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片岡商店


■ 片岡商店



片岡商店は、神奈川県鎌倉市小町通り商店街の脇道に店を構える、創業三十年を超える大衆食堂である。


最寄り駅は鎌倉駅。東口を出て観光客で賑わう小町通りを数分歩き、土産物屋と甘味処の間にある細い路地を入ったところに、古びた木製看板が見える。


看板には、白く擦れた文字でこう書かれている。


『片岡商店』


店名だけを見れば、乾物屋か雑貨屋のようにも思える。だが、暖簾をくぐると、まず鼻先をくすぐるのは、鉄板で焼けるソースの香ばしい匂いである。


店の外観は、観光地の華やかさとは少し距離がある。黒ずんだ木枠の引き戸、年季の入った赤い暖簾、軒先に吊るされた風鈴、入口横に置かれた丸椅子、手書きのメニュー札。観光客向けに飾り立てた店ではなく、長年この土地で暮らす人間が、当たり前のように通い続けてきた店である。


店内は広くない。


四人掛けのテーブル席が三つ、二人掛けの席が二つ、奥に鉄板付きのカウンターが六席。満席になっても二十人少ししか入らない。昼時には近所の商店主、配達員、工事関係者、地元の高校生、観光帰りの夫婦などが入り混じり、狭い店内に湯気と会話と笑い声が満ちる。


床は古い板張りで、ところどころ色が濃くなっている。壁には昔の鎌倉の写真、地元少年野球チームの集合写真、祭りの半纏、常連客が置いていった土産物、平木隆二が若い頃に使っていた包丁の写真などが飾られている。壁掛け時計は少し進んでおり、世津子はそれを直そうとしない。


「店は五分早いくらいがちょうどいい」


というのが、彼女の口癖である。


片岡商店の創業者は、平木隆二である。


隆二はもともと大阪の下町で育った料理人だった。若い頃は定食屋、旅館、居酒屋、ラーメン店などを転々とし、料理のジャンルにこだわらず腕を磨いた。包丁一本でどこでも生きていける男だったが、四十歳を前にして鎌倉へ移り住み、小町通りの外れに小さな食堂を開いた。


それが片岡商店の始まりである。


なぜ「平木食堂」ではなく「片岡商店」なのかについては、いくつかの説がある。


一つは、隆二の母方の旧姓が片岡だったからという説。


一つは、開業前にその場所で片岡という老人が荒物屋を営んでおり、看板だけを譲り受けたという説。


もう一つは、隆二が「食堂」と名乗るのを嫌がったからという説である。


隆二は、店を単なる飲食店ではなく、街の人が飯を食い、話をし、困った時に立ち寄れる場所にしたいと考えていた。商いとは品物を売ることだけではない。人の居場所を作ることもまた、商いである。だから「商店」という名前を残したのだと、世津子はよく語る。


開業当初の片岡商店は、何でも出す店だった。


カレー、オムライス、焼きそば、ラーメン、チャーハン、餃子、うどん、そば、親子丼、カツ丼、生姜焼き定食、アジフライ、焼き鳥、肉じゃが、ポテトサラダ。冷蔵庫にある材料と客の腹具合に合わせて、隆二は何でも作った。


その雑多さが、かえって地元の人間には好まれた。


小さな子供には甘めのオムライス。腹を空かせた学生には大盛りカレー。酒を飲みたい職人には牛すじ煮込み。観光客には鎌倉野菜を使った定食。夜遅くに来た独り身の老人には、消化のいい卵雑炊。


隆二は客の顔を見るだけで、その日何を食べさせればいいか分かるような男だった。


だが、片岡商店を本当の意味で有名にしたのは、お好み焼きである。


隆二のお好み焼きは、見た目だけなら特別派手なものではない。ふっくらと丸く焼かれた生地に、濃いめのソース、細いマヨネーズ、青のり、鰹節。中心には刻みネギが散らされ、横には紅生姜が少し添えられる。


しかし一口食べれば、ほかの店とは違うことが分かる。


片岡商店のお好み焼きは、キャベツが主役である。


細かく刻みすぎず、粗すぎず、火が通った時に甘味と歯応えが残る寸法に切られる。使用するキャベツは季節によって変わる。春は柔らかい春キャベツ、夏は水分の多い高原キャベツ、冬は甘味の強い寒玉。仕入れ先は湘南台の八百屋と、三浦方面の農家が中心である。


生地はやや硬めに仕込まれる。


小麦粉、出汁、卵、山芋、少量の牛乳。出汁には昆布、鰹節、干し椎茸が使われる。生地そのものは重くならないよう調整されているが、焼いた時に崩れない芯の強さがある。外側は香ばしく、中はふわりと軽い。


具材の中心は牛すじである。


隆二は牛すじを下茹でし、余分な脂と臭みを抜いたあと、醤油、酒、砂糖、生姜でじっくり煮込んだ。味は濃すぎず、しかし噛むほどに旨味が出る。お好み焼きの中に混ぜ込まれた牛すじは、キャベツの甘味と混ざり合い、口の中で深みを作る。


仕上げのソースは、片岡商店独自の配合である。


市販の濃厚ソースをそのまま使わず、果物、醤油、味噌、煮切り酒、香辛料を加えて寝かせる。甘味の奥にわずかな酸味があり、後味に焦がし醤油のような香ばしさが残る。観光客は「懐かしい味」と言い、地元の客は「片岡の味」と言う。


このお好み焼きは、いつしか店の看板になった。


隆二の死後、店を守ったのが妻の平木世津子である。


世津子は六十歳。小柄で、少し腰が曲がっているが、目つきは鋭い。白髪混じりの髪を後ろで結び、いつも紺色の割烹着を着ている。言葉はぶっきらぼうで、客に対して必要以上に愛想を振りまくことはない。


「食べるなら座んな」

「水はそこ」

「残すんじゃないよ」

「足りなきゃ言いな」


これが世津子の接客である。


初めて来た客は少し驚くが、何度か通えば、それが世津子なりの優しさだと分かる。常連の好みはすべて覚えている。ネギ抜き、ソース少なめ、米大盛り、紅生姜多め、猫舌の客には少し冷ましてから出す。学生には黙って量を増やし、金が足りない顔をしている子には「ツケとく」と言う。


ただし、甘やかしはしない。


働かない者、食べ物を粗末にする者、店内で威張る者には容赦なく怒る。酔って若い女性客に絡んだ男を、熱々のコテを片手に追い出したこともある。近所では、世津子を怒らせるくらいなら警察に怒られた方がましだと言われている。


片岡商店は、世津子一人で回すには重い店である。


朝は仕込みから始まる。キャベツを刻み、牛すじを煮込み、出汁を取る。昼は定食とお好み焼きで客が入る。夕方には学生や近所の家族連れが来る。夜は常連が酒を飲みに来る。


かつては隆二が厨房に立ち、世津子が接客と会計を担当していた。夫婦二人でちょうどよく回っていた店だった。しかし隆二が亡くなってからは、世津子が調理も接客も仕入れも経理も一人で抱えるようになった。


メニューは少しずつ減った。


ラーメンは仕込みの手間がかかるためやめた。餃子も夜だけになった。カツ丼や焼き鳥も提供日を絞った。今では、お好み焼き、焼きそば、牛すじ煮込み、豚玉、ミックス玉、ネギ焼き、日替わり定食、簡単なつまみが中心である。


それでも客は来る。


片岡商店には、味だけではない力がある。


学校帰りに腹を空かせた高校生が来る。商店街の人間が昼飯を食べに来る。昔からの常連が酒を飲みに来る。観光客が偶然入り、店の古さと味に驚いて帰る。近所の子供が祭りの日に水をもらいに来る。困った時、誰かがふらりと寄る。


店には、街の記憶が染みついている。


セラが片岡商店と出会ったのは、偶然だった。


夏の夕方、道に迷ったわけではない。空腹だったわけでもない。正確には、腹は減っていたが、それはいつものことだった。彼女はただ、ソースの匂いに引き寄せられた。


小町通りの賑わいから少し外れた路地で、鉄板の上で何かが焼ける音がした。


じゅう、という音。


甘く、濃く、香ばしい匂い。


その匂いは、王城の食卓にも、アパートの台所にも、コンビニのナポリタンにもないものだった。セラは足を止め、暖簾の奥を覗いた。


中にいた世津子は、彼女を見るなり言った。


「食べるのかい、見てるのかい」


その一言が、始まりだった。


最初に食べたのは、豚玉だった。


熱々の鉄板の上で、ソースが泡立っていた。鰹節が踊り、マヨネーズが白い線を描く。セラはコテの使い方も分からず、箸で端を崩して口に運んだ。


その瞬間、彼女は黙った。


キャベツの甘味、豚肉の脂、出汁の香り、ソースの酸味。見た目は庶民的で、豪華とは言えない。けれど、腹の奥にまっすぐ届く味だった。


王族として生まれたセラにとって、食事とは本来、整えられた皿の上に出されるものだった。形式があり、順序があり、作法がある。だが片岡商店のお好み焼きは違った。鉄板の上で音を立て、湯気を上げ、食べる者の腹に向かって一直線に届く。


セラはその時、初めて思った。


自分も、誰かにこういうものを作ってみたいと。


それから彼女は、店に通うようになった。


最初は客として。次に皿洗いを手伝う者として。やがてキャベツを刻むようになり、出汁の取り方を教わり、鉄板の温度を見分けるようになった。


世津子は簡単には褒めなかった。


「遅い」

「厚い」

「混ぜすぎ」

「火を怖がるな」

「客の腹を見な」

「料理は見栄で作るんじゃないよ」


セラは何度も怒られた。


王女である自分に向かって、ここまで容赦なくものを言う人間は珍しかった。カエルやサリエルとは違う。世津子はセラを王女として扱わない。ヤンキーとしても扱わない。奇妙な髪の外国人としても扱わない。


ただの腹を空かせた子供として扱った。


そして、働くなら働けるように鍛えた。


それがセラには心地よかった。


片岡商店には後継ぎがいない。


隆二と世津子の間には子供がいなかった。親戚はいるが、誰も店を継ぐ気はない。小町通り周辺の地価は上がり、古い飲食店を続けるには厳しい時代になっている。観光客向けの新しい店は次々にできる。洒落たカフェ、映えるスイーツ店、海外客向けの土産物屋。古い大衆食堂は、街の流れから少しずつ取り残されている。


世津子自身も、年齢には勝てない。


手首は痛む。膝も悪い。長時間立つと腰にくる。鉄板の前に立てばまだ気丈だが、閉店後に椅子へ腰を下ろす時、彼女は小さく息を吐く。


セラはそれを見ている。


だから、店を継ぎたいと思うようになった。


それは同情だけではない。


片岡商店は、彼女にとって初めて「帰る場所」と呼べる場所だった。王国は遠すぎる。アパートは生活の場ではあっても、どこか仮住まいの匂いがした。学校は居場所であると同時に、噂と視線に満ちた場所だった。


けれど片岡商店では違う。


鉄板の前に立てば、髪の色も、王族の血も、呪いも、噂も関係ない。客が求めているのは、美味いものだ。腹が減っている人間に、温かいものを出す。それだけでいい。


セラにとって、それは救いだった。



片岡商店の一日は、午前九時から始まる。


世津子は裏口から入り、まず店内の窓を開ける。湿気を逃がし、鉄板を確認し、前日に磨いたコテを並べる。鍋に火を入れ、牛すじの煮込みを温め直す。出汁を引き、味噌汁の具を刻み、米を炊く。


午前十一時半に暖簾が出る。


昼の客は早い。近所の店員、郵便配達員、タクシー運転手、観光案内所の職員。十二時を過ぎると一気に混む。注文は短く飛ぶ。


「豚玉一」

「焼きそば大盛り」

「定食、米少なめ」

「牛すじ、あと瓶ビール」


世津子は無駄なく動く。


鉄板の上に油を引き、生地を落とし、丸く整え、具を置く。タイミングを見て返す。返す時に余計な力を入れない。押しつぶさない。中の蒸気を逃がしすぎない。焼き上がりの匂いが変わる瞬間を逃さない。


セラが最初に苦戦したのは、ここだった。


彼女は力が強すぎる。


コテを握れば生地を潰し、混ぜればキャベツの水分を出しすぎ、返せば勢い余って形を崩す。魔法なら町を揺らせる彼女が、直径十数センチのお好み焼きを綺麗に返せない。


世津子は言った。


「強けりゃいいってもんじゃないんだよ」


その言葉は、セラの胸に残った。


片岡商店の料理には、力よりも加減がいる。


キャベツを潰さない手。

生地を混ぜすぎない我慢。

鉄板の熱を読む目。

客の顔色を見て焼き加減を変える勘。

忙しい時でも焦らない呼吸。


セラが学んでいるのは、単なるお好み焼きの作り方ではない。


自分の力を、誰かを満たすために使う方法である。


店の奥には、小さな住居スペースがある。


六畳の和室、台所、風呂、古い仏壇。仏壇には隆二の写真が飾られている。写真の中の隆二は、白い調理服を着て、少し照れくさそうに笑っている。世津子は毎朝、水と線香を供える。


「今日も店、開けるよ」


それが彼女の挨拶である。


セラはその姿を何度も見てきた。世津子がどれほど店を大切にしているかも、どれほど隆二を想っているかも、言葉ではなく日々の動作で知っている。


片岡商店は、世津子にとって夫の遺した店である。


同時に、街に残された灯でもある。


派手な利益は出ない。忙しいわりに儲けは薄い。修繕費はかさむ。鉄板も換気扇も古い。保健所の基準に合わせるため、いずれ厨房設備を入れ替えなければならない。後継者がいないまま数年が過ぎれば、閉店を選ぶしかない可能性もある。


それでも世津子は店を開ける。


「食べに来る人がいるうちはね」


そう言って、毎日暖簾を出す。


片岡商店の常連には、それぞれの席がある。


入口に近い二人席は、近所の花屋の老夫婦がよく座る。カウンターの右端は、無口なタクシー運転手の定位置。壁際の四人席は、放課後の学生たちが占領する。セラが手伝うようになってからは、彼女のクラスメイトたちがそこに座ることも増えた。


店には規則が少ない。


ただし、食べ物を粗末にしないこと。

人に迷惑をかけないこと。

世津子の手が足りない時は、水くらい自分で取ること。


それだけ守れば、誰でも客でいられる。


金持ちでも貧乏でも、観光客でも地元民でも、子供でも老人でも、ヤンキーと噂される女子高生でも、王女でも。


片岡商店は受け入れる。


セラが夜中に家の鉄板でお好み焼きを焼くようになったのは、世津子の味に近づきたかったからである。


キャベツの切り方。

生地の粘り。

牛すじの量。

焼き時間。

返す角度。

ソースの塗り方。


どれも簡単そうに見えて、同じにならない。世津子の手元を真似しても、味が違う。火加減を合わせても、食感が違う。レシピを聞いても、肝心なところで世津子は「匂いで分かる」と言う。


セラにはそれが悔しかった。


魔法なら理屈がある。術式があり、魔力の流れがあり、属性の相性がある。だが料理は違う。数字にできない。教科書通りにいかない。昨日と今日のキャベツで水分が違う。客の体調でも美味しさは変わる。


勉強が苦手なセラにとって、料理は不思議な学問だった。


数学より分からない。

歴史より覚えることが多い。

魔法より繊細だ。


それでも、彼女はやめなかった。


片岡商店を継ぎたい。


その気持ちは、日に日に強くなっていった。


世津子は、最初その言葉をまともに受け取らなかった。


「高校生が何言ってんだい」

「店なんか継ぐもんじゃないよ」

「遊べるうちに遊びな」

「料理は好きだけじゃ続かない」


そう言って取り合わなかった。


だがセラが何度も通い、手伝い、失敗し、怒られても翌日また来るうちに、世津子の態度も少しずつ変わった。


ある晩、閉店後の鉄板を磨いているセラに、世津子は言った。


「本気なら、まずキャベツを千個刻みな」


それは許可ではない。

試験でもない。

ただ、入口だった。


セラはそれを真に受けた。


それ以来、彼女の生活は片岡商店を中心に回り始めた。


学校へ行き、授業中に眠り、放課後に店へ向かい、仕込みを手伝い、帰宅後に練習する。部活は休みがちになり、友人たちには心配され、カエルには小言を言われる。それでもセラは、鉄板の前に立つ時間を削ろうとはしなかった。


片岡商店には、彼女の未来があるように思えた。


王国へ帰れるかどうか分からない。

呪いが解けるかどうかも分からない。

十八歳の誕生日が近づけば、何が起きるか分からない。


それでも、今日焼く一枚のお好み焼きだけは、目の前にある。


キャベツを刻めば音がする。

生地を混ぜれば重さがある。

鉄板に落とせば匂いが立つ。

客が食べれば、顔が変わる。


それは確かな現実だった。


片岡商店は、古い店である。


だが、ただ古いだけの店ではない。


誰かが腹を空かせて来る。

誰かが疲れて座る。

誰かが泣きそうな顔で暖簾をくぐる。

誰かが笑って帰る。


その繰り返しで、三十年続いてきた店である。


セラにとって片岡商店は、単なるお好み焼き屋ではない。


王女でもなく、ヤンキーでもなく、呪われた子供でもなく、ただ一人の人間として立てる場所。


力の使い方を学ぶ場所。


帰れない故郷の代わりではなく、この世界で自分が選び取った、初めての居場所である。


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