魔導具で始める新しい統治の形
「ジャンフランコ殿。いや、ジャンフランコ様。見事な神事でありましたな。お国は政変による混乱からいまだ立ち直ってないとのことですが、なかなかどうして。あのような神事を執り行うことができるのでしたらお国が復興するのも遠い日ではありますまい」
神事が終了して祭壇を降りたところでジョヴァンナとロドリーゴは家臣団に取り囲まれている。
一方、客人の方に降りてきたジャンフランコにはリモーネ王立騎士団団長の声が掛かる。
「メービユス騎士団長。本日は遠路はるばるようこそおいでくださりありがとうございました。さすがにこの地で祝宴、とは参りませんが、道中スフォルツァ城でお泊りいただく際に合わせて歓迎の宴をする手筈となっております。出発までもうしばらくお待ちください」
事務的な話が終わると外交だ。
リモーネを代表してこの地を訪れているローレンス王子の姿を探す。
「ああ。殿下であれば先に馬車の中に乗り込んでおりますのでお話であればお城に着くまでご容赦いただきたく存じます」
ジャンフランコが周囲を見回している様子から目的を察したメービユスが苦笑しながらフォローに入る。
「殿下はご体調にご懸念でも?」
「いえ、貴国があまりにも神々しい神事を執り行われているのをご覧になって感じ入ることも多かったらしく、お一人になって考え事をされたいとおっしゃいまして」
「神事ですか…貴国では旧ソフィア教会が力を持ちすぎた弊害で神々を勧請したりといった神事は忌避.....というよりも禁じられていましたからね」
「その点については未だに何から手を着けてよいか不明な状況ですからね」
「お国には古い伝承などは残っていないのですか?スフォルツァの場合は領地の古い記録の中にいくつか手がかりのようなものが残っていたりもしましたし。案外王宮の資料庫などを調べると有益な資料が残っているかもしれませんよ」
確かに旧ソフィア教会による彼らの「教義」に反する知識の排斥は「禁書」の所持禁止をはじめ徹底していた。
もし旧ソフィア教会による追及を逃れて天恵の女神以外の神々の存在に関する知見が残されているとすると、王宮など彼らの権力の及びにくい場所くらいしか考えられないだろう。
「そういえば殿下から上申が出ておりましたな。私からも真剣に取り合うよう上申しておきましょう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
聖地での神事が終了すると、参列者を乗せた【幽霊馬車】が隊列を組んで進み始める。【転移】の魔道具がある今では【幽霊馬車】による移動は時間の無駄であり、実際に【幽霊馬車】の隊列を見送った後、各地の代官は【転移】で任地に戻っている。
とはいえ、神事に参列するために隣国から訪れているローレンス王子一行の目もある。当面の間は【転移】の魔道具を隠し、【幽霊馬車】こそが最速の移動手段であるかのように偽装しなければならない。
「ピエレッタ、周辺の様子はどう?」
“周辺に怪しいものの姿は見当たりません。さすがにこの隊列に襲い掛かる命知らずはいないでしょうけれど、一応警戒は続けますね”
「一応、とか言ってないで気を抜かないでもらえるとありがたいのだけれど」
“了解していますよ。強いて言うなら要所要所に潜んでいるリモーネの密偵くらいです。周辺の警戒は怠っていないみたいですが、上空から【看破】されるのは想定外みたいで丸見えです。彼らには手を出さなくてもいいんですよね?”
「うん。潜んで車列を監視しているくらいなら放置で大丈夫」
数台の【幽霊馬車】の隊列のほかは特段護衛が並走することもなく、一見すると無防備に見えるが、姿を隠しているだけで【自律飛行する魔道具】数機が 上空から監視しているし、何となればスフォルツァの首脳陣が乗り込む【幽霊馬車】は防御のための【魔法陣】を何重にも施した実戦配備仕様のものである。
万が一にも襲撃を受けて被害を出すことなど考えられないであろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「殿下、本日はご多忙のところおいでをいただき誠にありがとうございます。リモーネからのお客様に神事を見届けていただいたこと、感謝にたえません」
スフォルツァ城で開かれた祝宴の席でローレンス王子の姿を見つけたジャンフランコは、神事を行ったシルヴァストンで聞けなかった彼の所感を聞くべく近寄っていく。
「こちらこそ、お招きをいただいた上にあのような貴重な神事に臨席させていただいたこと、深く感謝をしております」
『おや、ローレンス殿下の話し方が変わっているね』
「神々と誼を通じるということの意味、ジャンフランコ殿にお招きいただいたおかげで 今日は改めて考える機会となりました」
「そういえば、旧ソフィア教会の神事は一方的に祈りを捧げるだけで何も応えてもらえない淋しいものだと父ロドリーゴが嘆いていたことを思い出しました」
「それも結局は神事を行う教会そのものが天恵の女神からご不興を買っていただけと暴露されましたからね。そのことについてもスフォルツァの皆さまは早くからお気づきのようでしたが」
「その…殿下は当家が様々な情報を秘匿していたことにご立腹ではなかったのですか?」
「『秘匿していた』ですか?私の目からはまだまだ秘匿されていることが多くあるのではと見えます。とはいえ」
ローレンスがニヤリと笑う。
「本日の神事の様子を拝見して貴国の対応もやむを得なかったのではと納得がいきましたから。情報の秘匿に怒る気持ちよりも、これだけの少ない戦力で一国を席巻してしまった手腕への感嘆の方が勝ってしまったのです」
ジャンフランコは「これだけの少ない戦力」の一言に引っかかりを覚える。
今回は神事ということもあり随行する騎士たちも礼装がほとんどであり、何より兵員などは見えるところに配置してはいない。何をもって戦力の多寡を判断されてのだろうか。
「お気に障ったなら申し訳ない。ただ参列者の中に『諸侯』と呼べるような方もお二方ほどしかいらっしゃらなかったではないですか。あとは平民と思しき代官が多数。噂通り、かつてのミルトンの各地を収めていた領主貴族家のほとんどは途絶えてしまったようですね。その領主に成り代わって割拠していた軍閥の代表者らしき者の姿もなく…要は複数の領主勢力で同盟したわけではなくスフォルツァ辺境伯が動員できる戦力だけで一国を平らげてしまわれたわけでしょう?」
ジャンフランコは今更ながら目の前の青年を神事に招いてしまったことを後悔する。神事に参列する顔ぶれを見ただけで、ある意味では国力を丸裸にされてしまったのだから。
「そして、車窓から見た景色から未だ復興途上であるというのが嘘偽りではないことも納得できました。そして我が国の存在が貴国にとって必要不可欠であることも」
「あの、殿下…我々はやむにやまれぬ事情で敵対する勢力を打倒してきただけで、可能な限り戦ではなく国力の伸長に力を入れてきたというのは噓偽りのない真実なのですよ」
「わかっておりますよ。私としては、今後スフォルツァの皆様がこの国を統治する行く末を見守っていきたいと思っております。各領地を切り盛りする才覚を有する領主貴族がいなくとも広大な国土を統治できる手法をお持ちなのであれば、それは我が国にとっても大いに参考にすべきですからね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ジャンフランコはリモーネに戻っていくローレンス王子の【幽霊馬車】をスフォルツァ城の窓から見送る。
昨日の祝宴の席上でローレンス王子から「領主のいない状態でまともな統治などおそらくできまい」と挑発されたことを思い出し、腹の底から対抗心が沸々と湧き上がってくる。
クルリと踵を返すと、城の中核に設けられた真新しい領主執務室に向かう。
入り口横の【認証】の魔道具に手を翳すとフッと壁面の一部が消える。
「お帰りなさいませ、若様」
入り口横に立つ衛兵に目礼を返し部屋の中に進む。
壁面には一面伝言の魔道具を大きくしたようなパネルが並び、そこにはちょうど朝の定時連絡として各領地あらため行政区に置かれた代官から送られた報告の要旨がズラリと並ぶ。
「ジジ、おはようございます」
部屋の中央に置かれた会議宅には既に領主夫妻のほか、チェラート伯爵夫妻とダラヴィッラ城代をはじめ城の要職に就く家臣が数人着席して待っている。
「リモーネの皆様は無事に帰路に着かれたようですね」
「ええ。お帰りになってからどのように報告されるか非常に気になるところではありますが」
会議のメンバーが揃いきっていな中、まだ軽い雑談のような会話が交わされているところへシビエロ侯爵夫妻が入室してくる。
「どうやらわたくし達が最後のようですね」
「まだ予定の時間よりは早いから大丈夫ですよ」
「定時よりは早いですが、メンバーも揃ったことですし本日の会議を始めますね」
ジョヴァンナの宣言で始まるのは毎朝定時で行われる情報共有のための会議だ。
ミルトン攻略を達成する前から同様な会議体は設けられていたが、領主執務室が整備されてこのメンバーで会議が行われるようになったのはミルトン開放の直後からである。
領主夫妻をはじめスフォルツァ城に常駐しているメンバーのほか、普段は領地で執務を行い会議の時だけ【転移】してくるシビエロ侯爵夫妻とチェラート伯爵夫妻に加えてジャンフランコが常任メンバーで、案件によってはゲストを招く形で運営される。
国内の動向については各代官から報告される情報が毎日集計され、異常があれば朝の会議の卓上に報告資料が並ぶ。
人口の動態、穀物の収穫量、 行政区間の人の行き来、リモーネとの入出国の状況、各地での食糧消費の動向、国庫金の出納などなど、国の経営状況を把握するための各指標が日次で集計され変動予測なども交えて分析されるので、この領主執務室にいる限りは政策判断に必要な情報に困ることはない。
この態勢を支えているのが【転移】の魔道具や伝言の魔道具といったジャンフランコ開発の魔道具群であり、これにより情報伝達や指示に要する時間が革命的に短縮された。
もう一つ、それら各種情報を短時間で集計・分析を行う専門家集団が別室に控えてこの国の意思決定を支える。元々はメディギーニ商会の『中庭の部屋』で投資判断のための情報収集・分析に従事していたメンバーだが、その実績を買われて城で業務に従事するようになった。
また、 『中庭の部屋』自体は日々の投資判断を通じてメンバーを鍛える一種の人材プールのような位置づけに変わっている。
『ローレンス王子は“領主もいないのに”と小馬鹿にしていたけれど、城に居ながらにして国の動向をすべて把握できるんだからね。この領主執務室を体験したら、領主なんて馬鹿らしくて置く気になれないよ』
「地方分権」VS「中央集権」ですね。
情報伝達と物流が発達してしまえば「領主」なんて裁量権が広すぎる地方行政官は不要でしょうね。
今回の新要素:
・ スフォルツァ城の領主執務室
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