第2話
魔法とは無縁の世界。髪の色のせいでヤンキーに見られる日々。コンビニのナポリタンに、最近ハマっていること。人気アイドルグループの追っかけ。忘れがちな学校の宿題。
カエルもサリエルも、この世界に来た頃は戸惑うことばかりだったそうだ。当時2歳だった私はその頃のことをよく覚えていない。私が外に出るようになったのは小学生からだ。保育園も幼稚園も行っていない。自宅学習をしながら、この日本で暮らしていけるよう日常の風習や言葉を学んできた。
今ではすっかりこの世界に馴染んでいる。「馴染んでいる」という言い方はおかしいかもしれないが。
「セラ様」
なんだよ、カエル。
「いつか、必ず元の世界に戻します故、今は勉強に勤しんでください」
カエルの魂胆は分かっている。王国への帰還をチラつかせた上で、学業に専念するよう促しているんだろう?この世界で生き残るためには、なによりも勉強が肝心だ。サリエルが任されていたのは私の保護だが、カエルに任されていたのは保護だけではない。私が自立して生きていけるよう、父君に頼まれていたのだった。
こっそり、そのことをサリエルから聞いていたのだ。元の世界に戻れないのなら、せめてこの世界で生きていけるようにしなきゃいけない…。日々の暮らしの中で、そんな弱音を吐いていることもあるそうだった。
「とは言ってもだ、ケンシンの授業は面白くないんだよ」
「先生を、あだ名で呼ぶのはやめなさい…」
私たちがボソボソ言い合ってるとまた、ケンシンが怒鳴った。
「こら、西崎!」
あーもううるさい。だいたい類人猿ってなんだ。そんなものが役に立つとは思えない。まだ数学のほうがマシだ。せめてテストの点だけは確保しようとノートに書くが、どうにもペンが進まない。
「セラ、消しゴム貸して?」
消しゴム?
そう話しかけてくるのは、隣の席の早乙女一希。彼のことは、カズと呼んでいる。
「今使っている」
消しゴムくらい自分でなんとかしろ。そう言っているにも関わらず、カズは机に転がっているピカチュウの消しゴムを取り上げて、「もーらいっ」と無断で使い始めた。先生といいクラスメイトといい、無礼なやつが多すぎる。
カズは私が王国の人間であるということを知っている数少ない人物だが、そうと知りながら馴れ馴れしくて困っているのだ。彼はどうやら私と懇意になりたいようだが、生憎身分が低い者と親しくなる気はない。
第一に消しゴムもまともに持っていない人間と、対等に会話する気などない。私のピカチュウを返してくれるか?耳の方から使っていたら殴るからな。使うんなら、足の方から使ってくれ。
カズと私は、家の近くの公園で知り合った。あの時は確か10歳くらいだったか?サリエルが出稼ぎに行っている間、家にいるのもつまらなかったので、よく外に出て遊んでいたのだ。カエルによく怒られたが、目を盗んで街中を歩き回った。
今思えばかなりの危険行動だったかもしれない。私の生まれ故郷では、外に出て王国を歩き回るくらいが健康的で、ちょうどよかった。しかしこちらの世界では、子供が1人で街中を歩き回るのは危険行為として知られている。
「姫様!勝手に家を出ないでください!」
「いい加減にしてください!身勝手をされては困ります!!」
カエルの声が、記憶の中で甦る。1日に1回は必ず怒られていた気がするが、そんなに怒らなくてもいいではないか?こうして今では立派に成長したわけだから、文句はないだろう。
とまあ、無断外出ばかりしていた幼少期だったが、その頃によく行く「場所」があった。
『スターバックス コーヒー 横浜公園店』
だ。
「抹茶フラペチーノひとつください」
この国の「抹茶」という商品は本当に素晴らしすぎる。作ったやつは天才だと、テラス席に腰掛けてよく海を眺めていた。横浜公園店の敷地は広く景色もいいから、2人用の席を陣取って勉強をしたり、趣味のイラストを描いて時間を潰したりしていたが、この場所に来るのはひとつ理由があった。今でもそうだが、サリエルがこのスタバでパートとして働いていたのだ。大体朝から5時までの勤務で、学校が終わって1、2時間もすれば一緒に家に帰れる時間が来る。だからその時間が来るまで、毎日、スタバの椅子に腰を下ろして過ごしていた。
カズとは、このスタバの近くにある公園で知り合った。
カズが言うには、私たちが最初に出会ったのは、小学校の入学式の時だった。お互いに同じ学校に入っていたのだが、そのことに私は気づいていなかった。とはいえこのスタバで知り合ってからは、ほとんど毎日のようにつるんできた。だからカズは、私にとっては筋金入りの幼馴染だ。そう言うとあまり良い気はしないが、カズのことなら何でも知っている。
横浜Fマリノスの大ファンで、なんちゃってサッカー部員。くせ毛の多い天パに、大の梅干し嫌い。実家が八百屋のくせに、食べれる野菜がブロッコリーだけ。ジェットコースターが苦手で、大の人見知り。
特徴を挙げればキリがないが、一番の傑作は「女子」との免疫力がほとんど皆無だと言う点だ。理由はわからないが、私からすればそれはとんでもなく失礼な話になる。私だって「女子」であるにもかかわらず…、だ。
そのことを厳しく聞いてやると、本人も首を傾げて困った顔をするから余計にタチが悪い。カズは当時よく同級生にいじめられていた。黒縁の大きなメガネをかけ、ゲームにばかり勤しみ、生まれながらに全く外に出ないインドア派=コミュ障だったことが理由のひとつだ。体調が悪いという理由で学校にもろくに行かず、たまに行ったかと思えば保健室に入り浸る日々。しかも一人っ子で、育ちがボンボンだった。甘えに甘やかされ育ってきた結果、ガラが悪い学校内の輩から標的になったわけだ。
カズは、顔がアザだらけになりながら横浜の海を眺めていた。その様子を最初に目にしたのは、スタバの抹茶フラペチーノを頬張りながら公園の中を散策していた時だ。当時昆虫採取にハマっていた私は、そこらじゅうに生えている木という木を漁って、史上最も美しい『ミヤマクワガタ』を発見しようと躍起になっている夏休みの真っ只中だった。身丈に合わないデカすぎる麦わら帽子を被り、日陰の芝生の上に寝転がっていたカズは、ニンテンドーDSにかじりつきながら1人奇声を発していた。やばい状況に出くわしたと思った私は、カエルを呼び出して警察を呼ぶよう促した。
呆気に取られている私の横で、カエルに話しかけている私を見ながら、「ウワッ!!」という大声を上げてカズはその場に硬直していた。
カズは爬虫類や両生類が大の苦手だったのだ。
「な、何だよお前!!」
なんだとはなんだ。
それはこっちのセリフだと言いたかったが、化け物を見るような目でこっちを見るから困ったのだ。私は普通の人間だし、普通の女の子。変なのはキミで、こんな公共の場で寝転がってゲームしてるだけは飽き足らず、「よっしゃぁぁ」とか「くそっ!!」とか、1人訳のわからないことを呟かないでくれるか?
「なにしてたの?」
と聞くと、彼は「どうぶつの森」をしていたと言った。確かタイトルは『とびだせ どうぶつの森』だったか?私もそのゲームはやっていたから、「あぁなるほど」と思って返答した。
が、そのゲームで奇声を発する要素なんてないはずなんだが?
「一体全体どうしてキミをそこまで感情的にさせているの?」
そう聞くと、カズは俯いて「南の島でサメが釣れないんだ…」と言った。あまりの落ち込みように、私は思わずその場で笑った。
「…くだらない」
それは至極当然な解答だった。第一印象、隠キャ。まるで絵に描いたようなガキで、色白のゲーム好きオタク。今風に言えば、そういう言い方になるのだろうか。少なくとも私は、「カズ」に対してろくな第一印象を持てなかった。最初に出会った瞬間に、直感で思ったのだ。コイツは「やばい」と。
そんな私の感情とは裏腹に、カズは私以上に驚いた表情のまま奇妙な視線を向けてきた。なんでカエルと一緒にいるの?と、彼は聞いてきたのだ。
すごく、神妙な面持ちで。
「……えっと……」
私はそれに答えなかった。答えなかったというよりも、答えを濁したと言った方が正しい。話すまでもないことだったし、話したところで所詮は意味のない会話になってしまうと思ったからだ。小学生になる頃には、世間で言う「常識」を私はある程度弁えていた。
普通の子供は、カエルと会話はしない。
カエルを連れて歩くなんてこともしない。
年相応の可愛い服を着て学校に行き、宿題をしたり運動をしたり。
学校では友達を作って、女の子らしい遊びをする。
ランドセルを背負い、登下校の道をみんなと歩いて日が沈むまでにちゃんと家に帰ること。
カエルとサリエルに教えられたこの「ルール」は、私がこの世界で生きていけるように植え付けられた「知識」だった。だから下手なことは話せないと思ったのだ。
『私は普通の女の子だ』
と、胸を張って言えるように。
「気持ち悪いから近づかないで」
まさかの発言に私は驚く。
「気持ち悪いって…、誰が?」
「キミに決まってるだろ!」
その時点で私はキレそうになった。「常識」は弁えてるとは言え、初対面の人間に「気持ち悪い」と言われて黙っていられるほど穏便ではなかったからだ。
だから言い返してやった。そっくりそのままの声量で。
「気持ち悪いのはお前だ!」
「ボクは気持ち悪くなんかない…」
「こんなところでゲームして、しかも奇声を発してるなんて、よっぽど気持ち悪いよ」
「うるさい!」
カズは怒ったようだった。しかし怒りたいのはこっちの方だった。だから容赦なくズカズカと近寄り、彼のテリトリーの中に入った。出来るだけ近い場所で反論してやりたかったのだ。なにか間違ってること言ってるか?と。
カズは泣き虫だった。喧嘩は弱いし、虫も殺せないようなやつだ。見ているとイライラする。「男の子」ならもっとシャキッとしろよと言いたくなる。肌は白いし、運動不足でガリガリ。だからあの時、同級生にいじめられてたんでしょ?
「こんなところにいたのか、カズ!」
公園でカズと口論になっている最中、後ろから声が聞こえてきた。振り向くと3人組の男子。その「3人」のことを、私は知っていた。
学校でも有名なジャイアンもどき、原田ケンスケと、取り巻き2人。クラスは違ったが、彼らの活躍はよく耳にしていた。3年生のくせに、最上級生の男子にまで喧嘩をふっかけるような連中だったから。
「ケ、ケンスケくん…」
情けない声が聞こえたと思ったら、突然ビクッとしたようにその場に立ち上がり、肩身が狭そうにもじもじし出した。
「大丈夫か?」
そう言いたい気もしたが、イマイチ状況が分からなかった。ケンスケたちはカズを探していたようだが、カズはそんな気がないようにも見えた。というより、ケンスケたちの登場に驚いているようだった。
カズはいつも弱虫だった。根っからの“いくじなし”とは、彼のことを指す。彼は学校で、「いじめられる側」のポジションに立っていた。誰かの前で自分の意見を言うこともできず、全般的に能力値が低かったために、いじめられる「対象」になるのも無理はなかった。
それはさながら、「自然の摂理」に近いものだっただろう。「オレが最強」的なやつに目をつけられるのは当然で、いとも簡単に弱肉強食の図が完成する。『弱者』はもちろんカズだ。彼は、食物連鎖のいちばん底辺に該当していた。私ですら、カズよりは上の位に位置していると思ってしまうくらいだった。カズはケンスケたちの登場を快く思っていなかった。当然だ。この時の彼は、ケンスケたちから下僕のような扱いを受けていたのだから。
「おいカズ。オレ様は喉が渇いたんだが」
その言葉にはさすがに、私も驚いた。突然何を言い出すのかと思った。喉が渇いた…?そんな事情、いちいち外に発信する必要はないだろう。それにな、ケンスケ。今は私がコイツと話してるんだ。勝手に割り込まないでくれるか?…そう言おうとしたが、後ろからカズの声が聞こえたため、静止せざるを得なかった。
「…あ、ウン」
その「声」は、声と呼ぶにはあまりにもか細く、力のないものだった。一体どうしたらそんなに小さな声が出るのだろう。蚊が鳴くよりも小さな死にかけの蝋燭の火のようなか弱い音が、鼓膜の表面をくすぐっていった。耳かきの綿の部分で皮膚を撫でられたようなこそばゆさが、そこにはあった。「人の声」で背筋が凍ったのはこの時が初めてだった。
思わず後ろを振り返った。
見ると、そこには怯えた目をしたカズの姿があった。どうすることもできず、全身を硬らせている情けない姿が。カズはケンスケたちに従順だった。だからカズが、彼らに逆らうことはできなかった。逆らおうものなら、殴られるか蹴られるかの2択だったから。だがその事情を知らなかった私にとって、この時のカズの怯えた様子は、謎めいたものに違いはなかった。
「…どうか、したのか?」
振り向いた先で私はカズに尋ねたのだ。なんでそんなに怯えているんだ…?と。まさかケンスケたちにいじめられているとは思っておらず、率直に抱いた疑問をそのまま彼にぶつける以外になかった。彼は無言で私の横を通り過ぎ、スタスタとケンスケたちの元へ近づいていった。
「早くジュース買ってこいよ」
ケンスケがカズに向かって放った抑圧的なその言葉は、友好的な感情の下に成り立つ言葉ではないことは明白だった。
ジュース買ってこいって、どういうことだ?
カズはケンスケの言葉に対して俯いたまま、困惑しているようだった。
「…ごめん、ケンスケくん。今日はお金持ってないんだ…」
「はあ!?」
はあ!?と、言いたいのは私の方だった。お金持ってないっていうのがそもそもケンスケたちにとってはどうでもいいはずだし、なぜそれを言葉にしてまで伝えたのかも状況としてよくわからなかったためだ。
大体「ジュース買ってこい」というワードが日常的に異色すぎて、それが雑音のように耳の中にこびりついて離れなかった。「いじめ」の状況に遭遇するなど、いまだかつてなかったためだ。
「姫さま、彼は困っておいでですぞ」
「困ってるって言ったって、私にどうしろと…?」
「助けてあげては?」
「助ける!?私が??」
「ええ」
助けるって言ってもだな。私はコイツに義理はないし、見てるだけでも気持ち悪い。お前だって今コイツに悪口言われたばっかじゃないか。「気持ち悪い」って。
「王族の人間たるもの、弱きものを助けないでどうします?」
都合良く王族王族って言わないでくれるか?私には私なりのペースってものがあってだな。
「早くしろよ!!」
ケンスケは人目も憚らずカズのことを怒鳴り散らかした。そんな急に大きな声を出すなよ。ビックリするだろ。
ドカッ
お金がないと訴えているカズめがけて、蹴りが飛ぶ。
…おーおー。派手だねえ。白昼堂々野外でプロレスごっこですか?やるならやるで、地面には気をつけたほうがいいぞ?怪我しても知らないからな。
「お嬢様!」
わかってるって…。弱きものは助け、“悪”を挫く、でしょ?ただの子供の喧嘩じゃないか。なんで私がコイツらの面倒を見なきゃならんのだ……。のんびり抹茶を嗜もうとしている時に。
「ケンスケ。そこらへんにしといたほうがいいぞ?」
「あぁ!?」
「あぁ、じゃなくて、カズが嫌がってるだろ」
ケンスケは顰めっ面のまま、ズカズカと私の方に歩み寄ってきた。俺に喧嘩売ってんのか?そう言って、背の低い私のことを見下ろす。聞こえなかったようだから、もう一度促した。そしたらバッと片手で突き飛ばされ、「女子だからって容赦しねーぞ、俺は」と言ってきた。
まさかの展開にビックリしてしまった。突き飛ばされるとは思わなかった。…と言うより、
「大丈夫ですか?!お嬢様」
…大丈夫なわけがないだろ
私の…
私の…
抹茶フラペチーノが!!!!!!!
「俺はケンスケに用があるんだ。こっちが終わったら次はお前だ」
「…待て」
「あぁ??」
「どうしてくれるんだ?」
「どうするって、何を?」
「この“惨状”をだ。見えないか?この状況が」
ちょっとやそっとのことじゃ私も腹が立たないが、突然起きた現実を直視できなかった。まだ半分しか飲んでなかった。しかも、“グランデ”だぞ?500円以上もする至高品が、地面にこぼれてしまったのだ。カップから飛び出した緑色の液体が、修復不可能な惨状を物語っていた。
「…お、お嬢様?」
どうやら、状況が変わってしまったようだな。話し合いで片をつけるつもりだったが、わからせてやる必要があるらしい。
「なんだよ、話は後でするって…」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
ケンスケが何か言ってるが、関係なかった。怒りで頭が回っていなかったのだ。私は魔力を使い、“戦闘モード”に移行した。
「お嬢様!!魔法を使ってはなりません!!!」
カエルが何か言ってるが関係ない。突き飛ばされるのはまだしも、至福のひと時である「抹茶タイム」を邪魔されたのだけはどう頑張っても抑えきれない。
「…ちょ、何!?」
公園の木々が風に揺れる。ケンスケたちの服も同様、バタバタと波打ち始めた。私の「魔力」は王族きってのものだ。そんじょそこらの魔物だか魔法使いだとかの「純度」とは比べ物にならないほどの差がある。魔力の展開によって風や地響きが湧き起こるのは無理もなかった。その気になれば、町1つ破壊することくらい…
「お嬢様!!」
「わかってるって」
何も子供相手に本気を出そうってわけじゃない。人を傷つけることは御法度。それはサリエルから痛いほど言い聞かされてきた。それがたとえ「悪者」であろうと、例外なしだ。
だがな…
人ってものは、やっていいことと、やっちゃいけないことがある。それはカエル、お前もわかるだろう?それにな、ケンスケみたいなタイプは一度思い知らせてやるくらいが丁度いいんだ。自分が一番強いと思ってる奴ほど、足元の現実を見た時に思い知る。
「言葉」じゃわからないんだ。
だから——
空気撃
私は全ての魔法属性を扱える。
まあ、その中でも向き不向きはあるが、簡易的な魔法なら造作もない。
【風】
体内の魔力を血中の内側に巡らせ、魔法流域を形成する。各属性に応じて使用する魔法量や“練度”が違うが、下級魔法程度なら範囲を絞るまでもなかった。
拳に力を込め、グッと腰を落とした。驚かしてやるつもりだったんだ。公園の立地は丁度よかった。目の前には広大な海と、空。広い敷地のおかげで、通行人もそんなにいない。頭には血が昇っていたが、周りが見えなくなるほど冷静さを欠いていたわけではなかった。
ただ、“一個”のことを除いては。
あの当時、私は修行に明け暮れていた。
小学校に入学して以来、ひょんなことから魔法を発動してしまう癖があり、その度に先生を驚かせたり、周りの友達を危険に及ばせてしまうことがあった。そんな私を危惧したカエルは、サリエルと共に1から魔法の基礎を学ばせることにした。放課後の後、日が沈むまで近くの空き地でひたすら汗を流した。
気づいていなかったのだ。
修行を重ねたことで、自らの魔力効率(出力量)が成長していたことに。
公園の木を軽く揺らしてやろうと考えていた。
それでも驚かないなら、宙に浮かすか幻覚でも見せて、強制的に謝らせる。
なんにしても、大事にするつもりはなかった。
軽く放ったつもりだったんだ。
ほんの少し腹に力を入れ、肩甲骨を捻っただけ。
まさかそれで、「海」の形が変わるとは思わなかった。
ドォォォーーーーーーーーーーーーーォォォォォォォォ…
ッバシャァァァァン…
エア・シュート。
半年前までは、せいぜい木を一本倒すくらいが関の山だった。木といっても大木じゃなく、そこら辺に生えてる細い街路樹程度。それでも人間に放ったら十分危険ということで、“出力の強さをコントロールできるように”と、サリエルにちょっとした「コツ」を教わっていた。木の葉を揺らす程度のものから、木の幹を粉砕できるくらいのもの、数字に表すと大体1から20くらいまでの強弱の幅が、練習のおかげで身についていた。
「魔法」は精神力と肉体の中間にある『原子力の強さ』そのもの。従って、単純にエネルギー量が大きいだけでなく、ミクロ単位の繊細な部分も磨いていかなければならない。
——そう、教わり。
「嘘…でしょ…」
ものすごい音が周囲に響き、地震のような振動が公園の敷地内を襲う。
的は外していた。
万が一のことがあってはならない。
驚かせるとは言え、怪我をさせようもんならサリエルにシゴキ倒される。
だからかなり離れた位置に焦点を当てていた。
なんなら、5mくらいは離して。
拳を前に突き出すと同時に、迸る魔力。サンダルの紐がちぎれ、凹む地面。全身の筋肉が弾むのがわかった。重心を下げた拍子に空気が動き、草木が蹌踉めく。
ザッ
瞬間的に沸騰する熱。足元からよじ登ってくるエネルギーが、瞬く間に全身を駆け疾る。拳の先で解放された魔力は、自分の意識の遥か後方まで滑らかに飛び出していった。最小の動きの中にわずかな“回転”を加えただけだった。
それがどうだ。
魔力が放たれたと同時に周囲に衝撃波が伝播し、ケンスケたちの足が浮く。フワッと体ごと持ち上げられた後、尻餅をついていた。
その後だ。
公園の柵が粉々に吹き飛び、その先にある海面が、ミサイルを撃ち込んだように巨大な水飛沫を上げたのは。
「あわわわわ…」
ケンスケたちは私を化け物を見るような目で見ていた。
無理もない…
自分でも驚いたんだ。
まさか、あそこまで魔法の出力が自分の意識と乖離しているとは思わなかった。
あの後カエルにはこっぴどく怒られた。
人前で魔法を使ってはいけないだとか、いついかなる時も「暴力」の“手段”にしてはいけないだとか、まあ、そんな感じ。
サリエルには言わないでおいてくれた。カエルなりの気遣いだったのだろう。あの時のことは感謝している。私の代わりに柵の修理のことだったりとか(魔法を使って人間に化け、謝罪と修理費の計上を行ってくれた)、抹茶フラペチーノをもう一度買ってくれたりとか、諸々。
あの後どうなるかと気が気じゃなかったんだ。せっかく買い直してくれたフラペチーノもほとんど味がしなかった。サリエルに「殺される」という予感が、頭の中によぎっていたから。
あの日からだった。カズが、私を“スーパーマン”だと言い始めたのは。
ケンスケたちは私を怖がっていたが、カズは違った。尻餅をつき、怯えた目でケンスケたちが退場していった後、その向こうでキョトンと目をまん丸にした彼が、私のことをじっと見ていた。
ポケーっと口を開けたまま、怖がる素振りもなく。




