溶鉱のドラフト会議
ドラフト会議。それは、その後の日本球界を「物理的に」塗り替えることになった運命の日。
その日のグランドプリンスホテル新高輪は、期待と困惑、そして異様な緊張感に包まれていました。
「第1巡選択希望選手――」
重厚なアナウンスが響く中、会場の巨大スクリーンに各球団の指名選手が表示される。
160cm、120kg。野球経験ほぼゼロ。
しかし、ハンマー投げとやり投げで人類の限界を突破した日本記録保持者。
あの入団テストでバックスクリーンを破壊した「バケモノ」の名が、次々と画面を埋め尽くした。
【横浜ネイビー・スターズ:山本 健司 18歳 陸上】
【大阪ネコガース:山本 健司 18歳 陸上】
【東京ジャイアンツ:山本 健司 18歳 陸上】
【福岡シャークス:山本 健司 18歳 陸上】
【千葉マリーンズ:山本 健司 18歳 陸上】
「ご、5球団競合……ッ!?」
アナウンサーの声が裏返り、ネット掲示板のサーバーが悲鳴を上げる。
『山本 健司って誰だよ!』
『ハンマー投げとやり投げの世界陸上の金メダリスト』
『入団トライアルで見たからなハマのスタジアムの掲示板を破壊してたぞエアプ乙』
『パワーは凄いだろうが通用するのか?』
『すると見込んだからの競合だろ』
『1巡目で選ば無かった他球団も焦ってるだろうが』
常識で考えれば、160センチの未経験者を1位指名するなど暴挙だ。
だが、スカウトたちは確信していた。
彼がバットを振れば、戦略や配球は大きな見直しを迫られる。
彼は160cm、ルール上のストライクゾーンは下にズレ尚且つ狭い。
そして外角は届き辛い筈だがルール限界の長尺バットで弱点を物理的にカバーしている。
ピッチャーの投球感覚は必ず狂うのだ。
「それでは、抽選を行います」
壇上に5球団の代表者が並ぶ。
その中央、ネイビー・スターズの三浦監督が、気合を込めてクジを掴み取った。
祈るようにゆっくりと、白い紙を広げる。
「……ッ、よっしゃあ!!」
監督が右拳を突き上げると同時に、スクリーンには『交渉権獲得:横浜ネイビー・スターズ』の文字。
その瞬間、合同テストで健司を目撃した大勢のカメラは地方高校のプレハブ小屋に待機する山本の姿を捉えた。
そこにいたのは、パイプ椅子を二つ並べて無理やり尻を乗せている、異常な密度の塊だった。
フラッシュが光る中、山本は特注の制服――胸板が厚すぎて前が閉まらず、マントのように羽織った姿で不敵に笑った。
「山本選手、5球団競合の末に1位指名です! 今の心境は!」
記者が興奮気味にマイクを突き出す。
山本は、横で感極まって涙を浮かべている恋人の美春の肩を丸太のような腕で抱き寄せ、椅子をキシキシと鳴らしながら立ち上がった。
「……まあ、妥当ですやろ。ハマの掲示板、俺が壊したさかいな。俺がもっと稼いで、もっとデカい掲示板に買い替えさせたる」
「160cmという身長でプロの世界を戦う不安は?」という問いに、山本はカメラを真っ直ぐに見据えた。
「なに言うてますのや物理学的に言えば、重心が低くて質量がある方が、衝突エネルギーはデカいのは常識や。ハンマー投げの鉄球(7.26kg)を80メートル飛ばすのに比べりゃ、140グラムの野球ボールなんて、鼻クソみたいなもんですわ」
彼は太い指を一本立て、全国の投手たちへ宣戦布告した。
「プロ野球の皆さん、覚悟しとうてな。俺が打席に立つ日は、外野の椅子のお客さんとこを防弾にしとうた方がええで。怪我されたら商売あがったりやさかいな」
その夜、スポーツニュースのヘッドラインは一つに染まった。
【 陸上の覇者、ネイビー・スターズ入団へ。目標は『野球界の破壊!』】
デカデカと美春を抱き寄せた健司の姿が映された。
⋯こうして、愛する美春と共に歩む「灼熱の重核」の、嵐のようなプロ野球生活が幕を開けたのである。




