不測の事態発生とその対応
周到な下準備があれば、不測の事態にもある程度は対応できます。
その日は特に強く雪が降り風の荒れる日だった。
ジャンフランコにとって深夜のミルトン潜入も三回目となり、かなり手慣れては来たものの、もはや吹雪と言ってよい雪の勢いに予想外に手こずることになった。
というのも、今回の潜入は手ぶらではなく、隠し通路に開いた隠し部屋に設置するモノがあったから。
ここにも『【転移】の魔道具』を設置することでミルトン攻略の戦術に柔軟性を加えることが狙いだ。
大きさと魔力消費を抑えるために首都ミルトンの周辺〜せいぜいキーンズほかの攻略拠点くらいの距離まで〜に転移可能範囲を限ってはいるが、あるとないとで首都ミルトンの中での動きやすさが格段に変わる。
大きさを抑えているとはいえ、ジャンフランコとフレデリカの二人で抱えて持ち運ぶにはやや大きすぎるため、運び込む作業は【身体強化】を使ってもそれなりの負荷を伴った。
ただ、その負荷に見合う成果ではある。
何せ、今よりスフォルツァ家はいつでもミルトンの中核である王宮に(秘密裏に)人員を送り込める橋頭堡を得たのだから。
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『【転移】の魔道具』を設置し起動試験まで終わったところで、今回はお祖父様の方から接触があった。
『ジジか。遅いぞ。何をしておった?』
『お祖父様の方からとは、何かありましたか?』
『うむ。冬に入ってからミルトン王の衰弱が酷い。このまま儚くなられることまで考えられる。何とか王だけでもお救いできないか?』
正直に言えば、これは想定外の事態だ。
ジョヴァンナとお祖父様とを引き合わせるまでは、王には健在であってもらわねば困る。
王が儚くなっては、お祖父様をこの世に繋ぎ止めることも難しくなるからだ。
もう一つ、秘密裏にジョヴァンナと話し合ったことだが、ミルトン攻略『後』を見据えると、ミルトン王が存命の方が何かと都合がよい、との事情もある。
ジャンフランコは熟考の末、今後時間をかけて対応しようとしていた作業を前倒しすることにする。
【転移陣】を設置した隠し部屋から王族・貴族が幽閉された場所へのルート構築はいずれは着手しなければならない作業ではあったが…
作業は徹頭徹尾秘密裏に行う必要があるため、地上へ出ることはできず、このまま地下に通路を掘り進め、正確に幽閉場所に出なければならない。
【神測】に上空偵察の結果作成したミルトンの地図を呼び出し、幽閉場所へのルートを構築する。
元々隠し部屋をかなり深い地下に設けているので、よほどのことがない限り地上から地下通路のことが発覚することはないだろうが、逆に地下通路から地上へ出る方法については一工夫が必要になる。
『お祖父様、今から王のおわす場所に向かいます。秘密裏に動けるためにも地下を掘り進み通路を設けます。その間、お祖父様はこの一週間で集めた情報を僕に送ってください』
『そのようなことができるのか?儂は構わんが』
『ええ、三つや四つ平行して作業するくらいはお手の物です』
『儂が言っておるのはそういうことでは.....まぁ、よい。では、こちらから始めるぞ』
フランチェスコからの情報のダウンロードが始まると、フレデリカにも状況を共有し、伝言の魔道具でシビエロ侯爵と連絡を取ってもらう。
「ええ。ですので、前倒しでの受け入れ準備をお願いします。人数は…現着してからのご連絡になるかと」
フレデリカのやり取りを聞きながら、ジャンフランコ自身は今居る隠し部屋から王族・貴族が閉じ込められている部屋の真下まで通路を設ける作業に着手する。
作業自体は慣れたもの。手に触れた場所を起点に土砂を素材に変換して通路の壁・床・天井を形成しては先に進む作業である。時折は【神測】の上に描いた設計図に従って微修正を加えながら、ひたすら地下を掘り進める。
『十年以上も強制的に労役に就かされていたのだ。これまでに何人も衰弱して亡くなっておる。王もいよいよこの冬は耐えられないかも知れぬ』情報のダウンロードが終了すると、フランチェスコが王を気遣う想いが伝わってくる。
他にも何人か危ない状態にあると言う。
冬の間は農作業などもできないので外に出されて労役を課せられることもない。その代わりに春まで幽閉場所に押し込められ閉じ込められているというのだ。陽の光の届かない、狭い、不衛生極まりない場所に、ただ幽閉されている状況が冬の間続くのだという。
『この冬は特に寒さが厳しい。極寒の中、今度こそ生き残れるか危うい』
『間もなく到着します。どなたか周りにいらっしゃる方にお伝えすることはできますか?』
『儂の声は王には届くが、肝心の王が意識を失っておるのだ...』
『仕方ないですね。出た所勝負になりますが接触と交渉からになりますね』
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幽閉場所の真下まで到着すると、螺旋階段を作りながら垂直に上に向かって掘り進める。
それなりに深い場所から掘り進める分、時間は掛かったが、やがて土のない空間に到達する。
幽閉場所と通路の空間が繋がると、そこから凄まじい異臭が流れ込んでくる。トイレや風呂といった文化的な生活を送るための要素が完全に欠落していることを教える異臭。灯りもなく、【身体強化】で強化された視界に映るのは僅かばかりの襤褸布に身をくるみ震えながら眠る人の姿…家畜の小屋ですら、この場所よりもマシであろう。
ジャンフランコが異臭に顔を顰めながら【照明】の【魔法陣】に魔力を流すと、「何者か!」と想像していたよりは力強い声で誰何される。
言葉を尽くすよりも早いと判断して、ローブに掲げられたスフォルツァの紋章を見せると痩せ細り髭に埋もれてはいるが鋭い眼光の顔が浮かび上がり、「スフォルツァの家中の者か」との呟きが返ってくる。
「お救いに参りました。ミルトン王をはじめ、お生命が危うくなっている方はどちらにいらっしゃいますか?」
「こちらだ。しかしこのような天候の中、どうやってここまで参られたのか」
「家中の秘事であるので詳しくはご容赦を」
五人の男女が固めて寝かせられているが誰もが服とは言えないような襤褸を身に着けているだけで、何より骨と皮ばかりに痩せ細り血色も悪い。
とりいそぎ【治癒】魔法で生命を繋げないか試みるが気休めにもなるかどうか。
フレデリカがシビエロ侯爵からのメッセージを読み上げる。
「受け入れ準備は完了。ジョヴァンナ様からの伝言あり。『王の生命を優先せよ』と」
『了解。母様も腹を括ったね』
「今から魔術により王を安全な場所に転送します。転送の先では療養と回復のためのご用意がありますから、ご安心を」
『お祖父様も王のことお願いします』
フランチェスコはおそらく執着からミルトン王の側を離れられないのだろう。このまま転送先まで王と共に動く可能性が高い。ジャンフランコのその思いに応えるようにフランチェスコが頷くのが見える。
【鍵】の魔道具を起動しシビエロ領の屋敷と空間を繋げると、空間を通って使用人らしき男女が数人こちらにやって来る。用意がいいのか覆面で鼻と口を覆っているため異臭にもそれ程は顔を顰めず、横たわる病人を抱えて次々シビエロ領の方へ戻っていく。
「他の方々はどうされますか?」
「我々はまだ耐えられる。王がご不在であると気取られないためにも、我々はここに残るよ」家臣の生き残りの代表なのか先ほどの眼光鋭い男が応える。
その背後にジョヴァンナとよく似た女性の姿をした死霊が浮かんでいる。
これがフランチェスコが言っていた一人、叔母だろうか?
ひとまず、今は王の対応を優先に叔母甥の名乗りは後回しにする。
『では、儂は王についておるぞ』
半透明のフランチェスコは、やはり空間を超えてシビエロ領の方に移る。
「では、シビエロ侯爵、後のことはお任せします」
空間の向こうに声を掛けて空間を閉じると、先程の男が「シビエロ侯爵がご健在なのか。今の私の姿を見てもお分かりにはならんだろうが」と懐かしいのか悔しいのか判別しにくい口調で呟く。
「差し支えなければお名乗りいただいても?僕はスフォルツァ辺境伯が一子でジャンフランコと申します」
「おお、スフォルツァはどなたかが領地でご健在であられたか。私は王国騎士団の副団長を拝命しておったスチュアルドと申す者」
「スチュアルド伯爵でしたか。先程の『王のご不在を気取られない』という件について伺っても?」
「当家をご存知か。見ての通り、我らは冬の間ここに集められ閉じ込められておってな。看守も日に一度食事と水を差し入れるだけで中の様子までは確認せんのだ。故に食事を受け取る者さえ残っておれば雪解けまで気取られはせまい」
それは何とも雑な対応である....が、今はその敵失がありがたい。
「分かりました。皆様の忍耐と勇気に感謝です。それでは、遅くとも春までには必ず皆様を救い出しますので、それまで共和国の連中には気取られないようご留意願います。」
「ふむ。食事と言うより家畜の餌のようなものではあるが、それも春までと判れば耐えられるというもの。では、ここに残る者の統率はお任せあれ。春まで共和国のヤツバラの目を欺き通してご覧に入れましょう」
「では、我等はコレにて。地下からの入り口は念のため塞いでおきます」
螺旋階段を降りると、【幽霊馬車】に残しておいた写し身に指示してスフォルツァ城まで回送させる。
自身は【鍵】の疑似魔道具を呼び出してフレデリカと共にスフォルツァ城へと【転移】する。
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スフォルツァ城に戻ると、【転移】の魔道具の前で待っていたジョヴァンナとロドリーゴに促されてジョヴァンナの執務室へと向かう。
執務室に入ると、領主夫妻から早速報告を求められ、順に説明していく。
ミルトン王はじめ衰弱の酷い五名をシビエロ領に送ったこと。
シビエロ領で当分の間は療養することになること。
王の不在を当分の間ミルトン側に気取られない方法があること。
(不在が露見したときの影響を考慮せずともよいこと)
スチュワルド伯爵が健在で、残った者を統率していること。
「あらあら、あの『悪童スチュワルド』が健在とは。彼が敵への欺瞞工作を引き受けてくれたのであれば心強いですね」
「ご存知なのですか?王立騎士団の副団長であったとか」
「ええ。父上に心酔していて、その盾を任じていた方よ。わたくしの妹と婚約していて、政変時には二人とも巻き込まれたと聞いていたのだけれど。」
確か、政変時には首都にいたスフォルツァの者は一人残らず討死したと聞いた。
ならば、スチュワルド伯爵から離れがたく付き従っているように見えた死霊はやはり叔母なのだろう。
「あの、母様。母様の妹君〜私の叔母様にあたる方は既にこの世にはいらっしゃらないと思われます」
「ええ。それは分かっています。もう嘆き悲しむだけの時間は過ぎました。
それよりも、スチュワルド伯爵はご健在なのでしょう?少しでもスフォルツァに縁のある方が残ってらっしゃって、その上に変わらずスフォルツァに味方して下さると聞いて嬉しいのです」
そのスチュワルド伯爵が、あの幽閉場所という過酷な環境にも関わらず敵地に残り敵の目を欺き続けてくれるというのである。あの境遇から脱出できることが分かっているにも関わらず、敵の目を欺くためだけにすべての困難と苦痛を背負ってくれるのである。
『自分には無理だな』ジャンフランコはその覚悟にいつか報いなければと思う。
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ある意味、不測の事態ではあったが、思いがけず心強い味方を得て何とかミルトン攻略に影響しない形で対応が完了したことが分かって、一同ホッと胸を撫で下ろす。一時はミルトン侵攻を強引に前倒しすることも検討していたのだから。
既に日付の変わる時間となっていたため、一旦は就寝して体力の回復を図ることとしてその場は解散となった。
明日からはいよいよフランチェスコから受け取った情報を解析してミルトン攻略の詳細を詰めることとなる。
今回の新要素:
・ ミルトン王はじめ数人を救出して治療へ
・ スチュワルド伯爵が敵地に残り対応
・ 叔母らしき死霊の存在
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