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入学試験と揉めている人々

ちょっとした新しい出会いもあります。

 入学試験当日、いつもより早い時間の朝食のために、ロドリーゴ、ジョヴァンナ、フローレンス、フレデリカ、そしてジャンフランコの5人はダイニングルームに集まる。


 ロドリーゴとジョヴァンナはいつものとおり他愛ない話題で会話を楽しみながら、フローレンスが時々遠慮がちに会話に入り、フレデリカとジャンフランコはそんな大人たちを見ながら黙々と朝食を口に運ぶ。


 この国の貴族女性の間で流行っている衣装、遠国から運ばれた物珍しい書物、最近首都で発売された話題の魔道具…そんな話題がいくつか通り過ぎた頃に、侍女が入室してきて馬車の用意ができたことを告げる。


 玄関に出ると車寄せには2台の馬車が待っている。

 一台は昨夜ロドリーゴが乗ってきた馬車で、既に騎士と従者がその前に佇んでいる。

 もう一台は商家の使うような飾り気のないものだ。


「君たちはこっちだ。私もこのまま君たちの帰りを待っていたいところだが、外せない会合があってね。一旦教会(職場)へ戻るよ。」

 そう言うと、ロドリーゴはジョヴァンナをエスコートして2台目の馬車に乗せてから、向き直ってフレデリカとジャンフランコにも乗車を促す。フローレンスはジョヴァンナに続いて乗車済みだ。


「では、検討を祈るよ。」ロドリーゴはそう言うと踵を返し、一台目の馬車に向かう。

 ジャンフランコもそれを見て、エスコートできるよう手の平を上に向け、目線でフレデリカを促す。フレデリカはその手を一瞬怪訝(けげん)そうに見た後、はっと気づいたかのように目を見開き、少し頬を上気させながら手を添える。


 季節は8月。

 朝と言っても少しずつ気温は上がっており、馬車に乗り込むまでの短い時間屋外にいただけで軽く汗をかいてしまっている。

 それが、馬車に乗り込み扉を閉めた瞬間、一気に冷やされゾクリと身震いが出る。

 平民の商家が使うような馬車とはいえ、水属性で車内を冷やす魔道具(エアコン)は比較的入手しやすいため、試験会場である神学校までの道行は、暑く不快なものとなることを免れていた。


 今朝のジョヴァンナはいつもの貴族然とした衣装ではなく、裕福な商家の夫人に見えるような衣服をまとっている。ジャンフランコもそれに準じたものだ。

 フローレンスだけは簡素ではあるが貴族の乗馬服のような服装となっており、これは彼女が教会関係者に顔を知られており今更変装しても無意味であるから。

 フレデリカは神学校で周りから浮かないように、貴族風に見えない衣服を選んでいる。


 今はフレデリカが右手の魔道具を外しているところだ。

 よく見ると、ペンのような細長い魔道具を束ねたような形をしており、その中から一本を抜き取り、懐に忍ばせる。ちらっとだが「ドルヒ」と書かれているのが見えた。

 残りをフローレンスに渡すと、彼女は携行していたハンドバッグの中にしまう。


「丸腰でも護衛できない訳ではありませんが、何か持っていないと不安になるので。」恥ずかしそうに言うフレデリカに、フローレンスが「未熟者め」と揶揄(からか)うように言う。

 そう言う一方で、フローレンスは腰に下げられるよう、細いレイピアのような剣を持ち込んでいる。

「ただし、万が一の時、この中で一番お強いのはジョヴァンナ様ですけどね。」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 この国の神学校は、剣や杖の天恵(スキル)を授からなかった者ー結果的にほとんどは貴族以外の平民となるがーに学びの機会を与えるため設立されたものだ。


「神学校」と言っても運営母体が教会であるだけで、選択しなければ「神学」を強制されることはない。6年間の基礎教育課程を終えた後、一部の学生は専門課程に進むが、「神学」はそのコースの一つだ。

 もっとも、基礎教育課程で成績優秀だった者には「神学」を修めることを熱心に奨められるのであるが。

 他にも商学や自然科学・社会科学のコースーロドリーゴはその卒業生であるがーもあるが、今もっとも人気なのは魔道具の研究を行うコースだ。


 魔道具は遺跡などから発掘されたものを特定の商会などが複製することで、特定の種類のものを除き庶民にも手の届く価格で流通している。

 が、作動原理や設計方法などのほとんどは謎のままであるため、新たに発見された魔道具の分析などホットな話題の多い分野であることは間違いない。中には、未発見の魔道具を求めて各地で発掘に勤しむ教室もあり、こちらも人気である。

 もっとも、多くの学生は新たな発見を行うには至らず、卒業後は魔道具を扱う技術を買われて商会などに職を求めることになるのだが。


 ちなみに、フレデリカが用いる魔道具は一般に出回ることのない特別なものである。


 なお、剣や杖の天恵(スキル)を授かった者は、それぞれ騎士・魔法使いの養成学校に進む。

 こちらは必然的に貴族子弟が通うこととなる。


 稀に天恵持ちの平民が頑なに貴族からの養子縁組を断り続ける一方で、騎士・魔法使いの養成学校にだけは通うケースもあるにはあるが。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ジャンフランコは、ジョヴァンナとロドリーゴから神学校に進むよう言われた時のことを思い出す。

「あなたは、この国で自分の味方となる有力者を増やさなければなりません。」

 ジョヴァンナが続ける。

「もちろん、できればわたくしの生家を再興する助けになる人たちと親交を深めてほしい気持ちはあります。ですが、この国で生きていくにあたって味方となってくれる人たちでもよいのです。広く知己を得、必要な時に手を差し伸べてくれる人を増やしてください。」


「それに君の天恵(スキル)のこともある。」とはロドリーゴの弁。

「魔法理論や用兵・軍略を除けば、神学校はこの国でもっとも広く深く知識・知見を抱える場所でもある。君の天恵(スキル)を鍛えるにはもってこいの場所だと思わんかね?」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そうこうしている内に馬車は試験会場である神学校に到着する。

 ふとジャンフランコがフレデリカを見ると期待するような目で見られたので、先に馬車を降りてから彼女をエスコートして下ろす。

 続けてフローレンスが降り立ち、ジョヴァンナが馬車を降りるのを助ける。


 ジャンフランコは念のため外から見えないようにして神測(デジタイズ)を起動し、周囲の記録を始める。この能力(アビ)神測(デジタイズ)が32bitまで拡張した際に発現したものだ。

 自分の視界に入る者の顔や背格好、漏れ聞こえてくる会話などを記録していく能力(アビ)を起動したらほぼ自動で記録されるから特段気に留める必要はないのだが、わずかずつとは言え常に魔力を消費し続けることになるので、使いどころは難しい。


 係りの者に案内されて試験会場として使われる教室へ入ると、20名ほどの受験者とその保護者と思しき大人が既に入室していた。受験生の多くは案内された席に着席し、それを見届けた保護者は教室の後ろに用意されたテーブルに着いている。

 保護者の中にはチラチラとフローレンスのように騎士や貴族を思わせる服装の者も含まれるが、これは子供が必ずしも親と同じ天恵(スキル)を授かるとは限らないことによるものだ。


 ちなみに、この国では貴族が身分の違いを理由に平民と異なる扱いを要求することは不作法とされている。少なくとも表向きは、国防や治安維持に対する経済運営と互いに役割は異なるものの、国を動かす両輪と認識されているためである。

 また、貴族の身分を強く意識する親にとっては、子弟が貴族にふさわしい(と思われている)天恵(スキル)を授かっていないことは恥ずべきことであり、「平民と同じテーブルに着かせるなんて!」と金切り声を上げるのは恥の上塗りに他ならない。


 ある程度人の出入りが落ち着くのを見計らって、ジャンフランコは神測(デジタイズ)の記録を止める。


 午前中の試験は筆記試験であり、最初は基本の読み書きと初歩的な古語の試験である。古語が入学試験に含まれるのは、神学校の基礎教養課程の中に古い文献を読み解く授業があることを想定したものだろう。

 試験教官の「はじめ」のあいさつで全員が問題を解き始めるが、ジャンフランコはじめ多くの受験生が開始20分ほどで回答を終えたようだ。そこから見直しをする者、答案用紙を試験教官に提出して後ろのテーブルにいる保護者のところに移動する者、さまざまだ。ジャンフランコはフレデリカが筆を置くのを待ってから答案を提出する。


 続けて、算術(四則演算と図形)、国の歴史と教会の教典に載っているような神話について問う試験が行われて午前中の試験が終了する。予めロドリーゴから答案提出までの所要時間も評定の要素になると聞いていたため、首席になりたくないジャンフランコは半数くらいの受験生が提出した頃合いに答案を提出している。


 この後は昼休みを兼ねた昼食の時間である。

 受験生はめいめい保護者を伴って校内に散っていく。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ジャンフランコ一行は、神学校の卒業生であるロドリーゴの情報を頼りに穴場となっている場所ーやや奥まった場所にあるテラスーに移動し、持参したお弁当を広げる。

「試験の出来栄えはいかがかしら。」ジョヴァンナが口を開くと、ジャンフランコとフレデリカが口々に、「狙い通りです。」「合格最低ラインはクリアしたと思います。」と答える。


 ジャンフランコは、普段侍女に(かしず)かれている母が平民のように自ら弁当を広げている姿を、珍しいものを見るような目で眺めている。その目線に気づいたジョアンナはウィンクして、「野戦演習を思い出すわね。」と上機嫌だ。黙って頷いているところをみると、騎士であるフローレンスも同様の経験があるのだろう。


 穴場とはいえ、同じテラスで休憩する者も数組いる。ジャンフランコは神測(デジタイズ)の記録を再開しているが、人目を惹く美女が2人もいるからであろう。チラチラとコチラを伺う視線を感じる。

 弁当を摘まみながら、後で記録を確認してロドリーゴにも報告しようと考えていると、どうにも気になることがあるのに気づく。


 服装を見れば商人風なのだが、フローレンスのようにピシッとした姿勢の親子が3組ほど混じっているのだ。フレデリカも気づいたようでジャンフランコの耳元に口を寄せて「あの者たち。精いっぱいこちらを見ないふりをしているのが却って怪しく感じられます。」と囁く。彼女は既に警戒モードに入っているのが分かる。


 が、それを見たジョアンナが軽くポンポンと肩を叩きニッコリ笑いながら首を横に振る。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ランチが終わり午後の試験は面接であるが、会場は天恵(スキル)持ちと天恵(スキル)なしで分かれている。


 天恵(スキル)持ちは、どのような天恵(スキル)であるかを申告した上で試験官の前で見せて終了である。

 一方、天恵(スキル)なしの場合は、念のために確認の魔道具に手を当ててチェックすることを求められる。これはすべての人が誕生時に祝福を得たり天恵(スキル)を発動するとは限らないため、救済措置の意味を込めて実施されている。


 順番を待ってる間、またもやチラチラと視線を感じる。そちらに目をやると、さっきのテラスで視線を送ってきた6組の親子と同じだった。

 先ほどジョヴァンナが警戒不要とのサインを送ってきたため改めての警戒はしないが、念のために神測(デジタイズ)で特徴を細かく記録しておくことにする。


「ジャンフランコさん」と呼ばれ、面接官の前に進み出る。

 いくつかの質問に答えた後、促されて黒い水晶のような魔道具に手を置く。

 面接官が魔道具に魔力を流すが、既に神測(デジタイズ)を頭の中で顕現(けんげん)させているため、当然、外からは何もわからない。


 事前情報のとおり右手に【神具】が顕現(けんげん)するかどうかが判定条件だったようで、面接官が「天恵(スキル)なし」に印を付けているのを眺めていると、試験終了を告げられ席を立つ。続けてフレデリカも呼ばれ、彼女は彼女なりのやり方で魔道具を騙し、試験を終了する。


「二人ともお疲れ様。一息着いたら帰りましょうか。」ジョヴァンナはジャンフランコとフレデリカの試験終了を労った後、会場にいる神学校の職員に馬車の用意を依頼する。


 馬車の準備を待っていると、何やら揉めている声が聞こえる。よく見ると先ほどこちらを見ていた6組が面接官と揉めている。

「魔道具に反応しないのだから「天恵(スキル)なし」に間違いはないじゃないですか。」

「いや、其方たちは所作が綺麗すぎる。貴族が酔狂にも『天恵(スキル)』を胡麻化(ごまか)して当校に入学しようとしているのではないか。」

胡麻化(ごまか)すとは人聞きの悪い。私もほかの人たちも、この国で許しをいただき商会を営んでいます。必要なら商会設立の書類でも何でもお見せしますよ。」


 ジャンフランコもふと面接官の言い回しが気になる。

「『天恵(スキル)』を胡麻化(ごまか)す」とはどういうことだろう。

 自分のように事情があって隠す場合ももちろんあるだろうが、神学校すなわち教会の人間が、まるで悪事の隠ぺいを暴くような姿勢で「『天恵(スキル)』を隠すな」と言っているのである。


『帰ったら父様に聞いてみよう』


 そう考えていると、どうやら面接官が折れて6組の親子も無事試験を終えられた模様である。

 そのうちの一人が顔を上げてジャンフランコの視線に気づき苦笑いをする。


 と、そこへ馬車の用意ができたと声がかかり、車寄せまで移動すると馬車に乗り込む。

 馬車の扉が閉まると、4人全員がほっと息を吐く。

「ひとまず何事もなく終わりましたね。」ジョヴァンナが告げるとフローレンスが頷く。

「父様に報告することがたくさんあるような気はしますが。」とジャンフランコが苦笑いしながら応える。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 屋敷に戻ると、ロドリーゴは既に到着していてジョヴァンナの執務室(オフィス)で待っているとのことだった。


 一行がジョヴァンナの執務室(オフィス)に入ると、侍女が茶と茶菓子を運び込みテーブルに並べる。どうやら間を置かず入学試験の振り返りをやるようである。


「私たちの動向を監視しているような親子6組を確認しました。」とフレデリカが口を開く。

 が、すぐにジョヴァンナから「彼らはジャンフランコとフレデリカの『ご学友』になる予定の者たちです。今後も警戒しなくて大丈夫です。」と種明かしをされた。

 先日のダラヴィッラの配下としてこの国に潜入している者たちのことだ、とジャンフランコは思い出す。

『半分は騎士で半分は魔法使いかな』

「入学後、向こうから何らかの形で接触してくるでしょう。」とジョヴァンナが付け加える。



「それよりも」と前置きしてジャンフランコは続ける。

「その人たちに、面接官の人が『天恵(スキル)』を胡麻化(ごまか)しているのではないか、と疑っていたのが気になりました。所作の綺麗さから貴族であると疑ったのだと言ってましたが、貴族が神学校に入学して不都合があるのでしょうか。まるで悪事の隠ぺいを咎めるような言い方であるのが気になりました。」


「たしかに、教会の中には剣や杖に限らず天恵(スキル)を忌避する一派があるみたいだね。私も時々悪意を向けられている気がするよ。」とはロドリーゴの弁。


「わたくしにも騎士は許可なく教会の建物に入るな、外で護衛だけしておけ、と言われた経験がございます。」とフローレンスも付け加える。


「いずれにしても警戒しておくに越したことはないな。」ロドリーゴの一言で振り返りは終わる。最後にフレデリカがスフォルツァ邸に部屋を与えられて今後はジャンフランコと行動を共にすることも付け加えられたが、これは既定路線だ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 数日後、ジャンフランコとフレデリカの合格通知が届いた。

 聞くところによると、試験会場で揉めていた「ご学友」の皆さんも合格したとのことである。

この世界の魔道具の扱いの説明と主人公の新しい能力についてそっと出しました。


フレデリカちゃんはちょっと乙女モードに入ってしまって護衛の任務を忘れかけてます。

(護衛が主より後に馬車から降りるのはNGでしょうね)


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初めての作品投稿です。


誤字・脱字など見つけられた場合は、ご指摘をいただければ幸いです。


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