にうなずいた。そんな彼よりも、エレナは件の青年の姿を探す。当然、悪魔たちも同じだ。


「アスカは!」

「あ?」


 エレナの問いかけに、じとりと不機嫌そうな目をしたのはクルセルド。少年は手近な敵に風の刃をお見舞いしながら怒声を発する。


「来ねえよ、あの薄情者!これ終わったらぶっ飛ばす!」

「『やっぱり俺やめとく、じゃ』と直前で離脱されましたわ!」


 は、と。エレナも悪魔も固まった。クルセルドとミシェルの怒りは、当然悪魔たちに向けられているが、今その燃料になっているのは仲間であり本来率先してこの場にいるべき勇者のようだ。ただひとり、ザッシュだけが「まあ、見え見えの罠に乗るのも癪だし」などと笑いながら二、三人を一刀で沈めている。

 クルセルドは向かってきた五人ばかりを氷で貫いた。かわした幾人かが襲い掛かるが、ミシェルの防御魔法に弾かれた隙にザッシュが斬り伏せた。


「こ、こいつら強いぞ……!」

「あの魔導士、呪文詠唱なしで複数属性を!」


 敵がひるんだところで、クルセルドやザッシュが手を抜くはずもない。火柱が立ち上り、鮮血が散った。すると相手もだんだんと腰が引けはじめ、中には引きさがろうとする者も出た。


「まあまあ、同志諸君、慌てないでください」


 甘ったるい声音。発したのはエレナの隣に控えた悪魔であった。彼が唇で短く何事かを唱えると、広いホールの床が黒く光った。


「しまっ……!」

「黒魔法!」


 動揺の色を見せたのはクルセルドとミシェル。ザッシュは「お?」と不思議そうに自分の手を見た。


「魔法を封じる陣です。これで彼らは魔法が使えません」

「っ……、ミシェル、ザッシュ、時間を稼げ!」

「はい!……て、ザッシュさん!」

「お、おお?」


 ザッシュは、床に膝をついていた。何とか剣を突き立てて身体を支えてはいるが、動けるようには見えない。


「何やってんだ!」

「いや、身体が、全然動かないんだ……」


 剣士は緊迫した風もなく、きょとんとしている。拘束を受けているというよりは、身体の力を抜かれているかのようだ。


「先にかけていたブレイバーが打ち消された反動かもしれません」

「ミシェルは?」

「私は問題ありませんわ」


 クルセルドもミシェルも、ある程度の知識はあったとしても闇属性の魔法は専門外だ。魔法封じに別の要素や効果が加えられているのかもしれないと、この瞬間は強制的に納得することにした。


「破れますか?」

「破るっ!……でも、初めてだから……」


 どのくらいの時間を要するか分からない。その間クルセルドは戦えないし、ザッシュも何故か動けない。つまり、防御魔法の使えないミシェルしかいないのだ。不安をよぎらせたクルセルドに対し、ミシェルは一瞥すらくれずに敵を見据えた。


「かしこまりました。では、本気で戦います」

「ミシェル」


 こちらも流石に心配そうに声をかけたザッシュだが、彼を狙った一太刀はミシェルがはじき返した。


「巨人の力を甘く見ないことです」


 器用に棒を回して構えなおしたミシェルの法衣がふわりと揺れた。



 法衣をひるがえし、孤軍奮闘するミシェルと、何とか魔法陣を打ち消そうとするクルセルド。途端に劣勢になった仲間を見て、エレナは隣の悪魔を睨みつけた。


「もういいでしょ!アスカは来ないわ。私を解放しなさい!」

「そうは参りません、姫」


 そう言った男は手近にいた仲間の幾人かに声をかけ、エレナを押し付けるようにした。


「姫様を奥へ。抵抗はできません」

「よろしいので?もうこの女不要では」

「姫様は勇者に放置されたとしても、まだ魔族への影響力があります。魔王軍が動いているようですから、そちらに対し活用できます」

「なるほど、軍を脅して勇者を連行させるなり仲たがいさせるなり、策はいくらでも打てるってことか」


 そういうことだ、と悪魔は笑った。ぎりりと奥歯を噛んだエレナは、あまりにも自然に肩に手を置いた後ろの男から逃げようとしたが、僅かに身をよじっただけで終わった。


「触んないでよ、変態!」

「少し大人しくなさってください、じゃじゃ馬姫」


 先に歩き出した二人を追うように、その男は不可能ながら暴れようとする足を押さえて抱き上げてしまった。顔の半分をぼろ布で覆った隙間から除く瞳が、ほんの一瞬柔らかく細められたのを見て、エレナは己の肩にかけられた指に視線を向けたあと、言葉を飲んで不満そうに唇を尖らせた。

 やや早足に奥の間へと進んでいく二人の後ろを、男が静かに従う。通路を抜けて、らせん階段。吹き抜けの構造で、ところどころ崩れそうなところもあった。


「この最下層に闇の神ダークが封印されているらしいですよ」

「へえ。俺たちの神様か。何回聞いてもピンとこねえや」

「女神と同等の力を持った神様です。復活していただければ、もう我々も惨めな思いをしなくて済みます」


 底の見えない下を覗き込むようにした一人の襟を掴み、もう一人が「落ちますよ」とたしなめる。彼らも悪魔族なのだろうか、まるで仲のいい友人同士だ。否、実際にそうなのだろう。けれど、彼らのしていることをエレナは認めるわけにはいかない。そこにどんな思いや事情があろうとも、決して。


「目的地は、まだか?」


 ふいに言葉を発したのはエレナを抱いたもう一人だ。


「このお姫様、見かけによらず重いんだが」

「ああ、もうそこの横通路ですよ」

「いや、お前さあ、いくら人質相手だからってそんなこと言ってやるなよ。お姫様だぞ」


 軽そうな雰囲気の方が呆れ顔で両手を広げ、ずい、とエレナを覗き込んだ。


「うん、可愛いしさ」

「ちょ、近……」

「近い」


 驚いたエレナの声にかぶせて、低い声とともに蹴り。足を振り上げたのは、エレナを抱えた男であった。受けた方はよろめき、顔を隠した彼を睨んだ。


「てめ、何を……!」

「重いし、邪魔だし」


 そっと、彼はエレナの身体を階段に下ろした。いまだ自由の利かないエレナは座り込んだが、首から上は立派に動くので、目を吊り上げて叫んだ。


「君ね、本当、あとで覚えてなさいよ!」

「面倒だから忘れる」


 パサリ。顔を隠していた布切れを邪魔だとばかりに取り去った。黒髪が揺れて、感情を押し殺したような瞳が覗く。


「あなたは……?」

「まさか、お前っ……!」

「何だ、皆が皆勇者の顔を知っているわけじゃないのか」


 それならわざわざ隠す必要もなかったのだろうか、などと呟いたアスカはすらりと短剣を抜いた。


「正面突破とか、敵の規模も分からないのにあり得ないだろ、作戦として」


 忍び、紛れ込むが打倒。面倒だったのでクルセルドたちに説明しなかったが、それが功を奏したようで、彼らの怒髪天突く様子は悪魔たちに「アスカはこの場にいない」と思い込ませるのに一役買ってくれた。


「そういうわけで、邪魔だからどけ」


 剣を振り、寸でのところでかわした相手に蹴り。決して足場がいいとはいえない階段。しかも地下深くに続く吹き抜けだ。申し訳程度の柵があったが、元々朽ちていたのか、男の身体がぶつかった衝撃で外れた。


「っ……!」

「ジェミー!」


 もう一人が叫んで手を伸ばした。何とか掴まえたものの、二人とも今にも落下しそうである。必死に友の身体を引き上げようとする悪魔の耳に、カツン、と嫌な音が聞こえた。足音。階段を下りる、少しばかり赤の混ざった黒髪の青年の瞳は冷たい。


「まっ……」

「待つわけがないだろう?」


 低く硬い声音で言ったアスカが剣を振り上げる。


「アスカ!」


 ぴたりと、刃は突き立てられる瞬間に止まった。ゆっくり、黒髪を揺らしてアスカは声の主を振り返る。涙をいっぱい溜め込んだ瞳は本物の宝石のように少ない明りの中で輝いていた。


「……」

「……なん、でもない……」


 ぎゅっと、エレナは目をつむって顔を逸らした。エレナも、ヴァイスにとどめを刺したように、倒さねばならない敵はいる。心情としても、当然殺したいほど憎い。だが、彼らはまだ狂ったわけではない。言葉も心も通じるはずなのだ。だが、この状況でそれを言うのは彼女のただの我儘で、アスカには負担を増やすだけである。

 時間は、およそ数秒。緊迫と静寂を破ったのは、大きな大きなため息だった。アスカは剣を収めると、宙づり状態の男の腕に己のそれを伸ばして引っ張り上げた。驚いたのは助けられた本人とその友人である。


「あんた、何で……」


 アスカは問いに答える代わりに、顔面と鳩尾にそれぞれ拳を入れてやった。倒れた身体をつま先で蹴り上げ、完全に伸びているのを確認して振り返る。


「エレナ」

「っ……え?」


 呼ばれて瞼を持ち上げた少女は、目の前の光景に驚いた。奈落へと落ちていなくなっていると思った敵は、その場で倒れ伏しているではないか。


「アスカ……」

「言っておくが、毎度毎度あんたのお人よしに付き合えるわけじゃない」


 いつもと変わらない淡々とした調子で言ったアスカはエレナの前にしゃがみ、「まだ動けないのか?」とこれまたいつも通り面倒くさそうに言い放った。その肩に、こつん、とエレナの額が当たった。動いた、というよりは倒れた、と言った方が正しい。


「……来てほしくなかったのに」

「は?」

「でも、来てほしかった」

「どうしろと」


 アスカには、エレナの複雑な心情などさっぱり理解できない。しかし流石のエレナも今回は「馬鹿!」とののしりはしなかった。


「ありがとう」

「……足場が悪い。行くぞ」


 先ほどと同じようにエレナを抱え上げたアスカは示された横の通路へと進んだ。腕の中で少女がクスクスとなにか笑っているものだから、「この状況でどういう神経だ」と呆れ顔を作った。

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