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負傷兵、1




 「シュン、貴方……そう。私が左側に居たげるよ、ずっと」


 左腕はなくなり左目は潰れている。外から見た僕の傷はずっと酷いんだろう。


 「ありがとう。アイシス、あと五回だ。あと五回殺せば魔力切れになって動けなくなる」


 彼女は小さく頷き、馬を消して炎の大剣を両手持ちした。

 セトは不可視の黒霧の剣を双剣の様に両手に持った。


 「右側は全部任してくれ、左側は全部任せた」


 呼吸を合わせ、セトに向かって突撃する。左からの剣、アイシスが焼き払う。右からの剣、僕が断つ。


 「妬けるな、兄弟」


 僅かな隙、その小さな隙に向かって突きを繰り出し、心臓を破壊する。これであと四回。


 「ここッ!!」


 アイシスはセトの右手を断つ。アイシスの剣を防ぐ為にセトは左手の剣で防御する。


 「これで!!」


 剣がない、今なら!


 「その脳天にもう一度!!!」


 レーザーの大太刀による大上段。頭を焼き払い、これで残り三回。しかし同時に僕のレーザーの大太刀が消える。アウシルの魔力が消えてしまった。


 「シュン!!」


 アイシスの剣を掴む。二人で炎の大剣を大きく振り上げる。そして炎の剣はセトの右肩から入っていき、心臓を破壊する。燃え盛る炎が肉体をケーキみたいに両断したのだ。残り、二回。


 「不味いな……しかし、私がびっくりどっきり無しで勝負に挑むとでも?」


 口を開けるセト。舌の上で輝く球体がある。あれは……


 「シュン!」


 アイシスは僕の目の前に立ち、両腕を大きく広げる。


 「爆ぜろ!!」


 小さな球体は太陽よりもずっと眩い光を発する。光が広がっていく。そしてその光はあたりの全てを飲み込み、全てを輝かせてゆく。

 自爆。想定するべきだった可能性。


 「ぐっくそ……」


 全てが暗くなった後、右側に僅かな光を感じる。月の光だ。


 「アイシス、アイシス?」


 砂埃の中、彼女を探る。小さな太陽の気配、良かった。微かに魔力を感じる。まだアイシスは生きている。


 「今、安堵したな?兄弟。安堵したと言うことはアウシルの娘の小さな魔力を感じているという証拠。つまりアウシルの残り火もお前の魔力も残り僅かって事だ」


 寝ている僕の首元に冷たさ。あぁ、そうか、届かったのか。残り一回で。


 「まずはよくやったと言った所か。ここまで追い詰められたのは初めてだ」


 軋む肉体に力を入れて立ち上がる。もう飛べないし、魔力だってほぼ空っぽだ。


 「すぐにアイシスもスビアもお前の所に送ってやる。あの子らは良い子だ。冥府でよろしくやると良い」


 拳を握って奴の胸を殴る。硬い、硬すぎる。魔力を込めてないから、何にもならない。


 「全てが終わった時、私もすぐに逝く。許さなくてもいい、ただ、冥府謝らせてくれ」


 くそ、僕は何にも、何もできないのか。死にたくない、死なせたくない、嫌だ。


 「吹き消してね、ニルヴァーナ」


 セトの後ろから優しい声が聞こえた。そしてセトの脇腹あたりに、鉄の剣が貫通して刺さっていた。スビアがニルヴァーナを使って、刺したんだ。


 「ぐっ……さすが我が娘。しかし、こんなもの致命傷にはならない。せめて安らかに眠れ」


 セトは振り向き、拳でスビアを吹き飛ばした。吹き飛んだスビアの頭、血が流れている。魔力を感じない。


 「あぁ……あ。ス、スビア……よくも、あんたって人間は……どこまで……」


 あぁ、嫌だなぁ私。もっと幸せに……


 右目から声が聞こえた。聞き馴染んだスビアの声が。ずっと不幸だった女の子の声が。


 「さて、シュン。次は君だ」


 ドス黒い邪気の様な魔力が心臓から溢れ出す、瞬間、馬の嗎が三回聞こえる。


 「なっ!?こんな事が!」


 一歩後ろに飛ぶセト。僕の周りに現れる燃え盛る馬、純白の馬、青い幽霊の様な馬。


 「セト、お前……お前にはスビアの声が聞こえなかったのか?」


 右手に燃え盛る剣、頭には王冠が現れる。


 「声だと?」


 魔力が漲ってゆく。自分の内側から溢れ出す。


 「聞こえないのなら、聞こえていないのなら……!!」


 ほぼ全ての魔力を注いで、剣を構える、奴の心臓へ。


 「ラーに着いたのは……なるほど、そう言う事だったのか。アヌンナキ=シンは追放されたのではなく……」


 足元で魔力を爆発させて突進する。輝く炎は空気を、音を焼き尽くす。


 「お前は!お前はッッ!!消えてしまえェーッ!!!」


 炎の突撃は間にある全てを消し飛ばし、セトをも消し飛ばした。バリアも何もかも、全てが無意味だったのだ。

 僕は魔力を全て使い果たし、片膝を突いて倒れる。血が、口から溢れ出た。


 「驚いたな。しかし、これで私の残りの命はゼロだ。一歩足りなかったな」


 ゼロ回。復活回数ゼロ回。わかっていた、だからこそ、貴方の負けだ。


 「貴方は死んだよ。もう、既に。さっきのスビアのニルヴァーナは、自分ではなく、貴方に使ったものだから」


 セトの肉体にヒビが入る。


 「なるほど、なるほど。私の負け、私の死か」


 セトの口元が緩む。そして奴は笑った。乾いた笑いを夜に溢した。


 「くっ、ははっ!全ての人類を殺そうとして、結局娘を殺してそれで終わりか。全くわらせるな。僕は兄さん以下だ」


 「なんで笑ってんだ!スビアは生きたがってたんだ、死んだんだぞ!スビアは!お前の、お前のせいでッ!!」


 セトに砂を掛ける。ただ彼は突っ立ったまま涙を流して笑っている。ヒビが、顔に広がった。


 「そうだ、私が殺した。しかし、まだ助ける方法はある。私の残りの魔力と死の支配の権限を君に渡そう。最期に父親らしいことをしたくなった」


 セトは僕の頭に手のひらを乗せる。温かい魔力が僕に流れ込んだ。瞬時、死の権限その感覚を理解した。自身の死、あるいは他者の死を拒絶する権利。七人のうち五人の承諾があれば他者あるいは人類の生命活動を停止できる。


 「ありがとう、でも僕は多分貴方を許しません。スビアが許しても、多分僕は貴方を許せないと思う」


 スビアの死体を抱きしめる。身体にヒビが入り、呼吸も熱もない。


 「僕は、スビアの死を拒絶する」


 石が落ちる様な音がする。セトの腕が地面に落ちたのだ。


 「シュン、君は人殺しだ。しかし……」


 人殺し……僕が?僕が人殺し、なのか。

 セトの足が崩れ、顔が地面に叩きつけられる。セトは、砕けて死んでしまった。僕が、セトを殺した。


 ネフティア、助けてよ。僕……


 セトの声が聞こえた。等身大の人の声が。さっきまで戦っていた男の情けない声が聞こえた。


 「うっ……」


 口から熱い物が吐き出される。臭い、気持ちが悪い。人殺し、僕が人殺しなの?


 「ん……シュン?シュン君?あれ、私生きて……」


 気持ち悪い、気持ち悪い!気持ち悪いんだ!早く、吐き出さないと……


 「シュン君!シュン、大丈夫、大丈夫だから」


 スビアが僕を抱きしめてくれる。温かい、ずっとこうしていて欲しい。でも、気持ち悪いは治らない。


 「僕、人殺しなんだ……」


 ぶちまけた、彼女の胸に。血を、吐瀉物を。

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