№15 リアライズ
死体を運び出すのは、案外簡単だった。
うちの末恐ろしい五歳児がシステムをハッキングしてくれたおかげで、空港は混乱していた。それに乗じて海斗先輩の死体をビニールシートで梱包し、ゲートまで持っていく。
さすがに見咎められたけど、『京都大学物理学研究室の院生なんですが、実験に使っていた生体が間違って出荷されていたのを回収します』と言って難なくすり抜けられた。
年度末までは小生も大学に籍を残してあるので、あながちウソまみれというわけでもない。
まんまと死体をちょろまかしたあとは、元通り高速をぶっ飛ばしてきたカーシェアの車に死体を乗せて帰るだけだ。
行きほど急ぐこともなく、成田から元の街へと帰ってきた。
とはいえ、問題はどこで死体を『装飾』するかという、舞台設定なのだけれど……
「公園」
「……なんだって?」
無免許で車を運転しながら、小生は行きのように運転席で放尿することもなく、いぶかしげに問い返した。
いちじくちゃんは繰り返す。
「公園で、『装飾』する。必要なものあるから、おじさんが持ってきて」
「必要なもの……もう、どんな風に『装飾』するか決めてあるのかい?」
「うん、だいたい」
ごく当たり前のように返答しているけど、これからしようとしていることは、ナマの死体を使った『創作活動』だ。
そう、まぎれもなく『創作活動』、自殺体のスケッチと同様に芸術性を見出す余地のある行為だった。
ひとりの大人として、倫理を説くべき場面なのかもしれない。
ひとりのニンゲンとして、道徳を唱えるときなのかもしれない。
しかし、小生はもれなく大人としてもニンゲンとしても中途半端な失格者だ。その権利も義務もない。
……海斗先輩への義理はあるかもしれないけど、それはいちじくちゃんも同じだ。だったら、死者に義理立てするよりも、生者の意志を尊重したい。
そういうわけで、小生は自然といちじくちゃんの『創作活動』に付き合う運びとなった。
車を運転しながら、ちらりといちじくちゃんの横顔を見やる。行きと同じように、つまらなさそうに車窓の外を眺めて足をぶらぶらさせていた。
これからナマの死体を使った『創作活動』に臨むとは思えない、10歳の少女。当たり前だ、そんな女の子がいちじくちゃん以外にこの地球上にいてたまるか。
なにをどうやってどんな風に『装飾』するのかは、あえて聞かなかった。どう考えても野暮ってものだし、いわゆる『お楽しみ』感があった方がいいと、小生はひとでなしらしく考えていたのだ。
「……なにが必要か、携帯のメールに送っておいて。それを、うちの子が発注するから」
「それって、そんなに早く届くの?」
「ここから公園にたどり着くまでの時間くらいあれば充分さ。うちの子は優秀だからね、Amazonの配送よりもスピーディーだよ」
「……おじさんよりも、その子の方が気になってきた」
「お兄さんね。そのうち顔を合わせるようになるだろうさ。ことりちゃんって言ってね、シャイだから『顔は』合わせられないかもだけど」
「ふぅん」
気のない返事をしたいちじくちゃんは、それっきりしゃべらなくなってしまった。もうそんな気分ではないらしい。明敏な推理をすると思ったら、こういう気まぐれなところは子供っぽい。実にアンバランスな子だ。
小生たちはそのまま高速を抜けて、元の街へと帰ってきた。途中、慣れない手つきでいちじくちゃんから送られてきたメールをそのままことりちゃんに転送し、早速手配してもらう。
「どこの公園にする?」
なにげなく問いかけると、いちじくちゃんは少しの間目を瞑って、
「……家の近くの児童公園。去年お花見やったとこ」
目を開いてから、そう言った。
桜なんて絶対に咲かない冬の日だっていうのに、そんな思い出の場所を選ぶなんて、案外ニンゲンらしい側面もあるみたいだ。ものすごく失礼な物言いだけれど。
「了解、向かうでござるよ」
ハンドルを切って、ナビ通りにその公園へと向かう。
到着した頃には、空はうっすらと群青色になっていた。夜明けが近いのだろう、東の空がピンク色になろうとしている。消えそうになっている星あかりが、終わる夜の断末魔みたいだ。
水銀燈に照らされた公園のベンチには、いつの間にかことりちゃんに頼んでいた資材がひっそりとそろえて置いてあった。さすが、仕事が早い。
車から降りたいちじくちゃんはそれらを検分すると、納得したようにうなずいた。
「……ますます、面白い。ことりちゃん」
……果たして、会わせていいものなのだろうか……??
密かに思案する小生に、いちじくちやんは急かすように言葉を投げる。
「死体、降ろして」
「わかったよ」
後部座席に横たえていた、血まみれのまま手付かずの海斗先輩の死体を担いで降ろす。そのはずみで死後硬直が解けてしまったけど、これからする『装飾』には影響ないだろう。
そうタカをくくって海斗先輩の死体をおんぶすると、たしかにひとひとり分の体重から血液の量を抜いた重みと、腐り始めた肉のにおいが漂ってきた。
コンテナの中にあったおかげで、そうひどく腐敗していたり虫に食われたりはしていない。しかし、胃液がせり上がってくるようなにおいがして、ついえづいてしまう。
……ああ、ひとは死ぬと、こういうにおいがするんだな。
漠然と考えながら、早速どこからともなくやって来てまとわりついてくるハエを払う。
まぎれもない、『死』のにおいだ。
こればかりは、どんな香水でもごまかせない。
『葬儀場に勤めているひとはにおいでわかる』とは、よく言ったものだ。まさか、それを実感する日が来ようとは、思ってもみなかったけど。
いちじくちゃんは、ふとベンチにもたれかかった海斗先輩の死体に目をとめた。もしかしたら、きちんと父親の死体と対面するのはこれが最初かもしれない。
しかし、いちじくちゃんの中では、父親はまだ『死にきって』いない。
これからする『装飾』によって、初めてその『死』がいちじくちゃんのリアルに現出するのだ。
逆に言うと、それまでの間、いちじくちゃんが海斗先輩の『死』を確定することはない。小生にとっての『観測』は成されたけど、いちじくちゃんはまだだ。
現実を食らって、咀嚼して、消化して、排泄して。
そのうんこを見て、初めて『父親は死んだ』という現実を受け入れることができる。
……なんとも業が深いことで。
生まれついての『モンスター』ゆえか、はたまた海斗先輩の『呪い』の血統を受け継いでしまったがゆえか、いちじくちゃんにはそうすることしかできないのだ。
……なるほど、『かわいそう』だ。
そんな『かわいそう』ないちじくちゃんに、小生ごときが一般論や常識や社会通念なんて主張できるはずもない。
そんな、うすら寒いこと。
だとしたら、『共犯者』である小生は、ただ見守ることしかできないのだ。
「パパの死体はあとから『装飾』する。まずは下地をつくるから、私が言うように置いて」
……ああ、アシスタントとして働かなければならないのか。それもそうだ、まだ小さいいちじくちゃんには、資材も死体もなかなか自由には動かせないだろうから。
それに、できることなら画像かなにかの形に残しておきたい。
いや、残しておかなければならないのだ。
なにせ、それは芸術であり、『創作活動』の結果であり、立派ないちじくちゃんの排泄物なのだから。
「了解だよ」
……さて、また忙しくなってきたぞ。
すっかりからだがなまって、久々の外出にぎしぎし言い始めているけど構うものか。
そして、小生たちは『装飾』の世界へと、大きく一歩踏み込むのだった。




