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幼年期の終幕に





 十数年前、ある少年が居た。少年の育った街には大きな金山があった。故にその街はこのメンフィスで一番の裕福な街だった。だからだろう、衣食住足りて礼節を知るとある様に、その街に住まう人達はとても道徳的で遵法意識のある人達だった。それはもう、神の存在が希薄であったとしても当たり前に法律と道徳を守れる、善き人達が多数派であるくらいには。

 少年はそんな街に住む人々の中でも特に裕福な家庭で産まれた。祖母は獣人、母も獣人、そんな高貴な家で産まれたのである。加えて幸福にも、彼は外見も美しく、また産まれ持って聡明であった。

 10歳、彼はすくすくと大きく育った。

 彼を見た人たちは皆こういう、流れる美しい髪と危うい蛇の恐ろしい目を持った賢い男の子。誰もが彼を称賛する、未来の賢人と。


 「死ね……」


 勉強机で彼はそう囁いた。彼はこの街にいる全ての人間が嫌いだ。死んでしまえと思っている。だってこの街の人間はどこか他人を見下して気持ちが悪いと、そう考えているのだから。

 午後、彼は家族と共に昼食を済ませる。


 「凄いじゃないか。学校きっての秀才だなんてな」


 学校の成績や試験の結果を褒められる。彼にとってこれは日常茶飯事の事だった。


 「いえ、教えが良かったんです」


 彼は謙遜をする人だ。子供ながらにそれが美徳であり、徳となると理解しているから。そしてその姿勢こそが、この街の社会にとって都合の良いもので、模範とするべき人間像であると理解しているから。


 「本っ当にお前は出来た子だな。友達も多いし勉強もできるしモテるし。いやぁ、お父さん心配だぞ、お前にキャリア抜かされるんじゃないかなと思ってしまう」


 彼の父親は良い父だ。幼い時には子の為に自分の稼ぎを切り崩して体験を与え、彼が十二分に成熟してからは一歩引いた位置から子を褒めて時には諌める。何より妻や子を愛していたし、妻や子に愛されていた。まさしく、理想的な父親である。


 「まさか、俺は父様ほど立派な人間ではありませんよ。それに将来は父様を支える仕事に就きたいのですから」


 本心である。しかし、彼はこんな理想的な父親を愛しつつも、心のどこかで信用して居なかった。なぜならこの父親が完璧過ぎるからだ。


 「もう、またこの子そういうこと言ってる。本当にいい子なんだから」


 獣人の母。理想的な子には理想的な父親、理想的な父親には理想的な母親が似合う様に、彼女もまた母親として理想的な人だった。

 貴族の娘らしく上品で、それでいて男相手にも物怖じしない自立心と深い教養を持っていた。そして何より、子供を愛している。夫か子供なら、迷いなく子供を選ぶ様に、母親として強く子供を愛している。


 「えぇ、有難うございます。お母様」


 昼食を済ませた後、彼は街を一望できる小高い丘へと向かった。そして彼はそこで寝っ転がり、目を瞑った。


 「隕石でも落ちないかな」


 彼はこの理想的な家庭が嫌いである。反抗期、というものかもしれない。しかし彼の反抗期は普通のそれとは違って、ある種理性的で、そして屁理屈的な面を持っていた。

 彼はこう考えている。


 母様も父様も本当の価値を求め思案するという事を知らない。二人は親とか社会に敷かれたレールの上を走って、それだけが最上の幸せであると考えている。そして、無自覚にレールの外に外れた人達を見下している。自ら進んで、本当の価値を追い求める為にレールを外れた人だって、最初からレールなんてなかった人達も居たのに。それを分かって、無自覚的に見下してんだ。教養が無いとか、野蛮人とか、恥知らず恩知らずなんて言って。心底気持ちが悪い。


 「本当に隕石落ちないかな」


 どうして彼がこうも、ある意味厭世的と言える人間になってしまったのか。それは三年前の事である。

 ある日、社会の授業でこの様な事をやった。それは簡単な発表と討論である。


 議題、この街には問題がある。この街の経済は金山から算出される金によって支えられており、金がなくなったらこの街の生活は立ち行かなくなる。では我々はどうするべきか。


 彼のクラスメイトは答えた。金以外の産業を作るべきだ。

 彼らはそれについてこう反論する。


 「しかし金山の採掘しか知らぬ我々にできる産業があるのか。現実的では無いんじゃないか」


 クラスメイトは黙った。そして先生は彼に問う。なら貴方ならばどうするのか、と。


 「金山が無くとも破綻しない生活に戻すべきだ。午後のティータイムを捨てて畑を耕すべきだ。私達は外の人たちの様な生活に立ち戻らなくてはならない」


 教室から大ブーイング。なんで僕らが畑を耕したり好きでも無い人と結婚しなくちゃならないの?そんな声である。だが彼はこんな声が聞こえることもわかっていた。だから反論しようとした時、ある声が彼の耳に入る。


 そんなに外の人と同じ生活したいならこの街から出て行けば?


 なんたる馬鹿馬鹿しい事か。なぜこいつは自分たちの問題なのにまるで何も考えず思考停止する様に出て行けなんて言えるんだ?彼は信じられなかった。最も信じられなかったのは、その出て行けば、という声に対して教師が一理あるかの様な態度を示した事であった。

 その後、彼は教室の外、道ゆく大人に聞いてみた。そしてその答えは、教室で聞いたのと同じ様な声であった。


 そんなに嫌なら別の街に行ったら良いんじゃないか?


 彼は思う。


 なんだこいつら、自分らの問題について解決策を出す事は愚か考える事もできないのか?


 彼は心の底からこの街に住む、思考停止する人達を軽蔑した。


 そして今日はやってくる。


 「なんだ?」


 偶然か、あるいは神が、世界が彼の願いを聞き叶えたのかもしれない。この思考だけが堕落した街に隕石が降ってきた。


 「まじか!?」


 彼は空から落ちてくる岩に恐怖しつつも、立ち上がり、両手を大きく広げた。


 「くっ……ははっ!!滅べ!!!」


 彼の笑いは轟音と風によって掻き消される。しかし、それは初めだけだ。


 「はははっ!!ははははっ!!!」


 隕石によって砕かれ焼ける街、逃げ惑う人々。そして大笑いをする彼。こいつらが絶対的な理想とする、遵法精神やら道徳とか、そんなものは自然の前では無意味であり、彼らはリソースを失った時、見下していた外の彼らと同じとなる。彼はそう笑っているのだ。


 「いいねぇ!おもしろい!!そうだ!こうじゃなくっちゃ!俺にとっての本当の価値はこれなんだ!!」


 空が黒く染まり、地は焦げ溶ける。黄金のゴモラの街は一夜にして滅んだ。

 そして赤い蛇の目を持つ、美しい少年、彼こそが後のクランシカモアのクランリーダー、メンフィス外務監査長官、混沌にとぐろを巻く者、アペプ・アポピスである。

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