表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星屑オペラッタ ~わすれな姫は賢者様に甘やかされる~  作者: 境 美和
2章~好奇心は無慈悲な幻覚の帝王~
26/26

ヘンジ1



 星光も月光も薄い曇天、分厚い雲はわずかの光で明暗をつけ足早に王都上空へと集まっている。纏わりつくような湿り気を帯びた空気は重く、日中の熱さを含んで街行く者の顔を些か歪めさせていた。

 そんな暑く湿気の多い王都からはやや北に外れた郊外の森。王族と王都に詰める皇家貴族の住居区、シェスラット卿邸宅地下二階。

 外の様子の一切を遮断された薄暗く、掃除こそ行き届いてはいるが家具の綻びも露、古ぼけ寂れた部屋の一角に、部屋の雰囲気からすれば場違いな私服姿らしき二人の男を従えて、一つしかない新品のテーブルに付けられた椅子に腰掛け、書類だろう、束とも言えない枚数を単調に捲っている赤毛の壮年近い男がいる。

 彼の着く小さく丸い木造のテーブルには二枚の書類が並べられていた。一枚は書類というもおこがましい茶けた半紙で、どういった順番か十ではきかない数の人名が書き殴られている。残る一枚は白く輝く上質紙で、整理された罫線の中、半紙とは順番こそ違うものの重なる人名が打ち出されていた。

 紙の上には『五十三号遺跡調査員名簿』との印刷。

 そんな書類を眼前、二人の腹心を両脇に、赤毛の壮年近い男、文化庁長官グルラドルン・ド・シェスラットは自身の手に持つ、いずれも似たような回答の記された応答録を恨めしそうに茶色の瞳で睨みつけている。


『グラン。

 悪いが今日中に、今挙げた者全員に悪夢を見る前に見た夢の内容を訊いて欲しい。

 そして彼らの回答に著しい類似が見られた場合だけ。

 明日の朝には僕の外出許可が出るよう、働きかけてくれないか?』


 国立図書館が通信不通になる前、時間にして丁度十八時十五分。

 グルラドルン宛に突如舞い込んで来た学友からの連絡は、彼の、ひいては国の直面しているらしい不可思議な現象に一筋の光を差し込んだ。

 この国では今、何らかの理由を付けて公務やら仕事やらを休んで、人によっては精神病院の世話になる者が多発している。

 性別、年齢、役職ともにバラバラ。全員においてはある一つの共通点しか見つけることのできない事態に、一つしかない共通点、いわく、不調を訴えるもの全員が一週間と少し前に無事終えることのできた、近隣諸部族との友好三十周年記念で催された大々的な遺跡調査参加者という、下手をすれば近隣諸部族との確執を招きかねない理由を含んでいるため、国はこの現象を必死で隠していた。もっとも他部族、他国との確執は上手く使えばより国土を豊かにするきっかけにもなるが、この国の王は現在の大きさと繁栄維持に重点を置くため、ただの厄介な出来事にしかならないのである。

 しかし隠してばかりでは何の解決にもならぬと、王の学友という立場、その問題に関し部下も被害を被っていることで密かに形式上の命を受けて動いていたグルラドルンは、まず間違いなく事態を知らないはずのもう一人の学友、ケルッツア・ド・ディス・ファーンが打開策をもたらしたことに感謝すると同時、疎むほどではないが少々難儀に思っている。

 彼の学友である現知恵者は、先ほどの電話で挙げた者は皆一様に悪夢を見ているとあっさり言い放った。

 その上で、悪夢の前に見たものを訊いて欲しい、その内容が似ているのであれば外出許可が欲しい、と、グルラドルンと王、そして自身の立場を推した上で申し入れている。

 知恵者に確信があるのかは半々だが、電話で挙げられた者達の多くは現在起きている現象の被害者にいやというほど一致していた。これで新たに出てきた者達にも同じ現象が見られた場合、知恵者の抱く確信めいたものに乗った方がオーパーツ技術開発チームに頼むより解決が早いと。


あー…。そーいえば。

ダリル嬢も参加してたんだー……。名簿に書いてあるし。


 彼女にも同じ現象が現れたのか。まあ、なら乗り出してくるのもうんぬん。比較的のんきなことを難しい顔で考えつつ、グルラドルンは、今、現象に悩まされ、暇を申し出ている自身の部下の言い分を思い返してゆく。

 ケルッツアからの連絡後、文化庁長官と特に信頼の置ける部下五人は、知恵者に電話口で伝えられた人物全員に急遽指示通りの聞き込みを行っていた。自分の部下のことは自分で、とグルラドルンも臥せっているらしい部下に面会を求め、帰路についたのは今しがた。

 その面会は、決して心休まるものではなかったと、グルラドルンは瞑目した。部下の邸宅で通された部屋、待ち受けていた人物は彼の記憶に比べるとやけにやつれが酷い。四日ぶりに見る部下は棺桶に片足を突っ込んでいるという表現がぴったり。窪みの目立つ目元に虚ろな光を湛えて、それでも気丈に上司に対しては、応対の真似をしてみせていた。

 そして。


『…ボス。……わが身の恥を承知で、お話申し上げます。

 慣れぬ遺跡の調査で疲れ果て、王都に帰ってからのことでございます。

 連日のように……それは美しい、馬の夢を見たのです。

 見たこともないほどに暗く淀んだ闇の中に、壮麗で美しく、光り輝く真っ白な…馬、馬の形態をしておりましたが私の見たものは額に立派な細く長い、先端の尖った角のようなものを生やしておりました。真っ白な肢体を覆うほどに長いたてがみ、続く尾もまた、地に届きその脚の下とぐろを巻くほど長い。

 そんな動物が、翡翠を嵌め込んだような一対の瞳を、じ、とこちらに向け、長々と風に靡く尾も優美に近寄ってくる……。そして、ほんの目の前、触れるか、というところで消えてしまう夢なのです。

 そんな夢を一週間ほど、見たでしょうか・・・。

 その後から……私は…ッ私は――――』


 悪夢に魘され始めた。なんと恥ずかしいことだろうこの年になってたかが夢に弱り果ててしまうなどと。

 長時間の歓談、その実説得の後、彼の、今年で六十九になる部下はそう言って悔しそうに皺皺の両の手を硬く握りこみ、顔を背ける。グルラドルンとしても現実的な思想を買って引き入れた者の言動と弱りように、半ば信じられない気持ちでその場を後にしていた。

 一応慰めの言葉らしきものをかけては来たが、それも効力があるかどうか。そんなことを思いつつ、現在手元にある調査録に知らずため息を一つ。

「……ボス。質疑応答は全て録画してあります。…そちらも……」

 沈み張り詰めた緊張感の中、そろ部屋の置時計が二十一時を告げようかという頃。

 今まで沈黙を守っていた文化庁長官の左隣、亜麻色の短髪に背の高い細身の男が上司を窺うように腰を折り、言葉を口にした。

「や、……そんなのはことが終わるまでちゃんと保管しておいてくれれば良いんだけどね」

 答える上司はちらともそちらを見ずに低い声で呟く。次いで、左右に控える部下の不可解そうな顔を交互に見遣り、このことに関して口止めは? と。

「それは…万事抜かりなく。すでに抑えてあります」

 彼の右隣に立つ小柄で恰幅の良い男がすかさず返答を返すが、その顔は晴れない。

 控えさせた二人の部下も、廊下で待機している他の部下にも、ありありと隠しきれない疑問が浮かび、消えないことをグルラドルンは苦い心地でもって認めていた。


まあ、聞きたくなるキモチもわからないではないけどさ。


 聞き込みの報告書には、遺跡から帰って白い馬の夢を見た、という証言がどの人物にも共通して記されている。額に三十センチぐらいの角、翡翠のような両目。たてがみと尾がいやに長く、光の加減によっては白い毛が緑の光沢を纏っているようにも見える、馬のような動物。

 くれぐれも誘導尋問のようなものはするな、悪夢の前に何を見たのかだけを聞いて来い、という命令を下した上での、対象者における言動の、著しい一致。それを気味悪がる気持ちも分からないではない、と。

 自身も言い知れぬ気味の悪さを感じていながらも肩の力を落とし、次いで鷲鼻気味の鼻先を小さく掻くと、やや早口でグルラドルンは切り出した。

「ともかく、解決すりゃ良い。何が原因であろうと、んなことぼくらには関係ない。

 そうじゃない?」

 問いに、両脇の部下は怪訝そうな顔をするものの、是、と答える。その言質をもってして、グルラドルンは核心に触れた。


「じゃあ、明日の朝までに、知恵者の外出許可を取りに行こうね」


 その言葉に彼の部下は思うところでもあるか、片方は目を丸くし、片方は口をあんぐりと開けた。


「オーパーツ遺跡でしたものな・・・」

「そっち・・・ですか・・・」


 部下二人も揃った響きに少し驚き、しかし言葉は飲み込まない。

 そんな両側からの素直な呟きに、彼は今度こそ、みたいだね、と苦笑を零した。

 現在の知恵者は、異世界に行って帰ってきたという奇異な経歴がある。そのときに得た知識を買われて、現知恵者は王から栄光誉れ高き賢者の称号と名誉を賜っている。

 しかし公にはしていないが、知恵者はあちらでどういった原理か制限をかけられているらしく、あちらに関しての知識だけはこちらの者に伝えることができない。あちらの知識に関して書いたものは歪んで見えて読み取れず、その声には眩暈ばかりが鮮明で内容が頭に残らない。口の動きでさえ誰一人として見えないのだから始末に負えぬと、その解析はいまや諦められていた。知恵者自身も極力伝わる言葉で話そうとはするもののほとんどをたとえ話に変換せざるを得ないため、あちらに関する正確な知識というものは、実質ケルッツア以外に知るものがいない。

 以上の理由から、知恵者にはオーパーツ技術開発チームの投げだしたあちら関係の問題を解決する義務があり、オーパーツ技術開発チームに事を投げ出させれば、ケルッツアがいつでも事の対処に当たらなければならない、否、今回は当たる条件が揃う。

「ボス。…恐れながら」

 グルラドルンの左隣にいる長身の男が、小さく手を上げて発言の許可を乞うた。

「ハイ、シャーフィットくん」

 やや投げやりに当てたグルラドルンに、男はしきりにこめかみを押さえ、マッサージを繰り返しながら意見を口にする。

「あの方が絡むとなれば騒ぎ出す輩もおりましょう。

 …声が大きくなれば・・・我らも、王でも・・・抑えられますかどうか・・・」

 部下の的確な危惧に、上司はやや行儀悪く足を組みかえた。オーパーツ絡みの事件で、オーパーツ遺跡開発チームがお手上げとなれば知恵者が出てくるのは必至。まして今回は強制的にお手上げさせる腹積もりであるため、オーパーツ技術開発チームからも、それ以外からも、外出したいがためにこの現象を知恵者が画策したのだなどとの斜め上理論も当然出てくることは目に見えていた。

 流民である、この国の生まれではないということ、王の友人であるということ他、様々な要因で彼には味方も多いが敵もまた多く、知恵者を孤島に隔離することで大人しくなっていた輩が、これ幸いと騒ぎ出す可能性が天井なしに昇っていることは誰の目にも明らか。

 その愚を犯して尚、解決したいのだろう、というケルッツアの個人的な感情やら末皇女の状態やらを頭の隅に書きとめつつ。

 一つ大きく鼻を鳴らし、グルラドルンは天井の汚れを目に、低く言い切った。

「そんな声はね、何としても潰して、なくしてしまえば良いんだよ。


 あの手駒を失うのは惜しいし」


 己の友人に対する声とは思えぬほどの冷たさに、控える部下は鋭く肯定を返したのみ。

「・・・・・・。…ぼくも大概、やーな役回りだよなぁ・・・」

 その後に呟かれた声には答える者もいない。そうなることも知っていたか、グルラドルンは休日が潰れた愚痴を零しつつ軽い調子で椅子から立ち上がった。


ホント。便利なんだか不便なんだか分からない切り札を持ったもんだよ。


 そんなことを少々自嘲気味にひとりごち、すでに上司を待つばかりとなった二人の部下に軽く手を上げ、廊下で待っていた残りの部下にも気の抜けた、しかし絶対の命令をかける。

「さて。ぼくの愛すべき部下たちよ。

 朝までに勝負つけようね」

6話『ヘンジ2』は9月2日の朝7:00更新。

7話『ヘンジ3』は同日の21:40更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
馬と悪夢…ナイトメア? 夢馬とか何かで見た記憶が (。-`ω´-)ンー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ