♢37.ワンウェイ
お久しぶりです。ページの最後の方に一級イラストです。
「ライベリー!だ、大丈夫?何したの、なんか、こう、体調悪そうだよ……」
わーいと呑気に喜んでいたジャラは、真横で膝から崩れ落ちたライベリーに仰天した。
先程から目から流血したり、ふらついたりと様子がおかしかったが、一体何をしたというのか。意識はあるようで、全力疾走した後のように息を切らしている。かといって平気そうにも見えなかった。
「いや、ちょっと……眼、の誤用……」
「眼?トゥルーアイのこと?誤用って?ねぇ大丈夫?」
「ま、待って……待って……」
矢継ぎ早に飛んでくる質問と、今にも手放してしまいそうな意識と葛藤しながら息を整える。目元を拭ってみれば、白い袖が真っ赤に染まってじわりと広がった。また近所の冴えない服屋で新調しなければいけないのかと少し白けていると、不思議なことに体調が上方修正される。まぁそれは気の所為だったようで、赤い血がぼたぼたと地面に滴っていった。ここまでくると、何よりも感心の方が勝つものだ。
「うお、やっべ。だらだらじゃん」
「わー血だ!後でウルに治してもらお!」
「万能かよ」
興味津々な様子で袖を引っ張られ、なんとサイコパスなのだろうと呆れてくる。年齢を考えれば仕方ないのだろうか。よくクオン達と同じ学年に編入できたものだ。
まぁ教師を脅したのは、紛れもなく一級三人という末恐ろしいメンツなのだが。
ふと地面に円に散らばった血痕を見やると、もうすっかり乾いており、真っ黒に固まっていた。円はドレスが回転した痕だ。
アリス達はまだ強力な異形の身体を振り回すだけの素人だったが、これが人ビトを狩り慣れている異形だったら危ないところだったろう。長期戦になれば腕の一本や二本、持っていかれたかもしれなかった。となれば潜入は続けられないから、教師が立て続けに辞職ととなり、妙な噂が立ちかねない。「つかアイツら何してんだ?」という言葉に、ジャラは首を傾げるばかりだった。
__にしても、いかに異形とは言え、花嫁の首を刈り取るというのは気分が悪い。せめてもの置き土産なのかもしれないが。
「あー……こんだけ規模のデッカイ異形だと、協会も察知してそうだなァ。まぁレイヤーずれてるから大丈夫かねぇ」
「観測課ってところ?」
「そーそー。レーダー回して異形とか超常とか、それこそマガとかの観測してんの。規模がデケェと、俺らに討伐任務が下りるワケね」
「へー、発案者頭いいね!あッ」
「あ?」
ジャラの間抜けな声に怪訝な目を向けると、眼が灯っていたので、どうやら来たらしい。随分と遅いご到着である。
「ライ__ライベリー!?どうしたのそれ……?」
屋上の入口から、顔を合わせるなりノイズが顰めっ面を見せ、クオンはこちらを二度見し目を瞬かせていた。ウルはその横であらあらと苦笑していが、飛びついてきたジャラを反射的に避けて転ばせていた。
ひとまずジャラが言った通り、ウルに傷__といってよいかわからないが治してもらいながら、軽く状況を説明した。
「えー……それ結構危険じゃん。いくら使用法に穴のあるオリアビと言えどさ」
「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うじゃん?」
「知ってる!トラ!」
「そう、物知りやな。てかボロボロやん、阿呆か。まぁ殺せたしええか」
「いいのかよ」
素早い掌返しに肩を竦める。
「んで、そっちは何してたワケ?虎子を得るには猟師が少なかったんだけど」
「胡散臭い情報屋と推理ごっこ。例の神獣ってマガの成体らしい」
「はぁッ!?」
「天使が育ててるらしいよ。学園では成育目的より、静養とかかもしれないし」
「はぁ……?」
その他色々説明を受けて、遂に思考回路が音を立てて切れてしまった。つまり事実を事実として脳内に入力し、そのまま処理せず保存したのだ。随分素直に話を聞いていたからか、クオンに怪訝な眼を向けられた。
「なるほどね。つまりヤバイと」
「そーゆーことやな」
「ノイズー疲れただっこして」
「おーおいで」
「ねぇウル、ジャラの年齢っていくつって?」
「11のはずなんだけどねぇ……」
「無理あるって」
少し検討した上で、形骸者の話は持ち帰って壱鬼と共有することにした。
あちらも何かしら情報を掴んでいるかもしれないし、つい先程知ったばかりの未知の話なので、下手に勘繰っては穿ちすぎるだろう。
そして、第二の目的としては、当初から校長の暗殺があった。
しかし、今のところ校長らしき姿は誰も見かけていない。それどころか、教職員や生徒の話に聞き耳を立てていると、何かしら重要な日以外は学園に現れないらしい。怪異か何かなのだろうかと恨めしい重いが頭痛に加担する。
ライベリーは「近日中にあったか?”重要”な日って」と、懐から出したタイムスケジュールをまじまじと眺める。
「ないなー……少なくとも二週間以内には。ショック〜」
「でもさ、どうせ今の校長殺してもまた新調されたら意味ないでしょ?そこはどうするのー?」
それもそうだ。
大前提、校長の暗殺だって単なる推論だ。天使側が寄生しているだけかもしれない__と考えかけて、数多の行方不明者の隠蔽を思い出す。120名分の失踪届けを出さずに無傷で済んでいるのは明らかに人技ではない。教師陣、それも地位がある人間の強力が必要になるだろう。__それこそメモワールフィルムの熟練者なら可能性はあるが、限りなくゼロに近い。はっきり言って不可能だ。
つまり件の話は、人間と人外、双方の協力関係が成立している。
その点でジャラの指摘は正しかった。
どうしたものかとうんざりした顔で考えていると、クオンが「それはないよ」と眉を顰める。
「だから、学園は使い捨てかもしれないじゃんって。天使の動向が短絡的すぎるでしょ、もう此処にはあまりいないかもしれないし」
「あぁ……」
そういえばそんな話もあった。
天使の潔さからして、さっき聞いた話通りこのファルベ学園はワンウェイ拠点だったのだろう。
それにマガの成体など、聞いたこともないし発想すらもなかった。それだけ貴重な存在ともとれるし、成育場所ならもっと希少のはず。いかに天使が合理性の塊だとしても、逃げの一手をとることは決してありえない。ましてやトライアングルというだけで撤退するなど以ての外だ。
やはり形骸者の用も終えた上で、この学園が不要となったという線が濃い。
「やっぱり形骸者は病気だったのかなぁ。怪我かも?」
「傷病……虚無がか?それに、マガと比較しても形骸者の方がパラメーター高水準やろ、多分」
言外にトライアングル武器が有効か訝しむノイズに、ウルは「それは大丈夫だと思う」と明後日の方を見て、物思いにふけるように言った。
「質は多少変質していても、万物を断つトライアングル武器の前には無意味だよ。ソレ割と伊達じゃないからね」
「へー!じゃあ負傷の可能性は十分あるってことか__」
ライベリーは納得したように大きく頷いてから、また浮かない目に戻る。「それって虚無か?」という疑問が、ノマドを除く彼らの頭の中に巣食っていた。ウルはそれを察したのか、一瞬躊躇ってから口を開く。
「……まぁ、虚無と言ってもこの世界の話だからね。この世界の虚無、それも独立した生命体として__簡単に言えば、クラウドドライブだよ。容量が”虚無の規模”で、データが”取り込んだ世界の情報”。総じて”色”と呼ぶけど、ソレに関しては後でジャラに聞いて」
「データ……大小の差もあるっつーコトか。それで、トライアングル武器が何かあんの?」
「あるよ。この世界の虚無どころか、万物を全て斬ってしまう武器……それっておかしいと思わない?材質も鑑定不可の最高機密を、どうして所属職員全員に惜しみなく配ってるかもさ」
その質問に悪魔は黙る。辛うじてノイスは「いやまぁ考えたことはあるけど……無意味というか、雲掴むようなもんやし」と指先で茶髪をいじりながら答えた。
ウルの言う通り、トライアングルとは不可思議な無限多面体のようなものであり、至るところに不審というか、腑に落ちない要素がある。
トライアングル武器だってそのひとつだが、すっかり自分の武器という相棒に情が湧いてしまったせいか、深く考えていなかった。いや、この期に及んで深く考えようとしなかった……が正しいだろう。
いずれ時がくるだろうとわかっていたものの、少し名残惜しい気がするから厄介だった。
しかし、ウルの答えは想定外のものだった。
「この世界のモノじゃないんだよ、その武器。別世界の材料で、別世界の文明で作られて、トライアングル武器として流通している。つまりトライアングルにもノマドがいる可能性が高い」
空気の温度が下がったような感覚に、沈黙が落ちる。
手元のこの慣れ親しんだ武器は、この世界の非含有物。今まで親しく思っていた存在が、理解を超えた異物として彼らの目に映った。
「……別世界?それってレイヤーじゃない方の」
「そう。別世界の存在だから、力を振るえば、言わばバグやエラーみたいな効果があるんだよ。空間を切るように、又は斬らないようにとかの威力や出力についてはよくわからないけど……簡単に言えば世界からの強制ログアウト、つまり斬られた対象の死を意味する。この世界のもので別世界のものを斬っても同じだけど、存在の格が負けると別世界に入った時点で消えてしまう。無生物はね」
「……アクセサリーは?」
「大丈夫、大丈夫」
クオンの言わんとしていることを理解して、ウルは慌てて答える。
「一個体として認識されるものだから。水筒の中身とか、そういうものは消えるよ。僕が保護をかければ大丈夫だろうし」
悪魔三人は微妙な顔で渋々頷いた。
世界の構成やオプションは、どうも難解だ。ウルの言い分としては、一個体として認識するがそれにも限界があるということだろう。
が、何故世界がわざわざ”一個体”を解釈するのか。まるでゲームか何かのご都合主義と似たり寄ったりではないのか。
しかしその分野に関してはまるで無知の赤ん坊同然なので、黙ったおいた。ここで余計な波風を立てると話に収拾がつかない。
「でもさ、それならトライアングルは何で大穴の隠蔽を?マガの件は同盟だけなのか、そもそも防衛本部と協会は一切無関係なのか……」
「あぁ……崩壊目論んどるのがトライアングルやとすると、わざわざ有効な武器の供給はおかしいな。邪魔になりうる他の組織とか団体排除とも考えられるけど」
「仮に全ての陰謀が同盟だけってんなら、権力分立マジ無意味じゃね。天使がこんだけ堂々と動いて捕捉されてねぇし」
「武器は崩壊に必要な小道具……?で、本命はマガではなく他の敵対勢力だったり、他世界からの輸入自体が……んー、いやでも何かさ……」
「それなら観測課っているかよ?マガは目的遂行にはうってつけ、というか繋がりはあるだろ。もっとずさんな対処の方が__」
そこまで言いかけて、大穴のことを思いだす。マガの魂、時限爆弾、そんな言葉が点と点になり、線を引いた。
「そっか!そうだよ、マガへの対処じゃねぇな……討伐自体が鍵なんだ、大穴の爆弾だよ。なんだっけ?」
「破壊の光やろ。トゥルーの事件の際に枯れて、ウルとジャラが進行遅らせてるけどまた溜まりつつあるってやつ。間に合わんかったらドカーン」
ノイズの言葉に、悪魔二人はあぁ、と不意に顔を上げる。その件は半分ほど頭から抜けていた。「それだ、破壊の__それ」クオンはダッサという言葉をようやく飲み込んで、”それ”という代名詞に全ての含みを載せた。重量オーバーにより変な意味は伝わらなかったのだから、怪我の功名とでも言えばよかろうか。
「じゃあ、マガの瘴気だけじゃ世界崩壊自体は叶わないってこと?討伐の必要姓、優先度を引き上げるために瘴気があるのかな。一刻も早く爆弾を完成させるために」
「あーはいはい!それも理由だろうな、ただ全貌がわかんねぇから他の要因も視野に入れといた方がいいな」
「せやけどさ、ぶっちゃけマガを形骸者にする意味って何なんや。絶対他にあるやろ、マガの使い道」
「あー……今のとこ当てはめられる枠なくない?考えるだけ無駄だと思うけど、ウル達は何か知ってる?」
「ソレに関しては何とも。情報収集してる途中なんだけど、結構複雑に入り組んでてまだ時間がかかるね」
ウルの意図や画策を読むつもりは毛頭ない。ほぼ徒労に尽きると何となく察しているからだ。こともなげに何かしらアクションを起こす存在、そんな認知である。
「ただ……僕らが考えるべきは形骸者ルーフの行く末と、討伐方法。正体や目的を考えても、いたずらに時間を消費するだけだと思うよ」
「行く末つっても心当たり一つもないんだよな……そもそも形骸者自体、今さっき初耳だったワケ」
「天使が介入してるなら、内在世界とか作ってるかもしれなくない?」
「あぁ……となると同盟か一翼に探り入れなあかんな。おれんとこの部隊動かしてみる?」
「リスクデカすぎねぇ?トライアングルの暗示の件考慮すると、絶対チクる奴出てくるって」
「無いと言い切れんのが苦しいな。帰ったらちょい絞めてくるか」
「理不尽な上司だね、第三部隊」
「ホントそれ〜かわいそー」
「えっ、いや……だってアイツら前科あるやん。おれの絶対的な隠蔽工作がバレたんやぞ三年前」
「お前がスパルタだからじゃね。恨み買ってんだよ」
「いやそれは、うん……え、おれが悪い……?」
「えー悪いかな?だって最近新入減ってるし、若い人間の夢追い風潮移ってるって言うじゃん。ノイズはスパルタじゃなくて、その面では古いってだけだと思うよ。勿論いい意味で」
「まぁ甘ったれ増えたよなァ最近。クオンを見習えっての、協会最年少だぜ?若者筆頭じゃねーか。ったくよ〜」
「お前ら飴と鞭達者やな。怖いねんけど」
「そのツラで言われてもな」
「もうおれを虐めないでください、泣くぞ」
「キッツ」
「泣いてえ__」
「あッ!!わかった!!」
どことなく浮かない様子で雑談に興じていたクオンが、突然顔を上げるなりそう言った。二人は驚いてその黄色い頭に目を向ける。
「だから、形骸者も元はマガってことに変わりないでしょ?マガは歪みから出てくるじゃん、でも今まで歪みの奥って調査されたことないじゃん!
__形骸者も歪みの奥の世界、つまり”マガの世界”にいるんじゃない……?」
だいぶ昔のものなので恥ずかしいのですが、一級集合では最新なので……
イラスト付きは、今後タイトルに♢つけますね。
暑いですね!しっかり水分補給してぶっ倒れないようにどうか、ご自愛ください。




