エクストラ エピソード1
有名無実な国連が解体され、新国連が設立したからの社会は、国が国民を細かく管理していく体制に変わった。
とは言え、独裁的な社会ではなく、進学、職業選択、婚姻などがAIによって最適なものが選択される、ある意味平等な社会になった。
社会の主役は個々人ではなく、AIに変わったが、そのAIを保守する仕事は必要不可欠なものとして存在することになる。
機械知特別対策室は、国内のAIが関係する様々なトラブルを解決する政府機関だが、その仕事に就く者も、希望者ではなく、AIによって選抜された者だった。
「ごめんください」
七月の気候に羽織るには暑苦しそうな、使い古されたコートを着た無精ひげの中年ふうの男性が、郊外にある一軒家のドアを叩いた。
「?‥‥出てこないな‥‥‥ここでいいはずなんだが‥‥」
「ミナセさん、住所は合ってるんですよね?」
「多分な」
ミナセと呼ばれた男性は、ボサボサの髪をかいて、タブレットで住所と現在地を確認した。
呼びかけたのは黒髪の女性で、去年に機知特別対策室に入ったばかりの新人だった。いつも眠そうな目と、変わらない表情から、人間でありながらAIドールと呼ばれている。
=はい、中条です=
しばらくして返事が返ってきた。だがこれは家主の声ではない。
一人暮らしの高齢者の為に国が支給したAI端末の共通ボイスだ。
「機械知特別対策室の方から来た者ですが」
そう言うと新人はム?‥‥という声を出す。
ミナセはドアのスキャナーに、胸から下げた身分証を当てた。
ピ‥‥という音の後、緑の光が灯る。続けて新人も同じ動作をする。
=確認しました。どうぞお入りください=
ドアのロックが解除される。ス‥‥と自動で開いた。
「失礼します」
二人は玄関から奥の部屋に入っていった。
「まあまあ、お客さんだったのね。政府から通知が来てたのに、うっかり眠っていたみたいで」
奥の揺り椅子には、品の良さそうな老婦人が座っていた。
「ああ、まあ、気にしないでいいから、そのままでいいって」
立ち上がろうとした老婦人‥‥ここの家主の中条由佳を、ミナセは砕けた調子で止める。
「それで、今回伺った件なんだが‥‥実は中条さんの“コトノハ”にエラーが見つかって‥‥」
コトノハというのは、政府が配布しているAI端末の名前だった。
話しかけるだけで、必要品のネット購入から、健康管理、各種手続き、話し相手まで、高齢者の様々な生活を支援してくれる。
ログは中央と直結して管理され、フィードバックされた情報は社会全体で役立てられる。仮に故障した場合でも即座に保守要員が派遣される仕組みになっている。
ハードが故障した場合は新しいコトノハと入れ替えられることになっているが、今回の件はコトノハのプログラムのレスポンスが、予想外のもので、それはエラーに当たるかどうかが微妙なラインにあたるものだった。
「そう言われましてもねえ‥‥コトノハはいつも通りで、別におかしな所は‥‥」
本体は居間にある小さい箱のようなものだった。
「‥‥‥‥」
ミナセはチラ‥‥とだけ、その箱に視線を向ける。
もちろん外見で分かるものでもない。
持ってきた端末を広げると、そこには、コトノハのログとプログラムの動きのグラフがっ表示されている。上下の幅の範囲に治まるように作られているが、このコトノハは、それを超える日が何度か見られている。それがここ数日、その頻度を増していた。
そんなことを、この老婦人に言っても仕方がない。
「ところで一昨日の夜、コトノハに話しかけた言葉を覚えてるか?」
「一昨日‥‥そうねえ‥‥色々と話したような気もするけど‥‥」
老婦人は首を傾げる。
「もうすぐ、亡くなった主人の三回忌だから、コトノハには、その辺を話したかも」
「どんな事を?」
「‥‥ほら、今夜は七夕でしょ。その時の飾りつけで色々話してて‥‥」
庭には竹が飾り付けられている。
机の上に置いてある紙は、何かの願いを書く為に準備したものなのだろう。
老婦人の願いは何なのか‥‥紙にはまだ何も書いていない。
「‥‥なるほどな」
ミナセは端末を閉じた。
「特に異常はないみたいだな‥‥そろそろお暇する」
「え?」
新人の女性は驚いたようだった。
「ちょっと、ミナセさん、まだ‥‥」
「いいんだ。帰るぞ」
半ば強引に話を打ち切って老婦人の家から出た。
車を止めた駐車場までの道すがら、ミナセはポケットからライターを取り出し、口にタバコをくわえて火をつける。
「まだ聞き取りの半分も終わってないんじゃ‥‥」
「そうだな」
コトノハは使用者に適応するAIだ。その結果、予想もしないバグが生まれる可能性がある。それが露見したらただちにAIは初期化される仕様になっている。
「まあ、いいじゃないか。今は何も起こってないわけだしな」
「起こってからだと、所長に怒られませんか?」
「だろうな」
「?」
ミナセは肩をすくめて、今は高額税の対象の嗜好品となったタバコを口から離して、ゆっくりと煙を吐いた。




