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後編

いきなり前編の続きからはじまります。


読んでない方は是非前編で状況確認してみて下さい。

「俺にも聞かせてくれないか、君が泣いていた理由を」

 憂いを秘めたブラウアイスの瞳が、本当に心配そうに見つめてきました。

「あの、わたくし、泣いてなど…」

「もしや君は、どなたか思いを寄せる人が居たのだろうか?」

「ごっ、誤解です!!」

 それこそとんでもない誤解でした。

「なっ!?なんだとっ!?誰だそいつは!はッ!?まさかヘルムートかっ!?」

「ヘルムート様はミヒャエラと踊っております!」

「ではやはりラインハルトか」

「違うと申し上げているではありませんか、もう、お二人ともいい加減になさってくださいませ!」

 本気で涙目になった私は、とうとう大声で怒鳴るはめになってしまいました。


「まったく、お二人して何をなさっているのですか」

「シアちゃん、大丈夫?」

「申し訳ないけれど、ヘルムート様は、わたくしにリングを下さったのよ」

 ミヒャエラが見せつけた指輪に、兄がいきり立ちます。

「おい、ヘルムート!」

「ですから、誤解なんです!」

「誤解って、何が誤解なのか、はっきりさせないといけない様ね。でないとライン様がまた怒り出すわよ」

「そ、それは」

「それに、わたくしも知りたいの。ねえ、シアはライン様の事を「お兄様」とお呼びしているけれど、それは本当に兄の様な人、というだけなのかしら?本当は、きちんと殿方としてお慕いしているのではなくて?」


 ヒルデの指にはまだリングがありませんでした。お兄様も何をしていらっしゃるのか。

 例え思いが通じあったとしても、あやふやな立場のわたくしが、いつもそばにいると言う事は、彼女にとっても不安要素なのかもしれません。

 わたくしは、遅まきながらその事実に気が付きました。


 親友ヒルデのその一言に、わたくしは全てを話してしまいたくなりました。

 ですが、この話をするという事は、わたくしとお兄様の永遠の別れを意味するものです。

 本音なんて出せる訳がありません。

 ましてや、この状況で。


 しかし、状況はわたくしには優しく無かったようです。

「申せ、いつまで我等を見せものにするつもりだ?」

 ヘルムート様の不機嫌なお顔とお言葉に、とうとう本音がこぼれ出てしまいました。

「だ、だって、ずるいのですわ」

「「は?」」

 友人やお相手の方々が、一斉に問い返します。

「ですから、ずるいんですわ、と、申しましたのです!だって、そうじゃありませんか、わたくしだって、ずっとお兄様と一緒にいたのですよ!!それなのに、それなのに」

 先ほどの光景を思い出して涙があふれ出ました。

 ずるい、くやしい、ねたましい。醜い感情が私の中を荒れ狂います。

「あんな風に、お兄様と目と目があっただけで通じあったことなど、一度だってありませんでしたわ!わたくしだって、お兄様と一緒にいた時間はヒルデと同じ位でしたのに!」

 ああ、とうとう全部言ってしまいました。

 幼稚で醜いこの心を、皆さまの前にさらけ出してしまうなんて…!

「お兄様の馬鹿!大嫌い!」

 理不尽な気分をぶつける様に兄を罵倒し、私は今度こそ会場の外に飛び出して行きました。




 会場から少し離れた木立に隠れる様に、わたくしはうずくまって泣いておりました。

 ドレスが汚れてしまおうと、もう関係ありません。

 自分の子供っぽい兄への独占欲を周囲にさらけ出した今、あの場所に戻ることなど今さら不可能でしたから。

 もともと、共に踊る様な殿方もおりませんでしたし、かえって好都合じゃありませんか。

 だんだん思考が不貞腐れた物になってきました。


 …それでも、一曲位は踊りたかった、そう未練がましく思っていると、後ろから声をかけられました。


「こんな所にいたのか」


 ……どうして、こんな所まで追いかけて来るのがこの方なのでしょう。

 意味が分かりません。


「あの、どうして、このような所に…」

「どうしても、君を独りで泣かせたくなかったのだよ」

 そういうと、アレクシス様はわたくしをそっと抱き締めて下さいました。

「あ、あの!?」

 わたくしはすっかり混乱してしまいましたが、

「泣くのならば、私の胸を使えば良い。このまま壊れてしまいそうな君を、守りたいんだ。私が」

 そのお言葉に、涙腺が再び緩むのが分かりましたが、どうしても止められません。

 せめて、泣きやむ努力位はしませんと、と、必死に抗いますが、

「ずっとこうしているから、君は好きなだけ泣くと良い。大丈夫だ、ここには私と君しかいないのだから。…私が、必ず君を守るから」

 抱きしめられたまま頭を撫でられると、もう、今度こそ本当に止まりませんでした。


 ひとしきり泣いて、ようやっと落ち着いた頃、わたくしはアレクシス様に問いかけました。

「あのう、お戻りにならなくてよろしいのですか?」

 アレクシス様ならば、一度だけでも共に踊りたいという方々が、列を成すほどいらっしゃるのでは?そう言うと、

「君を一人残しておくわけにはいかないだろう?それこそラインハルトに怒られてしまう」

 おどけた様子で肩を竦められました。

 普段お見せにならない同年代の男の子っぽい仕草に、不覚にもどきりとしてしまいます。

「…わたくしは、この格好ですし、今さら会場に戻れませんから。このまま大人しく寮に戻りますわ」

「そうだな、その格好ではな」

 暗くてよく見えなくても、裾が汚れている位は検討がついたのでしょう。

「こんなつもりじゃなかったんだが…」

 なにやらぶつぶつと考え始めたアレクシス様に、わたくしは最後のお別れを述べようとしました。

「アレクシス様、ご卒業おめでとうございます。このような所でご挨拶させて頂く事を、お許しくださいね?今後のご活躍を、心からお祈りしておりますわ」

 それでは、失礼致します、と言うと、驚いたように腕を引かれました。


「ま、待ってくれ、シア!」

「アレクシス様?」

 らしくない、アレクシス様の焦った様子に、わたくしは驚いて足を止めました。

「その、せめて1曲だけでも踊ってくれないだろうか」

 手を差しのべられてしまいました。

 そんな風にアレクシス様に言われて、お断りできる方がいたらお目にかかりたいですわ。


 そっと手を重ね、問いかけました。

「あの、このまま会場に戻るのは…」

「分かっている。幸いにも音は聞こえるだろう?あの曲に合わせれば良い」

 会場から漏れ聞こえるワルツの音。

 さすがにそれほど大きな音ではありませんが、合わせるだけならば問題はなさそうです。

 でも、本当に…?

 戸惑うわたくしを余所に、アレクシス様は動き始めてしまいました。

「きゃ」

「ああ、すまない。大丈夫か?」

 ホールドされ、先ほど抱きしめられた時の様に、顔の近い場所で、アレクシス様の声がします。

 ああ、わたくしの顔、きっと真っ赤に違いないわ。


「きちんと申し込むつもりだったんだ」

 しばし足を動かした後に、アレクシス様はそうぽつりと零されました。

「君に、私とダンスを踊って下さい、とね。そうしたら、ラインハルトの奴が妨害してくるから、結局当日まで申し込む事が出来なくて…」

 思いがけぬそのお言葉に、思わず顔を上げると、存外近い場所にアレクシス様のお顔があってびっくりし、ぱっと思わず顔を下に向けてしまいました。


 それにしても、お兄様ったら…。

 あの、申し込んだ方達の態度の裏に、そんな事情があっただなんて…。


「君だけじゃない。ラインも君の事が大好きなのだよ。君の事を他の男に盗られたくないと、こんな妨害工作をする位には」

 そのお言葉に、止まった涙が再びジワリと滲んでくるのが分かりました。

 ですが、


「…私も君の事が好きだ、シア。奴の姑息な妨害になど、もう二度と屈する事はしないと誓う。だからどうか、この指輪を受け取ってくれないか?」


 アレクシス様のその発言で、一気に引いてしまいましたわ。

 というか、さりげに兄への扱いが酷い気がしますが。

 というか、指輪って!?


「と、とんでもありません!!わ、私ごときがその様な、お、恐れ多い!!」


 慌てて、手を顔の前でぶんぶん振ります。

 指輪の交換の意味、知ってらっしゃるんですか!?知っていてそんな事仰るんですか!?


「この気持ちは本当だとも、シア。私は君を愛している」


 あ、ああああああああ愛してるって何なんですかーーー!!


 あまりの衝撃に、口をパクパクさせることしかできません。


「君の普段の、その可憐な立ち居振る舞いも、優しく微笑むその表情も、よく気が付く所も、容姿に似合わず、ヘルムートと対等に意見を交わす豪胆な所も、全ての君が好きだと自身を持って言える」


 あわわ、何でしょう、何でしょう、この畳み掛ける様な羅列は。

 気が付けば再び抱きしめられておりました。

 心臓の音は、わたくしのものか、それとも彼のものか。


「わ、わたくしが、アレクシス様と特別親しくさせて頂いたのは、兄の親友でいらっしゃったからで!」

 どう思われてもかまわない、早くこの方の目を覚まさなければ!

 覚ますのは私の方かもしれませんが。

 あまりに混乱しすぎて、もう、何をどう考えるべきなのか、わたくし自身にも分かりませんでした。


「利用されていたとしてもかまわない、誰よりも彼を大切に思っている君の事を好きになってしまったのだから。ラインハルトと共にいる君の姿を見る度、私にもあのように笑い掛けてほしいと、ずっと思っていた。あのように君と愛し愛される生活を送る事が出来たなら、どんなにか幸せだろう、と。私がラインにどれほど嫉妬していたか分かるかい?…心から愛しているんだ、シア。これから先、私と共に人生を歩んでほしい」


 涙がこぼれました。

 先ほどの涙とは違う事は分かります。ただ、何故自分でも泣いてしまっているのかは、分かりませんでした。

「いや、だろうか…」

 差し出された手が、自信な下げに下ろされかけました。

「ち、違います!その、何と言ったらいいか、私にも分かりませんが、嬉しく思います。これだけは確かです。でも、その、釣り合いが取れませんが」

 嬉しいと自分で口にしてから、じわじわと温かいものが心の奥から染み出して来るような気がしました。

 そうです、私は嬉しかったのですね。

 今はまだ、戸惑いの方が大きいのですが。


「取れるさ、君はゲーフェンバウアー伯爵の娘だろう?」

 私の懸念を、アレクシス様は微笑んで一蹴されました。

「…ご存じだったのですね?」

 そういえば、今までの会話は、事情を知らなければ成立しない不自然な物ではなかったでしょうか。

「君の“実の兄”に説明は受けた。その上で手を出すなと釘を刺されたよ」

「お兄様ったら…」

 思わずくすくすと笑ってしまいました。

 手を出すな、と言いつつも、親友とわたくしの為に、兄はここへ来ない事を選択したのです。

 ヒルデとお兄様をくっ付けようと画策したわたくしの様に。


「お互いにお互いを思いやる姿は美しい。今度はその輪の中に私も入れてくれないだろうか。一生を私のそばで過ごし、学院生活で、手となり時に足となり仕えてくれた様に、至らぬ私を生涯私を支え続けてほしい」

 それは魅力的な提案に思えました。生涯支えるとなると、思想の違いから仲たがいする事も多い、ヘルムート様との橋渡しをすることもあるでしょう。

 それはきっと、この国にとっても大切な使命になる筈です。


「……はい、お受けします」

 私は微笑んでアレクシス様の手に触れました。

 指の先には彼のカレッジリング。


「私も、ずっと憧れていました。でも、わたくしは小賢しい人間ですから、釣り合わないと勝手に決め付けてしまっていたのです。それでも、許されるのならば、わたくしにこの手を取らせて下さい。……お慕いしています、アレクシス様」

 

 こうして、わたくしと兄を巡る騒動はひとまず決着を迎えました。

 あの後、きちんと「馬鹿」と「大嫌い」は撤回いたしました。

 兄は少し不服そうでしたが、それもわたくしの事を思うが故、と思うとまんざらでもありません。


 わたくしが後1年学院に通わなければならないので、当面は婚約者という事になるのでしょう。

 アレク様のご両親に気に入って貰えると良いのですが…。


 ひとつ忘れていました。

「そうそう、その婚約式の事なのですが、その前に、郷里で待っていてくれているわたくしの婚約者に、きちんと話を付けて下さいね?」

「えっ?」


 後日アレクシス様が、どうやら、越えられない壁の様にしつこく妨害して来る義兄と同等の、手ごわい義弟が出来た様だ、と苦い口調で仰られた事を、ここに特に記しておきますわ。



思ったより長くなりましたが、このお話はこれにて終了です。


お読み下さった皆さま、誠に有り難うございました。

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