36.融合と断絶
お久しぶりです。
今まで登場した主な異形の概要を、後書きに軽くまとめました。
ちなみにジャラは40度が平熱です。
それでは、ごゆるりとお楽しみください。
私には仕方のないこと。
生きている頃はまだよかった。深く考える前に、私を縛り責め立てる時間が首を絞めるから。そうして息ができなくなり、浅瀬へ向かうと夢から覚めて朝陽が射した。
また朝が来る。
その一方、絶望が追って来た。
少し遡って、幼い頃の私には、朝の光は希望に満ち溢れたように映った。真っ白い紙が書き手を誘発させるように、まだ未知で未然の一日は私の心を想像上の楽園へと誘い、その抗えぬ引力に一度でもベッドから飛び起きれば、素晴らしい日常が幕を開ける。子供の私は親の愛を受けようと一心に努めた。今思えば、それは努力という難題には相応しくなかったのかもしれない。
あの頃が溢れんばかりの光なら、今の私は常夜の闇だ。泥沼に浸かり切った心身には気怠さが纏わりつき、目を開ければくすんだ世界が決まりきった動きを繰り返す、定型的な毎日。唯一、睡眠という一時的な解放のまやかしが救いだった。
忙しいのだ、簡単に言えば。もう追いつくことができない。私は、私は……時間さえあれば生きていけたのだと、今でも未練がましく思う。
だから、幽霊になったって構わないし、それどころか最早歓喜の極みだった。至上の喜びだ。私はもう生き急ぐことなく、全ての責務や義務から解放され穏やかに暮らすことができる。
__そして、思考の盤面をひっくり返す。
凄惨だった。
あまりの痛みに気を失いそうになっても、激痛で意識が浮上する。視界が徐々に赤く染まるのが怖くて、酷い耳鳴りがこめかみを傷めつける。こうも不自由な人間。後悔が内臓を引き摺りだし、怒りが筋肉を断裂し、慟哭が血を滲ませていく。骨が軋む音が恐怖となり、体中を支配する。
私の人生は、この地下水道の濡れた石畳を爪で削るためにあったのか?
何故脳髄を一突きに、生きた私を殺してくれない。早く殺してくれと願った。早く殺してくれと祈った。早く殺してくれと呪った。早く殺してくれとせがんだ。早く殺してくれと縋った。早く殺してくれと泣いた。早く殺してくれと、早く、殺してくれと早く殺してくれと早く殺してくれと早く殺してくれと早く殺してくれ生きたいと早く殺してくれと早く殺してくれと早く殺してくれと早く殺してくれと早く殺してくれと早く殺してくれと早く殺してくれと早く殺してくれと早く殺してくれと早く殺してくれと早く殺してくれと早く殺してくれと早く殺してくれ生きたいと早く殺してくれと早く殺してくれと早く殺して生きたいくれと早く生きたい殺し生きたいてくれと早く殺してく生きたいれと早生きたいく殺してくれ生きたいと早く殺し生きたいてくれと殺せ殺せ殺谿コ縺谿コ縺谿コ縺谿コ縺谿コ縺谿コ縺!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
あぁそうだ、もう人間ではない。
人間に戻れないのなら、その真似事をする必要だってないだろう。
「私だって生きたい」
本当に?いや、もう何を言っても変えられない。死んだ者は戻らない。私は化物だ。
ドロシー、人間なんてやめようよ。
……なんていうのは、少し欲張りかしら。
そうして執着していた、希死念慮や後悔が渦巻く塊を、荒々しい海へ手放す。腑に落ちるような感覚がすっと胸に入ってきて、入れ替わるように体温が抜けて冷たくなっていく。どこからか、夜の潮騒が響いてくる。
心臓が最後の鼓動を打ったとき、私の意識は荒海の坩堝に墜落した。
「逃げて逃げてドロシー逃げるのは貴女でしょう逃げて死んだの?ほら逃げ逃げたい逃げたい逃げたいこの世界は」「私には不向きなのでしょう」知ってるよ知ってる知ってるわかる私は此処にいるよ。ドロシー大丈夫貴女は独りぼっちで死んだりしない私は生きたくないの生きるほどの輝かしい希望も死を望むほどの絶望もない、こんな不器用で愚かしい土壺にはまった私が後に死んだのだから、先に逝ってしまった価値ある貴女も死人に口なし。
だからなんだ。
薄れた意識になお絡みつく鈍痛を悲鳴として昇華しようにも、腹筋が既に我が身のものではないから、叫べはしなかった。
だからなんだ。意味などない、こんな言葉の羅列に。何と退屈で醜い。
もう死のうドロシー、私達に言葉はいらないね。
繧ゅ≧豸医∴繧医≧繝峨Ο繧キ繝シ縲∵カ医∴繧医≧豁サ縺ョ縺?酔縺倥↓縺ェ繧阪≧縲∫ァ√→雋エ譁ケ縺ョ霎幃?繧よコカ縺代※縺励∪縺?o縲
ドロシーについての執念は特になかった。ただ、地上を照らす太陽と同義。親も同じ。
私は愛されていました。でもね、お母さん、お父さん、幸せは愛があって手に入るものじゃない。
幸せは愛に先んじるものなの。上手に生きられなくてごめんなさい。
『__……ス』
△▼ △▼ △▼ △▼ △▼
凄まじい衝撃と雪崩れる音が耳に刺さると、腰が掴まれて屋上に引き摺り出された。
風圧が髪を煽り、星の輝きひとつ窺えない真っ黒い天井が目前に迫ったような錯覚を覚える。反射的に大斧を掲げようとして、腕ごと拘束されているのだとようやく。
「__ライベリー!!」
ジャラの幼声が響く。彼は遠い所でツルハシを振りかざし、炎を滑らせていた。
__目の前の花嫁は、怨嗟を瘴気として撒き散らしていた。
白濁した目が四つ、ライベリーを捕える。アリスとドロシーの顔は本当にそっくりだったのか__二つの頭を見て、そんなことを思った。どちらも虚ろな、人間性を放棄した表情をしている。べっとりと絡みついた血が、退廃的で悍ましい異形を鮮やかに彩って醜い華々しさへ昇華させていた。
刹那、強い風が頬を殴り、彼女達が被っている薄汚れたベールを翻す。
「!!」
顔面に熱風がぶつかり、咄嗟に全身に力を入れて拘束を引き千切った。ジャラが手首を切断してくれたようだが、よくみると異形の腕は二対あり、それは肉が剥がれ骨が露わになっている。血に染まったドレスかと思っていたものは、所々生地らしきものが縫い留められた”皮膚”。裂傷から飛び吐き出される血を固めたかのように広がるウェディングドレスが、見事なピルエットで花開き渦を巻いた。
「もー!やっぱり手遅れじゃん、食べたかったのに!!」
不満げな顔でジャラは異形に凶器を振り下ろす。しかし巨大な腕が__正しくは骨が__衝撃を受け止め、次には弾かれた。その隙を突いて死角から対の腕がジャラを襲うが、ライベリーの斧がそれを阻む。刃が激突した途端、腕に重い痺れが伝わる。
硬い__!!
ライベリーのトライアングル武器が大斧なのは言わずもがな、その怪力が起因している。つまり鋼や大地さえ断裂させる彼も、”異形の性質”は軽々しく超えられない。それさえなければ、同じ硬度でも簡単に叩き割れるはずなのだが。
「ジャラ、次俺の斧に攻撃しろ!!オイタが過ぎるクソガキに”釘”打ち込んでやろうぜ!」
「はーい!燃やす?」
「燃やさない!ソレ俺も発火する!!」
ジャラの炎は想定以上に火力が高い。見ていれば戦闘能力も申し分ない。流石五千年の時を生きたランタンだ。
金切声をあげて、花嫁がバレリーナの様に回る。
彼女が徐にくるりと身を翻した瞬間、生き血のドレスが爆発するように膨らんだ。
返り血で重く濡れたスカートが花開き、層になったレース__あるいは皮膚のひとつひとつから赤が糸を引く。回転を重ねるごとに赤黒い円が広がり、床に血液の跡を残しながら、彼女は花として咲き乱れた。
優雅なはずの動きが、こうも醜悪で凄惨で__美しい。
咄嗟に血の弾丸を避ける。それは床に付着すると、忽ち石畳を溶かしてしまった。
「酸性……!?」
ジュワッと嫌な音が鼓膜にこびりつく。
悠長にしている暇はなく、続いてドレスの下から新たな層が__いや、鮮血の波が怒涛の如く溢れだした。潮騒が聞こえるようだ。
その光景は一瞬スローモーションとして流れ、先んじて危険信号が電撃の様に脊髄を走る。反射的に高く跳躍し、寸でのところで殺意の波浪を避けた。
足元を支配した眼下の赤い海から、まるで鼓動のような気迫を感じる。生きているかのように思わせるのは、血が海面のように流れているからだろう。
一体どうしたものかとひとまず斧を構えたそのとき、ジャラが火を噴いた。
「はッ?」
そんなことは聞いていない。
灼熱の炎があたりに衝突し、海が一瞬で蒸発し掻き消える。
彼らが降り立つ頃には、焼け焦げた凹凸の激しい地面だけが残っていた。
色々物申したいことはあるが、まずは異形の対処だ。さっき言った作戦で行くなら、まずはライベリーが一撃穿たねば意味がない。
ジャラが何も言わないあたり、兄弟組とウルはまだ来ないのだろう。
地面を蹴って、勢いをつけて斧を振るう。白銀の光が後を追い、ジャラのツルハシがその軌跡をなぞった。想像以上の凄まじい衝撃に腕が麻痺するが、全身の筋肉を強張らせて何とか堪える。
その瞬間、手を失った方の腕が伸びてきて、ジャラの頭部を狙った。
「__!!」
彼は下半身だけを一回転させ、灼熱の劫火と変化した脚で腕を蹴り弾いた。
その人体骨格を一切無視した、言ってしまえば気色の悪い動きに気を逸らされそうになるが、刹那、骨に刃が食い込んだ感覚に呼び戻され、万力の力を込めて腕を断つ。斧は力の行き場をなくし、地面を砕いた。
「わーい!やっぱり斬れた、やったねライベリー!」
その喜びも束の間、奇声をあげて闇雲に振り回された三つの腕が二人を掠める。
そして、あの回転の動作が始まった瞬間、ライベリーはクソッ、と思わず悪態を吐いた。
あれはかなり厄介だ。地面が濡れるだけならともかく、飛沫の範囲が凄まじい。下手すれば人外の肉体であれど再生もできないかもしれない。
不意に、脳裏にある記憶が流れた。
『__いいなー姐さんのオリアビ』
『あら、またどうして?』
かなり昔の記憶だ。
ヴァザールがそう問う。褪せた癖の強い薄緑の髪と、もう半分は真っ白な刈り上げた髪。水色と赤のオッドアイに青いリップ、頭部だけでこれほど情報量の多いものも少ない。
『俺任務課に決まったじゃん?この眼って戦闘じゃあんまり使いどころねーんだもん』
『あぁ……なるほどね』
ヴァザールのオリアビは”レンズ・アイ”、骨格と対象の動力源__核や心臓__が視える能力だ。必ずしも急所とは限らないが、戦闘においては非常に有用性が高い。
正直言ってかなり羨ましい。
『まぁいいじゃないの、こんなもんただのバフよ。第一私はオリアビ込みで、アンタと同レベルよ?素質が高いんだから我儘言わないの』
『あー、つまりこれ以上は神サマからブレーキかかっちゃったワケね?そーいうコトならしゃーねぇなァ!』
『ちょっと、台詞と顔が合致してないわよ。というかアンタ、そんなに不満なら使い方開拓しなさいよ。アビリティの研究協力にもなるし』
『えー、そんなんできるかねぇ?真実を見抜くって、別に脳内覗くんじゃなくて真偽の判定よ?何をどう捏ね繰り回しても無理じゃね』
『アンタって結構諦め早いわよね……ほら、ウソもホントも定義があるでしょ?それ勝手に変えてみたら?』
『あー……あー?例えば?』
『そうねぇ、対異形とかなら相性のこじつけとか。アンタは怪力だから、ヒョロガリの異形とかカスの雑魚でしょう』
『親でも殺されたの?つか悪魔耐性あるじゃん』
『だから、それ無視しなさい。単純な戦闘能力における不利有利の条件だけ抜粋して、審議にかけるのよ。言ってみれば分析の裁判ね、そこで”こじつけ”で勝訴すればいいのよ』
『簡単に言うなよ……それワンチャン能力の限界値超えて、ヤベーなことになるって』
『じゃあ諦めるしかないわね。ほら、どうするの?今時間あって、トライアングル武器を体に融合させた突飛な悪魔なんて私くらいしかいないわよ』
『……よし、んじゃ訓練場行こうぜ!』
『はいはい』
__能力の限界値。
真偽の判別は、確かに使用者に委ねられるものだ。
しかしあまりにもこじつけが実害を無視するものであれば、不利を無効にできたとしても、体に悪影響が及ぶ。オリアビの誤用は、
命をチップに賭けを行うようなものなのだ。
今、この瞬間、ライベリーは興味本位で断頭台に立ったに等しい。
瞳がネオンピンクに灯る。
(酸性の血液は無効)
偽。
(異形の腕は再生)
偽。
(炎の効果は高い)
偽。
(__頭部の切断で絶命)
真。
「ジャラ!!首と胴体泣き別れにするぞ!!」
「わかった!僕右やる!」
声を張り上げた直後、突然視界の半分が欠ける。一瞬、無重力に陥ったような錯覚に落ちるが、勘だけですぐに体勢を立て直した。
「チッ……アイツらまだかよ!」
痛みはないが、体のいたる部分がときどき感覚を失う。右目は完全に見えない。頬に生暖かい感覚が流れてふと掌を見れば、真っ赤な血が滴っていた。
頭を振って、何とか斧を構えて走る。
まぁこの程度で済んで、むしろ良かっただろう。異形相手に長期戦は圧倒的不利だ。弱点も随分単純で助かった。
ジャラもこちらの様子に気付いたらしいが、何も言わず戦闘に集中することを選んだようだ。ツルハシを抱え込み、火車のように回転しながら異形の頸を狙う。
__鮮やかなその一閃は、まるで流星のようだった。
ライベリーは襲い来る腕を跳んで避け、一回転してもう一対の腕に着地し駆けあがる。
確かに彼女達は強いが、それは単純な能力値の話であり戦闘においては未熟だ。
ただ、成長する暇など与えはしない。
炎と斬撃が、花嫁の頸をブーケの様に放った。
カラダはまだ死に気付かず、ふらふらとぎこちなく動きながら痙攣を繰り返す。やがて断面から鮮血と黒い膿のが噴き出し、二人の頭上に雨の様に降りかかった。
それはもはや地面も二人も溶かさず、ただの鉄臭い液体と化していた。
異形のカラダは花弁のように散る。真っ黒な薔薇の花びらが吹き飛ばされ、空へと昇り、やがて静かに消えていく。
消えてゆく。
地面に転がった二つの頭は既に息絶えているようで、簡単に燃え尽きてしまった。
そして、それを見届けたライベリーも遂に視界が完全に途絶えて、血の海の中に崩れ落ちてしまった。
△▼ △▼ △▼ △▼ △▼
『ねぇアリス』
別れなんて、物語みたいに告げられるものじゃないのね。
私も初めて知ったわ!
……でもいいのよ、これで二人共解放されたって思えばい
『ドロシー』
一緒にお墓を見に行こう。
きっと、天国みたいな場所だから。
≪花嫁の異形≫
・漠然とした、”幸福”への執念が具現化。アリス・ドロシーの成れの果て。
・体長…5M
・攻撃性……やや高い
・特徴…皮膚やレースの破片を掻き集め、継ぎ足したウェンディングドレスを着用。
≪渡り廊下の異形≫
・自己喪失の後悔と、将来悲嘆が具現化した異形。学生達の不安が作り成したもの。
・体長…160cm
・攻撃性…普通
・特徴…顔面が抉れており、盲目。この異形の付近の通路がループするのは、青年期の情緒の揺れや迷い起因している。
≪醜い翼の異形≫
・嫉妬が具現化した異形。おびただしい数の指で構成された翼は、虚栄心や虚飾を体現しているのかもしれない。
・体長…約3M
・攻撃性…非常に高い
・特徴…見つかると金切声をあげて執拗に追ってくる。足がない。腐敗臭がしたら、即座に離れることをおすすめする。
≪吊り下げられた異形≫
・現実逃避への願望が具現化した異形。オトマーを最初に追ってたやつ。
・体長…2M
・攻撃性…やや低い
・顔面の皮膚が引き延ばされ、天井に張り付き全体重を支えているエクストリーム異形。臓腑が零れていることにすら気づかず、また静かに通り過ぎれば攻撃もしてこない。
≪闇に潜む異形≫
・いじめなどによる、潜んだ憎悪や激しい恨みが具現化した異形。
・体長…?
・攻撃性…非常に危険
・闇の中にしか現れない、徘徊型の異形。動く際は金属の音が鳴り響くが、姿形は未確認。発見されれば最期、全ての骨を折られるまで死ねないという苦痛を味わう。幸運やったなオトマー。
≪蝙蝠の異形≫
・好奇への恐怖が具現化した異形。ライベリーと対峙したやつ。
・体長…3M(腕を含む)
・攻撃性…低い
・対人関係からの恐怖が主。火傷痕は周囲の視線に晒された傷、蝙蝠の様に発達した手は周囲を遠ざけるため。
≪ドロシー≫
・天使に造られた異形。生への未練が主。
・体長…158cm
・攻撃性…非常に低い
・基本的に動かないが、近づいてくる気配を感じると追い回し、包丁で刺し殺したのち噴水に放り込む。これが異形の世界を拡大させた。
暑いですね……水しっかり飲んでくださいね。腹出して寝たらダメですよ。




