№14 最初の『共犯者』
「……さて、と」
いちじくちゃんがなにを考えているのか、小生にはさっぱりわからなかったけど、年長者としての落ち着きを見せなければならない。
ハンマーを振り回した汗もようやく引いてきたことだし、死体はいちじくちゃんの推理通りにここで見つかった。
あとは、この死体をどうするかだ。
「いちじくちゃんは、どうしたい?」
警察に通報してもいい。きっと大樹くんが相談に乗ってくれるだろう。
このままお葬式をしようというのなら、小生が手配をしよう。その場合、喪主はいちじくちゃんになるのだろうか。
とにもかくにも、死んでいるという状態を放置しておくのは法的によろしくない。死亡届を出さないままでいるのはまずいだろう。
そうだ、奥さんの自殺体もなんとかしなければ。それだって、警察に届けるのか、素知らぬ顔で葬儀を執り行うのか、法的にどうすればいいのか。
だいたい、いちじくちゃんはこれからどうなるのだろう。両親が殺し合い、その結果10歳にしてたったひとりこの世に残された。
常識的に考えれば、児童相談所案件だろう。
非常識的に考えれば、小生が引き取るとか。
しかし、小生にはすでに、ことりちゃんという血の繋がらない五歳児がいる。ことりちゃんは連れてきた経緯が複雑だったし、そもそも特異体質で小生の『鳥籠』の中でしか生きられないのだから、見放すなんて選択肢はハナからなかった。
いちじくちゃんはどうだろう。
いくら海斗先輩の娘とはいえ、なにも小生が引き取る義理はない。ことりちゃんで手一杯の小生よりも、児童相談所の方が手厚いケアをしてくれるだろうし。
いちじくちゃんは『モンスター』であると同時に、保護されるべき子供だ。なによりも優先すべきことを履き違えてはいけない。
本音を言えば、小生が責任を持って『呪い』を継承した子供であるいちじくちゃんを引き取りたい。
けど、それは小生の自己満足でしかない。
他ならぬいちじくちゃん本人のことを考えるなら、公的機関の方がしっかりと保護してくれるだろうから、小生は口を挟むべきではないし、手を出すべきではないのだ。
……いちじくちゃん当人の要望が、特にないのならば、の話だけど。
だから、小生はいちじくちゃんに、どうしたいかを問うた。
もしも、本人の口から、他のだれでもない小生そのひとに引き取ってもらいたいと頼まれたならば、それはもううなずかなければならないだろう。
いっそのこと、そうなってほしいとさえこころのどこかで考えていた。
……そうだ、小生は『理由』がほしい。
『どうしてこうなったのか』という因果関係ははっきりした。だから、次は『どうしてこうするのか』という動機を欲しがる。
それはおそらく、ごく自然な流れだ。
……その『理由』を、たった10歳の女の子に託すのだから、小生もつくづくカッコ悪いオッサンだ。骨なしチキンのお客様だ。
たった一言でいい。
『助けて』と、小生に言ってくれればいい。
それだけで、充分な『理由』たりえるのだから。
……しかし、小生はまだまだ、いちじくちゃんという『モンスター』を見くびっていた。
その口から出てきた言葉は、SOSだなんてかわいいものではなく、いたいけな悪魔のそれだった。
「……飾りたい」
「…………え…………?」
飾るって、なにを??
こころの奥ではわかっているくせに、小生のお脳みそはわからないフリをする。
そこに、いちじくちゃんは一気に踏み入ってきた。
「パパの死体を、『装飾』したい。ママの死体をお絵描きしたみたいに、パパの死体も私が考えたように飾り付けたい。そうしなきゃ、私はパパが死んだってわからないから。パパが生きてたって、わからないから」
……死体を『装飾』だって?
ふざけてる。
いや、ぶっ飛んでるというか。
完全に虚を突かれたというか。
……なんだろう、言葉では言い表せない気分になった。
しかし、少なくとも、いちじくちゃんが言っている『装飾』とは、死者の冒涜とは程遠いところにあるということだけはわかる。
むしろ、確認行為や海斗先輩の人生賛歌のようなもののように感じられた。
『死』という、本来ならばネガティブな意味合いを持つ、なんなら忌避すべき領域へのポジティブな侵犯。
小生は、そんな風に受け取った。
これが、いちじくちゃんなりの弔いなのだと。
もっと言うと、区切りを付ける行為なのだと。
『メメントモリ』。そんなフレーズが頭をよぎった。
まるで、『死』を飾りつけることで、『生』に意味を見出すような、そんなおこない。
『祈り』であり、『呪い』のような、魔女の所業。
なるほど、実に『モンスター』らしい思考の帰結だ。
……でも、小生に理解できることなんて、それ以上でも以下でもなかった。
ただ、いちじくちゃんに並々ならぬ偉才が宿っていることは承知している。
あの自殺体のスケッチのように、その異才でもって『死』を解剖し、独自の『ターヘル・アナトミア』とするのだろう。
この『かわいそう』な『モンスター』には、そうすることしかできないのだから。
……考えるのはここまでにしておこう。
小生は一息つくと、かがみ込んでいちじくちゃんの肩に両手を置いた。
ちょっと怖気付いたけど、その目を真っ直ぐに見つめて、
「……最初にした『みっつの約束』、覚えてるかい?」
「うん。『ふたりだけの秘密にする』『だれの手も借りない』『素直で正直でいる』」
「そう、よく覚えていたね。その約束は、まだ守っているかい?」
「守ってる。ないしょにするし、だれにも相談しないし、おじさんにはウソついてない」
「じゃあ、先輩の死体に関してもそうしよう」
『ふたりだけの秘密にする』『だれの手も借りない』『素直で正直でいる』。
この『みっつの約束』を貫き通すなら、小生だってそれに応じよう。
信頼に足る、大人でいよう。
小生はいちじくちゃんに向けて、ふやけた笑みを浮かべて見せた。
「だったら、もう小生たちは立派な『共犯者』だ。いちじくちゃんのすることの責任は、小生が負うことにしよう。その代わり、いちじくちゃんは小生が見たこともない景色を見せておくれ」
SOSなんかよりも、ずっと説得力のある『理由』だ。
もしも、小生がいちじくちゃんの『装飾』に納得できなかったときは……それは、おいおい考えよう。
いちじくちゃんはしばらくの間、小生の笑みをじっと見つめていた。観察するような、あるいは『観測』するようなまなざしだ。
そして、ひとつだけうなずいて見せた。
「……わかった。私と安土のおじさんは、『共犯者』の関係」
「そうだね、それでいい」
しっかりとした肯定を返すと、いちじくちゃんは初めてうっすらと口元をゆるませた。
……なんだ、笑えるじゃないか。
どんなにいびつだっていい。
それが『モンスター』なりの感情表現ならば、『共犯者』である小生が受け入れなくてどうする。
理解は及ばなくとも、認めることはできる。
『共犯者』としての小生の立ち位置は、そこだ。
「……さて、まずはここからどうやって死体をちょろまかすかだ」
いちじくちゃんの肩から手をどけた小生は、改めて海斗先輩の死体を見下ろしてつぶやいた。
賽は投げられた。
ルビコンを渡れ。
もう、小生はいちじくちゃんの『共犯者』になってしまったのだから、腹をくくるしかない。
一旦くくってしまえば案外ラクなもので、死体を運び出す具体的な手順もすらすらと思い浮かんでくる。
『探偵』の出番は、一旦ここまでだ。
あとは、小生に任せてもらおう。
いちじくちゃんは笑みを消して一度だけうなずくと、あとは行動を開始した小生のことをじっと見つめるばかりなのだった。




